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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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十八話 魔女の屍 5

 突然、集落に鳴り響いた爆発音による動揺から回復したツヅルたちは一斉に村長の家から出ました。皆一切口を交わしませんでした。

 何が起こったのかは検討がつきませんが、良からぬことが起こったというのは全員が察するところでしょう。

 良くてジョークグッズ、悪くて魔物の攻撃。しかし、あれから一分以上が経っても第二波が来ないことも含めて思考してみると、その最悪の可能性はない気がします。

 そう考えると、少し気分が楽になったような気がします。ですが、明るくなったのは気分という本能的な機能だけで、彼の理性、即ち頭脳は先程からサイレンをならしていました。

 何が原因なのか分かりません。確かに、ツヅルの置かれた状況は良いとは口が裂けても言えないでしょう。しかし、魔物の攻撃がないのならば、そのサイレンは価値を成していません。


「あ、開けるぞ」


 一番玄関に近いところにいたということにより先行隊長を任されたルシラは振り向いて、全員の顔を見ました。

 全員がゆっくり頷きました。中には先に待つ恐怖故か、固唾を呑んだ音も聞こえました。

 扉を構成している木材の(きし)む音と共に彼らは青空の元に出ました。まだ正午にもなっていないことにツヅルは気付きました。体感時間的にはもう数日を経っていたような気がしたのです。

 彼らは各々自由に周りを見渡しました。

 まず、それ(・・)は二番目で出たグラベールが見つけました。


「えっ、うそ……!? そんな……!?」


 彼女が見ているのは村長の家から見て左方面にある中央広場の更に中央です。そちらを向きます。

 広場というだけにそこは広々とした草原でしたが、その草原の一部は緑とは言い難い赤色でした。誰かが息を呑む音が聞こえました。

 全身を赤が覆っているのは爆発による傷から出血のせいでしょう。眼は閉じています。気絶しているのでしょう。呼吸は浅いように見えます。そこまで見て、やっとツヅルの脳は視覚による情報を受け取りました。

 そこには死にかけの生物が倒れていました。

 もし、これが動物ならば「自然の解放感のせいか」なんて不謹慎極まりないギャグを言い放てる余裕もあったかもしれません。

 しかし、世界というものはそう安々と上手く行かないようです。


「なっ……!? 会長!?」


 そう、倒れていたのは精霊族研究会の会長、スラマイナだったのです。つい先程喋っていた人の死体もしくはそれに近い状態を見ると、何だか記憶に齟齬を感じたときのような妙な感覚になります。要は信じたくないという願望から来ているのでしょう。

 それ故か、それとも別の恐怖からか、皆しばらく――といっても数秒程度でしたが――動けませんでした。一番早く動けたのはスラマイナと関わりが一番薄いツヅルとリーフでした。他のエルフたちは彼女に並々ならぬ思いがあるようで、それが足を重くしていたのでしょう。


「ファル!」


 しかし、子供が駆け寄っているというのに、いつまでも思考を右往左往としているエルフたちではありません。ツヅルがスラマイナに駆け寄るとルシラは回復要員であるファルに声を掛け、狼狽から回復させました。


「あ、ああ!」


 ツヅルは間近で倒れている彼女の様子を見ます。残念ながら、街中のAEDすら指示がないと使えない程度の医学の知識しか所有していない彼には損傷がひどすぎて、まず何をどうすればいいのか分かりませんでした。


「『回復(リカバリー)』」


 急いでスラマイナに寄ったファルはそう唱えました。

 以前、回復魔法が精霊族にしか使えない魔法だと述べたことがありましたが、この「回復」という単調な名前にもそれが現れています。

 どういうことかというのは、魔法が最も得意な種族は精霊族や魔族ですが、世界で最も魔法学を研究し、体系化しているのは人間であることを思い出せばすぐに分かります。

 つまり、火属性魔法やその他属性の純粋な魔法と違って、回復魔法は使用者が限られてきますし、研究するメリットも少ないのと、研究する人がいません。現に、回復魔法学を研究している人間は100人以下です。

 そういう理由があって、回復魔法は発展の兆しを見せず、更に生物学が確立されていないのも相まって例えば「止血」や「冷却」という具体的な名前ではなく、ただ単に「回復」なのです。

 まぁ、だからといって効果が薄いわけでもなく、ツヅルの左腕がもう動くように、大抵の怪我は「回復」を掛けてもらえれば悪化することはなく、回復の一途を辿るのですが。

 今回のスラマイナの怪我も酷いものですが、原因は裂傷などの単純なもののように見えます。なので、次第に顔も苦痛に歪んだものから多少穏やかなものに変わり、呼吸も深くなってきました。


