十四話 魔女の屍 1
(ツシータがいなくなったんじゃ!)
ツヅルは心身ともに硬直しました。回復するのには十秒の時を必要としました。
(ど、どういうことだ?)
(わからん! 今さっきメアが暇乞いをしようとツシータに挨拶しようとしたが、そこにあったのはも抜けのベッドというわけじゃ)
その簡易な説明では、全然状況が飲み込めません。
(ちょ、ちょっと待て! まず、メアが暇乞いってどういうことだ)
(ああ、それは……、えっと宿屋に受付嬢がいたじゃろ?)
(……シュラか?)
(そうじゃ。正午ごろ、その受付嬢がハルミリの貴族と密談しているところをネリーが目撃したんじゃ。そして、ギルド長やらブルーノ商会の会長やらと話し合ってメアとネリー、それにクラリスとかいう輩の側近がハルミリに調査しに行くことになったんじゃ)
クラリスの側近というと、恐らくカルワナでしょう。
(で、妾は一応ツヅルやネリーと『通信』できるということでブルーノ商会に匿われたんじゃ! じゃから、ツシータの捜索は任しといてくれ)
(ネリーと『通信』できるのか?)
数日前まではテルランの言葉をネリーが聞くことはできていましたが、逆は不可能だったはずです。
(そうじゃ。どうやら、お主とネリーとは魔力の波長が近いらしくてな。試してみたら意外と簡単に成功したんじゃ)
どういう原理か分かりませんが、一応頷きました。
(分かった。一週間足らずで戻れるだろうから、それまではとにかく頼む)
急に様々な情報が湧き出てきて、まだ分からないことだらけですが、冷静さを取り戻したツヅルはそう告げました。
しかし、ハルミリの貴族とはどういうことでしょう。アルノ公爵と繋がっているならば港街のはずです。もしかしたら、選挙とは無関係の事件なのかもしれません。
ですが、トラレルやナービがメアたちをハルミリに送ったということは何かしら関係性があったのでしょう。
(なぁ、テルラン。そのハルミリの貴族の件でギルド長たちは何か言ってなかったか?)
(そうじゃなぁ……、あ。そうじゃった。伝えてくれと言われたことがあった。えっと、確か『モハナト革命は仕組まれたものだったかもしれない』じゃ!)
どういうことでしょうか。あの革命はまさしくツヅルが計画し、ナービたちが実行したものにほかなりません。もし仕組まれたものだとするならば、一年半前にツヅルがモハナトの南の泉に異世界から転移したことを予測しなければならないでしょう。それは神でもない限り、不可能です。
(……いまいち分からないな)
(お主が分からんことが妾に分かるわけがないじゃろ)
その言葉に苦笑いを浮かべながら、今度はツシータのことを考えます。がしかし、これに選挙が関係しているとは思えません。明らかにクラリスが死んだことにいよいよ耐えきれなくなったが故の行動でしょう。考えたくはないことですが、もしかしたら自殺しているかもしれません。
(いや、あのツシータがそんなことするはずがない。恐らく、鬱を晴らすために魔物討伐にでも行ったのだろう)
しかし、半ば強引にツヅルはその考えを否定しました。
「あの……、ツヅルさん?」
物凄く近くからリーフの淡々とした声が聞こえてきます。彼が思考の海から戻ってくると、目の前にリーフの綺麗な紺色の瞳がありました。
「お、どうしたんだ?」
「こっちのセリフです。急に黙って」
「いや、なんでもない。えっと、そろそろ始祖の屋敷に行こうか」
今すぐにアーキュリーに帰りたい気持ちは山々ですが、わざわざ助けてくれたスラマイナたちに更に迷惑を掛けるわけにもいきません。
それに考える時間が彼には必要でした。それらの謎を、たった2、3時間で全て解明できるほどの頭脳を持つ者はこの世界にも少数でしょう。今すぐ戻っても何ができるか分かりません。
ツヅルたちは集落を探り探り歩き回り、十分後ようやく目的地に辿り着きました。
さすが始祖の屋敷というだけあって、周りの家よりも数倍大きく木材でがっちりと造られていました。しかし、築二千年ということもあってか――もちろん、度々改築はされているのでしょうが――、見るに堪えないほどボロボロになっていました。ルシラがこじんまりと言ったのも分かる気がします。
