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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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十七話 魔女の屍 4

「だ、大丈夫か?」


 シャルインの破天荒ぶりに連れ回され散々な目にあったリーフはツヅルのところに何とか戻ってくると項垂れました。心なしか彼女の頭のカチューシャも萎れている気がします。

 

「……途中からフェアリーとドワーフが、頭の中で踊っていました」

「……難儀だな」


 ファルは頷きながら、呟きます。リーフはやっと励ましてくれる彼女に抱きつきにいきました。普段なら恥ずかしがってそんなことしないのに、と彼はリーフが相当疲れたことを察しました。


「おーい。皆起きとるか~」


 まぁ、シャルインもガールズトークによりストレスを発散したようだししばらくは大丈夫だろう、と彼が考えたその時、スラマイナが大広間へと入ってきました。


「まだ昼前なんだから、寝ているわけないじゃないか」


 先程横になっていたファルが言いました。案の定「あんたさっき寝てたでしょ!」とシャルインから響きます。


「あー、分かった分かった。ともかく、皆には伝えておかんといけんことがあるんや」


 どうどう、と周りを落ち着かせて、真剣な表情で言いました。このいつもヘラヘラとしている会長の神妙な表情は相当効果があったようで、途端に静かになりました。

 恐らく魔物のことを話すのだ、とツヅルは察しました。グラベールも様子を見る限り、理解しているようです。

 スラマイナは言いにくそうに口をまごまごとさせていましたが、


「……今、この集落は千匹を越えてもおかしくない程の量の魔物に囲まれとるんや」


 大広間は騒然としました。特にリーフの動揺は激しいもので、まさに呆然としていました。


「なっ、どういうことだ!?」


 リーフを体を上から退かせたファルは立ち上がって問います。

 急にこの事実を聞かされて、すぐに納得しろという方が難しい話でしょう。現に前から知っているツヅルですらも千匹というのは未だに信じられない、というか何だか夢の中にいるような感覚に陥っているのです。


「落ち着くんや、ファル」


 そのことを分かっているのか、スラマイナは優しく諭すかのような口調でした。


「落ち着けって、この状況で……!? 今すぐ防衛の準備をしなければ、死ぬぞ!」

「いや、何故かは分からんが私らの姿を見ても魔法は放ってこないんや。結界の外に出たら、襲ってくるけどな。私とルシラの見解は『攻撃したり外に出たりしなければ攻撃される心配はない』や」


 そのことを聞いて、ファルは少し落ち着いたように見えました。


「だが、いつまでも、未来永劫この集落に暮らすなんて現実的ではない。野菜が簡単に生えてくるわけもないし、そもそも元々も外で木の実や動物を狩っていたじゃないか。脱出方法はどうするんだ?」

「せや。一番の問題は食糧難や。外に出るわけにもいかんしな」

「待って!」

 

 彼女らの話を聞いて、未だに狼狽している様子のシャルインは声を張り上げます。


「そもそも、なんで魔物たちが集まってきてるの……!? 結界に近づくだけでも魔物にとってはかなり辛いはずなのに!」


 彼女の疑問はもっともでしょう。いくら魔物が群れをつくるといっても、人間やその他知能のある種族のように数百はともかく、数千単位で集まることは歴史上類を見ません。

 

「分からん。私とルシラで集落中を回って、魔物を引きつける魔力石みたいなのが落ちていないか、と探したりもしたがノーヒットやった。ただ一つ言えるのが、このままでいると私らは飢え死ぬ可能性が極めて高いということや」


 だから、魔物のことよりもそちらを議論をしよう、とスラマイナは暗に伝えました。


「……そう、ね」


 生物なら誰でも持っている死にたくないという本能でシャルインは無理やり自分の感情を押し込めました。


「まぁ、といっても食材が浮かんでくるわけもないんやがな。ともかく、花畑の方にカタバミやタンポポ、ヨモギみたいな食べられる草は結構あった。後は持ってきた簡易食と水属性と火属性魔法があれば、まぁ、一週間は満足に暮らせるやろな。もちろん、昼抜きとかにすればもっと伸びる」

「うえー、魔法水飲むんですか。あれ、鉄っぽい味がして嫌いなんですよね。……この際仕方ないですが」

 

