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第四話『13日の金曜日』―2



 ひと言で言い表すと、そこは田舎だった。


 民家はあるが、この敷地からは距離がある。

 山に面した場所に、その建物は佇んでいた。


 元々は繊維関係の工場だったらしい。というのも、工場の外壁にうっすらと残っている社名から何となく推測できた。それを気にして見てみると、工場の周りには綿畑が存在していた面影がある。


 工場の近くは、野焼きした後のように雑草が燃やされているのだが。


 泰騎は乗ってきた自分のバイクにフルフェイスのヘルメットを置くと、木々の茂みから工場を観察した。廃工場だが、勿論、人の気配がある。人数までは分からないが、少なくはないようだ。


 ひとりで乗り込むのは躊躇われる状況だが――


(潤が()ればなぁ……。大体の人数まで分かるんじゃけど……)


 残念ながら、その潤は恐らく工場内に居る。


 泰騎はジャケットの内ポケットに入っている武器を確認しながら、息を吐いた。


(ほんま、状況によったら潤の奴……只じゃおかんで)


 倖魅の提示したタイムリミットまであと三十分。


 ゴーグルを目に掛ける。サーモグラフ機能をオンにし、再び工場へ目を向けた。動く影が数十視える。


 茂みに沿って山へ少し登ると、斜面から工場の屋根に跳び移った。




◇◆◇




 想像していたよりも若いな。というのが、ひと目見て抱いた印象だった。




 泰騎がバイクを下りる十分ほど前。


 下道で赤信号からラブコールを贈られながら、車に揺られて二時間弱。潤が降ろされたのは、民家が点々としか見えない過疎地にある廃工場だった。


 すぐに工場内へ連れられたので、外からじっくりとは見られなかったが――


 内装は、工場というより洋館だ。ホラー映画の画面のように暗い。通路に沿って、簡易的な仕切りと扉で部屋分けされている。廊下となっている部分が暗いだけで、室内は明るいのかもしれない。


 研究室が暗いと仕事に支障を来たすだろうしな。すれ違う白衣の人物を眺めながら、潤はそう思った。


 二階からは、子どもの笑い声が聞こえてきた。

 保育園や幼稚園、或いは小学校の前を歩いて通った時のような感覚だ。嫌々ここに居るような声には聞こえない。


 車を運転していた人物は大きな溜め息を吐くとスーツの上から白衣を羽織り、脇にある部屋へ消えた。


 隣を歩いている水無は、澄ました顔ですれ違う人物と挨拶を交わしている。潤には、その姿がなんとも滑稽に見えた。だが、すれ違う人物たちの表情が強張っている事に気付いてしまった。潤は、この表情がどのような感情から現れるものか、知っている。


 雅弥に保護され、義弟として引き取られてから間も無くの頃に自分や泰騎へ向けられていた顔と同じだ。


 大量殺人を犯した子どもと、父兄(おやきょうだい)を殺した子どもに向けられていたもの。嫌悪と恐怖と軽蔑。稀に混じっている、期待。


 浴びて気持ちの良いものではない。


 水無に連れて来られたのは、奥にある部屋だ。そこは扉がしっかりしており、豪壮な作りになっている。


 水無は三回ノックし、返事を待たずに入室した。


 咲弥は、室内でも最奥に居た。正面壁際の三人用であろうソファーにひとり座っている。ソファーの両脇には整った顔をした少年が立っていた。ふたりとも似た顔に背格好。欧米人なのか、綺麗なプラチナブロンドの髪をしている。


「ただいま。咲弥様、会いたがってたのを連れてきたよ」


 簡潔に。“会いたがってたの”と紹介された潤は、どんな顔をすれば良いのかも分からないので、取り敢えず無表情で突っ立っていた。


(社長の三歳年下らしいけど……それにしては若いような……)


 ぼんやりとそんなことを考えていると、黒いロングドレスを身に纏った咲弥がソファーから立ち上がった。


 ローズレッドの唇が、綺麗な弧を描く。


 腰まであるアジアンブラックの綺麗な髪が、一歩動く毎にふわりと靡いた。


「久し振りね」


 そう切り出された。だが正直、あまりよく覚えていない。ただ、記憶している顔と今目の前に居る人物の顔はあまり変わっていない。そう思う。


(化粧が少し濃くなった……かな?)


 などと考えていると、水無が肘で小突いてきた。


 ちょっと、咲弥様が話し掛けてるんだから、返事くらいしたらどうなの? 小声で訴えてくる。


 そう言われても、話す事も特にない。取り敢えず、返事だけはしておこうと、口を開いた。

「お久し振りです」


 本当にひと言、そう返しただけだった。それでも咲弥は満足したようで、潤との距離を詰める。そこで気付いたのだが、女性にしては背が高い。ヒールの高いパンプスを履いている所為もあるだろうが、潤より少し背が低い程度の差だった。


「本当ね。水無が言った通り、妙な形の傷が残っちゃったのね」

 凶器になりそうな、長い爪の指で触れられそうになり、潤が眉根を寄せる。


 手が、潤に触れることなくそのまま下ろされた。


 咲弥はほんの一瞬だけ気分を害した表情を見せたが、潤の左腕を見てから右手を腰に当て直した。

「ところで、この腕はどうしたのかしら?」


 自分に向かって問われたので、隣りに立っている水無に目をやりながら答える。

「隣に居る、貴女の従者に吹き飛ばされたんですよ」


 一体、どういう教育をしているんですか。と言いたいのを喉奥に留め、嘆息した。


 水無は顔を引き攣らせたが、事実なので仕方がない。


「ふぅん……」

 咲弥は両手を腰に当て、潤を上から下まで舐めるように眺めている。

 何やら満足げに微笑むと、再び潤の前に手を伸ばした。


「あたしの隣に座って良いわよ」


 遠慮します。と、言えるものなら言いたいのだが――今は従った方が良さそうだ。


(さっき歩いただけじゃ詳しい数字は出せないが、子どもを除いてもざっと四十人はこの建物内に居そうだな……)


 潤は咲弥の隣に――少し間をあけて――座ると、室内を見回してから口を開いた。

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