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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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十五話 魔女の屍 2

 さて、怒りの波動に目覚めたルシラがツヅルをほっぽってスラマイナと追いかけっこを始め、道中でのファル対シャルイン戦の如き、魔法をも用いた白熱具合になったりしましたが、何とか彼らは無事村長の家に辿り着き、ホコリを被った大広間を掃除しました。

 そして、誰が毛布に包まるのか、ベッドに寝るのか、大広間で大の字になるのかを決めようというじゃんけんにおいて敗北した過去から何も学んでいないツヅル、リーフチームとスラマイナ、ルシラチームは静寂とした夜の大広間で雑談に耽っていました。


「明日にはグラベールたちもここに来るのか……。騒がしくなるな」


 思わぬところで体力を消費したルシラは掃除して綺麗になった床に寝そべりました。せっかく掃除したのだからということで全員靴は脱いでいるので、裸の足をバタバタとします。


「まぁ、ひとまず安全に辿り着けてよかったやん? この森は結界がないと本当に危険やからな」


 ルシラの隣で同じように倒れているスラマイナは腕で目を覆いながら言います。2人は少年漫画における男の友情のように殴り合って――魔法でですが――仲直りしたようです。


「眠い、です……」


 ふと、大広間の壁に寄りかかって、ツシータのことなど色々と思考の海に浸っていた彼の肩に眠たげな眼をしたリーフが頭を置きました。

 完全に寝るモードに入っているのか普段は頭につけてある赤色のカチューシャを手に持っていました。

 そういえば、と「魔法時計」を確認してみるともう夜の9時を回っていました。そう思うと、ツヅルにも何だか眠気が舞い降りてきます。怪我をした時のように意識するとどんどん痛みが増してくるのと同じように、その眠気はどんどんと強くなり、まぶたも重くなってきます。


「ツヅル、……しゃん」


 チラとリーフの方を伺ってみると、もう既に眠りに落ちていました。


(まぁ、諸々を考えるのは明日でもいいか……)


 それを見ると、あくびの感染のようにいよいよ彼の意識も落ちました。


「ん? ツヅルたち寝たんか?」

「今日はずっと危ないところを歩いていましたからね。疲れたのでしょう」

「……遊び感覚で連れて来たのはちょっと失敗やったかな」

「いえ、……大丈夫ですって。色々な経験をした方がいい子に育ちますよ」


 ルシラは起き上がって伸びをしながら、微笑みます。


「ははは。いつ私らは親になったんや」

「そうですね……。それにしても、ツヅルは本当に何者なんでしょうか。あの頭脳高さと黒髪黒眼……、正直、魔族が子供に化けた姿と言ってもらった方が信じられますよ」

「間違いなくクルーラル・メラルトの家系やろな。ネリーちゃんもな」

「ネルの方はまだ信じられるんです。まだ一桁しか生きていないのに『初等魔法学概論』が理解できるみたいですし。でも、ツヅルは……」

「まぁ、人間族の魔法能力はそこまで遺伝しないって、研究が百年前くらいにあったやろ」


 スラマイナがそう言うと会話が途切れました。別に気まずくなったというわけではなく、ただ単にこんなこと話しても仕方ないな、と思い至ったからです。


「私らも寝よか」


 彼女らは疑問を抱きながらも目を閉じました。




「えー、ここで寝るんですかー」


 大広間に立ったグラベールが不機嫌そうにそっぽを向きながら言います。いや元々お前の家だろう、とツッコミが入ります。

 数時間が過ぎ去って、9月16日7時になりました。ベストロジア王国では恒例の雲ひとつない晴天で、小鳥がチュンチュン鳴けるほどには優雅な秋の朝でした。

 意外に魔物には出会わなかったらしく、予定よりも二、三時間は早くグラベールたちは到着しました。当然、食料も無事でした。

 グラベールは昨日のエルフたちと同じように故郷の懐かしさに浸かり、シャルインは何故かツヅルを聴講者に選ぶと道中での愚痴を並び立て、ファルは早速大広間で眠ってしまいました。因みにスラマイナとルシラはどこかへ行きました。

