二十話 魔女の屍 7
それからのことはあまり覚えていません。爆発の範囲が大きすぎて、わたくしたちも巻き込まれたからです。気付いたらベッドに寝かせられていました。
ルシラさんは精神を病んでしまい、数ヶ月引きこもっていました。
会長は意外にも数日部屋から出て来ないだけで済みました。自分なりの決意を定めたようで、魔女さんの独特な喋り方を真似し、前よりも更に魔法の鍛錬に励むようになりました。
また、爆発によって気候が変わったからか、魔物たちの移動が活発になり盗賊の根城や魔族の集落、更には精霊族の集落が襲われることになりました。
北ミストレア森林に盗賊などが寄り付かなくなったのはこれの影響です。
わたくしたちの集落にも小規模のものが2、3回襲ってきました。まぁ、結界があるので大丈夫でしたが。
ともかく、魔女さんが死んだ途端にこの魔物の襲撃。だから「魔女の屍」は、魔物の襲撃は彼らを操れるから彼女が死んだ恨みを果たすべくやっている、という怪談的な要素から誕生したのです。
さて、そこから二年弱が過ぎ去った頃の話です。
会長がとっくに狩猟部隊の隊長になり、ルシラさんが学年首位となった頃、とある2人のエルフが集落にやってきました。
そう、ファルさんとシャルインさんです。
基本的に同族には優しいエルフはここに住まわしてほしいという彼女たちの頼みをすんなりと受け入れました。
ファルさんは最初は堅苦しいそうな人だなと思いましたが、喋ってみると中々に気さくで好印象でした。
しかし、シャルインさんの塞ぎ具合はひどいものでした。今でこそかなり明るい彼女ですが、何か暗い過去を持っているようで話し掛けても何の返答も返ってこなく、魔法が飛んでくることも日常茶飯事でした。
ですが、あの人は怪談話なんかが好きなのか、わたくしが「魔女の屍」のことを話すとまぁ食いついて来ました。で、ファルさんの甲斐甲斐しい説得も相まって、学校に行けるようにはなりました。
このことは余談です。
そして、また2年が過ぎ去った頃、奴隷商がわたくしたちの集落を明朝に襲撃してきました。
会長は自分が付けられていたんだ、と言っていますが、真相は分かりません。狩猟部隊には索敵魔法を使う者が必ずいます。「俊敏」を使い凄まじい速さで行軍している狩猟部隊に付き、尚且つ集落まで気付かれない人間がそういるとは思えないからです。
それに感知しなかった、ということは生き物ではない何かか、索敵係が買収されていたかのどちらかですが、どちらも考えにくいので、恐らく偶然誰かが集落を見つけ、その情報を奴隷商に売ったのでしょう。
わたくしは早起きなので、突如襲い掛かってきた彼らに対して真っ先に対応することができました。
とりあえず、全員を起こし、奴隷商たちと戦いました。
しかし、わたくしたちは劣勢に置かれました。人数的には大差なかったのですが、奴隷商は水属性魔術師を数多く雇っていたのです。御存知の通り魔力は水に溶けるので、魔法を用いる種族であるエルフたちは次々と奴隷商に捕まっていきました。
その様子はひどい、凄惨なものでした。家が破壊され、草木は燃え盛り、つい先日会話を交わした方が無残に死んでいきました。
このままでは集落が滅んでしまう、ということで村長、わたくしの父は若い子どもたちを集落から逃がすことにしました。
集落の存続よりも、エルフという種としての生存の方が優先されるべきだったからです。
結果、当時19歳だった会長が逃亡部隊の隊長に選ばれ、隊員には成人未満の子供が選ばれました。当時、まだ学校を卒業していなかったわたくしとルシラさんは泣く泣くそれに付いていきました。
シャルインさんは予想以上にこの場所に愛着を持っていたようで離れようとしませんでしたが、ファルさんに無理やり連れて行かれました。
もちろん、皆で一緒に逃げようとはしましたが、無駄でした。大人が集落の防衛に専念しなければ、誰も逃げられないような状況だったからです。
そうして、わたくしたちは逃げ、集落は滅び、今年ここに戻ってくるまで誰もここの土を踏むことはなかったのです。
しかし、今から考えてみると、集落のエルフ全員が奴隷となったわけではないでしょう。
死体が転がっていないからです。だから、わたくしは大部分は奴隷商に連れて行かれたが、一部のエルフはここに残ることができたのではないかと考えます。
で、無事生き残った人たちは、会長の「アークオスを目指す」という発言によりここを去ったのでしょう。
逃げたわたくしたちは紆余曲折を経て、アーキュリー、当時のモハナトに辿り着いたわけです。
その街にはブルーノ商会がありました。わたくしは件の「ラミロスはどこだ!?」を聞いていないのでよく分かりませんが、ともかくわたくしたちは精霊族研究会と名乗り、隠れながら過ごすことになりました。
そして、3年後ツヅルさんと出会ったわけです。
――――――――――
話し終わったグラベールは自分の気持を落ち着けるように深呼吸しました。