ツヅルは恐る恐る木の扉を開けてみましたが、中は意外に清潔なようで廊下には虫が這いつくばっていることもなく、ただ数年分のホコリを被っているだけでした。
「入って、大丈夫なんですか?」
リーフは自分が見たことないほど古臭い建物に驚いていました。
「まぁ、何を持ち出すでもないから」
ツヅルはそう言いながら玄関へと侵入します。まず廊下がまっすぐに伸びていて左右に部屋の扉がある、と一応現代の貴族の屋敷にも見られるような構造をしています。
その全てが木材で出来ているため、彼らが一歩足を踏み出す度に木のきしむ音が屋敷全体に響き渡りました。
今にも崩れ落ちそうなほどに腐敗した床などもあり、まさに気分は廃墟探検です。
とりあえず、ツヅルは一番奥の扉から開け始めました。これは彼の一種の癖みたいなものです。
そこは寝室でした。家具は本棚とベッドくらいしか置いてありませんが、ベッドがあるなら寝室だろうと推測したのです。
「あれ、この部屋結構新しくないか?」
「そう、ですか? 同じように見えますけど」
ツヅルの言葉は少し語弊があるように思われます。正しく言えば、「この部屋が最後に使われたのは結構最近じゃないか?」ということです。
何故、そう判断したのでしょうか。その理由は二段の本棚の上に置いてある羊皮紙の束です。
本来、羊皮紙は二千年前に存在していないというのもそうですが、そもそも紙が新しいのです。ボロボロでもないですし、色もコピー用紙のように真っ白とは言いませんが、良くある「宝の地図」のように褐色になっていません。
明らかにここ数年ないし数十年のものです。ツヅルはそれの内、一枚を手に取りました。
『日誌』
そこには汚い文字でそう書かれていました。読み進めていきます。
『5月12日。今日は魔女さんのところに行った。魔法を教えてもらった。丁度、午後からの学校の試験でその魔法が出たので誰にも負けないくらい良い詠唱ができたと思う。魔女さんがいなかったら無理だったろうな』
『7月22日。最近、成績が良くなったからか小さい子にも尊敬の眼差しを向けられるようになった。と思う。魔女さんと毎朝訓練していることがこんなに実るとは思わなかった。それにしても、魔女さんはどうしてあんなところに1人で暮らしているのだろう? 集落に来ないの、と問うても満足な答えは得られなかった』
『9月3日。今日は入学式と卒業式があった。私は14歳だからどちらも関係ないけど。でも、入学してきたのがアビュリソー家の娘と村長の娘だというのには少し驚いた。両方、学校で習うような魔法はもう全部習ったと思っていたけど、どうやらそうでもないらしい』
『10月27日。今日のことはさすがの私でも驚いた。例の2人が結界の外に出て魔物と対峙したのだ。私が魔女さんのところに向かう途中じゃなかったらきっと死んでいただろう。人助け第一なんて、考えは持っていないけど偶にはこういうのも悪くないと思った。まぁ、訓練の成果も示せたし、2人とも仲良くなれたし』
『12月10日。魔女さんは魔物をも従えるほどの力があったみたいだ。もしかしたら、魔族なのかもしれない。でも、親がいない私の親代わりをしてくれたんだから種族でどうこういうつもりはないけど。そういえば、学校を卒業したら狩猟部隊の隊長にしてやる、と村長直々に言われた。狩猟部隊隊長は忙しそうだから、嬉しいけどちょっと嫌だ』
『2月20日。最近、ルシラとグラベールと一緒にいることが多い。というのも、2人は毎朝私が魔女さんのところに向かうところを見て、追跡されていたからだ。つまり、2人も朝の訓練に加わったのだ』
『3月5日。魔女さんから「お前もそろそろ教えるということを学んだほうがいいよ」と言われたので、ルシラとグラベールに魔法を教えていたけど、どうもこの2人、戦闘面において対極にいるらしい。
ルシラはさすがアビュリソー家の血筋と褒められるレベルで万能に満遍なく魔法が使えるのに対して、グラベールは武器の扱いに関しては集落随一なのに魔法は全く使えないのだ。私はどちらもできるけれど、こうも偏っていると教えるのも難しい』
