二十二話 魔女の屍 9
まず、グラベールの言った魔女とシャルインの言ったシスター、オーリスは同一人物と見て間違いないでしょう。エルフたちの反応を見る限り、魔物を操る魔法はかなり希少だと考えられるからです。
また、私たちはシャルインに出会ってからの魔女オーリスの人生の概略をこのようにして語れるはずです。
『独特な喋り方が特徴の年老いた女性、オーリスはクヌのギ・ラーク教会に勤めていました。何故、ギ・ラーク教だと分かるのかというと、東ベストロジアでは孤児院という施設がその宗教の教会にしかないからです。
彼女はそこで聖母のような振る舞いをしていました。中でも目に掛けていたのはシャルインという差別を受けていたエルフの少女です。彼女は自分を完全にではないものの助けてくれたオーリスに懐きました。
また、他の子どもたちにも好かれ、彼女は次期司祭と呼ばれるまでになりました。
しかし、その栄光は長くは続きませんでした。クヌの街に盗賊が襲い掛かってきたのです。
教会にも何人かの盗賊が到来し、子どもたちに手を掛けようとしました。
慈悲深き心を持っているオーリスは、彼らを助けるために本当は人前で見せてはならない禁忌の魔法を唱えました。
魔物を操る魔法です。彼女はウルフの集団を操り、盗賊たちを無残に殺しました。そうして、教会の危機は消失しました。
さて、そんな彼女は時期司祭です。当然、羨み嫉妬する他のシスターもいるわけでしょう。そんなシスターが彼女の魔法を見てすることといえば、司祭に伝えるくらいしか考えられません。
それは何とも魔族的で、決して神に仕えるシスターが習得すべき魔法とは言い難いものがあります。
司祭もそのように判断し、北ミストレア森林への漂流刑を処しました。彼女を魔に仕える反逆者としたのです。
意外にも、オーリスは反抗することもなくそれを受け入れました。
やがて時は経ち、刑は実行され、彼女は北ミストレア森林に1人取り残されました。しかし、ここで立ち往生しても仕方がない、と思ったのか、奥へと進み始めました。
歩いていくと、鬱蒼とした森に相対して、陽の光の全身で浴びることができる小さな草原地帯がありました。彼女は「ここに暮らそう」と決め、家を建てました。
数ヶ月後、もしくは数年後、オーリスはとあるエルフの少女と出会いました。名をスラマイナというようです。
聞くところによると、彼女には親がいないようです。もしかしたら、オーリスはそこで孤児で親も親戚も誰も頼る人がいなかったエルフ、シャルインのことを思い出したのかもしれません。
ともかく、彼女は稽古と称して、スラマイナと関わろうと決めました。
スラマイナにはかなりの伸びしろがあったようで、彼女が教えることをすぐに飲み込み、上達していきました。
ある日の朝、いつものようにオーリスの家へと来たスラマイナの他にもう2人ばかり誰かいることに彼女は気付きました。
呼んでみると、2人はスラマイナの後輩らしいです。オーリスはすぐに「2人も稽古に参加させよう」と決めました。
稽古をつける老婆とその弟子3人との生活は何とも平和なものでしたが、それは唐突に終焉を迎えたのです。
魔族2人の到来。これを見て、オーリスが何を察したのかは分かりません。しかし、これによって彼女の運命は死へと傾いたことは間違いないでしょう』
所々の感情の描写以外は大体合ってるといっていいでしょう。
さて、現在ツヅルが置かれている状況がオーリスに全く関係していないということがありえるでしょうか。
魔物を操る魔法。それならば、この状況を創りだすのも容易、かどうかは分からないですが、不可能ではないでしょう。
偶然のせいにするのよりも、これのせいにするほうが何倍も現実的です。
だから、ひとまずこう結論付けてもいいでしょう。
(この事態は「魔女の屍」もしくは「魔女の屍」を騙った誰かによって引き起こされたものである)
この簡単な結論のためにどれだけの時間と思考を費やしたのでしょうか。ともかく、これで一歩進展したのには変わりありません。
そして、もし「魔女の屍」がそもそも存在しなかった場合、犯人は研究会の誰かだということも証明なしに用いていいことになります。
(問題は動機だが……)
「ねぇ、ツヅル?」
そのシャルインの声によって、ツヅルは閉じていた目を開けました。
「なんですか?」
「グラベールと相談して、明日人を集めてこの集落から脱出しようってなったんだ。君も来る?」
彼は驚いて、彼女の顔をまじまじと見ます。
「そ、それは危険過ぎます……!」
「うん。そうだよ。かなり危険だ。でも、このままここでジッとしてたら、皆死んじゃう!」
シャルインは必死に訴えかけてきます。本気で心配してくれているのが分かりましたが、それに頷くわけにはいきません。
後少しで解明できそうなのです。動機だけ、それさえあれば犯人を追い詰めることができるでしょう。
「……どうにか、遅らせることはできませんか」
「……ごめん。あたしたちはこの生活に耐えられないんだ」