 やはり、彼女らは個性的な集団なようで、一昨日までは風の音しか響かなかったであろう集落は一層喧しくなったような気がします。


「でさ、そんな時グラベールはなんて言ったと思う!? 『シャルインさんは男性という生き物のことをちっとも知らないんですね』だよぉ!? お前が男の何を知ってるねん! この万年きむすめ!」


 ガールズトークの詳細を赤裸々に語るのは構いませんが、人は選んだほうがいいでしょう。

 少年であるツヅルは下ネタで返すわけにもいかずただ辟易としていました。

 しかし、シャルインもグラベールも男性経験もとい恋愛経験はまだないらしく、話の内容は特有のふわふわ感を醸し出していたので生理的嫌悪感は感じませんでした。

 ですが、彼にくっついていたリーフにはリアルとフィクションの違いは分からなかったらしく、その過激な内容に顔を赤くしながら耳をふさいでいました。

 

「はぁ……。そうですか」

「何も、聞いてません……聞いてません……」

「でねっ! ――」


 もう既に10分以上語ったというのに、まだ続くようです。すると、


「おい。シャルイン。私が寝ている横で下品な話をしないでくれるか? 耳が腐る」


 迷惑げに眉をひそめたファルは起き上がりました。


「なっ!? なんや妙に大人ぶりやがって!」 

「お前と違って大人だからな」


 時折シャルインの口から出てくるスラマイナ語は一体なんだろうか、と思いつつも、彼女がファルに気が向かってる隙に村長の家を抜け出しました。もちろん、犠牲としてリーフは置いてきました。

 大広間を出る時にやっとツヅルが逃げ出そうとしていることに気付いたリーフは今にも泣き出そうな眼で見つめてきましたが、致し方なかったのです。

 外に出て、若干暑い日差しの中で伸びをしながら歩いていると、グラベールが小走りで集落の郊外に向かっているのが見えました。

 神妙でもなく、真顔でもない、いつもの彼女の表情だったため悪事を働こうとしているようには見えませんが、


(どうせ暇だし)


ということで、しばしの間付けることにし、土に踏み込みます。北ミストレア森林の土はかなり柔らかいので大雨が降ったら地獄だろうな、とツヅルは思いました。

 さて、しばらく観察していましたが、コソコソとした様子もグラベールの歩行には見えないので、やはり懐かしんでいるだけなのでしょうか。

 中央広場からルシラの家方面へと向かい垣に沿って進みながら玄関まで行くと、今度はUターンして畑があった方まで進み、というように方向性のない散歩でした。もっとも、散歩というのは本来そういうものなのかもしれませんが。

 ともかく、グラベールが結界の近く――正確にいうと、結界があることを知らせる御札の近く――まで来た時にはもうツヅルの興味は失われてきました。


(さすがに散歩姿を遠くから観察するのは失礼か)


と、ここでようやく最初の時点で浮かんでこなくてはならなかった良心が芽生えてきた彼は素直に村長の家へと戻ろうとしました。


「あ!」


 が、それはその声によって中断されました。これはグラベールがツヅルを見つけたのではありません。彼は寂れた家の壁を用いて、彼女が急に勢い良く振り向かない限りは絶対に見つからないように隠れています。

 彼女が見つけたのは結界の外に生えている一輪の赤い花です。それが珍しいものなのかどうかはツヅルには分かりませんが、テトテトと彼女はそれに近づいてきます。

 

(ん? あれはなんだろう?)


 しかし、ツヅルはもっと別のものに意識が移りました。結界の外のそのまた奥の木の隙間から一瞬(・・)何か光のようなものが見えたのです。

 

(自然の中で光を反射するものといえばなんだろう?)