「どういうことなんだ……」


 ルシラは顔を俯かせながら、考えています。

 スラマイナの様子を見ると皆少しは安心したのか、今度は原因を探ろうと思考し始めました。もちろん、「回復」は継続していますが。


「……そうね。会長が魔法陣の暴発なんてミスをするわけがないし」


 シャルインもその呟きに賛同しました。戦闘能力の面においてツヅル、リーフを含めた研究会のメンバーの中でスラマイナは最強といってもいいでしょう。

 ルシラとグラベールが同時に襲いかかった、などなら分からないこともないですが、彼女たちは共に大広間にいました。つまり、これまた何も分からない。

 もし、結界の付近で倒れているなら魔物にやられたのだ、と察することができますが、ここはその結界とは程遠い中央広場なのです。

 彼は自分の頭が痛くなってくるのを感じました。まるで仕組まれたかのように問題や謎が積み重なっていきます。

 

「……会長をこのままにするのは忍びない。とりあえず、大広間に寝かせよう。誰かタオルケットは持っていないか?」

「……数枚はある」

「わ、わたくしも持ってます」


 この異常な事態に動揺しながらも、ファルの呼び掛けにルシラたちは答えました。

 彼らは協力して、スラマイナを村長の家まで運びました。中央広場から大広間までが近いことが不幸中の幸いでした。しかし、彼女を運ぶルシラたちの表情に明るさはまるで見えません。

 また、突然の爆発音によって、家の中に籠もっていたであろう他のエルフたちは第二波は絶対に来ないと見たのか、外に出てきました。

 スラマイナを爆発に巻き込んだ犯人はこの中にいるのでしょうか。それとも、相当の遠距離攻撃ができる魔物か、もっと別の想像だにもしない何か(・・)なのか。 


(もし、これが人為的な事件だとしたら……)


 何者かが研究会、もといツヅルたちの崩壊を目論んでいることになります。




 大広間に寝かされ、ずっと「回復」を掛けられているスラマイナは時折吐血して、その血で窒息死しそうになったり、失血死寸前にまで陥ったり、とかなり重症のようでした。

 一応、ルシラの指揮によって、皆昼食を食べました。以前は集落に暮らしていたからか、彼女らは意外にアク抜きなどの調理は慣れているようでした。

 しかし、油や調味料もないので出来たのは、野草のサラダというこういう状況じゃなければ食べようとも思わない代物でしたが。

 鉄の水溶液のような味のする魔力水と共に野草を流し込み、楽しみと言えば1人1個から1人8分の1個に分割されていた簡易食くらいでした。まぁ、食事はこの際仕方がありません。

 相変わらず、スラマイナは目を覚ます気配を見せませんでした。


「どうして、会長が……」


 シャルインは先程から上の空でした。この気味が悪くなるほど異様な状況のことを必死に考えているようです。

 ファルはかれこれ2時間ほど魔法を使い続けたので、かなり疲労しているようでした。

 グラベールとルシラは隅の方に固まって、囁き声で話していました。大方地獄耳ではないツヅルの聴力では聞き取れませんでしたが、時々「魔女の屍」という単語が聞こえて来たので話の内容は大体察することができました。

 再び怯えたリーフはスラマイナの重体を見た時から彼のマントを掴んで離しませんでした。


「ちょっと、ルシラたち何話しているの? そんなコソコソして」


 改めて考えに耽けよう、と思い、ツヅルが天井を見つめ始めた時、シャルインが棘のある声で言います。


「いや、会長の怪我の原因を、と思ってな」

「なら、堂々とすればいいじゃない。他のエルフたちなら分からないけど、ここに『不謹慎な話はやめて!』って叫ぶような人がいないのは分かっているでしょ? ……何かやましいことがあるんじゃないの?」

「なっ……! よりによって、私たちを疑うのか? 爆発当時、お前と一緒に大広間にいた私たちを? それとも何か。私たちが会長をあの場所に来させるように指示して、誰にも気付かれず、魔法陣を出さず、壁を通過させて、爆発魔法を放ったとでもいうつもりか?」 

「ルシラ、あんた。最初魔物のことで探っていた時、会長が『気になることがあるから』って言ったから、一人で帰ってきたって言ってたわよね。その時に指示して、後は『設置魔法』を使えば可能よ」

「『設置魔法』だと? あの技術はまだ理論が確立されていないことはお前も知っているだろう?」

「あんたなら少し暗い使えるんじゃない?」

「そんなのはお前の空想の産物だ。普通に考えて、それで会長をあんな状態にするほどの爆発が起こせるわけないだろう!」


 状況が状況だけに皆ピリピリしていました。特にルシラとシャルインは一触即発といってもおかしくない事態で今にも戦闘が始まりそうでした。

 グラベールとリーフはそれを見ておろおろし始め、ファルは勝手にやっとけとでもいうようにスラマイナの治療に集中していました。

 即ち、ある程度動けるのはツヅルのみなのですが、彼には上手くこの様相を朗らかなものに塗り替える算段が浮かびません。

 ただ見ていることしかできませんでした。


「やめとき」 

 

