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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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十六話 魔女の屍 3

(僕らの中に魔女の屍がいる、なんて……)


 想像力というかここまで来ると妄想だな、とツヅルは胸中にて自虐しました。

 確かに「魔女の屍」の明確な姿形は判明していないので、それがエルフの姿をしている可能性も十分にありうるでしょう。しかし、効率的、そして合理的に考えるとありとあらゆる部分が矛盾しているように感じられます。

 まず、「魔女の屍」が北ミストレア森林からエルフの姿を装ってスラマイナ一行に入り込むのは不可能と見ていいでしょう。そんなものすぐにバレるからです。

 つまり、彼女は精霊族研究会の発足当初からその一行に加わらなければならないことになりますが、これは彼女が相当スラマイナたちに恨みを持っていない場合は非効率です。

 それにこんなことしなくても、例えば道中で魔物数百匹に襲わせればいいでしょう。


(そういえば、道中で深夜警備してきた時に通った魔物の大群はなんだったのだろう) 


 どうして今まで思い出さなかったのでしょう。あれはよく考えれば、「魔女の屍」が魔物にツヅルたちを襲おうとさせたものなのかもしれません。


(だが、何らかの理由で失敗したのか……?)

「あの、ツヅルさん。……? ツヅルさんっ?」


 ツヅルの思考はそんな中途半端なところで中断されました。グラベールの声によってです。


「は、はい。なんですか?」


 スラマイナたちと分かれた地点から中央広場まではほとんど一直線なので、思考している間にいつの間にか歩いてきてしまったようで、すぐそこに村長の家がありました。

 なるほど、もう着いたのにボーっとしている僕に疑問をいだいて話し掛けてくれたのか、と彼は納得しました。


「あの、本当に助けてくれて、ありがとうございます」


 しかし、違ったようです。グラベールは頭を深々と下げました。綺麗な金髪が肩という持ち場を失って下に向かって垂れます。


「い、いや、いいですよ。以前、リーフの件で助けていただいたので。……でも、一つだけ聞いてもいいですか? いえ、これは恩返ししろ、という意味じゃないのですが」

「……ツヅルさんは優しいのですね。リーフさんに対しても、わたくしに対しても。いいですよ。何なりと」

「まぁ、シャルインさんには逆のことを言われましたが」


 微笑んだグラベールに向かって、同じように笑顔を返すと、


「『魔女の屍』について聞かせてくれませんか?」


と単刀直入に聞きました。


「……誰からですか?」


 ああ、と納得したかのような表情をしたグラベールは問うてきます。この言葉の意味は「誰から『魔女の屍』のことを?」でしょう。


「スラマイナさんからです。もちろん、触りの部分だけですが」

「そうですか……。会長とは意外でした。ツヅルさんとそこそこ仲がいいルシラさんかと思いましたが」


 彼女はそういうと少し悩みました。やはり、それは秘密事項にも似た重要なことなのでしょう。


「……分かりました。今日はどたばたしそうなので無理ですが、そうですね、明日か明後日でどうでしょうか?」

「構いません。ありがとうございます」

「いえ、こんな状況に巻き込まれてしまった時点であなたも無関係ではないのですから」