 この場に相応しくない明るい雰囲気のグラベールが呟きます。しかし、彼女のような人も1人は必要でしょう。

 魔法水とは水属性魔法で創られた水のことです。魔力だけで構成されているので飲み過ぎない限りは人体に被害はありませんが、なにせ飲料用ではないため酷くまずいものとして知られています。

 ですが、例えば今回のようにアク抜きしないといけない野草を食べるときなどには役立ったりします。


「なんだ、てっきりグラベールが一番怖がると思ったがそんなことはないみたいだな」

「な、なんですかそれっ」


 彼女の様子を見て、皆多少は元気になったようです。リーフも表情から怯えが見えますが、もう呆然とはしていません。


「じゃあ、私は他の連中に伝えてくるから……あ、そうや。もう外に出てもええけど魔物は刺激しないようにな」

「……今はまだ魔物が去ってくれるのを待つだけなのね」

「そうするほかないからな」


 スラマイナは軽く手を上げながら、村長の家を去りました。

 大広間には束の間の沈黙が訪れましたが、それに耐えきれなくなったシャルインとグラベールによりうるさくなりました。全員暗い現状に身を震わせながらもまだ気力は残っているように見えます。

 いきなり暴動が起こるようには見えないので、ツヅルは安心しました。


(これは、テルランに伝えたほうがいいか)


 もしかしたら、後一週間は帰れないかもしれないという旨の報告をしよう、とテルランに問い掛けます。


(おお、ツヅルか。今、妾も報告しようと思ったんじゃ)

(何かあったのか?)

(そうなんじゃ! これは今ハルミリにいるネリーから聞いたんじゃが、なんとクラリスが生きとったんじゃ!)


 ツヅルは驚きました。思わず、立ち上がってしまいます。ファルとリーフに怪訝な顔をされましたが、愛想笑いでごまかします。


(クラリスさんはハルミリにいたのか?)

(そうみたいじゃ。何でもメリアロンドという貴族が匿っていたようで)


 メリアロンドといえば、ツヅルが手紙を交換しているルナマリアの家です。その子爵とクラリスがどういう縁を持っているのかは分かりませんが、とりあえず先を促しました。


(じゃから、妾も本格的にツシータを探し始めたんじゃ。これを伝えたら、たちまち回復するはずじゃからな!)


 テルランは無邪気に言います。


(そうか……)

(あと、受付嬢と共謀していたのは、何でも昔の貴族であるララティー家の領主争奪戦争から分裂した内の一家のユーツリ家という男爵らしいぞ)


 なるほど、とツヅルはそのユーツリ家の意図をすぐに察しました。


(恐らくリーフを殺して、エリー家に贈られるはずだったフォート家の伯爵位を自分たちが受け取るためだろう。シュラは金か何かで買われたんだ)


 これ自体はよくある話です。しかし、こうしてよく考えてみるとリーフが生きているのが奇跡のように思えます。まぁ、現在亡命先でも危機に陥っているのですが。


(ということは、アルノ公爵とやらは関係ないのかの?)

(……そこのところは状況が分からないから、考えようもないな。それよりもクラリスさんとナービさんもしくはトラレルさんに伝えてほしいことがあるんだが――)


 ツヅルは北ミストレア森林で起こったことを語り、しばらく帰れそうにないということを彼女に伝えました。


(魔物が千匹じゃと……? 少し、考えにくいの)

(ああ、僕もこれが妄想なら嬉しいんだがな)

(……ともかく、分かった。しっかり伝えておくのじゃ)


 ツヅルは別れの挨拶を告げるとため息を吐きました。もし、テルランがいなかったらアーキュリーの情報が気になりすぎて憤死していたかもしれませんが、いたらいたで予想外の真実が耳に入ってくるのが難しいところです。

 

(それにしても、クラリスさんが生きていたとは)


 彼は天井を見つめながら、思考します。

 完全にアーキュリー邸爆破事件により死んだと思っていたクラリスがまさかハルミリにいるとは思いませんでした。

 

(クラリスさんは爆破事件を予測していたのだろうか?)


