第三話『約束』―7
粗方静かになった頃には、日付を跨いでいた。
九時にはアルバイトコンビを帰し、十時には雅弥と謙冴と景が帰っていった。十一時には、営業組と警備コンビが去った。凌は最後まで倖魅の動向を警戒していたが――。
泰騎と麗華と倖魅が、まだテーブルを囲んで元気に酒を呷っている。いや、賑やかだが、元気かと問われると肯定しかねる状況にある。
「だぁかぁらぁああー! 泰ちゃんはいつもいつもいつも、自分勝手すぎるんだよぉぉお! ホント分かってるぅ!? 泰ちゃんの尻拭いも、本社の尻拭いも、もうやりたくなぁぁい! ヤだよぉぉお! 何でボクばっかり仕事押し付けられなきゃならないの!?」
倖魅の悲痛な叫び声が、室内に響く。見事な泣き上戸だ。
「うんうん。倖ちゃんはよう頑張ってくれとるよ。えっと、いつもごめんな?」
「倖魅が居るから、社内は円滑に回ってるのよー」
自分勝手が代名詞とも言える、泰騎と麗華が宥める側に回らなければならないくらい、倖魅は泣きじゃくっていた。恵未が去った途端に酒を呑み始め、現在に至る。
「貴重な能力者ですもの。そりゃあ、重宝されるわよ」
麗華はフォローのつもりで言ったのだが、倖魅の涙は止まらない。鼻水も止まらない。
「みんなそう言うけどぉぉもうヤだよぉお! 人間扱いされないしぃー! 純然たる人間なのにぃいぃ!」
「倖ちゃんって、普段から自分の能力フル活動させて仕事しとるからなぁ。色々鬱憤が溜まっとるんよ」
と、泰騎が麗華に説明する。
電気特異体質。それが倖魅の能力――“体質”と言う方が正しいか――だ。強磁性体である倖魅は、電気特異体質の中でも珍しい“電子機器に支障を来たさない”体質だった。それどころか、電子機器と同調ができる。
電気さえ流れていれば良い。コンピューターが無くとも、電話線からインターネットに自身の意識を繋ぐこともできる。セキュリティで守られた場所にも入り込め、ネット保管されている情報の書き換えも、この能力のお陰で短時間に済ませることができている。
自分の能力の制御も自由に出来るので、普段は本当に、普通の人間と相違ない。髪の毛と瞳の色は、しょっちゅう奇異の目で見られるが――生まれつきなので、仕方がない。
「倖ちゃん。呑んで気が済むなら、いっぱい呑まれぇ」
泰騎は倖魅のマグカップに、サングリアを注ぎ込んだ。
泰騎と倖魅は元々、髪と眼の色の所為で家族から虐待を受けていた。違うところといえば、泰騎は母親に愛されていた事か。彼が地元を離れても方言を使い続けるのは、母親との思い出が“会話”くらいしかないからだった。
泰騎の母親は、彼が七歳の頃に病気で他界している。泰騎は出生届を出されていなかった。父親と兄ふたりが泰騎を殺す話し合いをしていたところを偶然目撃した泰騎は、自分が殺される前に父親と兄を殺した。
一方倖魅は、家族全員から疎外――“監禁”ともいう――されて生きてきた。髪と瞳の色は変な病気なのではないかと疑われ、かといって医者に診せられるわけでもなく、ひたすら隠されていた。幸い、出生届が出されていたので所在が突き止められて、《P・Co》の人間に保護されたわけだ。
因みに倖魅の本名は『剛士』だったのだが、保護した工作員が「似合わないから」と、改名して『倖魅』になったのだ。
今では倖魅も、自分の髪と眼の色をネタに笑いを取るくらいには吹っ切れている。泰騎は元々、自分の容姿については全く気にしていない。ただ『何で皆、不思議そうに自分の髪の毛を見るんだろう?』という意味では気にしていたが。泰騎自身は、自分の髪も目も気に入っている。
「うえぇ……ひぐっ、ありがと泰ちゃ……」
「ええよええよ。いつも頑張ってくれとるんじゃから。呑め呑めー」
「ありがと……うえっ、泰ちゃんの誕生日なのに……ひっく。泰ちゃん愛してる」
「愛してくれんでええから、ストレスを吐き出されぇ」
胃の中の物が吐き出されそうになっている倖魅の背中をさする。
「倖ちゃんって、変なトコでストレス溜め込むからなぁ」
倖魅を介抱しながら、泰騎が潤に目配せする。
潤はその辺に転がっているスーパーの買い物袋を数枚重ねて、泰騎へ渡した。
「ほら、倖ちゃん。リバースOKじゃでー。出来なさそうなら、ワシが指突っ込んだるけど」
「うぇ。泰ちゃ、大丈夫だよ……吐きそうなわけじゃ――」
否定したものの、倖魅は一瞬で泰騎からビニール袋を奪い取ってWCへと走り去った。
その背中を見届け、泰騎が溜息を吐く。
潤は自分のマグカップに烏龍茶を注ぎ足した。