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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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十九話 魔女の屍 6

 「光明」が必要ないほどツキは集落を明るく照らしていました。当然と言うべきか、まだ誰も起きていないようです。

 彼の前世での都会のように排気ガスなんて、この辺境の地に存在するわけがないので、星も輝いて見えました。

 前を歩くグラベールをツヅルは黙々と追っています。

 シャルインほどではないにしろ、彼女はその性格からコメディーの場に出現することもありましたが、こうして見ると、中々に真面目な顔も浮かべることができるのだなと思えました。

 今まで、奴隷商に集落を襲われたことしか知らなかった彼女たちの過去がこの後すぐに明かされるのです。

 特別何か感慨を覚えるわけではないですが、ツヅルは空を見上げました。地球とはまるで違う星座に何回目かの違和感を覚えました。まぁ、同じ星座だったとしても、その違和感は拭えなかったでしょう。

 さて、そうこう歩いている内に目的地まで辿り着きました。彼がそれを察したのはグラベールがその屋敷の前で足を止めたからです。

 何故かは読み取ることができませんが、彼女が過去を話す場所として選んだのは始祖の屋敷でした。


「見ての通りオンボロですけど、1つだけ補強されている部屋があるのでそこにしましょう。滅多に誰も来ようとはしませんし」


 入ったことがあるから知ってますよ、と言うのもどうかと思ったので、頷くのみにしました。


「裏手に回って、窓から入りましょう。そっちのほうが早いですから」


 どうやらグラベールは始祖の屋敷に忍び込むのが慣れているようで、堂々とした足並みでした。ツヅルも遅れないように小走りを始め、進んでいきます。

 普通屋敷の横裏に回り込むことはないからか、窓への道は全く舗装されていませんでした。ツヅルの身長ほどもある草が生えていたり、沼のような場所があったりとまるで簡易ダンジョンでした。

 

「ちょっと狭いですけど、まぁわたくしとツヅルさんなら大丈夫ですね。ルシラさんは腰が良く引っ掛かっていましたけど」 


 窓に到着しました。思い出に浸るようにグラベールは笑い掛けてきます。

 当たり前ですが、以前見たものと同じ四角の木で出来た戸窓でした。

 スラマイナの日誌を彼女に見せていいものか、と彼は少し迷いましたが、その間にグラベールは部屋の中に入っていました。窓の位置が思ったよりも高かったので、彼は飛び込むようにして部屋に入りました。


「うわぁ~。懐かしいです」


 グラベールは飛んでいきそうなほどに高い声を出しました。

 それを無視したツヅルがまず気付いたのは、二段しかない本棚の上に置いてあったはずのスラマイナの日誌がいつの間にか(・・・・・・)消失していることです。


「じゃあ、何から話しましょうか? あ、隣りに座ってくれて結構ですよ」

  

 しかし、グラベールが簡素なベッドに座り込んで話す準備を始めていたので、一旦その思考を保留にしました。最初は地面に座り込もうとしていた彼ですが、結局指示通り、彼女の隣に座ります。


「何から、ですか?」

「ああ、そうですね。ツヅルさんは目次すらも知らないのですから、言いようがないですね。では、時系列順に話していくことにしますが、よろしいですか?」


 ツヅルは、内心ためらいを覚えながらも、ゆっくりと頷きました。今更退くことはできませんし、何より、彼は無為に何も分からずに死にたくないのです。


――――――――――


 まず、この集落が誕生したのは、もしかしたら聞いたことあるかもしれませんが、今から約2千年前に精霊王となったエルフ、マイユル・ロザイアがこの北ミストレア森林に住居を構えたのが発端です。

 ベストロジア王国の歴史に妙にエルフの貴族とかが出てくるのは、この出来事のせいだと思います。

 ともかく、マイユルに囲われたエルフたちは数百人規模の集落を維持し続けてきました。

 わたくしと会長とルシラさんが生まれたのは、御存知の通り、その集落です。

 わたくしは代々集落の長を務めているアルストリメ家の末っ子として。ルシラさんは狩猟部隊の隊長を数多く輩出してきたアビュリソー家の長女として。会長は、その、特に特筆すべきこともない一般家庭の一人娘として、でした。

