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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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六話 青い蜂 2

 ツヅルたちは馬車や人が入り混じった東門を何とか通り抜け、モハナトの外に出ました。

 モハナト周辺の地理を簡単に語ると、東側に広大な草原があり、その更に東に行くと北ミストレア森林と呼ばれている鬱蒼とした大きな森があります。北側には川が多いので街が多く、南側は人がまるで住んでいない荒原が広がっているそうです。西側にはバメルスラビの丘という大きな丘を挟んで、草原があります。

 今回の目的地であるクリーム草原は前述の通りモハナトの東方3キロ程度の場所にあり、ツヅルたちの足ならば1時間で着く距離でした。

 クリーム草原とは可憐な花が一面に広がっている、クリーム花畑と名付けた方が適当ではないかと思わせるような周囲を林で囲まれている小さな草原です。

 

「ツシータは青い蜂って聞いたことがあるか?」

「ないわ。青い鳥ならあるけど」


 蜂といえばツヅルの前世でも危険な虫として知られていましたが、それでも本来剣を装備した魔法も使える冒険者に相手させるべき生物ではないでしょう。

 つまり、この青い蜂の危険要素として挙げられている毒と仲間をも殺す攻撃性というのは相当なものなのだということです。

 アールナの何人ものF級、E級冒険者がその蜂によって死んでいるという言葉を思い出したツヅルは少し身震いしましたが、討伐依頼を受けるのはこれで最初であるツシータを怖気付かせたくなかったので何とか平常に振る舞っていました。

 

 

 しばらく若干舗装されているのが伝わってこないでもない道路を談笑で友好を深めながら、道なりに歩いていました。

 しかし、ツヅルは魔物と遭遇戦になったとき、自分の武器が借りた短剣しかないことを思い出し、すぐに「浮遊」を教えてくれとツシータに頼みました。

 何故「火球」などの攻撃魔法ではなく、直接的な攻撃手段とならない「浮遊」を手始めに学ぼうとしたのでしょうか。

 その理由は、彼がまだ魔法というものを攻撃手段として信用していなかったので、「浮遊」で短剣を飛ばして攻撃しようと思ったからです。

 それに、


「『浮遊』は戦闘に関わらない一般人でも簡単に覚えられるわ」


と、属性説明のときにツシータが言ったのを覚えていたからでもありました。


「魔法学では理論とか式とか難しい単語を使っているけど、実際に魔法を使用する側の立場からしてみればイメージが一番大切ね。アタシ、魔法は使えるけど体内魔力がかなり少なくて、お手本は見せられないから、難しいかもしれないけど、体内魔力が自分の体の前に集まって来るのをイメージする。そして、そこから魔法陣っていう変換ツールで無属性をイメージして、物が浮かぶ様子をイメージすればきっとできるわ!」


という大分大雑把な説明がツシータの口から放たれましたが、ツヅルも伊達に異世界出身ではありません。物理学を専攻していたわけではないのであまり詳しくはありませんが、物が飛ぶときに揚力という力が働くことくらいは知っています。ツヅルは目の前の地面に短剣を置くと、それをイメージしました。

 数秒後、目の前になんとアルファベットが綴られた銀色の六芒星と円が組み合わさったよくある形の魔法陣が現れました。

 魔法陣と聞けば、算数の方が出てくる彼にとってはかなり物珍しいもので思わず凝視してしまいます。


(……何故英語がこの世界に?)