 その時、ポツンと誰かがそう呟きました。一旦、場が静寂に陥りました。明らかに聞こえるはずのない声が聞こえたのです。

 声のした方を向いていると、なんとスラマイナが起きていました。治療によって気絶から回復する程度にはなったようです。あの意識不明の重体から、数時間で起き上がれるとは中々の奇跡と言ってもいいでしょう。こう言っては何ですが、当たりどころが良かったのかもしれません。

 彼女は少しずつゆっくりと体を起こしました。


「会長! 大丈夫なんですか?」


 ルシラたちも論争を中断し、彼女に近づきます。


「何とも言えんな。やけど、体はそこそこ動くで」

「まぁ、見た目はひどいものだが、深部まで到達している怪我はなかったからな」


 スラマイナの言葉にファルが注解を付けます。


「そうですか……。良かったです。……起きたばっかりすみませんが、どうして爆発を喰らったか覚えていますか?」

「……分からん。帰ろうと思って、中央広場に着いた瞬間爆発が起こって、吹っ飛ばされたことしか覚えてへん」

「犯人の姿とか、前に誰かに中央広場に来いと言われた、みたいなことはありますか?」

「どっちないな」


 やはり、痛みは感じるのか時々苦しそうな表情を浮かべました。

 さて、スラマイナが犯人を見ていないとなると、この事件の真犯人を推測するのはかなり難しいでしょう。この監視の1人もいない集落ではいくらでも言い逃れができるからです。それに気付いたルシラたちは犯人としばらく暮らさないといけないということに身を震わせました。

 なので、ツヅルは「といっても、同じベッドを使用する2人組、同じ毛布を使用する2人組、そして大広間組と偶然にも全員必ずペアが存在する仕様になっているので、犯人もそう派手なことはしないでしょう」という旨の発言をしました。

 これは戦闘面では全く役にたっていないからせめてこういう場では、と思っての発言です。


「そうやな。犯人が1人にならなければ誰かが襲われることもないからな。ルシラ、とりあえず『全員外に出るときは二人一組を心掛けろ』と皆に伝えてやってくれ」


 ルシラは頷いて、若干怯えているグラベールを連れて外に出ました。


「さて、ここからどうすればええんかな」


 スラマイナは呟きました。


「外側にはまだ魔物が居座っているし、内側では殺害未遂、か」


 ファルは簡単に今の状況を纏めました。こう考えてみると、やはり絶望的としかいいようがないでしょう。


「先が見えんなぁ」


 そう言うと、スラマイナは考えるのをやめ、怪我のせいで体力を消耗したのか横になりました。




 もうその日には何も起こらず、やがて9月17日になりました。リーフが宿屋で暗殺未遂に遭ったのが5日前、北ミストレア森林に着いたのが2日前のことになりました。時間の進みとはやはり何があったかで変わるのかもしれません。

 本来では今日の朝方、ちょうど今頃にこの森を去る予定だったので、食料もあと僅かであり、ほの暗い雰囲気が集落を纏っていました。

 ツヅルはストレス故か周りもまだ暗い午前4時頃に起床しました。まだ全員寝ているのか、と周りをぼんやりと見渡していましたが、どうやらそうでもないようでグラベールが窓の外で黄昏れていました。

 太陽はまだ出ていないものの夜空にはツキが輝いていたので、彼女の姿がはっきり見えました。それは彼女にとっても同じだったようで、すぐに起きたことに気付かれました。


「おこしちゃいましたか?」


 彼女は金色の長い髪を揺らし、碧眼を輝かせました。それはツキの白銀の光に似合っていました。肌も白いので、雪国生まれといわれても信じられそうです。


「大丈夫ですよ。それよりもグラベールさんはどうして?」


 ツヅルは立ち上がって彼女のもとに寄っていきます。


「いえ、わたくしは元々早起きなんです。いつもこれくらいに起きてるんですよ」

「だから、いつも居眠りが多いんですね」

「ひ、ひどいですねー」


 グラベールは貴族の令嬢のような上品な微笑みを見せると、しばらくツヅルの顔を見つめていました。


「ここから、抜け出せると思いますか?」


 途端に暗い表情に変化します。彼女が今さっき微笑んだのは、ツヅルという子供を無闇に悲しみに暮れされないためでしょう。


「もし、これが超常的な現象ならば僕からは何も言えません。ですが、これが意図的な、知能のある生物が考え、創り出した空間ならば僕らはそれを解明することができるはずです。僕たちには知能があるのですから。……まぁ、解明できても解決できないことはあるので、どちらにせよ何も言えませんが」


 「解決できなくとも解明はする」はモットーというわけではありませんが、彼の思想に近い言葉でした。


「そうですか……。じゃあ、わたくしもそれに協力しなくてはいけませんね」

「協力?」

「はい。正直、悩んでいたんですけど決めました。ツヅルさんに話します。わたくしたちの過去を」


 真剣な表情でグラベールはそう言いました。そして、立ち上がります。

 魔物から彼女を助けたのはかなりプラスに働いたようです。


「さて、皆さんを起こしてしまっては申し訳ないので外で話すことにしましょう」

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