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第三話『約束』―8

「倖魅は、泰騎には素直だよな」

「そんな言い方したら、また倖ちゃんに怒られるで。それとも、何? 潤ちゃん嫉妬?」

「嫉妬と言うか――」


 烏龍茶を見詰める。脳裏に、泣きじゃくっている倖魅の姿が再生された。


 思わず吹き出し、泰騎には不思議そうな顔をされた。

「いや。あれだけ大泣きする倖魅も貴重だなと思って……」

「潤って、思い出し笑いが多いよな……」

「そうか?」

「うん」

「……笑いの回路が複雑なんだろうか……。だから時間差で……」

 潤が真剣に考え込むので、つい泰騎も同調した。


 普段ならば一発背中を叩いて笑い飛ばし、終わらせるところだが。


「それって、一度脳内処理されんと笑えんって事? とんでもねぇお笑い芸人殺しじゃなぁ」

 泰騎にしては真面目に返す。


「あんた達も、変なトコで考え込むわよね」

 麗華がテーブルに座って腕と脚を組んだ。

「どーでも良いわよ。そんな事。それより、本当にあたし達が福岡行きなわけ?」


「不満なん?」

 泰騎は意外そうに訊き返す。麗華は髪を掻き上げて、気の無い返事をした。

「千葉は人身売買グループの本拠地でしょー? あたし、そっちの方が良いわー」

「え? 麗ちゃんもちっさい子が好きなん?」

「嫌ね。違うわよ。あたしは、変態トウモロコシ女に遇えそうだと思っただけよ」


 トウモロコシ? 泰騎と潤は顔を見合わせた。


 意味が分からず言葉を無くしているふたりに、蓮華が説明を始める。

「咲弥の事だ。日本から追われ、一旦メキシコに渡った彼女はトルティーヤの虜になったとか……なんとか。とにかく、今はトルティーヤやポップコーンやコーンフレーク等を食べまくっているらしい」


 説明になっているのかどうなのか。取り敢えず、何となく、ぼんやりとは分かった。


「兄妹揃って、好みが世界三大穀物全部バラけとるんじゃな……」

 泰騎が呆れて溜息を吐いた。


「あんの変態女……次会ったら只じゃおかないわ」

 麗華から発せられる只ならぬ殺気を疑問に思い、潤が蓮華へ視線を向けた。


 声のトーンを落として、訊く。

「……麗さん、(もも)(やま)と何かあったんですか?」

 “桃山”――咲弥の姓だ。


「アメリカに居る時に、ちょっとな。俺も詳しくは知らないが。どこだかのパーティー会場で、男の事で揉めたとか……どうとか」

「え……何をどうツッコめばええんか分からんくらい、全く理解出来ん状況なんじゃけど……咲弥って、ちっこい男の子が好きなんじゃろ?」

 泰騎が、さきイカを銜えたまま唸った。

「まぁ、とにかく仕事とは関係のない所でひと悶着あったわけだ」

 蓮華は、短くまとめて話題を打ち切った。




 後に復活した倖魅にこの事を話したところで、麗華の希望は通らなかったわけだが。

 むすりと口を噤んで頬を膨らませる姉を、蓮華は静かに宥めている。


 潤は黙々と、食べ散らかされたものを片付けていた。

 泰騎は未だにイカの足を食べ続けている。


「泰ちゃん。食べすぎじゃない? 太るよー?」

 深夜一時。こんな時間にものを食べると、昼間に食べるよりも数倍太りやすい。


 対して、泰騎は口を尖らせて抗議する。

「じゃってー。酒が無くなったんじゃもん。口寂しー。あ、倖ちゃん、チューする?」

「なんでそうなるの? 絶対に嫌だよ」


 潤の持っているゴミ袋に空のプラスチック容器を放り込みながら、倖魅が顔をしかめた。

 この倖魅の返事も、いつも通りだ。泰騎は麗華に顔を向ける。


「あ、そう。んじゃ麗ちゃんでええわ」

「あたしは別に構わないけど、その『仕方なく』って感じが嫌だわ」

「んー。蓮ちゃんー……」

「一回五十万」

「あ、うん。ごめんな。ワシ、イカ食うとくわ」


 泰騎が渋々と引き下がったところで、テーブルを拭き終えた潤がふきんを畳み直しながら口を開いた。

「俺はそろそろ帰りますけど。麗さんと蓮さんはどうしますか?」

「あら。久し振りの再会だっていうのに、もう帰るの?」

 麗華が意地の悪い笑みを向ける。


 潤は嘆息すると、米神を押さえた。

「……立ち話もなんでしょう。話がしたいなら、誰かの部屋に集まるなりなんなり――」

 テーブルに座ったままの麗華が、脚を組み替えて即答する。

「じゃあ、潤の部屋に集まれば良いわ」

 潤も、そう言われる気はしていた。


 だから、敢えて言う。

 ゴミ袋の中身を足で押し潰しながら。


「俺は、寝ますけどね」


 聞き入れられるかどうかは別として、表明だけはしておかなければ。なんやかんやとこんな時間になってしまったが、明日――厳密には『今日』――も予定はあるのだ。


 麗華が睡眠を妨害して来ても、蓮華が妨げてくれるだろうという確信もある。

「それでも良ければ、どうぞ」

 そう言って、ゴミ袋の口を固く縛った。




◇◆◇


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