『5月23日。ルシラとグラベールも魔女さんに懐いたようだ。
それにしても、魔女さんは私と同じく一人で暮らしているけど一体どこ出身なのだろうか。変な喋り方だし、そもそもベストロジア王国出身ではないのかもしれない』
ここで日誌は終わっています。日にちが飛び飛びですが、これはツヅルが読み飛ばしたからではなく、本当にその日にしか書かれていないのです。執筆者はあまり几帳面なほうではなかったのでしょう。
ルシラ、グラベールという言葉が出て来るのを見る限り、これはスラマイナの日誌のようです。
ツヅルは他人の私生活を覗き見てしまったという罪悪感を感じてしまい、何だか探索気分も薄れてきました。
「まだどこかみたいところはあるか?」
リーフは首を横に振ったので、一旦彼らは戻ることにしました。
「グラベールたちはどうしているのだろうか……」
「というか、スラマイナさんとルシラさんが分かれれば、「通信」でやり取りできたのでは」
ルシラの呟きに、思わずそう返してしまいました。
「………」
時間が流れすぎ、もう夜の帳が下りてきました。当然街灯なんてものがあるはずもなく、ツヅルたちは自らの「光明」がないと数メートル先も見れません。しかし、幸いなことにこの集落には魔物を寄せ付けない結界があるので、光を夜の闇に輝かせても特に問題がなさそうです。
前世の料金さえ払えば半永久的に電力を使える現代から、街灯やらで満足しないといけない近世的なアーキュリー、そしてそれすらも見ることができない集落と生活する場所をどんどんと暗くしてきたツヅルは暗闇に妙な恐怖感を覚えました。
こう考えてみると、文明の発展とは素晴らしき人間の文化で数十年、数百年前には何気なしに行っていた行為が現代人には一種の感情を生み出させる効能があるのです。
ところで、スラマイナたちが現在暗い集落で何をしているのかというと、寝床をどうするかということについての話し合いです。
因みに、食事はもう済ませました。彼女らがリュックサックに入れて持ってきたのは調理する必要のないパンや保存食――この世界でも災害、飢饉対策の食べ物があります――だったので、その点は問題ありませんでした。
しかし、スラマイナ曰く「予想以上に家がボロボロだった」らしく、二十数人分のベッドや毛布が確保できないという困難に陥っていました。
要は食事のことばかり考えてたあまりに睡眠にまで気が回らなかったようです。
「どうしよか……。使える毛布とベッドを数えたら、それぞれ5枚と4台やった。二人一組かつ毛布に絡まって地面で寝る組とベッドに寝る組で分けると、18人分の寝る場所は作れる。やけど、グラベールたちも含めて残り7人はどうすればええんや」
どうやら、全部壊滅ということはないそうです。
「居間の広い、それこそ7人が寝られるほどの家を今から掃除するくらいしかないんじゃないですか?」
ツヅルは提案しました。
さすがに掃除専用の魔法なんてものは知る限りではないですし、掃除道具もないですが、数学のように様々な用途を編み出せるのが魔法です。スラマイナたちエルフの魔法能力があればどうとでもなるでしょう。
「なるほどなぁ。よし! じゃ、それにしよか!」
こういう決断の速さは彼女の長所でしょう。まぁ、もしかしたら何も考えていないからかもしれませんが。
ともかく、そういうわけでルシラの採択によってお掃除部隊が爆誕し、集落では始祖の屋敷の次に大きい村長の家へと掃除に向かいました。
考案したのは僕なのだから、ということでツヅルは、「ツヅル行くとこに私あり」なリーフと共に彼女らに付いていきました。
「なんで私なんやー……」
お掃除部隊の隊長として任命されたスラマイナは項垂れました。
「はい。そこ。きちんと歩いて下さい。部隊は規律が第一です」
それを見て、指揮官に自己任命したルシラは刺々しい口調で言います。
「ひえー、恨みこもっとんな。悪かったってあやまっとるやんか」
「謝罪に誠意が見えません」
「おん? それは山吹色のお菓子を与えよ、と命令しとんですか?」