 テルランの語感からして「クラリスは爆発を喰らったが、何とか心臓は動いている」という意味の生きているではないでしょう。

 爆破される前に屋敷を出て、ハルミリに行ったのです。


(いや、むしろ爆破事件は自演で、クラリスさんは自分が死んだことにしたかった可能性だってある)

 

 何らかの目的があって――東ベストロジア戦争に関係していることでしょう――、というのは決して考えにくいことではありません。

 クラリスには絶対に到達した目標点があるらしく、それのためならば命を投げ出す覚悟があるようにツヅルには見えるのです。

 後は元遠征部隊軍師長のカルワナの頭脳があれば、これくらいのことは容易にやってきそうな気がします。


(だが、それを見抜くのは難しい話だろう……)


 彼女がツヅルに何も言わなかったのは「彼なら意図を理解してくれる」と思ったからかもしれませんが、選挙や暗殺事件があった激動のアーキュリーでそれに気付けるのはベストロジア王国でも有数でしょう。

 ともかく、彼は少し脱力しました。

 もちろん、目の前の問題は山積みなのですが、クラリスが生きていたということでツシータの問題も解決され、選挙関係も彼女に任せれば心配することはないでしょう――もっとも、彼がいたところで何ができるわけでもありませんが――。

 ツヅルは思う存分北ミストレア森林の問題に集中することができるのです。


(といっても、この問題が簡単とは言い切れない)


 魔女の屍と集落を包囲している魔物には関係があるのか、なんて疑問もありますが、そもそも問題の概要がよく把握しきれていないので、解決策の輪郭すら掴めず、モヤが掛かっている感覚がします。

 今は魔物が去ってくれるのを待つことが最善なのかもしれません。


(こんな感覚は久しぶりだ)


 ツヅルは一年半前のモハナト革命を思い出します。今回とは違い、あの時は自分から事件やらを引き起こしにいったのですが、頭脳をフル稼働したのには変わりありません。

 巨大な何かに挑むときの底知れない畏怖。今、彼はそれを感じていました。


「ふぅ……。疲れた」


 丁度彼の脳内で状況の整理がついた時、疲労感を丸出しにした顔付きのルシラがおぼつかない足取りで大広間へとやってきました。


「お疲れ様です」


 魔物のことで色々考えたり皆に伝えて回ったり大変だっただろう、と思ったツヅルは立ち上がってそう挨拶をしました。


「……ああ、ツヅルか。ありがとう」

「どうされたんですか?」

「皆を説得するのに手間取っただけだ。どうにも、精霊族がマイノリティーだからか、頭の固いやつが多いんだ」


 ルシラはため息を吐きます。

 ここ数十年間は情勢が安定しているラビンス大陸にはあまり見られませんが、他の大陸では獣人が魔族の国を支配したり、人間が精霊族の国を植民地にしたり、その逆なども起こっています。

 そのような歴史がもう少なくとも千年以上は続いているのに、まだナショナリズム運動は全く姿を見せません。

 これは前世のような小規模の枠、即ち民族規模でのナショナリズムがこの世界では起こらないからだ、とツヅルは推察しました。

 つまり、種族という枠組みが大きすぎて、運動を起こすには賛同者も金銭も武器も足りないので、まだ誰もその発想に至ってないのです。

 

「一応、全員納得してくれたから後先考えず行動する者はいないと思うが……」


 彼女は表情を暗くしました。

 食べ物は野草でどうにかなるかもしれませんが、この何もなく狭い集落で暮らすのは大変な困難が伴うことを想像したのでしょう。いつ帰れるか分からない、というのも気分の重力加速度を大きくしています。

 

「すまないな。ツヅル。私たちの帰省に付き合わせて」

「大丈夫です、とはいえませんがルシラさんたちにはまだ返しきれていない恩があります。だから、もし何か役に立てることがあったら何なりと頼みこんでください」


 ルシラは彼の顔をしばらくジッと睨みつけていましたが、やがて微笑みました。


「……そうだな。私たちはがめついから、返してくれるまでは生きているとしよう」


 ツヅルも彼女に笑顔を差し出しました。しかし、妙に気恥ずかしくなったのか、


「そういえば、スラマイナさんはどこに行ったんですか? 姿が見えませんけど」


と話を逸らしました。


「ああ、何でも気になることがあるらしくてな。始祖様の屋敷のところで別れた」


 気になることとはなんだろう、とツヅルは疑問に思いました。始祖様の屋敷で、ということはあの日記が関係あるのでしょうか。


「もしかしたら、打開策を思いついたんですかね?」

「どうだかなあ……。あの人は何か案が浮かんだら、すぐに喜々として私に伝えてくるからな」


 意外と子供っぽいところがあるんだぞ、とルシラは自慢するように言いました。嬉しそうですね、と返します。

 

