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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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二十一話 魔女の屍 8

 やがて、日は降り、また登りました。9月18日の昼です。北ミストレア森林に来てから72時間が経過したことになります。

 もう全員疲れ切っていました。いよいよ簡易食が全員に配れなくなり、昨日の夜からは野草しか食べていません。その野草も二十何人分の食事を作り続けてきたため、底を着きかけています。

 水は魔法で簡単に創れるので、「健康で文化的な最低限度の生活」なんて贅沢なことをいわなければ、後一週間ほどは生きていられるでしょう。

 しかし、精神の方はどうにもそうはいかないようで、この集落から一刻も早く抜け出そうと主張している脱出派が多数派を占めるようになりました。

 エルフという種族は野生で暮らしていることが多いですが、決して生命力が強いわけではなく、むしろ貧弱でした。

 ツヅルとリーフは栄養失調による苦痛に苦しみながらもまだそこそこ元気でしたが、エルフたちのほとんどは項垂れて動こうともしませんでした。

 精霊族と魔族の身体能力は人間や獣人と比べて劣る、と言われていることにツヅルは疑問を感じていました。

 しかし、それは格闘戦などに弱いという意味ではなく、適応能力が低いのだと察します。彼女らには人間でいう住めば都が通じないのです。

 精霊族や魔族の数が少ないのは人間がいるからではなく、こういう根本からの理由だと推測できます。


(まぁ、僕も苦しいことには変わりないが)


 発狂する者こそまだ出てきていませんが、外を出歩く者はおらず、集落は以前の静かさを取り戻したかのように見えました。

 このままだとまずいな、とこの様子を見て感じました。

 正直に言って、空腹感が本気で襲ってくるのは恐らく明日以降でしょう。今日はあくまで、今までの生活で食べていた量よりも少ないから体が反応しているに過ぎないのです。

 なのに、この死屍累々具合なのは少し危ういでしょう。明日になったら、どうなるか予想したくもありません。エルフたちの憤りが爆発するのは最早時間の問題でしょう

 できれば、それまでに何とかしたいのですが……。


「シャルインさん」


 ツヅルは隅の方で横になっていたシャルインに小声で話し掛けました。


「何?」


 彼女は不機嫌な表情を隠そうともしません。


「少し付いてきてほしいのですが」

「……どうして?」

「少しここでは……」

「……まぁいいよ。暇だしね。ちょっと肩貸して」

 

 シャルインは重たげに手を彼の肩に置いて、立ち上がりました。皆「どこに行くんだ?」と問う気力どころか、こちらを見る気力すらないようで、特に何も起きず彼らは外に出ました。

 村長の家を出て、中央広場を横切り、屋敷を目指します。ツヅルにとって、そこは密会場のような存在になっていました。

 シャルインの老人のような歩みに合わせて進み、やがてこの集落で一番大きい屋敷が見えてきます。

 因みに、屋敷が一番大きいのは始祖の屋敷ですが、敷地が一番大きいのはアビュリソー家の屋敷だそうです。

 面倒くさいので、部屋には入らず、玄関で話すことにしました。


「で、何?」


 息絶え絶えになったシャルインは深呼吸をすると、聞いてきました。


「シャルインさんの過去を教えてほしいんです」


 ツヅルは道中でファルが「シャルインには壮絶な過去がある」という旨の言葉を言っているのを思い出しました。

 正直、彼はこれを聞こうかどうか迷いました。スラマイナ、ルシラ、グラベールの過去は「魔女」が関わっているので有用な情報を得る可能性が高いでしょう。

 しかし、シャルインはそれに全く関与していません。つまり、その過去は今回の騒動とまるで関係しておらず、ただ傷口をえぐるだけの作業になってしまうかもしれないからです。