ツヅルは今まであまり語られなかった魔女という存在に驚きました。スラマイナの方言地味た喋り方をしているのは彼女が原因だったことはかなり意外でした。
魔女を殺した謎の魔族2人も気になりますし、ツヅルは話を聞いて新たに謎が増えたように感じられました。
しかも、今回集落で起こった出来事ともあまり関与していないように思えます。少し「魔女」という言葉に引っ張られすぎたかもしれません。
「ありがとうございます。参考になりました」
「そうですか……。それなら良かったです」
グラベールは自分の髪を撫でながら、儚げに微笑みました。
ここでいつまでも考えていては仕方がない、と思ったツヅルは帰りましょうと彼女に告げました。
来た時と同じように窓から出て、彼らは村長の家へと帰りました。もうそろそろ日が昇る頃です。
(結局、この状況には「魔女の屍」は関係ないのだろうか)
ツヅルはそう思いました。それが真か偽か、まだ証明どころか推測することもできそうにありません。
数時間、時は過ぎ、もう太陽が橙に輝く朝になりました。スラマイナも昨日のファルの必死の治療によって、何とか歩けるまでには回復しました。まぁ、痛みは感じるそうなので基本的に座ったままでしたが。
朝食は再び野草料理で、一体いつになったらここを抜け出せるのか、という発言も周りにはちらほらと出始めてきました。
魔物は相変わらず集落の外に顕在していました。まるで銅像のようにこちらを見つめてくる瞳には畏怖をも感じました。
「さて、このまま何も考えないでいるには暇すぎるな」
朝食を終えて、しばし自由時間になりました。栄養が足りていないのか、いつもよりもぼーっとしているリーフの隣に座りながら、ツヅルが1人で黙々と考えているとファルが話し掛けてきました。
「図書館でもあればよかったんですがね。もしかしたら、『聖水の作り方』なんて本があるかもしれません」
「……もっと子供らしい返答はできないのか?」
彼女は何故か皮肉調で言葉を返した彼に呆れました。
「まぁいい。……君はどう思う? この状況」
「急にどうしたんですか?」
「急でもないさ。と答えたいところだが、一応理由はある。昨日の夜から今日の朝に掛けて、皆が大分いらついているのが君にも分かるだろう?」
確かに会長として全員の好感を集めているスラマイナが瀕死に陥ったことにより、研究会内で2つの派閥がまだ輪郭ははっきりしていないもののできていました。
まずは脱出派。これは事の現状をあまり理解していないエルフたちによって奏でられている主義で名の通り、一刻も早く魔物たちを瓦解させ逃げようというものです。
次に穏便派。これは本当に食べられるものが尽きるまでは集落で大人しくしておいた方がいい、と考えるエルフたちによって主張されています。
「色々聞いて回っているんだが、スラマイナとルシラは後者、シャルインとグラベールは前者だ。私自身はやや後者よりだ。だが、魔物があのままでも脱出できる方法を探すことも重要だと思っている。……まぁ、『浮遊』でも駄目だったから、それを見つけるのは相当難しいだろうが」
シャルインとグラベールが脱出派に属しているのには若干意外な気持ちを覚えました。
一度はスラマイナに納得させられたシャルインもやはりその思想は捨てることができなかったのでしょうか。
グラベールはあの過去を語る口調を見る限り、中々に冷酷で理性的なところがあるらしく、「魔女の屍」をあくまでも怪談的な話として認識しているようにも見えます。
また穏便派のルシラはその魔物をひどく怖がっているようです。
なので、さしずめ脱出派は「魔女の屍」を信じておらず、穏便派は信じている、と二極化することができるでしょう。
ファルは比較的中立ということですが、それは無闇に突撃するのは良くないだろうという慎重さからの判断だと推測できます。
「僕の考えとしては……」
ツヅルは少し言葉に詰まりました。なんと答えようか迷ったからです。とりあえず脱出派には反対です。4桁規模の魔物に勝てるとは到底思えないからです。
ですが、餓死寸前まで待つ、というのにも賛成できません。それをするには食料が少なすぎます。
「恐らく、どちらに傾いても解決しないでしょうね。この状況を創り出している何かを崩壊させなくては」
そう答えるしかありませんでした。
「なるほど。君はこの事態が偶然ではないと? 確かにそうでないとは言い切れないが、魔物を操るなんて無理じゃないか?」
「そうですね……。僕も聞いたことはありますが、正直半信半疑です。でも、魔物がやってきたタイミングとかもそうですし、僕たちが集落の中にいる限り攻撃してこないなんて偶然ありえると思えますか? 人為的な力が働いていないとおかしいんですよ。僕たちが置かれている状況は」
そうです。偶然何らかの自然の変化によってこうなった、という推測は運命と偶然の関係を履き違えていると言わざるをえません。
自然は大きな力を発揮することはできますが、複雑なことは苦手です。
