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第四話『13日の金曜日』―6



 焦げた臭いが鼻腔にこびり付いて離れない。


 瓦礫と化した廃墟の隅で、少年は目を覚ました。といっても、眼は開いていない。薄めたミルクティーのような色の髪をリュックに預け、眼を閉じたまま深呼吸する。


「起きたん?」


 声を掛けられ、真っ赤な瞳が開かれた。

 灰色の瞳と目が合う。

 埃と土と、乾いた血液に汚れた服とは対照的な、白い歯が見えた。


「ゆっくり起きればええよ。銃声も遠退いたし」

 半年で伸びた灰色の髪は後ろで縛られている。


 言われた通りゆっくり起き上がると、伸びをした。硬く、ゴツゴツした地面の上で寝ていた所為で、体が軋む。


「今、何時?」

挿絵(By みてみん)

「んっと、夕方の六時半くらい」


 少年は腕時計を確認してから、灰色の髪からゴーグルとヘアゴムを取り去って頭を振った。土ぼこりが舞う。

 赤い瞳でその埃を捉えながら、手首を解した。


「交代」

「目ぇ覚めたん?」

「あぁ」

「じゃ、頼むわ」

 見張りを代わる。


 少年は自分のリュックに灰色の髪を載せた。ものの数十秒で夢の世界へ旅立ったらしい。規則正しい寝息が聞こえてくる。


 街灯などない。明かりと言えば、月と星が頼りな場所だ。だがしかし、暗闇になろうと自分ならどこに誰が居るか分かる。


 大半が瓦礫へと変貌している中で、生き残っている壁に背を預け、赤眼を周囲へ向けた。


 空は燃えるような暖色に染まっている。


 銃声が、遠くから風に乗って耳に届いた。




(あぁ、入社試験の時の……)


 潤は、生きていた。


 目覚めは最悪だ。元々、寝起きの悪さはよく指摘されるところなのだが、今は低血圧など関係なく気分が悪い。相変わらず腕も腹も痛い。割れた奥歯は治ってきたようだ。だが、身動きがとれない。


 当然と言えば当然の事かもしれないが、ベッドに固定されている。


 ベッドに寝かされているだけマシなのだろうが。ただ、固定している素材は革製ベルトのようだ。

 こんな物で事足りると思われているのなら、随分と舐められたものだな。と、少し晴れてきた意識の中で、潤はぼんやりと考えた。

 否、監視が居るから、この程度でも大丈夫だと判断したのだろうか。


 ゆっくりと眼を開く。


「起きたの?」


 真っ赤な瞳が、見下ろしてきた。腹を境に真っ二つに吹き飛ばしたのだが、下半身も存在している。上下の身体を縫い付けてから、コルセットかバンドで固定しているのだろう。肉や骨が少々粉砕していようと、密着させていれば細胞同士が元の姿に再生してくれる。放っておけば神経も治る。


(全く、便利な身体なことだ)


「ねぇ。僕の綺麗な身体をこんな風にしてくれて……どう責任とってくれるのさ」

 むすりと口を尖らせ、少女にも見える少年は溜息を吐いている。


 責任も何も、放っておけばそのうち綺麗に治る。

 体が吹き飛んでも意識があり、動けていたのは痛みを感じないからだろう。自分と一番違う点を失念していて、潤の腹には風穴が開く破目になってしまった。

 一瞬でも本気で殺意を抱いた相手だというのに、身体中の痛みがその気を()いでいるらしい。若しくは、夢を挟んで気持ちが落ち着いたのか。


 眉根を寄せた水無が、潤の顔を覗き込む。

「ちょっと。寝起き悪すぎない? 目が据わってるよ。唯一の長所が顔だっていうのに、それが無くなったら悲惨すぎると思うんだけど」


 放っといてくれ。口には出さずに呟く。


 昔からだ。それこそ、物心ついた頃から。目覚めがスッキリと晴れていた事など殆どない。頭は起きていても、体が起きない。危機的状況ならば無理矢理にでも体を叩き起こすのだが、それも万全ではない。

 致命的だという自覚もある。この事を知っているのは、社内でも数人だ。


 『潤ちゃんがだらしないトコは、後輩たちには見せないようにしとかないと。示しがつかないでしょ』とは、倖魅の言葉だ。


 たまに目を開けた状態で寝てしまっているので、隠しきれているとは言えないが。そもそも、自分は後輩にどう思われようと構いはしない。倖魅はやたらと抑止力として利用したがるが、自分はそれほど立派な人間ではないのだ。

 本社も含め、期待されるのは有り難い事だ。しかし、実力以上の度の過ぎた過大評価は重圧にしかならない。


 倖魅の言いたい事も分かる。彼が言いたいのは“トップふたりがいい加減だと、後輩に示しがつかない。だからせめて片割れは、後輩が見ている前ではしっかりしておいてくれ”という事だ。泰騎に言っても無駄なので、必然的に矛先は潤へと向く。

 彼も大概、潤の事をよく知っている。その上で、効率よく利用してくれる。少々やりすぎな部分もあるが、実際にはとても助かっていた。


「過度の低血圧で、寝起きはいつもこうだ」

 顔だけ、水無の方へ向ける。赤眼の少年は訝しげに眉をひそめた。

「蛇なのに低血圧なの? 君、ほんとに欠陥品なんじゃない?」

「そうかもな」


 まだ少ししか見ていないが、身体の再生速度は水無の方が速い。火力という意味での能力値も、水無の方が上かもしれない。ただ、見た感じだと水無は力の制御と調整が苦手なようだ。


 その点で言えば、自分は力の制御には自信を持っている。自分が頼み込んで、徹底的に蓮華によって教え込まれたからだ。一瞬で数人を消し炭にしてしまう力だ。

 制御出来なければ、無免許で車を乗り回しているようなものだ。それも、メーターが振り切れるほど超高速で市街地の歩道を疾走するレベルで。

 水無の身体を吹き飛ばしたのが最大出力というわけでもない。やりはしないが、その気になればこの部屋を吹き飛ばす事も出来る。


(吹き飛ばしてみても良いかもな……)


 工場内に複数の子どもが居る以上、やらない方が良いことは分かっているが、ついそんな事を考えてしまう。


 と、室外に人の気配を感じた。

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