期限は明日、9月19日。時間とはなんと残酷なものなのでしょうか。ツヅルはたった24時間程度で全てを暴かなければならないのです。
「ともかく、帰ろう?」
シャルインは彼が頷かないと見るや残念そうに目を伏せました。
「私は許さないぞ。グラベール!」
「もう皆で決めたんです。今更変えられません」
村長の家に戻ると、論争が起きていました。大広間の中央でルシラとグラベールが大声で争っており、ファルとスラマイナが何とか押さえ込もうとしていました。
リーフは端の方で震えていました。
「お、ツヅルとシャルインか。すまんな。ちょっと手伝ってくれや」
もう動ける程度には怪我が回復したらしいスラマイナは彼らを見つけると、そう言いました。
「どうしたんですか?」
大体状況は理解できますが若干困惑気味のツヅルは問います。
「グラベールたちが明日魔物たちと戦うって言い出してな、ルシラが激怒したんや。あ、そういえばシャルインお前も関与してるんか?」
「はい。あたしたちは明日出て行きます」
スラマイナとシャルインはにらみ合いました。ここでも戦闘が始まりそうな雰囲気になります。
穏便派と脱出派の思想はまるで異なっているので、反発し合うのも無理のない話でしょう。ツヅルは自分の力では場を収められないと察すると、すぐにリーフの方へと向かっていきました。
「大丈夫か?」
震えていたリーフは彼の姿を発見すると、寄っていきました。
「どこ行ってたんですか……!?」
彼女にしては珍しい怒りの表情と声を受け止めたツヅルは一言謝りました。そして、壁にもたれ掛かります。
論争場を見てみると、案の定スラマイナとシャルインも加わっていました。ファルしか中立がいないのが少し可哀想に見えましたが、参加する気にはなれませんでした。
ツヅルにとって、こんな議論よりももっと別の核心に迫るような思考をすることの方が先決だからです。
しかし、彼の聴力は問題なく仕事を続けていたので、その議論の様子は聞こえてきました。
どうやら、もうほとんどのエルフがどちらかの陣営に属しているそうです。脱出派と穏便派の数は比率で表すならば、3:1と言ったところだそうで、前者の方がマジョリティーらしいです。
主に脱出派の指揮はグラベールがとっているようです。
普段のグラベールを知っているツヅルは、皆を纏められるのかと疑問に思いましたが、曲がりなりにも彼女は村長の娘です。ある程度の信頼は寄せられているでしょう。
ただえさえ少ない人数が更に分断されるのは好ましくない、とルシラとスラマイナは主張していましたが、グラベールたちは意地でも考えを改める気はなさそうでした。
その後もしばらく同じような議論は続きましたが、
「もういいです! わたくしたちは明日絶対出て行きますから!」
と言って、グラベールが放棄したので終了することになりました。ルシラは不満そうでしたが、全く聞く耳を持たない彼女の姿を見て、諦めざるをえませんでした。
ところでどうして今日じゃなくて明日なんだ、とツヅルは疑問に思いました。
しかし、すぐに分かりました。明日から本気出す理論と同じようなもので、今日外に出て、膨大な量の魔物と戦うという決心をするのが怖いのでしょう。
「どうしたらいいんだ……」
ファルのそんな声が大広間に低く響きます。それは全員の気持ちを代弁した言葉でしょう。
脱出派もまさか被害も何もなしに魔物たちの網をくぐれるとは思っていないでしょうし、他に方法があるのならすぐにそちらを採ると思います。
もう数日間もまともな食事も与えられずに軟禁状態という現状が思考を彼女たちから奪ったのです。
それを取り戻すには絶対の論理を用意してあげなければなりませんが、それは今のところ不可能です。
「ツヅルさん……」
更に暗くなった雰囲気に怯えたリーフは座ったまま近寄ってきました。彼女もそろそろ身体的な意味でも精神的な意味でも限界でしょう。
どうにかしてあげたいのは山々なのですが、今は頭を撫でてやることくらいしかできそうにありませんでした。
この状況下で唯一まともな思考能力を持っている、というよりは犯人以外では一番真実に近い場所にいるツヅルですら精神に傷が付いていくのを感じられます。
当然、こんなところで死にたくないので思考をしようと試みるのですが、頭痛によって中断されます。
(まだ絶望じゃない……。絶望的なだけで希望はある……)
自身をそう励ますと、ツヅルは痛む頭を抑えながら思考を再開しました。
それから何も浮かんで来ず、ただただ無意味に時間は過ぎ、やがて次の日になりました。
ツヅルは深夜まであらゆる事を考えていたので、起きたのは昼頃でした。目が覚めると大広間には誰もいませんでした。
彼は寝起きの回らない頭を傾げました。いつもなら誰かが項垂れているはずだからです。しかし、この空間内にはツヅルしかいませんでした。
ここで、彼は今日グラベールたちが魔物と戦うと宣言していたことを思い出しました。
その途端に、魔法と悲鳴の音が辺りに響き渡りました。ツヅルは飛び上がります。
(まさかもう魔物に手を出して……!?)
