表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/85

第二話『来訪者』―6




 金曜日になると、担当の営業先をひとりで回っていた凌が歓喜の声を上げた。給湯室には、食べきれなかったお土産が所狭しと並んでいる。


「やっと一週間が終わった」


 椅子の背もたれに背中を預けて伸びをする凌の前に、レトルトパウチのチーズハンバーグが置かれた。凌が横を確認すると同時に、緑茶の入ったマグカップも置かれる。


「お疲れ様。今日の夕飯にでもしてくれ」

「潤先輩……これ、頂いて良いんですか?」


 凌は表情を明るくして、レトルトハンバーグと潤の顔を交互に見つめている。


「あぁ。以前、恵未に連れて行ってもらった駅地下のハンバーグ屋で買っ――」

「恵未先輩と! どちらのハンバーグ屋さんに行かれたんですか!?」

 口と顔を挟んできたのは、祐稀だ。今日は髪を束ねていない。艶のある長い黒髪が、動きに合わせて元気に踊った。


「デートですかっ!? 恵未先輩と副所長がお付き合いしているなんて、私、聞いていません!」

「いや……別に、付き合ってるわけじゃ……」


 たじろぐ潤の様子を見かねた倖魅が、祐稀を潤から引き離す。


「安心して。潤ちゃんと恵未ちゃんは付き合ってないし、ボクもその場で一緒にハンバーグ食べたから」

 倖魅に肩を抱かれた状態の祐稀は「そうですか」と安堵の息を吐く。


「今度、祐稀ちゃんも一緒に行こうね」

「はい。是非ご一緒させて下さい」


 いつの間にかマブダチ状態にまで打ち解けていた倖魅と祐稀の姿は、凌の瞳には映っていない。彼には、レトルトハンバーグしか見えていなかった。


「潤先輩、ありがとうございます。一生大切にします!」

「いや、頼むから近い内に食べてくれ」

 ひと言告げた。凌は分かったのか分かっていないのか、大事そうにレトルトハンバーグを持って(もく)している。


 自分の席に戻った潤の隣では、泰騎が神妙な顔でプライベート用のスマートフォンを睨んでいた。ずっと静かだったのは、スマホと睨めっこをしていたからなのだが――彼はひとつ息を吐くと、指を画面上で滑らせた。

「よし、今日はユミちゃんに決めた!」


 どうやら複数件の誘いが届いていたらしく、誰と会うか悩んでいたようだ。


 休日の前日にはお決まりの光景なので、潤は気に止めない。

 気にしているのは祐稀だけだ。


「所長は一体、何人の方とお付き合いされているんですか」

「今付き合っとるのは四人かなぁー」


 はっきりしない返事だが、しょっちゅう人数が変わる上に、交際関係がはっきりしない友人も多い。その気はなくても、相手から「付き合ってるよね?」と確認される事もある。


 当然、祐稀の表情は険しくなった。


「不純です」


「まぁ、不純じゃけど。これでも、男女関係なくみんな平等に接しとるつもりじゃで。ニューヨークじゃ、いっぺんに五人と付き合うのも当たり前じゃしなぁ」


「祐稀ちゃん。ウサギさんは年中発情期だから、大目に見てあげて」

「倖魅先輩、それは不純が許される理由にはならないと思います。あと、所長は人間ですし、ここは日本です」


 真面目な祐稀が、もっともな意見を述べる。


 泰騎は渋い顔で頭を掻いた。

「『二番目じゃけどええ?』って訊いて、OKなコとしか付き合わんし。向こうが本気でワシの事『好き』とか言い出したら、即行バイバイするし。っていうか、ワシから『付き合おう』とも言うた事ないし」

「二番目……ってことは、一番が存在するんですか?」

 祐稀が疑問を述べると、泰騎は一拍置いてから大きく頷いた。

「一番はやっぱり――まぁ、ほら。自分じゃろ?」

 綺麗に並んだ白い歯を見せて笑う泰騎に、祐稀は妙に納得していた。「まぁ、この人ならこういう理由にも納得できる」と。それ以上の言及はなかった。


「それより、ここ最近妙に嫌な予感がするから、みんな気を付けてなー」

 泰騎の言葉が耳に届き、ハンバーグを見つめていた凌が顔を上げた。

「泰騎先輩の『嫌な予感』は命中率百%だから恐いんですよね」

「しかも、『いつ』『どこで』『誰が』その『嫌な予感』の餌食になるか分からないところが、また恐いんだよねー」

 嘆息する倖魅の姿に、泰騎が後ろ頭で手を組んだ。

「ワシ、予知能力とかねぇし。そこまで分からんよ」

 例の如く、深刻そうに気にしている様子は伺えない。


「泰騎、今日の分の書類がまとまったから、目だけ通しておいてくれ」

 潤から書類を受け取り、泰騎が軽く返事をする。のんびりと、文字が並んだ紙をめくる泰騎。


「悠長にしていて良いのか? 今日は『ユミちゃん』のところへ行くんだろう?」

 視線は手元に落としたまま、潤が疑問を述べる。まぁ、さして気になる事ではないのだが。

「え、何? 潤、気になるんー?」

 思わせぶりにニヤついて見せるが、潤が気にしていないことも知っている。実際、潤の視線の先は書類の文字だ。


 泰騎は紙を天井に向けた。照明の光が透けているのを眺めながら、続ける。


「ユミちゃんは近くに住んどるから、急がんでもええんよ。それに、待ち合わせは九時じゃし」

「そうか」


 取り敢えず潤には、今夜泰騎が『ユミちゃん』宅へ転がり込む事だけは理解できた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