 ツシータやクラリスたちと難なく会話ができるツヅルですが、ベストロジア語と日本語は同一の言語ではありません。

 漢字はないし、文法も単語もまるで違うのに母国語である日本語のようにベストロジア語をツヅルが喋れたり、読めたりするのは恐らく女神の加護でしょう。

 しかし、魔法陣に記述されている文字は間違いなくアルファベットでした。魔法陣の中心には浮遊を意味する「Floating」と浮かんでいるのです。

 数秒間その衝撃的な光景に固まっていましたが、ツシータの心配そうな「どうしたの?」という言葉を聞くと、我に返りました。

 睨みつけるように目の前に置かれている短剣を見ながら、それが浮くイメージを頭の中に浮かべます。


「『浮遊』」


 詠唱というのはこれだけでいいのか、と思いながらもそう呟いた瞬間、魔法陣が弾け飛ぶように消え去り気付けば短剣は安定せずにフワフワと浮かんでいました。

 自分が魔法を使用できたことへの歓喜と驚愕を感じながらも、ツヅルは短剣を別の場所に移動させるイメージします。

 すると、ゆっくりとですが、短剣は移動していきました。




 「浮遊」は魔法にまるで慣れていないツヅルでも、小学校一年生で習う足し算のように、という比喩を用いてもなんら問題ないほど、簡単に使用することができました。

 段々と短剣を浮かべるのにも慣れてきて、すぐに歩いたまま何の苦労もなしに短剣をあちらこちらへと飛ばせるようになりました。

 ツシータによると、人間の10歳の子供の体内魔力なら3時間連続で使えるほど「浮遊」は低燃費な魔法だそうです。

 先程、私は体内魔力が少ないから、と彼女が言っていたことを思い出し、短剣を浮かべながらツヅルは何気なく彼女の魔法能力について聞きました。


「自慢だけれど」


 ツシータは11歳が故に小さい胸を張りながら堂々と言い放ちます。


「アタシの魔法の知識とセンスは中々のものだと思うわ! 中級魔法も使えるほどには、ね。……でも、あいにくアタシは獣人だから体内魔力を蓄える力が極端に少ないようなの。アタシの収入じゃ一番粗悪な魔法杖も買えないのよ」


 種族差というのは無慈悲なもので、今までハーフではない純正の獣人が精霊族や魔族の平均的な魔法能力を上回ったことは一度もありません。まぁ、強化魔法を使用しないで純正の精霊族、魔族が獣人の平均的な運動能力に勝ったことはないのですが。

 それに、ハーフだったり魔法杖や強化魔法を利用すれば獣人でもある程度は魔法を使えるようになります。

 以前、今現在も獣人が差別されていると述べましたが、もう獣人は魔法が全く使えない種族ではないというのに、何故そんな事態が起こっているのでしょうか。

 獣人が差別されれば得をする者がいるから、ということはもちろん1つの理由ですし、魔法杖は最近発明されたものであるため、獣人は魔法が使えないなんてイメージを未だに現在も引きずっている時代錯誤な人間がいるからでもあります。

 しかし、一番はその特徴的な耳や尻尾が全種族にとって忌むべき存在である魔物に似ているからでした。

 いや、それなら魔族という種族も名前的に差別されているのではないか、と思われる方もいらっしゃるでしょうし、一部の地域では実際に魔族を受け付けない文化も存在します。

 ですが、魔族の外見的特徴は基本的に角と翼であり、これは魔物としての特徴でもありますが、神鳥として敬われている不死鳥(フェニックス)や伝説として語り継がれている(ドラゴン)天馬(ペガサス)の特徴と合致しています。なので、魔物は嫌うが伝説は信じる性質を持つ者が全体の半数以上を占めている人間族は、魔族を微妙な立ち位置に置くことが多く、迫害にあうのは意外と少ないのです。

 しかし、(ウルフ)白虎(ホワイトタイガー)、合成獣――キマイラ、バジリスク、グリフォンなど――という邪悪な生物として存在している魔物に近しい耳や尻尾の獣人はそうはいきません。

 つまりは、体の部位が魔物と似ていて人間たちの崇拝するものと似ていないために獣人は差別を受けているのです。

 表面上の差別はなくなった世界から見てみれば、「何とも小さな理由で」と思いますが絶対王政などにより身分の格差があるこの世界にはそれだけの理由が差別するに当たるのです。


(ツシータが獣人の国と同盟を結んでいるこのベストロジア王国で生まれたことは幸運だったな)