それをやられたら、今度こそ死ぬ以外の運命が見えなくなります。こうして、体が硬直している間にも魔法を詠唱する声、魔法が家などに当たって壊れてたり燃えたりする音が外から聞こえてきます。
ツヅルはどうすればいいのか迷いました。外に出ても大したことはできそうにないですが、ここにずっと留まっても仕方がありません。
いつもなら近くで寄り添ってくれるリーフがいないことに若干の不安と違和感を覚えた彼はとりあえず外に出てみることにしました。
もうかれこれ丸一日何も食していないので全く力が出ませんでしたが、何とか立ち上がります。マントを付け、おぼつかない足取りで大広間を横断し、すっかり汚くなった靴を履き、村長の家を出ました。
そこで彼はまた驚くべきことに出会いました。
幸か不幸か、何とエルフたちは魔物とは戦っていなかったのです。魔物の姿はどこにも見えます。鳴き声すらも聞こえません。では、エルフたちは誰と戦っているのでしょうか。これは自明の理といえるでしょう。
ルシラ率いる穏便派が脱出派を囲んでいました。戦闘は魔物たちから最も遠い中央広場にて行われていたのです。
大体状況は察することができます。恐らく出ていこうとした脱出派を穏便派が食い止めようとした結果でしょう。ついに決裂したのです。
穏便派はあくまで押さえ込むのが目的なので比較的弱い魔法を用いていましたが、脱出派はかなり強い魔法を使っていました。
死人はまだいなさそうでしたが、怪我人は2、3人出ているそうで、戦場のど真ん中を衛生兵の役割を担っているファルが駆け回っていました。集落に多少降り注いでくる日光が血の赤を光らせました。
スラマイナはまだ戦闘できるレベルに回復していないのか、後方で地面に座り込みながら「魔法陣」で身を守り、「二重魔法」で魔法を放っていました。
主戦力であるルシラは睡眠魔法を詠唱していましたが、突然グラベールが短剣を抜いて迫ってきたので接近戦が開始されました。
集落一の短剣使いであるグラベールはフェイントや二刀流などあの手この手でルシラを追い詰めいて行きました。このままだと負けるのも時間の問題でしょう。
シャルインは得意な風魔法で攻めていました。
(リーフはどこだ?)
ここまで状況を把握しましたが、肝心のリーフの姿が見えません。
ツヅルは偶発的に自分に向かって飛んできた「火炎球」をギリギリのところで避けました。誰も彼の存在に気付いていないようでした。やはり、皆もう限界なのでしょう。
しばらく奔走しているとリーフの姿を見ることができました。中央広場の端の方にあるベンチの後ろで震えていました。若干過呼吸気味になっていて、周りの目を気にすることもなく涙を流していました。
相当強くベンチを掴んでいるようで、彼女の白い小さな手は血が滲んでいました。
「リーフ! 大丈夫か!?」
ツヅルは急いで彼女のもとに近づいていきます。リーフは彼を見つけるとすぐに抱きついて来ました。
そんなことをしている間にも魔法の音と悲鳴は合わさり喧騒となって空間を震わせます。
彼女は何も喋れる状態ではなく、ただ泣いていました。
よっぽど恐ろしいことが、とツヅルは不憫に思いましたが、それは彼女の次の言葉で間違いだったと気付かされました。
「お父、さん……!」
激しい喧騒は、リーフにあの日の大広間を思い出させました。
そう、フォート家の大広間での彼女の父の死を。ファリースリという薬物の性質を完全に忘れていたツヅルの指示によって、リーフが手にかけて殺しました。
彼は泣き出したくなりました。彼女のトラウマは間違いなく治りかけでした。しかし、それは表面上のものでしかなかったのです。
根本的な部分は何も解決していなかったのです。
ああ、とツヅルは自分の無力さと愚かさを嘆きます。結局、何もできませんでした。きっとここで死ぬのだろうという諦めが心を埋めていきます。
(うそ、じゃ……。こんなこと、あって、いいはずが……)
ふと、テルランの声が聞こえました。しかし、「通信」しているとは気付いていないようでした。よっぽど衝撃的なことがあったのが分かりました。
(どうしたんだ?)
もうどうでもよかったのですが、とりあえず聞いてみます。
(ああ……、お主、妾の目を疑って、くれ……)
テルランは自分すら状況を理解していてないようで、再び言葉が紡がれたのは数分後のことになりました。
(ツ、ツシータが……! ツシータが敵側、教会の応援演説をして、おるんじゃ……!)
ツヅルの視界は閉じる以外の選択肢を失いました。




