第四話『13日の金曜日』―10
振り返る。
「あいつの肝心な時の運のなさも、ある意味すげぇわ……」
ホワイトボードへ向かってひとりごちた。
先程書いた建物一階の入り口付近部分から、ペンで線を伸ばす。線の終着点からは“営業四人”の文字が続く。四人というのは、凌と尚巳以外の四人だ。
茶髪を様々な色のヘアピンで留めまくっている透。
襟足の長い黒髪で、右耳にピアスを二つ着けている恭平。
日本人離れした金髪とエメラルドのような緑色の眼をしている伊織。
こげ茶色の癖毛で純日本人顔の英志。
恭平は凌の事を大変尊敬しているようで、見た目は凌と並ぶと対になっているかのように酷似している。髪の色とピアス位置は正反対だ。
ただ、“男の右耳ピアス”の意味を聞いて穴を埋めようかと考えた事もあったとか――ないとか。それも、恵未は左片耳にピアスをしているので「レズなんスか?」と訊いて「は? 何言ってんの?」と素っ気無く返されてからは気にならなくなったらしい。
そんな恭平と組んで仕事をしているのが、透だ。カラフルなヘアピンの存在で見た目は派手に見られがちだが、普段は物静かな青年である。手元には紙のカバーが巻かれた小説が収まっている。
サラサラの金髪にくりっとした碧眼を持つそばかす顔の伊織は、相方である英志に笑いかけた。
「英君、大人数でひとつの仕事をするのって初めてで楽しみだね」
「お前、仕事っつーけど、特別手当てとか出るのかな」
英志の呟きに、泰騎が背中越しに応える。
「無事に帰って来れたら、ワシがちゃんと用意してやるからなー」
そのひと言で大半の者は俄然やる気が出たようで、その場の空気が軽くなった。
泰騎は満足そうに笑ってペンを滑らせる。
「一階の中間地点は恵未ちゃんと祐稀ちゃん。で、奥の部屋は凌ちゃん。尚ちゃんは屋根の上な、建物から誰か出てきたら撃っといて。それがもし子どもじゃったら無線で二階組に伝えてんな。倖ちゃんは情報管理室。ぶっちゃけ、どこに有るんかよく分からんのじゃけど。宜しくー」
「わぁー。しかもボクひとりぃ? 相変わらずの無茶振りぃー。ま、良いよ。建物の配置的に、何となく二階な気がする。ボクはのんびり機械を相手にさせて貰うよー。で、泰ちゃんはホントに一番奥の部屋ー?」
泰騎はキャップをはめたペンを、数回回してから置いた。
「そーじゃな。まぁ、ワシは“咲弥んトコ”かなぁー。勘で動くわ。そこに、潤かちっこいのか、どっちかは居るじゃろうし……。誰か質問あったら今の内に言うてよ」
無言の返答が来たので、泰騎は頷いた。
「よっしゃ。あ、工場はなるべく無傷の状態がええわぁ。ワシが行った時、もう既に何か爆発しとったんじゃけどな。見たら分かると思うけど、鉄筋とかまだ新しくてええ感じなんよー」
「分かりました。工場の件も先輩にお任せします。で、出発はいつにしますか」
凌の質問に、泰騎が壁に掛かっている時計を一瞥した。
現在は昼の三時だ。
「手持ちの弾が十発以下の奴がおったら、時間取るけど……」
ちらりと皆の様子を伺う。都合の悪い者は居なさそうだ。
「んじゃ、出発は夜の十時にしようか。マンションの地下のエレベーター降りたトコに集合な」
泰騎の提案に異存のある者もおらず、満場一致で是認された。
話し合いが終わり、会議室に残っているのは準備が少なくて済むメンバーのみとなっていた。
泰騎はパイプ椅子に座り、鼻歌を口遊みながらナイフを研いでいる。S&W製の黒いもので、全長三〇センチメートル程の大きさだ。
そんな彼を、祐稀は凛々しさを感じさせるいつもの顔で見下ろしていた。
泰騎はナイフに目を向けたまま、鼻歌を止めた。
「どしたん? 言い忘れた事があったら聞くで」
「所長は何だか楽しそうですね」
泰騎が顔を上げる。
祐稀は構わず続けた。表情はそのままで。
「副所長が大変な時に、よく鼻歌なんて歌えますね」
「慌てても仕方ねぇしなぁ。楽しみなんは、ほんまじゃし。それに、潤が大変なんは今に始まった事じゃねぇからな。あいつ、自分で自分の首を絞めるん、得意なんよ」
意味を理解しかねている祐稀は眉根を寄せた。だが言葉がないので、泰騎は肩を竦めて見せる。
「あー、ほら。ワシの仕事代わりにやって、いつも疲労困憊疲労じゃろ?」
「私が言いたいのは、そういう事ではなく――」
微かに苛立ちを感じさせる口調で紡いだ言葉は、泰騎の立ち上がった音に遮られた。
研いでいたナイフを皮製のケースに収めると、伸びをする。伸びのついでに欠伸も出た。
うっすらと涙の膜に覆われた瞳で、ぼやけた景色を眺める。数回瞬きをしてから、泰騎は祐稀に向き直った。
「祐稀ちゃんも、今の内に仮眠とるなりしといで。その為の時間じゃし」
言い残して、そのまま会議室から出て行った。
泰騎の去った扉を眺めていた祐稀だったが、視線をパイプ椅子へ移す。泰騎が座っていたものだ。
パイプ椅子をたたみながら、ぽつりと。
「所長は私と同じだと思っていたんですが……考え違いですかね」
祐稀の呟きに、隣りでノートパソコンを操作していた倖魅が微かに口元を引き攣らせた。
耳に入れているイヤホンから掃除機の音が聞こえ、それがだんだん大きくなってきたので倖魅は通信を切ってイヤホンを外した。
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