「べ、別にそんなことはない。ツヅルも会長に抱きつかれたりした時、嬉しそうだったじゃないか」

「えっ……」


 これのえっ、という驚きはツヅルのものではありません。今彼は「ツヅル()ってなんですかね」と嫌らしい笑みを浮かべながら言おうと口を開く途中であり、その態度には微塵も絶句やためらいは込められていません。

 

「ツヅル、さん。それ、どういうことですか」


 その言葉はいつの間にか彼の背後に立っていたリーフによるものです。振り向くと、彼女は自らの胸を見つめていました。


「ツヅルさんは、その、巨大なもののほうがお好きなんですか?」


 リーフはバッと顔を上げて彼の眼を恨めしげに睨みつけてきました。巨大って、とツッコミそうになりましたが、何とか堪えます。


「僕はどちらでもいい派だ。魅力は何もそこだけじゃないのだから」


 ツヅルは胡散臭い宣教師っぽく腕を広げて、告げました。


「それにリーフにはまだ余地(・・)が残っているさ」

「……今、こっちの方をチラッと見たよね?」


 隅の方で座り込んでいたシャルインは眼をじとーっとさせながら、言います。


「記憶にございません」

「おい!」


 いつもオチ担当と化していて少し可哀想な気もする彼女は叫びました。少しでも都合が悪くなると、彼女をおちょくって場を流す風習のようなものが研究会内で成立しているようで、ツヅルもそれに乗っかって見ました。

 といっても、シャルインも嘲りを含んだ煽りを全方位に発射することもあるのでどっちもどっちでしょう。


「そうですか。つまり、ツヅルはスラマイナさんに対して何も思っていないと……?」


 しかし、今回は何故かシャルイン砲は効かなかったようです。

  

「なに、他人に向ける感情とは何も恋愛感情だけじゃないのは分かっているだろう? 親愛とは、種族を越えた愛なのだ!」


 仕方がないので、今度は牧師風に演説をします。そして、何か利用できるものはないか、と周りを見渡します。

 部屋の様相は特に変わった様子はありません。道具を使って気を逸らすことはできそうにありません。

 まず、ルシラとファルはこのやり取りを呆れているような微笑ましそうな顔付きで見ていて、シャルインはやはりじとーっとした眼でこちらを見つめてきます。そして、グラベールは眠たげでうつらうつらと頭を振っていました。

 何も役に立ちそうなものがありませんでした。


「……あれですよね。ずっと前から、思ってましたけど、ツヅルさん。妙に言い訳、というか言い逃れが上手いですよね。あの無駄に雄弁なメアさんに『感心するよ』と皮肉を言われくらいには」


 ツヅルは苦笑しました。

 確かに以前、メアと魔物討伐に関する議論をした時に彼は場をかき乱すだけかき乱して、最終的に持論を押し通し、勝利するという迷惑な行為をしたことがありました。

 その議論でメアは『前衛がツシータ一人なのはバランスが悪いからツヅルも前衛にしよう』という彼にとって絶対に可決させてはいけない案を主張していたからです。

 



 さて、ここまでは普通の日常風景のはずでした。皆、現在自分が置かれている状態を見つめながらも、何とか明るく振る舞っていたのです。

 その一員であるツヅルが若干ニヒルな笑みを浮かべ、「リーフの饒舌さには負けるな」と返そうとした丁度その時、――轟音が集落中に刺さりました。

 その瞬間、彼は前世の癖でリーフの肩を掴んで、彼女と共に身を伏せました。


「なっ、なんだ!」


 ルシラたちはきっと魔物たちが魔法で攻撃してきた、と思ったのでしょう。すぐに武器を取り出しました。 跳ね起きたグラベールは急に何が起こったのかと動揺していました。が、いつまで経っても第2波は来ません。

 

「……と、とりあえず、外に出てみよう」


 真っ先に狼狽を拭い去ったシャルインは周りを見渡して言いました。

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