 ツヅルは思いました。




「右に何かいる」


 ツヅルたちが街を出てから40分程歩いたでしょうか。まるで整備されていないゴツゴツしている道しか通り道がなくなってきたので、せめてもの対策ということでぬかるみのない見通しのいい丘を歩いていたその時、ツシータのまだ幼い子供の声がそこに響きました。

 ついに魔物が出現したのか、と察したツヅルは初戦闘に体を強張らせながらも身構えました。

 右を見ます。探索を怠っていたわけではないのですが、ツヅルは魔物がいることに全く気付きませんでした。

 魔物らしき影はツヅルたちに対して2時の方向、約200メートルの位置にいました。相手は既にこちらを発見しているようです。


「アタシたち、どうやら街から離れるまでつけられていたようね」


 人間が魔法を確立し、戦闘に関する様々な技術が発展したおかげで、数百年前と比べ、大分数を減らした魔物は、大きな街の付近にはほぼ存在しない生物となりました。ツヅルたちが40分歩いて、やっと初めて魔物に遭遇したことにもそういう理由があります。

 魔物たちも知能指数0というわけではないので、大きな街には近づかずそこから出てきた人間が街から離れるまで襲うのを待ち、1人もしくは数人になったところで集団で襲い掛かるという手法を取るようになってきており、今回もそれでした。


「いつの間に僕たちに護衛が付いたんだ? 僕たち以上に護衛を必要としている者がいるだろうに」


 ツヅルは自分の恐怖を和らげるためにあえておどけて言いました。

 やがてツヅルでもその魔物の容姿がはっきり見えてきます。

 その魔物はファンタジー界ではお馴染みのゴブリンでした。そのほとんどが人間より背が小さく、木の棍棒を持っています。鼻が大きいのが特徴的なその容姿は醜く最も魔物らしい魔物と言っても過言ではないほどでした。 

 数は確認できるだけでも10体はいることが分かりました。

 ギルドでアールナにモハナト周辺に出没する魔物の特徴、性質は聞いています。そこでアールナはゴブリンについてこう言いました。


『ゴブリンにあってもー、勢い良く背中を見せて逃げないでください。あ、勝ってるなって思って追ってくるのでー。もし疲労困憊で戦えない時に出会ってしまったら、そのなけなしの魔力で、防衛魔法を使う準備を整えてからー、少しずつ下がって、ある程度離れてください。くまみたいにです』

「逃げるふりをして、丘の頂上付近に隠れて近づいてきたら、まず僕が浮遊で短剣を飛ばして何体か倒すから、それから突撃しよう」


 するなと言われたらしたくなってしまうのが人間の性。ツヅルはこの特性を逆手にとってやろうと考ると、後方にある丘の頂上をを指差し、ツシータに提案しました。

 相手に自分たちが優勢だと勘違いさせる、というよくある策です。


「そんなことするの? なんか慎重すぎじゃない? 普通に戦えばいいのに」

「いいから!」


 何故ゴブリン相手にそんなことをするのか、と訝しげな眼で見てくるツシータの手をツヅルは強引に取ると、走りだしました。

 しばらく彼はツシータの手を引っ張って駆けていましたが、残念ながら足の速さは圧倒的にツシータの方が上のようで、少し経つと逆にツヅルが手を引かれる状態になりました。

 これが獣人の力なのだろうか、とツヅルは、全速力で駆けているツシータに引っ張られている腕に掛かる千切れてしまいそうな痛みに堪えながら、感心します。

 無論、ゴブリンたちは追いかけられている彼らがそんな策略を企てているとも知れず、全速力で追いかけてきました。

 そして、ツヅルたちは推定していた時間よりも遥かに速く目的の丘の頂上へ到着しました。ツシータのおかげです。


「ツヅル、体力なさすぎ」


 確かにツシータのおかげといえばそうなのですが、ツヅルは自分よりも2倍以上速いのではないかと思わせる彼女の走行により見事に疲れきっていました。ツシータは依然として何の問題もなさそうでしたが、ツヅルは肩で息をしながら地面に土下座のような体勢のまま崩れ落ちます。