 わたくしとルシラさんは集落の重役の子供同士だったので、物心ない頃から親しかったのですが、会長のことを知ったのは8歳くらいの時でした。


「学校?」

「うん! ちょっと、見学してみようよ!」


 春も終わりかけのある日、当時はかなりお転婆だったわたくしはルシラさんを誘って、学校見学へと乗り出しました。もちろん、無許可でした。

 あ、学校というのは魔法能力と一般教養を向上させ、集落で暮らすには必要不可欠な集団生活を学ばせるための場所です。

 その日はちょうど学校では魔法の試験を行っていたので、木陰に忍び込んで、そこから決して広くはない校庭の様子を見ていました。


「次、ベスタード!」

「はい!」


 最初は綺麗な人だな、って思いました。なんていうんですかね、女性に人気のある女性、みたいな感じです。茶髪のショートカットで少しボーイッシュなんですけど、女性味も残っているんです。


「『凍りつく風』」


 長い名前だなって思ったかもしれないですけど、ここの学校では「冷風」みたいな人間の魔法じゃなくて、エルフの魔法を習うんです。

 え? どういう違いがあるのかって? 

 まぁ、違いは名前が長いだけです。「光の銃」とか「翼のない飛行」とか「身体の逆行」とかですね。それぞれ現在は「一閃」、「浮遊」、「回復」と呼ばれています。

 それで話を戻しますけど、その時の会長の魔法はわたくしに一生ものの衝撃を与えてくれました。

 唱えた途端、周りの空間がパキパキと音を立てて凍りつき、会長が指示をすると、まるで上手い人のダーツのように真っ直ぐ綺麗に氷の粒が飛び交っていました。

 言葉にすると何だか安っぽいかもしれませんが、実際に見ていた身からしてみると迫力が凄まじかったのを覚えています。当時の会長は学校一の実力を持っていたと思います。

 本来、わたくしたちは学校に行かなくていい身分なのですが、親に無理言って行かせてもらったくらいには、その光景にただならぬ感動を覚えました。




 ですが、学校に入ったはいいものの、暫くの間わたくしたちは会長と関わりがないままでした。数年前に親をなくしてからずっと始祖様の屋敷に住み続けている、とか噂は色々聞いていましたが。そう、ここのことです。

 話し掛けられなかった理由は、学校でそこそこ成績が優秀な方がいつも会長を囲っていたからです。要はその気さくさも相まってかなり人気だったので、六つも歳が違うわたくしたちが安々(やすやす)と会話を持ちかけられる雰囲気ではなかったのです。

 なので、8歳の脳をフル活用して、出した結論が「強くなればいい」という単純思考も甚だしいものでした。まぁ、幸か不幸かその思考がわたくしたちと会長を出会わせることになったのですが。

 まず、わたくしたちは強くなるためにはどうしたらいいか、ということを考えました。そこで、浮かんできたのが「魔物と戦う」です。

 もし、集落が平原のど真ん中にあったのならば、魔物が弱いのでこの考えも多少は許されますが、残念ながらここは世界でも有数の危険地帯である北ミストレア森林です。

 わたくしたちは必死にお小遣いを貯めて、親には内緒で秘密裏に武器を買って、「いざ帝都!」とでも言いたげに明朝、結界の外に出ました。

 結果、一回目の戦闘で惨敗しました。木にカモフラージュしていた魔物に奇襲されたのです。

 ですが、わたくしたちが今もこうして生きているのはその時、偶々そこを通り掛かった会長のお陰でした。

 そのとてつもない魔法で魔物たちを薙ぎ払ってくれたのです。会長が助けてくれなかったら、きっと死んでいたでしょう。

 こうして、無事集落に戻ったわたくしたちは、しばらくの間結果の外への恐怖で「強くなろう」という意志はすっかり衰退していました。

 しかし、真冬のある日、こんなことが脳裏をよぎりました。「何故、あの時スラマイナさんはあそこに通り掛かったのだろう」と。

 結局、恐怖が好奇心に敗北し、わたくしたちは明朝に会長がどこに行くのかを探り始めました。すなっわち、尾行です。


「あれ、あんなところに家なんかあったっけ?」


 しばらく、何とかバレないように尾行していたわたくしたちが見たのは、木の全くない小さな広場のような場所にポツンと建っている家の主と、話している会長でした。

 さっき、語った一回くらいしか集落の外に出たことがないわたくしたちにとって、こんな恐ろしい森で結界もなしに一人で暮らしているであろう、その家の主が異様に思えました。