 ツヅルはその言葉を放った時の彼女の神妙な表情から、何か真意があるのかと考えましたが、すぐに普通の顔に戻ったので、きっとそのまま受け取って大丈夫なのでしょう。

 ともかく、まだ解決の糸口どころか状況の整理すら済んでいないツヅルの思考は、彼女の話によって纏まりそうです。

 彼らは並んで、村長の家に入りました。


「いやぁ~、やっぱり懐かしいですねぇ」


 魔物に襲われてから緊張しっぱなしだった彼女の体は少しばかり緩んだような気がします。


「グラベールさんって村長の子女なんですよね」

「そうですよ。姓のアルストリメには精霊言語では可憐という意味があるんです!」

「精霊言語?」

「ああ、それはアークオスで使われている精霊族の言葉です。まぁ、ファルさん以外話せませんけど……」


 へぇ、とツヅルが感心していると、


「ツヅル、さん」


と前方にある大広間から少々怒気の籠もった幼い少女の声が飛んできました。そちらを方を向いています。


「楽しそうなご帰宅姿で……」


 リーフでした。あ、そういえば、とシャルインのガールズトークに辟易として、彼女を生け贄をして置いてきたのを思い出します。

 彼女は相当シャルインの悪ノリに掻き回されたのか、かなり疲労していて、妙な言葉遣いになっていました。


「あ、ツヅルか! どうして逃げたの! って、グラベール!?」


 寝転がりながらグラベールの愚痴を盛大に言っていたシャルインは、ツヅルと一緒にいる彼女を見て驚きました。


「ん? どうしたんですか?」


 しかし、そんなことは知らない彼女は頭に疑問符を浮かべました。


「えっ、教えてないの……? あ、なんでもないよ! アハハハハ」

「先程、シャルインさんがグラベールさんのこと『この万年生娘!』と喚いていましたよ」


 何だかイラッとしたので、ツヅルは目の前で堂々と陰口を叩きます。


「おい! 何いってんの!? いや、そんなことはないから! あったとしても別の世界で起こったことだから! 実はツヅルはワールドトラベラーだから!」


 シャルインは顔面を蒼白にしながらも、無表情のまま近づいてくるグラベールに必死に弁解しました。


「……なんか、精霊族研究会の主要メンバーでリーグ戦みたいなのが起こっていませんか?」


 彼女たちを見てその滑稽さに怒りが引いてきたのか、リーフは呆れ顔になると言います。

 ファル対シャルイン、ルシラ対スラマイナ、シャルイン対グラベールが道中から今までに起こりました。確かに5人は少なくとも一戦はしています。


「というか、シャルインさんがトラブルメーカーだけだろう」


 ツヅルは小声で呟きます。


「あ、ツヅル。お前、今悪口いったな。聞こえるぞ! あたしには!」

「シャルインさん。あなたは、わたくしに聞こえないところで言ったんですよね」

「い、いや、違うから!」


 グラベールはのそのそと彼女に近づいていきます。あれは死んだな、とツヅルは黙祷を捧げると、リーフの方を向きました。


「あの……。先程スラマイナさんが家から出るなと仰り、どこかに行ってしまいましたが」

「あれ? 聞いていないのか?」

 

 てっきりリーフたちはもう魔物のことを聞いたから、この大広間で大人しくしているのだと思っていましたが、どうやらそうではないようです。


(混乱を防ぐためだろうか)


 彼は考えました。つまり、今自分たちが魔物に囲まれていると知ることが余計な動揺を引き起こす可能性がある、と判断したのかもしれません。

 

