第四話『13日の金曜日』―14
土埃と銃声、怒号に悲鳴。忘れた頃にやってくる空爆。窃盗だ強盗だと騒ぐ声。
日本では有り得ない音が、聞きなれた日常の音ものとなっていた。
中東にある国だという事以外は知らされずに連れて来られてから半年。聞こえる言語はヘブライ語やアラビア語に思える。
“神様”である謄蛇の細胞が体内にある潤は、どんな言語であろうと脳内でセルフバイリンガルが成される。なので、会話の面では不自由はしなかった。
この国には、ペア六組の計十二人が連れて来られた。
《P・Co》本社所属工作員の入社試験だ。合格基準は単純で、“半年後に生きてここへ戻ってくること”。半年間隠れていても良い。ペアで残っている必要もない。それだけ告げられ、持参した手荷物――武器というやつだ――以外に、一週間分の水と食料、簡単な日用小物の入ったリュックと、地図とカレンダーの付いた時計が渡された。
ひと組は四人で行動していたが、残りはふたりずつその場を去っていった。
その日から半年経った。
支給されていた大きめの服が、今は少し小さくなったように思う。髪も伸びた。
潤と泰騎は、謙冴に指定されていた出発地点に戻っていた。
「お蛇様は残るだろうと思ってたけど、ライラックちゃんが生きてるなんて思わなかったな」
同じように出発地点へ戻って来ていた茶髪の少年が、木に背中を預けて右手の中で拳銃を弄んでいる。開いた口から、犬歯がちらりと覗いた。
泰騎は過去には家であっただろう瓦礫に腰を下ろして、同じようにナイフを回す。
「なぁ。訊こう訊こうと思うとったんじゃけど、何でオレがウサギなん?」
「万年発情期で高体温で足がそこそこ速くて、やたらと勘が良いとこなんてウサギそのものだよな。あ、でもお前はストレスでは絶対死ななさそうだな」
「そりゃあそりゃあ。お褒め頂いてウレシーわぁー」
遠くでは相変わらず、銃声やら爆音やらが鳴り響いている。
「ところでさ。お前ら、何で髪の毛伸びっぱなしなんだ?」
ベレッタ少年が、トリガーガードへ指を掛けたまま泰騎を指差した。
「支給品にはさみ入ってただろ」
「半年でどこまで髪が伸びるか気になってなぁ。前髪しか切っとらんわ」
後ろでひとつに縛っている髪を人差し指で撥ねる。泰騎の視線は、茶髪少年の片割れと話している潤へ向いていた。
「ふぅん。んで、お前はお蛇様に半年間お守りされてたのか?」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。が、言葉の意味を理解して泰騎は吹き出した。
「ははっ。うん。そうそう。潤と一緒におったら安心安全――」
「泰騎」
潤に睨まれ、泰騎は目を逸らせた。かぶりを振って肩を竦める。
潤は視線をベレッタへ向けた。
「幸太郎」
幸太郎――ベレッタを持った少年――の顔へ視線を移す。
「勘違いしてるようだから教えるけど、泰騎は俺より強い」
潤の隣に立っている幸太郎の相方は、大きな目を瞬かせながら泰騎を見ている。どうやら、こちらも半信半疑らしい。「本当に?」と表情が言っている。
「俺は、俺より弱い人を相方には出来ないんだよ」
潤は小さく息を吐いて腕時計を見やった。
迎えが来るまで、あと一時間だ。




