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第二話『来訪者』―11



「うーん。まさか『嫌な予感』がダブルで来るとはな」

 端が溶けて変形している机に尻を乗せ、泰騎が呻いた。


 この数十分の間に色々起きたが、それでもまだ胸元にある(もや)は晴れない。何かが引っ掛かる。


 他のメンバーは、重要そうな書類をかき集めている。潤は着てきた服も燃えてしまって、まだ検査着のままだ。


「もー! こんなノコギリで潤ちゃんの腕を切るなんて、信じらんない!」


 床に散らばっている刃物や鈍器を手に取りながら、もうこの世には居ない人物に向かって、倖魅が叫んだ。その隣で、手に棒付きキャンディーを握ったままの恵未も叫ぶ。


「っていうか、こんな大変な時に凌は何やってんのよ!」

「凌は今頃、部屋でのんびりしてるんじゃないかな? あ、その辺の瓶と液体は触らない方が良いよ。手が溶けるかもしれないから」


 尚巳としては、自分が居ない間事務所の仕事を任せていたので、凌にはゆっくり休んで貰いたいところだ。とはいえ、仲間外れのようで申し訳ないので、白衣の内ポケットに忍ばせていたウサギマークのついているスマートフォンを取り出すと、発信アイコンをタップした。


 数回の呼び出し音を待つと、繋がった。

『どうした?』

「あー。何か、久し振り。今暇か?」

『まぁ、忙しくはないな』


「んじゃ、ちょっとお使い頼まれてくれよ。メンズMサイズの服上下一式。あと下着な。無地が良いかな。色は……あんまり派手じゃないやつ。それを持って、本社の地下研究室がある階まで来てくれ。なるべく早くな。んじゃ」


 電話の向こう側でまだ声が聞こえた気がしたが、通話を切ったので文句は後から直接聞くことにする。


「潤先輩、もう少ししたら凌が服を持って来てくれますよ」

「あぁ。有り難う。……というか、皆休日なのにすまないな」


 只でさえ、恵未と尚巳は事務所が休みの水曜日も本社で働いていたというのに。


 恵未がしゃがみ込んで、潤の右腕に手を置いた。

「そんな事より、無事で良かったです。モニタールームで視ていて、何度ここに殴り込もうと思った事か……」

「恵未ちゃんの今回の任務は、あくまで『尚ちゃんの護衛』だもんね。でも、恵未ちゃんが室内の状況を逐一ボクに連絡くれたから、ボクと泰ちゃんもすぐに駆けつけることが出来たんだよ」

 集められた書類の内容を確認しながら、倖魅が笑う。


 潤が、ある事に気付いた。

 すぐ近くに住んでいて、昨夜九時から――


「…………お前が『ユミちゃん』か?」


「あ……バレちゃった? そうだよ。泰ちゃんは夜からずっとボクの部屋に居たんだー。ほら、ボクが泰ちゃんの部屋に行くと、潤ちゃんは気付くでしょ?」


 確かに、泰騎とは同じフロアに部屋が並んでいるので、泰騎の部屋で倖魅の声がすれば気付く。


 それより――

「そこまでひた隠しにしなくても良いだろ」

 潤は自嘲した。


 雅弥は『今度、恵未と尚巳を護衛につける』としか言わなかった。雅弥の護衛と思い込んでいたが、寄ってたかってガチガチに護られていたのは、自分だったわけだ。


「だって、潤ちゃんは『社長と会社の為なら何でもする人』だもん。再生能力のデータは、確かに重要な研究材料だっていうのは、ボクだって分かってる。だからって、限度ってものがあるよ。再生速度を診るだけなら、傷なんてほんの数センチで良いのに。潤ちゃんは身体に大きな穴を開けられても、文句言わないし。で、ボクの持ってる潤ちゃんの検査記録を見る限り、杉山さんの『実験』って、波があるんだよね。緩い時とキツイ時。あの人、そろそろウズウズする頃じゃないかなぁー? と思ってたら、泰ちゃんが気になる事言って来たからさ。手遅れになる前に、手を打たせて貰いましたー」


 倖魅は怒り半分呆れ半分だ。


 大きな溜め息の後、更に続ける。

「内臓の半分を引き摺り出されて生きてたのは、奇跡なんだからね。いっつも言ってるけど、もっと自分を大切にしてよ」


 五年も前の事を持ち出され、潤が天井を仰ぎ見た。尤も、倖魅には昔の事として処理されていないようだが。


 ただ、潤にとって倖魅の言う『自分を大切に』というのを実現するのは、とても難問だった。潤自身が、もう既に自分を大切にしているからだ。いや、『大切にしている』と思い込んでいるからだ。疲れれば寝るし、腹が減れば何か食べる。潤にとっては、それが出来ればそれで良い。生きる為に必要な事が出来さえすれば、自身は満足する。勿論、好きなものはあるし、やりたい事もある。だが、それが無かったとしても、不自由ではない。


 それに、自分自身の最大の望みは、もう十分叶っている。


「そうだな……努力する」


「本当に分かってる? 潤ちゃんってば、自分の事には無頓着なんだから。昨日の夕飯言ってみてよ。どうせ何にも食べてないんだよね? やっと何か食べたと思えば、何? 『ゆで卵』とか言うし? 冷蔵庫だってスッカラカンなんでしょ。料理出来るのにしないし。どうせ家じゃ水しか飲まないんでしょ。社長から貰うお米だって、半分以上残るから後輩の所に配り歩いてるし。あぁもう! 言い出したらキリがないよ! ねぇ、聞いてる?」


 早口で訴えられ、潤は倖魅から視線を逸らす。

 机に座ったまま、泰騎が嘆息した。


「倖ちゃん、仕事がある日はワシが朝飯作っとるから大丈夫じゃで」

「泰ちゃんには言ってないの。潤ちゃんには、一度強く言っとかないと! って、何度言っても分かってくれないんだけど!」

「……すまない……分かっているつもりなんだが……」

「『つもり』じゃ駄目でしょ! 潤ちゃん、自分でいつも後輩に言ってるじゃん!」


 地団駄を踏む倖魅を、泰騎が適当に宥める。適当なので、倖魅の怒りは収まらない。寧ろ悪化している。

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