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第一話『日常』―2




 木曜日。


 ひと晩またいで、しとしと降り続いていた雨が上がり、空気が冷気を帯びている――と、幾分か気持ちがいいのだが。今は纏わりつくような湿気が身体を重くするのみだった。


 十月も中旬だというのに蒸し暑い。ここ近年は、温暖化の影響か夏が長い。今日の場合、梅雨のような体感だ。


「昨日は本社のお仕事お疲れ様ぁー。今日も事務所のお仕事頑張ろうねー」


 自分のオフィスデスクでノートパソコンのキーボードを叩きながら、紫色の髪と同色の瞳をした細身の青年が、にっこり笑う。左耳にはゴールドの三角ピアスが揺れている。


「昨日の標的は、麻薬密輸組織系だったんだって?」

「流石、(ゆき)ちゃん! 情報が早ぇなー」


 『倖ちゃん』こと倖魅(ゆきみ)は、年中首に巻いている薄手の白いマフラーを少し緩めて、再度笑った。タレた左目の脇にはホクロがある。


「取引現場が、めっちゃド田舎の山ん中でなー。木登り鬼ごっこ、面白かったで!」


 昨日と同様に、だが、違う種類のゴーグルを頭に掛けている泰騎が倖魅の後ろからパソコンの画面を眺める。そこには、昨日仏様にした面々の所属していた組織について、書き出されていた。


「麻薬関係なら、国の麻薬取締部が捕獲すれば良いんじゃないんですか?」


 質問したのは、黒髪黒目。大きな目をしているが、瞳は小さい。どこにでも居そうな顔をした青年だ。黒地に白のストライプが施されたスーツに、ピンクのYシャツ、干支の刺繍がされたネクタイを締めている。顔は平凡だが、ファッションセンスは前衛的だった。


「尚ちゃん。捕まえてしもうたら、そいつらは刑務所行きじゃろ? 刑務所に入れたら、税金で飯食わせんと駄目なんじゃで? 裁判やらなんやらで、まだ金が掛かるしな。そんなら、ちょいと金を払って跡形もなく始末すりゃ、余計な税金を使わんですむ。ってなわけで、ワシ等は国のお偉いさんに頼まれて、大量に蔓延(はびこ)る犯罪者を間引きしとる。ってわけ」


「そのおれ等自身が、犯罪者なんですけどね」


 『(なお)ちゃん』こと尚巳(なおみ)が、首を(すく)めた。


「そこは国家権力で守られてるから、ヘーキヘーキ。もし何かあっても、ボクが情報操作して何とかするし。でもまぁ、一民間企業がこれだけ守られてるってトコで、社長の凄さが分かるよねー」


 倖魅がノートパソコンを閉じると同時に、給湯室から白髪(はくはつ)の青年が現れた。左目が前髪で隠れていて、その髪の奥に二連ピアスがちらちら見える。手には、切り分けられた羊羹の乗った皿を持っていた。


(りょう)ちゃん、また取引先から貢物?」


 泰騎に訊かれ、凌が眉間を力ませた。が、すぐに緩ませる。


「貢物じゃないです。この前の三連休で旅行に行ったっていうお客様が、お土産をくれたんですよ」


 凌は羊羹を、よっつ向かい合わせに設置されているデスクの中央に置いた。


 ここは《P×P》事務所――縦に長いビル――の六階。『P×P総合事務所』と表のドアにはあるが、社員からは『所長室』と呼ばれている部屋だ。窓際の壁寄りにふたつ。その手前に、よっつのデスクが向い合わせで置かれている。

 他にはソファーやテーブル、テレビに冷蔵庫もあり、大きな本棚には、雑誌や漫画や、図鑑などが並んでいる。


「あ、これ京都の美味しいヤツだー」


 羊羹の入っていた箱を見つけた倖魅が、空箱を泰騎に渡す。


「ほんまじゃー。コレ、一本二千五百円とかするやつじゃがん。凌ちゃん、愛されとるなぁー」

「だから、貢物じゃないです」


 尚巳の隣の席へ座りながら、うんざりと、凌が嘆息した。


「でも、おれがひとりでお客さんトコ行ったとしても、貰えてなかったと思うよ」


 尚巳が、ノートパソコンを開きながらニヤニヤしている。凌は喉まで出かかっていた溜息をこらえ、言い返すために口を開いた。


「ものを貰うと、後でお返しをしなきゃなんないだろ。面倒臭いんだよ……オレの手帳、貰ったものとお返しのメモで、仕事の事を書く欄が狭いのなんの」


「最近はシルバーウィークから、お土産ラッシュだったもんねー。ちんすこう、紅芋タルト、カステラ、岩のり、もみじまんじゅう、たこやきシュークリーム、ういろう……あと、何貰ったっけ?」


 指折りながら、最近、凌が持ち帰ってきた食べ物を数えてみる。倖魅は「あ、ひつまぶしも美味しかったねー」と、のほほん思い出し笑いを浮かべていた。


「先月の、社長セレクト米の“にこまる”と一緒に食べたら最高でしたよね!」


 本日分の報告書をパソコンで打ち込みながら、尚巳も倖魅と視線を交わしている。



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