表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/85

第二話『来訪者』―10

 ミルクティーのような色素の薄い髪を微かな風の流れになびかせており、白い肌に真っ赤な瞳が浮かんで見える。


「あぁ。ひとり巻き込んじゃったんだね。まぁ、全員巻き込んでも良かったんだけど」

 子どもの口元が、綺麗な弧を描いた。

「初めまして。僕は()()。女の子みたいな名前だけど、男だよ」


挿絵(By みてみん)


 煙が完全に流れると、尚巳が潤と水無を交互に見やり、真顔で疑問を口にする。

「潤先輩の隠し子ですか?」


 質問内容はすっとんきょうだが、髪と目の色が同じだとそう思ってしまうだろう。潤の顔と見比べてみると、あまり似てはいない。


「こんなにでかい子どもがいる年じゃない」

 潤がうめく。

 水無は、丸くて大きな目を細めて笑った。

「こう見えても、十三歳だよ」


「へぇ……言われてみれば、十年くらい前の潤先輩に似てるわね。でも、あなたの方が少し小さいかしら」


 背後からの声に、水無がゆっくり振り向いた。

 黒髪でセミロングボブの女性が、腕を組んで立っている。本社の監査部の制服を身に纏っていた。

 棒付きキャンディーが手に握られている。

 恵未だ。髪はウィッグだろう。


「はぁー。一週間モニター眺めるだけなんて、身体が(なま)っていけないわ。監査部の人たちって、退屈で死んだりしないのかしら」


 肩を回しながら、水無の横を通り過ぎて室内へ入ってくる。


「潤先輩、無事で何よりです。ついでに尚巳も」

「ついでって何だよ……」

「何よ。アンタが杉山さんの実験体にされないように見張ってたの、私よ? 感謝してよね。あぁーもう。退屈でおかしくなりそうだったわよ」


 横目で、壁にある黒い焦げの塊を確認した。潤の斜め前で、伸びをする。


「困ったわね。私じゃ、一回しか潤先輩の盾になれそうにないわ」

「恵未、自分が死ぬイメージは持たないんじゃなかったのか?」


 潤は、恵未の後ろ姿を眺めながら嘆息した。

 恵未は振り返らずに答える。


「先輩を護る為なら、そんな信念は捨て去ります。それに、私の代わりは祐稀ちゃんがいるけど、潤先輩の代わりはいませんから」


「恵未ちゃんの代わりもおらんから、死なれたら困るで」


 水無の両肩に、手が置かれた。灰色の髪が伸びている頭にゴーグルを掛けた泰騎が、大袈裟な溜め息を吐いている。


 足音はなかった。こんなに近付かれるまで気付けなかったことに対し、水無は心中で舌打ちした。表情には出さないが。


「ちょっと。人間如きが何、僕の肩を触ってるの?」

 振り向いた水無の顔を見て、泰騎が息を呑んだ。


「……潤?」


 先刻、恵未が『そっくり』と言ったが……生き写しのそれだ。

 初めて会った頃――より、少し大きいが。その頃の潤が、目の前に居る。声まで同じ、綺麗なボーイソプラノだ。

 違うところは、左目の傷が無いことくらいか――。


「ちょっと。聞いてる? その汚い手をどけてって、言ってるんだけど」

 泰騎が手を退けた刹那、水無の肩の上で炎が弾けた。


「あぁ。傷以外にもあるな。潤はこんなに短気じゃねぇわ」

 炎が掠めた手を摩りながら、泰騎が半眼になる。


「さっきから聞いてれば……僕の事、あの無愛想で可愛げのないキズモノと一緒にしないでくれる?」

 水無は、ふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。

「まぁ、似てるのは事実だよ。僕は咲弥(さくや)様に作られた、そこに居るキズモノの複製――クローンだからね」


「……咲弥……」

 潤の呟きに、恵未が眉を眉間に寄せた。

「『咲弥』って、社長の……」

「妹だ。約十五年前から行方不明になっている」


 『妹』とはいっても絶縁していて、苗字も違う。血が繋がっているだけの、他人だ。

 雅弥には弟もいるが、そちらとも苗字が違う。ただ、弟との関係は、現在丸く収まっている状態にあった。


「咲弥様は、君の事が特にお気に入りだったみたいでね。君が騰蛇の血清との結合副作用で爆炎を生んだときに、騰蛇の予備血清と君の遺伝子データや皮膚細胞を持って脱出したんだ。それから生まれたのが、僕だよ」