 その考えを後押しするかのように、家の主が放った一言が、会長の魔法を見た時とは違う、恐怖的な意味で衝撃でした。


「お、スラマイナ。今日は3人で来てくれたんか?」


 そう、何故か分かりませんが、彼女はわたくしたちの存在を魔法も使わず――いえ、もしかしたら「消音魔法」などを使ったのかもしれませんが、とにかく――見破ったのです。

 そうして、わたくしとルシラさんはもう隠れていても仕方ないだろうと判断して、会長たちの前に出ていきました。会長は驚いていました。

 その家の主、というのももう面倒くさいので思い切って魔女(・・)と呼びますが、魔女さんは白髪の背の低い老婆で、変な喋り方が特徴的でした。

 何故、魔女と呼ばれているかというのは簡単でただ単に魔法が物凄く上手かったからです。

 どうやら、聞く限りでは会長の親代わりをしていたらしく、一緒に朝食を食べたり魔法の稽古を受けたりしていたそうです。


「ルシラとグラベール……、どうしてここに?」

「わたくしたちも強くなりたいんです!」


 まだ標準語だった会長に、見つかったことによりかなり動揺していたわたくしはそう叫びました。

 すると、


「そうか……。じゃあ、毎朝スラマイナとここに来いや! 一緒に稽古してやる」


ともう高齢のくせに張り切った声で魔女さんはそう言ってくれました。


「いいんですか?」

「まぁ、多いほうが楽しいやろ」


 そんな風にして、しばらくの間、3人で訓練を受けることになりました。会長は次期狩猟部隊隊長と呼ばれるほど魔法を習得し、ルシラさんもメキメキと力を伸ばしていきました。

 生憎、わたくしには魔法の才能はなかったようですが、それでも近接戦闘は集落一にまで上り詰めました。

 何故訓練に集中できたのかといえば、魔女さんが訓練場の周りに来ないように魔物を操って(・・・・・・)くれたからです。初めて知った時は驚きましたけど、もうその頃には魔女さんは凄い人だという認識があったので大げさには扱っていませんでした。

 そして、魔女さんと会長に教わりながら平和な日常を暮らしていました。しかし、会長が卒業するまで後一ヶ月になった真夏の日にあの事件が起こってから、その平和はすっかり変わってしまいました。




 確かにあの日は妙に動物がいないな、って感じてはいたんです。でも、たまにはそういうことがあるだろうとしか思わなかったんですね。

 当時は会長が卒業試験中ということで張り切っていましたし、何よりも魔女さんの訓練が厳しくて余計なことを考える暇がなかったんです。

 雲一つない晴天で朗らかな風で、訓練をするには暑すぎる日差しを嫌になりながらも、という印象で当時のわたくしにとっては、特に変わり映えのしない普通の日常でした。魔女さんも何かに気付いたようには見えませんでした。

 午前8時頃だったでしょうか。訓練を始めてから一時間が経ったとき、唐突に2つの影がわたくしたちの目の前に降り立ちました。

 

「あなたが魔女?」


 二つある角と黒い翼、そう、魔族でした。わたくしは魔族という種族のことを何も知らなかったので、特に思うことはありませんでした。

 しかし、2人から這い出てくる闇属性の魔力には少々驚きました。


「あんた誰や?」

「……私たちはあなたを狩るものよ」


 意味深な会話は、わたくしには理解できませんでした。

 しかし、魔女さんに思い当たる節があったのかどうかは今となっては分かりませんが、そう言われた彼女は瞬時に2人を敵だと認識して、凄まじい速さの「火炎球」を放ちました。

 しかし、魔族は2人ともかなり戦闘慣れしているみたいで、1人がその「火炎球」を「魔法壁」で守り、もう1人が「闇黒球」で攻撃を仕掛けてきました。

 その数秒の間、わたくしたち3人はまるで動けませんでした。恐怖なんかを感じる前に攻防が始まっていたのです。

 ですが、すぐに会長が「私たちじゃ役に立たない」と冷静になって呟き、わたくしたちは逃げました。

 会長がその選択ができたのは「まさか魔女さんが負けるはずない」という考えからだったでしょう。相当信頼していたみたいですから。

 そうして、わたくしたちは戦闘の様子は見えるが、そうそう魔法は飛んでこない位置に移動して何もせずに眺めていました。いえ、途中は魔女さんの援護をしようと思いましたが、戦闘の移り変わりが早すぎて何もできなかったのです。