「あたしの」


 シャルインは少し動揺したようにも、怒ったようにも見えました。


「どうしてかな? あまり語りたくないんだけど」

「もう、このままでは僕たちは滅びます。魔物に殺されるか、空腹に殺されるか、どちらかです」

「………」

「僕はアーキュリーに帰ってなさねばならないことがあります。だから、聞きたいんです」

「でも、あたしの過去がどうこの事態に関係してくるの?」

「じゃあ、一つだけ答えてください。もし、この質問に『yes』と答えられなかったら、恐らく僕の検討違いなのですから」

 

 シャルインは渋々ながらも頷きました。


「シャルインさんは魔物使いの、スラマイナさんと同じ喋り方をする老婆とあったことがありますか?」

「なっ!?」


 彼女は驚愕しました。まさかそれが問われるとは夢にも思わなかったようです。


「ど、どうしてそれを?」


 ツヅルが彼女は魔女と遭ったことがあると推測したのには、単純な理由があります。

 それはグラベールが過去を話してくれた時に『あの人は怪談話なんかが好きなのか、わたくしが「魔女の屍」のことを話すとまぁ食いついて来ました』と言いましたが、シャルインは以前怪談が苦手なような反応を見せていたからです。

 要は当てずっぽうに近い憶測です。しかし、それは見事にヒットしたようです。


「……あるんですね?」

「……うん、ある。何で君があたしの命の恩人を知っているのかは分からないけど……」


 シャルインは周りに誰も居ないことを確認すると話し始めました。


――――――――――


 最初に言っておくと、あたしは孤児よ。親は未だに分からない。知りたくもないけど。

 ともかく、あたしは捨てられたみたいで、物心がついた頃にはクヌの教会、いえ孤児院にいたわ。

 クヌは知ってる? そう。ならいいわ。農業の街クヌにもギ・ラーク教会はあって、そこには沢山の孤児が暮らしていたわ。まぁ、エルフはあたしだけだったけど。

 で、あたしは差別されていたわ。司祭やシスターにね。パンを地面に落とされたり、トイレに閉じ込められたり、偶然を装って熱したロウソクをあたしの足に落としてきたこともあった。

 子供は確かに残虐だけど純真無垢だから耳の形が少し違うくらいじゃイジメられなかったわ。

 でも、あたしが孤児院を離れなかったのは1人の年寄りのシスターがいたからよ。名前はオーリス。姓は覚えていないわ。

 彼女は誰にでも、あたしにも聖母のように接してくれた。毎回、差別から救ってくれたのも彼女よ。

 でも、オーリスは人間族でありながら、禁忌の魔法を所持していたの。

 あれはクヌに盗賊団が襲いに来た時のことよ。クヌは街門がなく、大した警備も置かれていないのに金銀財宝の量が多いから、盗賊団としても襲いやすかったんだと思うわ。

 盗賊たちは各々思うがままに抵抗する庶民たちを蹂躙していって、やがて教会にも十数人か雪崩込んで来た。

 で、盗賊の1人が孤児にしては珍しく可愛らしいアタシの存在に気付いて、近寄ってきた。そして、荒々しくあたしの首元を掴もうとした時、起こったことは今でも覚えているわ。

 

「ぐあぁッ――!」


 当然ウルフの大群が教会に入ってきて、的確に盗賊をだけを襲っていったの。シスターや孤児には見向きもせず、まるで正義の味方を気取っているかのように悪者だけを殺していったわ。

 周りを見渡してみると、オーリスが銀色の魔法陣を起動していたから、教会の人間はすぐに彼女は魔法でウルフを操ったのだと察したみたいよ。

 その時は皆感謝していたのだけれど、盗賊の強襲が収まり平和な状態に戻ると、すぐにオーリスは森流しの刑罰を受けることになったわ。

 彼女は時期司祭として支持を集めていたから、魔物を操るという魔族じみた魔法を使ったことを、きっとシスターの誰かに言いふらされたのね。

 案の定、といっていいのか分からないけど、オーリスはすぐにその森流し――悪事を働いた者を北ミストレア森林から出られなくする罰よ――を受けた。

 どうやって、出られなくするかというと、精神魔法の一種で「決まりを守らなかったら死ぬ」という暗示を掛けることができる魔法を使ってよ。

 これはむやみやたらに掛けられるものじゃなくて、対象者がその暗示を受け入れなければならないわ。だから、教会は「死ぬか、森で一生を過ごすか」を彼女に決めさせたんだと思う。