「実は僕も知らないんだ。『すぐに戻れ!』って叫ばれただけで」


 というわけで、その意志を尊重すべくツヅルはそう言いました。真っ赤な嘘ですが、こんな状況なのですから仕方がありません。


「そうですか……。でも声から察する限り、かなり重大なことが起きているのではないのでしょうか」

「……怖いのか?」

「ち、違いますよっ! ただ無事帰れるのかどうか心配なだけです。宿屋も心配ですし……」


 この時、彼はツシータの失踪のこととシュラがアルノ公爵と関わりを持っている可能性があることを伝えようかどうか迷いました。

 しかし、すぐに今は必要ないことだとしてやめました。


「それにもこの集落には娯楽がないから暇だ」


 話を変えるため、そう呟きます。彼女は苦笑して、頷きました。


「なんだ子供らしくない」


 グラベールとシャルインのドタバタで眠りから目覚めたファルはあくびをすると、こちらに寄ってきました。


「子供は風の子だろう?」

「でも、今スラマイナさんの指示で外に出られませんよ。まぁ、あの人たちみたいに部屋で暴れていいなら、関係ないかもしれませんが」


 魔法の詠唱をしている彼女たちを指差して、皮肉を言い放ちます。


「……ああ、なるほど。にしてもスラマイナが? どうして?」

「分からないです」

「そうか……」


 ファルは床に付いていた腕を顎に持ってきて、黙りました。思考しているようです。


「ここで考えるのは意味がないか……。それじゃあ、しょうがない。ツヅルとリーフ。何かして遊ぼう」


 ですが何も思い浮かばなかったのか、ファルは子供に話し掛けるとき用の微笑みを浮かべてそう言いました。

 それを聞いて、リーフは眼を輝かせ顔を明るくしました。彼女は様々な事情を抱えていますが、人並みの11歳であることには変わりありません。こと遊びになれば、すぐに喜びます。


「何にしますか?」


 ツヅルは部屋を見渡しながら、遊びを考えます。

 当然ガラスなんて張ってない古い窓に掃除された綺麗な木床、同じように綺麗な木の壁など、この大広間は机一つないシンプルを通り越して物悲しい雰囲気の纏う内装をしていました。おそらく、何か行事がある時だけ使用していたのでしょう。


(紙とペンがあれば、数学の一つでもできそうなものだが……)


 前世の偉人が暇な時に哲学に興じたのか、ということが分かりました。膨大な時間とはやるべきことがあれば有意義に過ごせますが、そうじゃないならばただただ(・・・・)憂鬱でしかありません。

 これは娯楽の多い時代に生きたツヅルには意外でもあり、納得できることでもありました。


「そうだな……。何かあるか?」


 ファルは思いつかなかったのか、彼らに丸投げしました。


「じゃあ、ここは定番ということで、スリーカウントで」

「ん? なんだそれは」


 これは禁止する数を決めて、何人かで順番に数を数えていくゲームです。一回に数えられるのは1つ、2つ、3つのどれかで、その禁止した整数を言った人が負けです。


「といっても、これじゃあ分かりづらいので例を上げようと思います」


 じゃあ、仮に10を禁止するとします。そして、参加するのはA、B、Cの3人だとし、ABCの順番に数を数えていくとしましょう。

 まず、Aが「1、2」と数えます。それを聞いて、今度はBが「3、4、5」と数えます。次にCが「6、7、8」と数えます。で、順番はAに戻り、彼が「9」と言います。この時、Bは必ず「10」と数えなければならないことは分かります。よって、Bは負けとなります。


「――こんな感じですけど、……どうですか?」

「面白そうだな。いいだろう」

「はい。分かりました」


 リーフとファルは頷きました。ということで、彼らは勝負を開始しました。


「数はどうしますか?」

「3人いるんだし、30くらいでいいだろう」

「じゃあ、順番は僕、リーフ、ファルさんにしましょう」


 ツヅルは数瞬ばかりどう数えようか考えます。実はこのゲームには2人でやるときならば、大して思考する必要もない、簡単な必勝法があるのですが、3人以上になるとそんな脳死プレイはできなくなるのです。


