推察
ボウリングを楽しんだ日の翌日。日曜日。
私は、いつもなら夢巻ちゃんと出かけていたけど、急遽、緋氷先生から電話が来て、陵谷公園に呼び出され、
「偶輝さん。この“敬語しか話せない”状態、どう推測しますか?」
という相談を受けていた。
「そうですね…。私の考えでは、脳内信号が書き換えられて、喋ろうとする瞬間に何らかの影響があり、タメ口を使えなくなってしまっているものかと思われます…」
バイオテロの可能性を、私は考えた。
「その可能性は極めて高いですね。何せ、あの瞬間は違和感だらけでした…」
どうやら緋氷先生も、同じ考えだったみたい。
そう考えられるのは、いくつか重なった
『現実と現象の矛盾点』
が存在したからである。
「まず、誰もが感じた“揺れ”は、実際には“地震”ではなかった。その証拠に、あんなに大きな揺れだったのに、地震速報も無ければ、地震を観測したデータも無い。これは明らかに、私たちの体内で起きた異変だということ。それは確認できます」
事前に、そのことについては専業主婦たる私のお母さんから察せた。
母さんは必ずテレビを見るし、速報とかがあれば私にLINEで一報を入れてくれる。そうマメな母さんが、それをしなかったから分かった。
私は語り続けた。
「そして、私は何度も“先生”と付けようとしているのに、口から出てくるのは“緋氷さん”…あっ、また今も…。これもまた、年の差を感じさせないために、“先生”や“先輩”という堅苦しい呼び方を封じたモノかと」
必死で脳内信号に抵抗し、先生や先輩という言葉を口にした。
「私も同じ経験しました。実は、今まで“ちゃん”付けて呼んでいた人が居ました。けど、その人に対しても“さん”しか付けられなかったのです。これもまたタメ口封じ…でしょうね」
緋氷先生も語った。
こうして考えられることは、
先生・先輩 等の呼び方も『さん』で統一され、誰に対しても敬語になってしまう。そうなってしまうのは、脳内信号が“何者かによって”書き換えられたモノだと思われる。
そうなると、科学者しか考えられない。
「…まずは、身近な科学者から当たりますか…」
そうして私は緋氷先生に、田駒先生と話してほしいと依頼。すると、先生たちの間で連絡先は全員交換されていたからか、その場で田駒先生に電話を掛ける。
それは、すぐに繋がった。
そして緋氷先生は、スピーカーに切り替え、会話が私にも聞こえるようにしてくれた。
「もしもし、田駒さん。今時間ありますか?」
『ん? 緋氷…さん? …はい』
少しためらいが感じられた。
「ちょっとだけ相談したいことがありまして…」
『いい…ですけど、何でしょうか?』
「…電話先っていうのも少し違う気がするので、今から陵谷公園に来れますか?」
『…いいですよ』
その返事の直後、田駒先生は電話を切り、数分後、公園に姿を見せた。
茶髪パーマでセミロング、サングラスを掛けていて、医師を思わせる白いロングコート、白い長ズボン。それはまさに医師の格好。
「これはこれは緋氷…さん。こんな所に呼び出して、何の用件でしょうか?」
また名前を呼ぶ時に違和感が感じられた。
「実は、科学者である田駒さんなら、この“敬語世界”について何か分かるかと思い、声をかけさせて頂きました」
すると、田駒先生は、
「残念ながら、私に分かるのは、こうして敬語しか話せないのは“脳内信号が書き換えられた”のではないか、と。それだけしか…」
さすがの科学専門スペシャリストである田駒先生でも、同じような推測しか出来ていなかった。
「田駒さんでも分からないなら、もうお手上げです…。私達も同じ推測してましたから…」
私は、同じ推測しか出来ていないことを告げた。
「田駒さん」
ここで緋氷先生が口を開く。
「私と偶輝さんは、なぜ“敬語しか話せないのか”を追及したいのです。そのためには、科学者のチカラも不可欠。そこで、あなたにも協力して頂きたいのですが…よろしいでしょうか?」
共同戦線を申しつける。すると、
「いいでしょう。出来うる限り協力します」
田駒先生は、快諾してくれた。
心強い科学者を味方につけ、私達は更にこの“敬語世界”について追及し続ける。