第四話『13日の金曜日』―8
すぐに応答があったようで、
「ごめん麗ちゃん。今大丈夫?」
『あら泰騎。良いわよぉー。仕事が終わって、旅館に向かってるとこなのー』
麗華の明るい声が、耳元で響く。微かに車のエンジン音と、タイヤの擦れる音も届いてきた。
「麗ちゃんが咲弥と起こした、いざこざの内容、教えてくれん?」
『はぁ? 仕事が終わって良い気分の時に、何言ってくれてんの?』
泰騎はちらりと他のメンバーを確認した。恵未はまだ騒いでいる。
「ちょっと潤がなぁ……」
『え? 潤がどうか――』
電話の向こうで、息を呑む音が聞こえた。
『まさかあの腐れ女……潤と結婚するとかほざいてるんじゃないでしょうね』
潤が居なくなった旨を話してもいないのに。麗華から今の状況をどこからか見ているかのように言われ、泰騎の中にあった仮説が信憑性を増した。
「ドンピシャ過ぎて軽く引くレベルじゃわ」
泰騎は笑いもせずに呟いた。
『ホントあの女……。って、あんた大丈夫? 声に覇気が無いわよ』
「あー、ダイジョーブダイジョーブ。ちょっと予定が狂って――あぁいや、それより咲弥の話聞かせて。簡潔に」
耳元で、大きな溜め息が聞こえた。
『ちょっとね。ある集まりに男連れで行ったんだけど、トウモロコシ女があたしの連れに色目使ってきたのよね。それでひと悶着あったのよ。その場では、まさか少年愛好者だとは思わなかったわ。例の潤の複製少年も居なかったし』
またしても、溜め息が聞こえてきた。
これだけ聞ければ、泰騎にとっては十分な情報だ。
つまり、咲弥は大人の男にも言い寄るわけだ。『潤が結婚させられそう』というのも、本当なのだろう。
「麗ちゃん、ありがと。んじゃ、また」
まだ麗華の声が聞こえてくるスマートフォンを耳から離すと、泰騎は倖魅に顔を向けた。
倖魅は椅子に座っている。騒ぐ恵未は祐稀が取り押さえていた。なにやら幸せそうな顔で。
泰騎は倖魅の座っている机に横付くと、「あー……」と頭を掻いた。
「倖ちゃん。潤の腕って、まだある?」
倖魅がパソコンから顔を上げて、再び、両耳へ入れていたイヤホンを片方外す。
「冷凍庫に入れてあるよ」
「返して貰ってもええかなぁ?」
「今、あれは尚ちゃんの物だから。尚ちゃんに訊いてみて」
倖魅が言い終わると同時に、尚巳が泰騎に向かって笑顔を向ける。
「勿論。おれは良いですよ」
潤も必要としない腕だ。何か役に立つのなら、それに越したことはない。
「あんがと」
短く礼を述べると、泰騎は先程とは別のスマートフォンを取り出した。数回タップして耳へ当てる。
「景ちゃん。この前言うたアレの事なんじゃけど。うん。んで、急で悪いんじゃけどこれからそっち行ってええ? うん。あー……ちゃんと話し合って決めたかったんじゃけどなぁー。まぁ、いざとなったらワシひとりで何とかするし。あ、そうなん? ほんじゃ2分でそっち行くわ」
スマートフォンをポケットにしまう。
「すぐ戻るから、皆ここで待っとって」
言うが早いか、泰騎は足早に給湯室へ向かった。
残された面々は、誰ともなく顔を見合わせる。いつになく忙しく走り回る所長の姿に困惑している者もいる程だ。
嵐のような人だよな。誰かがぽつりと呟いた。
十分程で、泰騎は再び飛び込んできた。
飛び出た時とは打って変わって、表情は晴れやかだ。
そんな顔を、雅弥へ向けた。
「社長。咲弥潰してもええかなぁ?」
「ちょっと小腹がすいたからコンビニの肉まんが食べたい」というような口振りで。
雅弥は肩を竦めた。
「今更僕に確認とるの? 泰騎の中ではもう確定してるんでしょ?」
「さっすが社長。分かってくれとるわぁー」
「良いよ。彼女は少しやりすぎちゃったね。ただし、子どもは出来るだけ無傷で保護してよ。大人は……酷だけど仕方がないね。一応、子どもとの間に血縁者が居ないかだけ調べて――」
「いや。子ども以外全員殺して構わない」
きっぱり言って退けたのは、ずっと雅弥の脇に立っていた謙冴だ。
雅弥は「それはちょっとやりすぎじゃない?」と視線で訴えたが、謙冴は完全に無視した。
続ける。
「先に手を出してきたのは向こうだからな。しかも、こっちは初期メンバーの研究員が殺されているんだ。潤の事も含めて、報復の理由は充分ある。もし何か情報が漏れても揉み消すように、知り合いに話しは通しておくから安心しろ」
謙冴が淡々と言い終えると、泰騎はにんまり笑った。
心底嬉しそうな顔で、
「つまり、ワシの好きにしてええって事?」
「殲滅はお前の得意分野だろう。思う存分やってこい。ただし、ひとりも取り逃すなよ。俺たちは仕事に戻るから、報告は全て終わってからにしろ。物的後始末の工作員については、俺から情報部へ話を通しておく。今回の“仕事”が終わり次第、情報部へその旨を連絡してくれ」
謙冴は雅弥の襟元を掴むと、立ち上がらせた。
「えっと、じゃあこの場の指揮は泰騎に任せるから。皆、無茶はしてもいいけど無理はしないでね」
半ば謙冴に引き摺られるような形で、《P・Co》の社長は去っていった。