 

「強く生きるんだよ」


 その森流しの前日、オーリスはそう言ってくれたわ。でも、当時まだ10歳にも満たなかったあたしは彼女がいなくなって差別が激化することに耐えられずに、孤児院を抜け出す計画を密かに企てたわ。

 そして、その二日後、つまりオーリスが森へと送られた次の日にやっとの思いで抜け出したの。

 初めてクヌの外に出た時の感慨は解放感に溢れていて凄まじいものだったけれど、それは始めだけで外は次第に地獄へと変わっていったわ。

 まず、金がなかったし、北ミストレア森林への道筋も分からず、まだ子供だったから一週間経っても大人の足なら半日で行ける最寄りの街にすら辿り着けなかった。 

 幸いあたしはエルフだったから魔法で魔物を狩り、焼いて食べたわ。吐きたくなるほどまずかったけどね。で、寝床は広々とした大草原よ。正直、一日一時間も寝れていなかったわ。

 どんどん西に向かいながら、何年かの月日が経ち、あたしは10歳になっていたから、冒険者ができるようになったの。その辺りから生活は多少楽になったわ。

 当時はアーキュリーじゃなくて、モハナトにいたから一応あたしもツヅルの先輩になるのかな。

 ともかく、薄汚れたフードで耳を隠しながら、討伐依頼をこなしていると同い年の冒険者と知り合ったわ。

 名前はカミンといって、騎士になった兄が剣を振るっている姿に憧れて冒険者になった獣人の少女よ。確かに剣はずば抜けて上手かったわ。

 そして、その子と2人で沢山の依頼を成功させ、ランクもC級にまで上り詰めたわ。

 彼女との生活は楽しかったわ。エルフだとバレたこともあったけど、さして気にする様子も見せなかったわ。逆に差別しないエルフ以外の生物がこの世にいるということで、あたしが驚いたくらいよ。

 でも、冒険者生活はそう長くは続かなかったわ。

 あの大寒波が東ベストロジアを襲ったの。あの時はかなり辛かった。

 あたしは身寄りがいなかったし、カミンは食料がないということで親に家を追われたから、実質2人だけでそれを耐えなければならなかったわ。

 一部の一流冒険者たちしか仕事がなく、貴族の屋敷は焼かれ、大暴動が起きたわ。

 あたしたちは最初は僅かばかりの貯金で暮らしていたけれど、パンなど食料の値段が急上昇したせいで、金銭の価値は大暴落したわ。紙幣を焼いて体を温める方がまだ活用できたくらいね。

 

「なぁ、このままだとあたしたち死ぬぜ」


 スラム街の片隅の方で、カミンは身を震わせながらそう言ったわ。正直、あたしも死にかけていたから頷くしかなかったわ。

 でも、盗みに入れそうなところはなかった。もう大寒波到来から結構時間が経っていたから、街は一部の守銭奴たちを除いて素寒貧(すかんぴん)の状態だった。

 で、その守銭奴たちは総じて、あたしたちなんかじゃ敷地に靴一個分すら入れそうにないほど警備体制を敷いていたわ。

 だから、結局あたしたちは生きるために他の貧困層に強盗を仕掛けなければならなかった。でも、それらは一度も行うことはなかったわ。実行する前にカミンが死んだから。

 火属性魔法と、スラム街で捨てられていた誰かの服で暖を取っていたけれど、そんな防備で直接襲い掛かってくる猛吹雪に耐えられるはずもなかった。ある日、起きたらカミンは動かなくなっていたわ。