超新星爆発、震災などの大規模な物理的現象は茶飯事ですが、今回のような「魔物千体に一集落を囲わせ、結界の外に出てこなければ決して攻撃させないようにする」現象が果たして起こせるでしょうか。
「だから、僕はどちらも選べませんね」
その答えを聞いて、ファルはしばらく物思いに耽りました。
「……君の言った通りだ。私たちは偶然に何でもかんでも押し付けていたらしい」
「い、いえ、絶対に偶然じゃないとは言えませんけどね? 断言するには、早いです」
「だが、仮にこれが知能のある生物によって仕組まれたものだとして、彼もしくは彼女は一体何を企んでこんなことをしたのだろうか?」
これは当初からある疑問でした。スラマイナたちがそんなに誰かの恨みを買っているとは思えません。また、ツヅルとリーフもこんな大掛かりな罠を仕組まれるほど強い存在ではありません。
(リーフ暗殺未遂とつながっている可能性があるのか……? いや、それだと……)
「仕組みも分からないし、先は長そうだな」
ファルはため息を吐くと、もう話は終わったと言うかのようにツヅルの前から離れていきました。
「あの、ツヅルさん」
そうすると、今度はリーフが声を掛けてきました。顔には不安を見ることができます。彼女が衣擦れの音すらも発さなかったからか、隣にいることを完全に忘れていました。
恐怖感を煽ってしまったか、とツヅルは自分の不注意を後悔しました。彼とは違い、正真正銘の11歳である彼女には当然かもしれませんがこの話は重すぎるでしょう。
「今の話、本当ですか?」
リーフは懇願するように問うてきます。ツヅルはできる限り安心させるために微笑みを浮かべ、
「いや、あくまで仮定の話だ」
と呟きました。彼女はそれを慰めだと分かっていたのでしょうが、文句を言う様子は見せませんでした。
しばらく、沈黙が空間をよぎりました。というよりは未来に対する心配と元々の身体的な疲労が組み合わさって、喋る気力もなくなっていたのです。
子供の体は不便だ、とツヅルは天井は黙々と見つめながら、思いました。まぁ、スラマイナとグラベールは眠りに落ちていて、ルシラとシャルインは壁により掛かりながら無表情で何かを話していて、ファルはまた本を読んでいました。
表紙には「暗黒大陸」と書いてあったので、恐らく小説の類でしょう。ある程度の世界の地理を図書館で覚えたツヅルですら、そんな言葉は聞いたことがありません。
この状況で小説が読める肝に少し感心しましたが、実質被害にあったのがスラマイナだけということを鑑みると案外普通のことなのかもしれません。
「ツヅルさん」
「ん? なんだ?」
どうやら、何か頼み事のようでリーフは申し訳無さから若干口を開くのを戸惑っていましたが、ツヅルの催促により、
「テルランさんに、メアさんとかネリーさんとか、ツシータさんとか皆の様子を聞いてほしいのですが」
と言いました。
向こうでも結構大変なことになっているらしいので、ツヅルはそれを話すかどうか迷いましたが、とりあえずテルランに向こうの様子を聞くことにしました。
(テルラン、聞こえるか?)
数秒間ほど何も返ってきませんでした。
(ああ、お主か。なんじゃ?)
しかし、声の落ち着き具合から察するにどうやら何かあったというわけでもなさそうでした。
(いや、特に重要なことはないんだが、そっちは大丈夫か?)
(うむ……。正直に言って、選挙は少々向こう側に押され気味じゃ。ブルーノ商会とドラント・ヴァルーユ商会の資金力では若干後者のほうが勝っておるし、今回の立候補者はそこそこ表舞台に立っておる教会の司祭じゃからな)
元々アーキュリーのことなんてほとんど知らなかったであろうテルランは、ブルーノ商会に囲われることにより思ったよりも知識を得たのか、分かりやすい説明をしてくれました。
(そうか……。メアとネリーはどうしているんだ?)
(未だにユーツリ男爵を追っておるぞ。どうにもそやつがかなり怪しいらしい)
つまり、あまり進展はしていないのか、とツヅルは内心思いました。
(……ツシータ捜索はどうだ?)
(それがな……。どこを探しても見つからないんじゃ。少し不謹慎な事を言うが、生きている姿どころか死体すら見つからん。じゃが、街の中にいるのは確かじゃ。外出記録が街門にないからな)
ならば、後はスラム街か誰かの家に忍び込んでいるくらいしか考えられません。それは少し考えたくないし、あのツシータの性格からして考えにくいことでした。
(そうか。ありがとう)
(もう終わりか? ……ツヅルも命には気をつけるといいのじゃ)
「どうでした?」
リーフは「通信」が終わると見るやいなや顔を近づけて、聞いてきました。彼女らのことが心配なのでしょう。
「選挙のせいで騒がしいらしいが、皆特に変わりないそうだ。」
「ツシータさんも、ですか?」
「……ああ」
やはり、本当のことを告げるにはまだ早すぎると、彼は判断しました。
この絶望的な状況下で、ツシータの失踪を伝えて何も思わないほど彼女の精神は強くありませし、無情でもありません。
まずは目の前のことから。ツヅルは改めて気合を入れました。