 しかし、遠くにいるゴブリンの威勢のいい鳴き声が聞こえると、すぐさま魔物たちからは死角になっているであろう大木の裏に移動し、ツシータと共にしゃがみ込みました。

 そして、ゴブリンの足音、声を聞き逃さまいと耳を澄ましました。


「僕がある程度奴らを倒したら、好きなタイミングで出て」


 集中しているツヅルを気遣ってか、ツシータは頷きのみで返事をしました。

 ゴブリンの集団が近づいてくるのが聞こえます。風で揺れる草木の音の中に混じった不自然な音、ゴブリンたちは勝った勝ったと小躍りするように獲物たちが向かった方向に追いかけていきます。

 段々と大きくなってくる音はツヅルを恐怖させました。

 下手をしたらこの戦闘で無残なバッドエンドを迎える可能性だって十分にあるのです。

 しかし、恐怖していても驚愕していても、動かなければ死が見えているときにはきちんと動くのがツヅルの体。ゴブリンたちが大木から30メートル程度しか離れていない位置にいるのを察すると、ツヅルは「浮遊」で短剣を空中に上げ、いつでも攻撃ができる体勢を取りました。

 しゃがんだまま大木の影からゴブリンたちを少しだけ見ます。

 勢い良くこちらに向かってくる魔物に不安を覚えましたが、しかしまだ獲物が自分たちが石を投げれば当たる位置にいるとは気づいていないゴブリンを見ればたちまちそんな感情は消え去りました。

 ツシータの方をチラと見ると、遂にツヅルは短剣を飛ばしました。

 速さは秒速15メートル程度に調整して、向かうは一番先頭にいるゴブリンです。

 その突然現れた、風を切りどんどんと自分たちの方に向かってくる短剣にゴブリンは驚いているようでした。

 驚愕は体を硬直させます。避けよう、そう彼らが動揺から立ち直りそう判断を下したときには、もうその体は反応せず、緑色の血を吹き出しながら呆気無く崩れ落ちました。

 ゴブリンに刺さった短剣をイメージでひねり上げると、何体かのゴブリンが愚かにも「短剣」の浮遊を止めようと近づいてきたので、そこを刺します。

 確かに魔法で操られたものは、別の魔力で遮るか、魔力をも抑えこむ物理的な力で押さえつければ活動を止めることができます。

 しかし、高くても人間程度である彼らの腕力では、到底魔力には及ぶはずもありません。

 そうやって、ツヅルが4体のゴブリンを殺した時、後ろにいたツシータの凍てついたかのような無表情が見えました。そして、「浮遊」で放った短剣よりも速いスピードで突撃していきました。

 その素早さに驚いてしまいます。結果はまさに瞬殺でした。

 ツヅルが瞬きをして目を開けると、ゴブリンの胴体は3体同時に無理やりもぎ取ったかのような汚らしい断面を見せながら倒れ始めていたのです。

 その光景を何とか認識して、ツシータは今どこにいるんだ、と探し始めた時には、ツヅルの短剣に集中していた残り3体は、自分たちが切られたことを気づいていないような表情をしている頭を地面に転がせていました。

 最後に倒れたゴブリンの死体の近くで残心していたツシータは戦闘時に見せていた完璧な無表情をやめ、朗らかな笑顔でツヅルの方へと向かってきます。

 このようにしてツヅルの異世界初戦闘は幕を閉じました。


「確かに、こうやると楽ね!」


 ツシータは彼の戦術をそう評価しました。

 聞くところによると彼女は採集依頼の際、魔物と戦わなくてはいけない状況に陥ったとき、今回のような簡単な作戦すらも考えずにその身体能力だけで魔物たちを用いてバッサバッサとなぎ倒していたようです。


「獣人はみんなこんなすさまじい身体能力をもっているのか?」 


 ツヅルはどうしても気になったので聞きました。


「アタシが今まで採集クエストをこなして生きて帰れたのは、きっと、クラリス様から教えて貰った剣術と体捌きがあったからだわ!」


 クラリスの話になると長くなりそうなので、ツヅルの反応はそうかと頷くのみでした。


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