 しかも、最悪なのは閉店していた冒険者ギルドがその次の日に開いたことよ。あの時はさすがに運命を呪ったわ。

 でも、だからといってギルドに強襲を仕掛けるようなことはできなかった。あたしだって生きなければならないからよ。

 あたしは北の森林にいる魔物を討伐する依頼を受けたわ。草原よりも森林の方が吹雪が来ないから暖かいのじゃないか、と考えたからだったわ。

 で、あたしは短剣一本と重たい体を引きずって森林にまで行った。行ったのは良いのだけれど、もう戦う力どころか立っていることも困難になった。

 雪に包まれながらここで死ぬのだ、と察したわ。


「おい! 大丈夫か!?」


 倒れてしばらく経ってから、とある女性の声が聞こえた。吹雪と衰弱によって、はっきりその女性の顔を見ることができなかった。

 でも、もう体の半分ほどが雪に埋まったあたしは誰でも良いから自分の人生を語りたい気分だった。遺書と同じようなものなのかしらね。

 ともかく、その女性に今までのことを洗いざらい話したわ。

 で、何を思ったのか知らないけど、その女性――ファルはあたしを抱きかかえて、モハナトにまで連れて行ってくれたわ。

 そして、


「私もその旅について行こう」


と言い出したの。

 正直、クヌからモハナトにまで来るのにすらこんなに手間取ったのに、更に過酷になるであろう北ミストレア森林への旅路に付いていこうなんて正気の沙汰ではないと思った。


「どうして?」

「あそこには私たちの同胞の集落がある。人間の国に暮らしている精霊族がどんなものか見てみたいし、……それに今の生活は私には合っていない」


 今から考えてみると、恐らく後半部分だけが本音だったと思うわ。ファルは精霊族にしては珍しく、そんなに種族とかに興味がある性格じゃないからね。

 あたしと同じなのか、どうかはちょっと分からないけど何かに不満を感じていたのね。

 あたしとしても誰か、それも大人が付いてきてくれるのは有難かったから頷いたわ。

 それで、モハナトを出て、僻地を渡り歩き、北ミストレア森林に着いたわ。でも、残念ながら本来の目的であるオーリスと会うことはできなかった。

 一応、そこそこの範囲を探したはずだけど、ファルとあたしだけじゃあ魔物が強すぎるところもあって結局断念したわ。

 帰るべき場所もなければ、目的を失ったことにより行くべき場所も失ったあたしはエルフたちの住まう集落に暮らすことにした。

 そこでは差別されないどころか、友人までできたわ。まぁ、あたしは暮らし始めてからしばらくは落ち込んでいたから時間は掛かったのだけど。

 それで、その二年後モハナトに舞い戻り、後は知っての通り研究会の会員として暮らしたってわけ。

 因みに最初の頃、ツヅルに厳しく接しちゃったのは人間というものが当時はまだ信用しきれなかったからよ。あの時は謝るわ。


――――――――――


 さて、このシャルインの話によってかなりのことが分かってきたような気がします。肝心なところはまだ霧の中に隠れていますが。

 それにしても、スラマイナたちと同程度、いえそれ以上に過酷な人生を送ってきたシャルインにツヅルも同情を隠せませんでした。

 

「慰めはいらないよ」


 そんな彼の表情から察したシャルインは空を見上げながら、そう呟きました。

 いらない、と言われたものを押し付けるわけにもいかず、ツヅルは感謝するだけで黙りました。しかし、彼女も外に出て多少気も晴れたのか、はたまた自分の過去を話せてスッキリしたのかどうかは分かりませんが、苛ついた表情は見えなくなりました。

 しばらくここにいたい、と地面に座り込んだシャルインが言ったので、ツヅルもその隣にマントに土が付かないようにして座り、今までに分かったことを纏め始めました。 

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