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第四話『13日の金曜日』―13


 水無はトウモロコシのスープをひと口飲み下した。潤に顔を向ける。


「ねぇ。何驚いてるの? 『信じられない』みたいな顔してるけどさ。言葉が通じるってだけで人間を特別扱いする方が、僕には信じられないよ」


 スープをもうひと口飲み込み、続ける。


「例えば豚だって、人間と言葉が通じないだけで意思はあるんだよ? 牛も鳥もさ。それも人間は『若い方が柔らかくて美味しいから』とかって理由で子どもを食べることがあるでしょ? 『美味しいお肉として沢山の人に食べられる事が、君たちにとっての幸せなんだよ』って人間側の勝手な都合を押し付けてさ。それと同じだよ。僕は、人間が自分たちばかり特別だと思い込んでるのを見てると腹が立つね」


 などと、水無は尤もらしく言う。


 許せる事ではない。だが、潤は水無に対抗する言葉が考え付かない。迂闊にも「一理あるな」と思ってしまったからだ。


「まぁ、僕は人間じゃないから人間を食べても共食いにはならないけどね。正直、人間よりネズミの方が美味しいと思うよ? 僕にとっての存在価値で言えば、人間はネズミ以下だね。あ、咲弥様は別格だからね?」


 猫が飼い主に餌をねだるように、水無は媚びた顔を咲弥へ向けた。

挿絵(By みてみん)


「ふふ。水無ったら。分かってるわよ。それにしても、今日は特別よく喋るわね。潤が居るから嬉しいのかしら?」


 潤の耳へと届く水無の鼓動が一層跳ね上がり、速まった。


「そっ、そういうわけじゃないよ! もう! 僕、食器片付けてくるから、欠陥品もちゃんと食べなよ!」


 赤い顔でそう言い捨て、水無は自分と咲弥の食器を持って部屋から出て行った。




 賑やかな少年が退席し、潤は小さく嘆息した。僅かにあった食欲すらも引っ込んでしまっている。しかし、皿に載っているハンバーグが『人間の肉だ』と言われても、実感が湧かない。

 知らないままなら食べていたかもしれない。ただ、これを食べてしまうと自分の中で何かが終わる気がする。それが何かは分からないが。


 そんな潤の心境など欠片も気にしていない咲弥は、相変わらずくすくすと笑っている。

「あれでも喜んでいるのよ」


 水無の事を言っているのだと気付くのに、少し掛かった。


「あの子、生まれてからずっと周りから化け物扱いされてきたから、人間の事嫌いなのよ」

「…………」


 周りから疎外されるのは、特異体質者の定めだよな。と、潤は胸中で溜め息を吐いた。

 その点については、同情するし、理解もできる。


 潤は、取り敢えず目の前にある肉の塊をどうするべきか考えた。


 食欲はない。人肉を食べる気など、もっとない。しかし、食さないというのは『肉』となった生き物に対する礼儀に反する行為だ。


「すみません。内臓が治りきっていないので、食事はちょっと……。後で水無にでも食べさせてやって下さい」


 彼が去る前に言うべきだった。と後悔したが、仕方が無い。

 潤は食事の載っている盆ごと、咲弥へ差し出した。


 咲弥も納得したようで、「ふぅん。それなら仕方が無いわね」と盆を脇のテーブルの上へ移動させた。


「ところで」


 咲弥は鋭い視線を潤へ向けた。今までとは違う、真剣な眼だ。


「貴方をここへ連れて来た理由は、まだあるのよ」


 急に真面目な声になった咲弥を、潤は少し意外に思った。ここへ来てからずっと、おちゃらけているようにしか見えなかったからだ。

 しかし、どう転んでも自分にとって良い話ではないだろうという予感はしている。


 案の定、聞きたくない単語が、咲弥の口から発せられた。


「謄蛇は?」


「何の事ですか?」

「しらばっくれる気?」


 不機嫌さを露わにした咲弥は、まだ中身の再生が済んでいない潤の腹を、長い爪で鷲掴んだ。

「いっ」

 突然の激痛に表情を歪める。だが咲弥はそんなことお構いなしに、耳元へ口を近付けてきた。いつもは髪の毛で隠れている耳へ息が掛かった瞬間、潤の身体が僅かに強張ったのを咲弥は見逃さなかった。声のトーンを落として、続ける。


「水無の中にあるんは、謄蛇の遺伝子だけや。本体はお前の中に()るんやろ? どこに隠しとるんか教えて貰おうか?」


 囁くように言い終えると、返事を待たずに咲弥は潤から顔を離した。

 表情を明るくして、更に続ける。


「まぁ良いわ。無理矢理にでも引きずり出す事はできるもの。……これはあたしの推測でしかないのだけれど、どこかに閉じ込めているのかしら……。だから、傷の治りも遅い。ってトコかしらね? で、あたしはこう考えているの。貴方のピット器官が要なんだ……って」


 咲弥は推測だと言ったが、彼女の中では確証である自信があった。

 その証拠に、ローズレッドの唇が弧を描いて吊り上る。


「さぁ、どこにあるのかしら? まぁ、目星はついてるのだけど」


 咲弥の手が、潤の髪を掻き上げて耳へ掛ける。


 潤は身じろいだが、動いた拍子に腹に劇痛が走った。先程、爪を立てられた所為で傷口が開いたらしい。

「やめ……っ」

 思わず咲弥の手を右手で掴んでいた。それが、咲弥の予想を確信へと変える。


「あぁーら。やっぱりココなのぉー。ふふふ。心配しなくて良いわ。痛くはしないから。んふふふふ」


 潤の真っ赤な瞳に、人喰いピエロのような咲弥の笑顔が映り込んだ。




 ◇◆◇



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