「1」


 とりあえず、と言った風にまずは1つ数えました。


「2、3、4」

「5、6、7」


 それに対して、彼女らは反応します。表情から察する限りでは、2人とも大した策を立てているようには見えませんが、油断は禁物です。


「8」

「9、10」

「11、12」


 各人頭を悩ませているようです。


「13、14、15」


 一応、ツヅルが数えた数字の内の最後のものである1、8、15という数字には意味があります。もちろん、必勝法というものではないですか。


「16、17、18、です」

「……19」


 ここらへんから思考力を働かせないといけないと感じたのか、少し数えるスピードが落ちました。


「20、21、22」


 さて、ツヅルにとってこの次が正念場です。


「23、24」


 リーフがそう呟いたことにより、彼の敗北が完全になくなりました。ため息を吐きます。


「……25、26、27」

「あ」


 ファルの言葉にリーフは自分の負けを悟りました。


「ふぅ、まずはリーフの負けか。結構頭使うなぁ、このゲーム」

「くっ……! 次こそは、勝ちます!」


 さて、この試合の解説を少しばかりします。

 まず、今回、ツヅルは最後の数字が1、8、15、22、29のように数えました。これらは1を初項とした公差7の数列、つまり、各々の数字が7ずつ離れています。

 このように数えた理由は一番最後の数字、即ち29を見れば分かります。29を言った者が絶対勝つというのは当たり前のことでしょう。

 そして、次の順番で、この数が絶対に取られることのない最高の数は、1人3つまでしか数えられないというルールから7を引いた22、その数が取られない最高の数はまた7を引いた15……となるわけです。

 また、この22は「ファルとリーフが双方ともに1つしか数えなかった」場合以外、つまり「どちらか一方が2つ以上数えた」ときはツヅルの勝ちが確定する数字です。

 検証してみると分かります。


ツ「22」リ「23、24」フ「25」ツ「26、27、28」リ「29」フ「30」

 

のように29は取れなかったものの勝てる場合があることも含めて考えると、全部で9パターンが考えられる状況の中で、


ツ「22」リ「23」フ「24」


の場合だけしかツヅルが負ける可能性のある状況は生まれないのです。

 彼女たちがこのゲームに慣れていたら勝負は白熱していたかもしれませんが、残念ながら今回は彼の勝利は確定的だったかのように思えます。


――――――――――


「30、31……」

「ちょ、ちょっと、待って下さい、ツヅルさん! 気持ちは良くわかります。しかし、33という忌々しい数をわたしにいわせるのは少し忍びない、という気持ちも少なからず含まれているのではないですか。もし、世界というものが不当不平に染まっていたとしても、己だけは正しい心持ちでいろ、とは偉大なるギ・ラークも仰っていました! 確かに昨今の若者は利己的なのかもしれません。しかし、そこに流されてどうするんですか? 仮に若者に悪の心があったとして、しかし、あなたまで悪に染まらなければならない理由は一体どこに存在していると言うのでしょうか! あえて、それを塞ぎ込み、周りの人に優しくするのもまた一興、趣があるのではないのでしょうか、とわたしは断固たる決意で主張します! 陰険な、鬱蒼とした、無慈悲なこの世界に一筋の光として生まれたのが、あなた、即ち神の子なのではないのですか! もちろん、その意識は人類、獣人、精霊、魔族全員が持たねばなりません。ですから! ツヅルさんがその先駆者になるのです。ほら、31で止めてみて下さい。そこにきっと燦然(さんぜん)と輝く世界が……」

「32」


 あれから、30分ほど3人でこのゲームをしていました。ファルは回数をこなしていく内に戦法が思いついたのか中々負けてくれず、結局全てリーフの負けでした。

 現在、リーフの必死の無駄に饒舌な説得を聞き流したツヅルによって彼女の死亡宣告がなされました。


「なんで、ですか……。なんで、毎回負けるんですか……」

「まぁ、次は勝てるさ」

「その言葉、何回目ですか! 2人共強すぎるんです!」


 そう言って、彼女は大広間の端の方でいじけてしまいました。その子供っぽい態度を見て、ツヅルとファルは顔を見合わせて笑いました。


「あ、リーフちゃんも参加するの? ガールズトーク」


 しかし、彼女にとって災難だったのはそこでシャルインとグラベールの井戸端会議が行われていたことでしょう。

 2人はすっかり、いつものように仲直し雑談に耽っていました。


「あ、ツヅルさん……! 助けてください! また、あの話を聞かさせるのは……」

「もう~。参加したいなら、したいって言ってくれればいいのに~」


 必死に逃げようとしているリーフをシャルインは抱きかかえました。

 

「不憫な子だな……」


 ファルは呟きました。

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