「会長の人でなし頭脳と一緒にしないでください」
「何かあったんですか?」
スラマイナとルシラの辛辣な言葉の応酬は割りと良くあることなので、特に気にした様子もなくツヅルは聞きます。
「さっき、会長が私の足を踏んだんだ」
しかし、予想外に軽い内容だったので何をそんなに怒っているか、と疑問に思います。
「両方同時に」
「いや、あれはしょうがなかったんやって!」
ツヅルは状況が掴めず、軽く混乱しました。
聞くところによるとこうです。
先程ツヅルたちと別れた集落の中央広場から元ルシラ宅に向かうにはちょっとした垣を飛び越えねばなりません。いや、厳密に言うと、その垣を登らないと数分程度無駄に時間を喰うのです。
ルシラはこの集落内ではそこそこ名の通っていたアビュリソー家の子女だということはスラマイナの日誌から読み取れるところです。
で、このアビュリソー家は卓越した魔法能力故に代々貴族のような扱いをされていて、家も周りとは一線を画する大きさで、集落郊外の巨大な敷地に建てられています。
そして、その家は垣に囲まれているのです。
ここまでいえばお分かりかと思いますが、中央広場から元ルシラ宅の垣に沿って玄関に向かうよりも垣をそのまま飛び越えたほうが時間が短縮できるのです。
「私は別に急ぐことでもないのですから普通に行こうと言ったのに、会長は無視して垣へ飛び、足を引っ掛けて空中で転んで私の両足に着地したんだ」
ツヅルは苦笑いを浮かべました。リーフはどう反応したらいいのかと問いたそうな顔付きでした。
「すまんかったって。……帰ったら、少しの間副会長の仕事代わりにやったるから」
「ホントですか!? 今聴きましたよ! 目と耳と心で!」
スラマイナの賠償付き謝罪を受け取ったルシラは眼を輝かせながら謎の倒置法を用いました。
第三者である彼からしたら、帰ったらなのかと少し呆れ気味な感想が出てきますが、相当嬉しかったのか、彼女は垣を越えられそうなほど――というのは大分誇張ですが――飛び跳ねました。
「じゃ、そろそろ行こか」
スラマイナの方も仕事を担うことにそこまで悪感情を持っていないのか、その様子を特に言及することもなく止めていた足を再び動かし始めます。
「普段は真面目な雰囲気のあるルシラさんでも素直に喜ぶんですね……」
リーフの一連の流れを見て、ツヅルの耳元で極微小の声を放ちました。
「ま、ああ見えて意外に乙女だから」
「ん? どうした、ツヅル。乙女?」
ツヅルがそう答えると、ルシラは首を傾げながら問うてきます。
「いや、リーフが『ルシラお姉さまかっこいい』と言ったから、乙女だなと返しただけです」
「なっ!?」
その咄嗟の嘘にリーフは今まで見たことがないほど動揺しました。
「そ、そうかっ? べ、別にかっこいいと言われることはやぶさかではないがっ……」
対して、ルシラはニヤニヤと顔を歪めながら、気恥ずかしそうに銀髪のセミロングを弄っていました。やっぱり純情な人だな、とツヅルは思います。
「違いますよっ!?」
「えっ、私はかっこよくない……と」
「いや、そうじゃなくて!」
リーフは先程小さな声で喋った甲斐なく、彼との会話を再現しました。
彼女が真実を語っていく内に、正面から黒いオーラのようなものを感じたツヅルは走って逃げようとします。だがしかし、健闘むなしくルシラに頭を掴まれました。
「やはり、お前は会長と同じ類なんだな」
「何やと! 私がこのまだ十代前半の癖に真っ黒に染まったこいつと同じタイプやと言いたいんか! 宝石のように純真無垢やぞ! 私は!」
「さっきの変な表情は笑いこらえていたんでしょう!」
「……いや、だって、『やぶさかではないがっ』とかッ! アカンやろ!」
スラマイナは今にも笑い転げんばかりの声で言います。それによって溜まっていくルシラの怒りがツヅルの頭を掴んでいる彼女の右腕へと流れていくのが、当の本人である彼には分かりました。
「ちょっ、痛いです! 割れる割れる!」
「ツヅルさんっ。ファイトっ」
リーフのいつもより更に単調な声を浴びた彼の苦悶の叫びが夜の集落に響き渡りました。