 無意識的に、彼の思考はそんなことに囚われます。一部の石、水……。以前語ったように集落の周りは針葉樹林なので一応陽の光が差し込んできます。

 一瞬、つまり極微小時間で見ると、太陽の向きは不変といっても差し支えありません。この星自体は馬車なんか目じゃないほどの速さで自転しているのでしょうが、実際この星に住んでいる人間の目から見たら、太陽の動く速度はそこまででもないからです。

 例えば、日時計があったとして、1秒後に影が真反対に行くことはないでしょう。

 すなわち、一瞬だけ光ったということは太陽ではなく、その物体が動いていると結論付けても問題がないのです。

 さて、ツヅルは顔は段々と青くなってきました。

 なだらかな風で石が飛ぶでしょうか。雨が少なくとも昨日今日と降っておらず、川なども近くに存在しないのに水しぶきが跳ぶでしょうか。

 結局、自問自答の解として最も適切なものはこれでしょう。


(魔物だ!)

「『心討ち』!」

 

 一年半と異世界で暮らしてきたツヅルは既に「危ない!」より魔法の名前が咄嗟に出るようになりました。これを精神的な成長と言っていいのかは甚だ疑問ですが、少なくとも戦闘面ではかなり進歩していると言ってもいいでしょう。

 彼が魔法を唱えるとほぼ同時にグラベールが結界を出て、風景に化けていた魔物が彼女に飛び掛かりました。

 御存知の通り、「心討ち」は時間を掛けて詠唱しないと全く攻撃力が上がりません。そのことを熟知しているはずの彼が何故即座に「心討ち」を放ったのかというと、それは「魔物を一発で倒すよりも魔物の動きを数秒止めたほうがいい」という判断からでした。


「きゃっ!」


 グラベールは突然起こった戦闘に動揺しながらも、今まで多数の戦闘を積んできたのが活きたのでしょうか。短剣を腰から取り出しながら攻撃を避けるためにバックステップをして、何とか結界内に入りました。

 「心討ち」は魔物の一体(・・)に当たりました。

 そう、ツヅルは魔物が一体だけしかいないと考えて魔法を放ちましたが、その推測は勘違いでした。


「えっ……! うそ……! なんでっ……結界の近くなのに……!?」


 グラベールは呆然としました。結界を出た彼女に襲いかかったのは、50体をゆうに越しているであろう、多種多様な森林の魔物たちでした。

 魔物たちは結界の中に入る無謀を行う気はないのか、外でずっとこちらを睨みつけています。


「大丈夫ですか!?」


 同様に驚いていたツヅルは硬直から回復すると、目を見開いているグラベールに近づきます。


「えっ……、あ、うん。ありがとうございます。ツヅルさんがいなかったら危なかったです」


 彼女もツヅルの姿を見ると安心したのか、安堵のため息を吐きます。


「に、にしても、これは何でしょうか? わたくしが暮らしていた頃はこんなことは一度もなかったのですが……」


 しかし、やはりもし外に出たままだったらということを想像したのかギョッとしながら、彼女は呟きます。


「とにかく、スラマイナさんに伝えましょう。放っておくのは危険です」

「そ、そうですねっ! 行きましょう!」


 ツヅルたちは駆け足でスラマイナとルシラを探しに行きました。

 駆けながら、彼は手首に付けてある黒と赤のミサンガをチラと見ました。未だに死に面したときに助けてくれるらしいこの装飾品の効果は見たことがありません。


(でも、こんどこそ危ういかもしれないな)


 これを買ってくれた、ツシータのハツラツとした姿が脳裏に浮かびました。




「なんや、これ?」


 こちらを唸り声を上げながら見つめてくる魔物を見て、スラマイナたちは絶句しました。

 そして、色々調べ回った結果、この集落全体が数百匹の魔物によって囲まれていることが分かりました。

 前にも述べた通り、集落を覆っている結界は最低でも後100年は持つものです。なので外に出ない限り、殺されるということはないでしょうが、しかし残念ながら食料は半日分、節約しても一週間生きられればいいほうでしょう。