 説明を終え、水無は泰騎を見上げた。

「さっき、傷くらいしか違いがない、みたいな事を言ってたけど」


 いや、性格云々も言うたけどな。と、泰騎は心の中でツッコんだ。


 そんな泰騎の心中を知らぬ水無は、続ける。

「瞳孔の形をよく見てくれる? あいつは縦長の、蜥蜴みたいな目だけど、僕のは暗いところに居る猫みたいに丸いんだよ。ほら。僕の方が可愛いでしょ」

 誇らしげに顎をしゃくる水無を、泰騎は半眼で眺めている。


 泰騎は抑揚のない声で返した。

「あー。うんうん。可愛い、可愛い」

 ただ、性格は全く可愛くねーな。と、これも心の中で付け加える。


 泰騎の反応の薄さは完全に無視し、水無は潤へ視線を送る。潤は、変わらぬ表情で水無を見返した。


「咲弥様は、最近日本へ帰ってきたんだ。今、君がどんな風に成長してるのかって気にしていてね。ちょっと覗きに来たんだ。可愛げのない大人になってたって、報告が出来るよ」


 くすりと笑って、続ける。


「まぁ、どんな成長を遂げていたとしても、咲弥様は大人の男に全く興味がないからね。僕も成長抑制剤を投与して、十歳から細胞の成長を止めたんだ。お陰で一生、可愛いままでいられるんだよ。羨ましいでしょ」


 またしても、誇らしげにふんぞり返っている。泰騎は心の中で、もうひとつ付け加えた。

(いくらガキじゃって言うても、潤はこんなにお喋りじゃなかったわ……)


 会ったばかりの頃、自分ばかりが潤に話し掛けていた事を思い出し、泰騎が苦笑した。まぁ、それは今も大差ないのだが。


 尚巳が、潤に顔を近づけて小声で疑問を口にする。

「社長の妹さんって、少年愛好者なんですか?」

「あぁ。俺と同じ境遇だった奴は、十歳以下の男しか居なかったな」

「社長の血縁者って、変態しかいないんですかね……」


 尚巳が誰を思い浮かべているのか――潤には想像できたが、恵未はピンときていないようだった。


 小声だったが、泰騎にも聞こえていたようで。

「潤が五歳の時に誘拐しとるんじゃから。はべらせるのが目的なら、そりゃ立派な変態じゃで」


 わざとらしく声を大きくして言い放った泰騎を、水無が睨む。

「咲弥様は変態じゃない。小さくて綺麗で可愛い男の子しか愛せないだけだ」

「いやいやいや。十分変態じゃから。ビックリするくらい変態じゃから。しかも五歳から十歳までって、ストライクゾーン狭っ!」

「違う。咲弥様のストライクゾーンは二歳からだよ」

「ちょ、お前。めっちゃドヤ顔で指摘しとるけど、ヤバさが増しに増しただけじゃからな! そんで、ヤバい事に気付いとらんお前もヤバいわ!」


「咲弥様は僕にとっての神! つまり、咲弥様が地球は四角いと言えば、地球は四角くなる!」

「駄目じゃ。洗脳とかそういうレベルの汚染力じゃねぇで……。これが、ある種の盲目的愛……」

 流石の泰騎も、顔を引き攣らせる。


 背後で足音がした。首に巻かれた白いマフラーが靡いている。紫色の外に跳ねた髪が、一歩歩く度に弾む。

「まぁ、ある意味潤ちゃんにそっくりではあるけどね。潤ちゃんは社長信者だしー」


 辺りの惨状を見て、顔を渋くしている倖魅が溜息を吐いた。


「あ、倖ちゃん。他の研究室は無事じゃった?」

「うん。みんな避難して貰った。休みの日で良かったよ。正面玄関を壊されただけで、被害者は杉山さんだけ。あ、杉山さんの後任の手配も済ませてきたからね」

「相変わらず、仕事が早いなぁ」


 泰騎が褒めるが、倖魅はニコリともせず、水無を見下ろした。


「ウチの会社の研究員をひとり殺しただけで帰るんなら、見逃してあげる。でも、この場に居る誰かに危害を加えるなら、返すわけにはいかないよ」


 水無は静かに、長いまつ毛を伏せた。口元が、笑みを模る。

「次から次へ……打ち合わせでもしてたみたいに沸いて出て来るね」

 はあ、と大袈裟に息を吐いて、続ける。

「別に。全員消し炭にしたって、僕は構わないよ。でも咲弥様からは、そんな命令はされてない。だから今日は帰るよ」

 あっさりと両手を上げて踵を返す水無に、倖魅は道を開けた。

「そうしてくれると助かるね。出来ることなら、もう会いたくないな」

「それは咲弥様次第だね」

 背中でそう言うと、水無は一度立ち止まり、振り向いた。

 ――だが、何も言わずにそのまま歩いて立ち去った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