 戦闘は白熱して、夕方まで続きました。もう全員がかなり疲労しきっている様子でした。

 だから、油断をしていたのでしょうか。


「『魔法壁』ッ!」


 魔族の内1人がそう叫びました。確かに彼女の方には魔女さんが放った「一閃」が恐ろしい速さで迫っていました。ですから、彼女が放った魔法を「魔法壁」だと考えてもおかしくないかもしれません。

 ですが、真実は違いました。

 疑似魔法。口に出した詠唱とは違う魔法の詠唱をしたり、魔法陣の色を本来詠唱している魔法の属性とは別のものにする技術です。

 そう、今回魔族が放ったのは「魔法壁」ではなく「衝撃」だったのです。肉を切らせて骨を断つ、というのでしょうか。「一閃」は詠唱速度がかなり短い代わりに威力は小さいのが特徴です。だから、魔族は自分を守ろうとはしていなかったのです。

 まんまと罠に嵌った魔女さんはあばらが砕ける音と共に吹き飛ばされました。


「魔女さん!」


 これには会長が黙っていませんでした。会長は「俊敏」を使って、急いで魔女さんのところに向かいました。


「来るな、スラマイナ!」


 会長はもう1人の魔族が向かってくる自分に対して、照準を構えていることに気づいていないようでした。しかし、わたくしたちは「魔法壁」を放つことすらできませんでした。当時はあのルシラさんですら、中級魔法を満足に扱うことができなかったのですから。

 魔女さんは血を吐きながら立ち上がり、会長目掛けて飛んでくる「闇黒球」を体で受け止めました。 

 会長はもう完全に冷静さを失い、その場から離れるという選択肢を取らずに、どんどんと彼女のほうに近づいていきます。

 

「……!」


 だからか、魔女さんは会長に魔法を放ちました。 

 会長は魔法陣から放たれた白い球体のようなものに当たり、吹き飛ばされました。見る感じ、「衝撃」とはまた違う魔法でしたが、効果のほどは同じでした。

 会長は数十秒倒れていましたが、やがて起きると、振り向いてわたくしたちの方へ歩いてきました。

 地面に打ったのか、頭を抑えながら泣いていました。その涙が何を意味するものだったのかは分かりません。

 ですが、彼女たちは親子や長年連れ添った夫婦のような以心伝心振りでした。だから、この後に起こる出来事を予測できたのかもしれません。

 当然、わたくしはその出来事を検討することもできませんでした。

 そこから、魔女さんは防戦一方になりました。ひたすら「魔法壁」しか詠唱しないのです。

 しかし、相手は戦闘慣れしている魔族2人です。

 一人がフェイントを入れて短剣で切りつけ、疑似魔法や複合魔法を用いて攻撃する、いわゆる「接近型魔法術」で立ち回り、もう一人が離れた場所から防衛魔法や精神魔法を放つ「要塞型魔法術」を使っていて、どんどんと魔女さんの肉は削られていきました。当然、わたくしは何もできませんでした。

 やがて、魔女さんは目を覆いたくなるような姿になりました。肘から先を消失し、全身に穴を開け血の湖を作っていました。

 ああ見えて案外神経質な性格のルシラさんは座り込んで、泣き叫んでいました。会長は相変わらず頭を抑えながら涙を流しています。 

 しばらくの間呆然と立っていると、魔女さんが動かない足を魔法で無理やり動かして、魔族の2人に寄って行きました。

 その意図はまるで分かりませんでした。


(だって、もう魔力はほとんど残っていない(・・・・・・)だろうに)


 しかし、そこまで考えたところで気付きました。

 そう、体内魔力がなくなったことによる「魔力反応物質」と水との爆発反応。

 会長に魔法を掛けた時から、魔女さんはずっとこれを狙っていたのです。


「スラマイナ……」


 魔女さんのそのかすれた声は、わたくしには耳元で囁いているように聴こえました。

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