「どういうことなんだ……?」


 ルシラは冷や汗を浮かべます。その理由はこれが明らかに自然に起こったことではない、つまり人為的に引き起こされたことなのではないか、と疑っているからです。

 現在彼らは集落郊外で状況の整理をしていました。念のため目撃者、つまりツヅル、シャルインと会長、副会長の立場にいるスラマイナとルシラ以外には家の中にいるように指示しました。

 

「分かりません。わたくしが外に出た途端に魔物が一斉に襲ってきて……。ツヅルさんがいなかったら、危なかったです」

「そうか……」


 ルシラは生返事を返しました。この事態について真剣に考察していて、他に向ける意識がないようです。


「まぁ、ともかく今考えるべきなのはどうやって食料を確保するか、や。魔物を倒すかやない」

「えっ、でもスラマイナさんたちなら、魔法でどうにかなるんじゃないですか? どうやらこの結界、魔法は通過できるみたいですし」

「せやな。私もそれは知っとる。でもだめや。お前の言う通り、この結界はあくまで魔物が入ってこれない、ていうだけで、魔法は行き来できる。なんで、奴らが私たちを見ても魔法を放ってこないのかは分からんが、無闇に刺激することは避けなあかん」


 ツヅルは納得しました。確かに、魔法を使える魔物たちが一斉に集落に魔法を放ったらそれだけで大惨事が予想されます。

 しかし、危険を回避しているだけでは何ともならないのではないか、というのも思うところでした。食料には限りがあるのですから、早めに動けるならそのほうがいいでしょう。


「とりあえず、ツヅルとグラベールは村長の家に戻ってくれ」

「そんな! わたくしも手伝います」


 グラベールはルシラに近づき、訴えかけます。ですが、彼女は頭を横に振りました。


「だめだ。理由は分かるだろう? お前は攻撃手段は愚か、自衛手段としての魔法も使えない」


 厳しい言葉が発せられます。グラベールは涙を眼に浮かべながらも頷きました。

 捕れぬ主より小魚を、とは魔物という害獣が街の外を蔓延ってる、生存条件の厳しいこの世界で生まれたことわざです。

 ツヅルと悔しそうな俯いた彼女は村長の家へと向かいました。会話は一つもありません。彼がどんな言葉を掛けても仕方がないでしょう。

 しばらくの間、地面に生えている草を踏みつける音だけが響きました。こういう単調なリズムを聞かされると、ツヅルはどうにも思考に浸りたくなってしまいます。といっても、これは彼だけではないでしょう。

 全くの無音空間よりも、扇風機の音や時計の針が動く音、雨音などの環境音が聞こえる空間の方が集中できる、なんてことは誰にも経験したことがあると思います。

 さて、彼が今考えることといえば、もちろん急に集落を囲った数百匹の魔物のことです。スラマイナやその他の元集落居住者が驚愕している、ということを思い出すと、間違いなく普通では起こりえないのでしょう。


(『魔女の屍』、か……)

 

 ツヅルは記憶を辿ってく内に這い出てきた単語を咀嚼するように胸中で発声します。

 よくよく考えてみると、この状況はまさに「魔女の屍」の特徴と合致しているのではないでしょうか。

 自らは姿を現さずに幾百、幾千もの魔物を操って、目的を達成する知能と能力を持っている魔物。彼女――「魔女」らしいので便宜上――ならば、今精霊族研究会が陥っている事態を引き起こせそうです。


(だが、目的はなんだろう?)


 しばらくそれについて考えていましたが、残念ながら何も思いつきそうにありません。強いていうならば「私の領土を侵犯したな」なんて縄張り意識からでしょうか。


(しかし、もしそれならば何故行動を起こしたのが昨日の夜じゃないのだろう)


 もし、昨夜から魔物がいたのならば、今朝グラベールたちが怪我もなしにここに来れるわけがありません。

 ここでツヅルの突飛な推測がいつものように一つ浮かんできました。いえ、これは大量の魔物を見た時から思っていたことでした。ですが、やはり馬鹿馬鹿しいのです。

 だって、


(僕らの中に魔女の屍がいる、なんてありえないだろう)

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