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第四話『13日の金曜日』―12



 絶句。


 それ以外になかった。


 口から出すべき言葉が見付からない。それどころか、たったひと言に頭がついていかない。


(『人間』……って言ったのか? 『いんげん』じゃなくて?)


 大豆を潰して肉のように調理する手法もあるのだ。きっと、いんげんにだってある筈――。


 潤はやっとの事で脳内を動かし、考える。が、咲弥のひと言がそれを打ち砕く事となる。


「あたしは四歳くらいが好きなのよね。でも、普段は顔が好みに成長しなかった八歳くらいを――」


 ヨンサイ。ハッサイ。


 咲弥の言葉が、途中から耳に届かなくなった。


 今日は色々な所が痛む日だが……今のひと言は腕が飛ぶよりも、腹に穴が開くよりも、精神的ダメージが大きかった。彼女の口振りからして、この種の肉を食べるのは一度や二度ではないのだろう。

 この女ピーターパンは、大人になる前の子どもを殺した上で、更に食すというわけだ。


 二階から微かに笑い声が聞こえる。無邪気なそれを、今は極力聞きたくない。


(狂ってる……って、こういう時に使う言葉なんだろうか……)


 自分に今、湧いてくる感情の名前が分からない。


 無言でハンバーグを眺めていると、ほうれん草を平らげた水無が不思議そうに首を傾げてきた。


「何を驚いてるの? 自然界じゃ共食いなんて珍しくないでしょ? 人間のペットで言うと……あ、ハムスターとかさ。自分の子どもを食べるじゃん? あー、人間同士でも――カニバリズムって言うんだっけ。ほら、言葉があるってことは、行為もあるんだよね?」


 当然のように言ってくる。つまり、彼らにとってはこの肉を食すのは日常的な事なのだろ。

 潤の疑問は増える。聞くのが恐くもあるが、こうなったら潤の選択は『訊くしかない』だ。


「何故、人間なんて食べてるんですか?」

 自分で言った言葉に吐き気がした。


(まさか、『食べたい程、男児が好き』なのか?)


などという予想を、潤は抱いたのだが――。


「『人間』っていうか、子どもを、ね。若い子を食べると、若返りそうじゃない?」


 返ってきたのは、漠然とした理由だった。それに対する怒りというか、哀感というか、やるせない、モヤモヤとした感情が込み上げてくる。ただ、潤にはその感情の吐き出し口が分からない。

 気持ちを落ち着ける為に軽くかぶりを振った。


「貴女……元は科学者でしょう? 何を、そんな根拠もない理由で……未開の民族科学じゃあるまいし……」

「根拠がないからって、効果が零%だとも限らないでしょ? あたし、可能性が少しでもあるなら試してみたいのよね」


 悪びれる様子など微塵もない。


 若返り願望が拗れるとこうなるのだろうか? 否、これはきっと、持って生まれた狂気的な性質が大きく作用しているのだろう。と、潤は想定した。

 彼女がもし、一般家庭で育っていたなら、確実に猟奇殺人犯としてニュースに取り上げられている筈だ。


 そういえば。と、潤は記憶を辿った。


 状況と立場は違うが自分も似たような理由で、ある少女に切り掛かられた事がある。腕が欲しかったらしい。それも、医学の進歩した現代でも一部分の人間が信じ、行っている治療儀礼に使う目的で。絵空事に縋るように、その少女は痩せ細った両手に握ったナイフで切り掛かってきた。

 後に、自分はその少女の求めている人物ではない事を伝えて場が収まったわけだが。同時に虚偽の民間療法についても話したが、それは少女も承知の上だった。根も葉もない噂話だと。それでも人間は、追い詰められると僅かな可能性にも寄り縋るものらしい。


 『アルビノの肉が万能薬になる』、『不老不死の薬の材料になる』等と未だに信じている者が世の中に存在する現実を思い返しながら、潤は目の前に座っている女を見やった。

 優雅に、ナイフとフォークで大葉の巻かれたつくねを切って口へ運んでいる。


 頭上から、子どもの笑い声が耳へ届く。相変わらず楽しそうだ。少なくとも、拘束されているような声ではない。


 自分が殺されて喰われるかもしれないのに?


 潤が疑問に思っていると、咲弥は心を読んだかのように笑って見せた。

「気付いてるだろうけど、この上に居る子たちが、こうなるの」


 『こう』とはつまり、つくねやハンバーグだ。

 潤の眉根が寄る。


 咲弥は続けた。


「洗脳。貴方たちの時にはやらなかったけど、それがあたしの犯した過ちのうちのひとつだと気付いたの。上の子たちには、ここに居る事がいかに幸せな事なのかっていう事をしっかりと教え込んでいるのよ。だから、調理する時、身体に刃が食い込んでも笑っているわ」


 くすくすと笑う咲弥に、潤の苛立ちが募る。


 何がおかしいのか。何故笑えるのか。違うだろう。きっとこれは、笑う場面じゃない筈だ。


 自分の感性が間違っているのかと疑ってしまう程、目の前に居るふたりの人物は自然に笑いながら、閑談している。


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