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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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十二話 道中闊歩 4

 以前も語った通り、この馬車には扉があって、馬を操る――もっとも、魔法によって馬車馬を自由自在に動かせるようになってからはそこまで見かけないのですが――御者台とスラマイナたちがぐーすかと眠っている荷物置き場を結んでいます。

 ツヅルとリーフはグラベールの必死の懇願によって、少しの間御者の役目を担うことになりました。

 精霊族研究会は3両を並走させ、その前方に「司令塔」と名付けられた、ツヅルたちの載っている馬車を最前列を走らせ、魔物が出現したときには他の馬車に指示を送る役目を負わせています。

 つまり、ツヅルとリーフは魔物を発見して、僅かな時間でどう動くかを判断し、周りに指示を伝えその通りに動かさなくてはならないのです。

 魔物を発見するのは「索敵」の魔法が使えるグラベールに任せました。彼女はスラマイナに擦り寄って眠ろうとしていたので、その役目を果たしてくれるかかなり心配ですが、ツヅルたちは大していいわけではない視力でしか魔物を察知できません。

 となると、期待する以外にないでしょう。

 行動判断は単純にツヅルの頭脳に頼るしかないでしょう。いざとなればリーフの大火力魔法もあるわけですし。先日見た魔物の大集団など彼には対応しきれない場合などがなければ、何とかなるかと考えられます。

 指示に関しては今さっきグラベールが教えてくれました。どうやら、旗を馬車に掲げるようです。この馬車には二つ、旗を掲げられそうな取っ手が御者台の近くにあります。旗はどれも一色に染まっていて、黄色の旗は右方向に移動、青色の旗は左方向に移動、赤色の旗は急停止を意味しています。

 更に黄と赤、青と赤の旗を同時に掲げると、それぞれ右Uターン、左Uターンを意味し、黄と青を同時に掲げると全速前進を表すようです。

 このような伝達手段は魔法がまだそこまで流行っていなかった時期、具体的に言えば新暦9世紀以前には戦争などでもよく用いられていたようです。

 「通信」の魔術書が誕生してからは使うのは魔法が使えない獣人たちの間だけとなったので、御者台があることも一緒に考えるとやはりこの馬車は(いささ)か古いもののような気がします。

 ともかく、彼らは馬車の速度分の風が自分たちの体を襲うのを「防壁」で何とか抑えると、シャルインとファルの空中戦を見守りました。

 一応、彼女らは馬車群から広大な平原に取り残されないように並びながら、魔法を打ち合っていました。

 平原、といってもいよいよ北ミストレア森林が近いのか、鬱蒼とした木々が並んだ林を見ることも可能になりました。

 一体、その森林はどのようなところなのでしょうか。どうやら聞く限り、盗賊団の類は昔より相当の数が減ったらしいです。しかし、これは森林が人間にとって生きづらいということの証明に他ならないでしょう。

 つまり、何らかの要因で森林の人間が死んでいるのです。別に盗賊団が滅んだところでツヅルは悲しみも怒りもしないのですが、森林に留まる予定である彼にとっては気が気じゃありませんでした。


(魔女の屍、か?)


 一昨日聞いた魔物の名前。知能の低い魔物を操り、自分は一切姿を見せないというまるで悪の組織の指揮官のような性質を持っているらしいです。

 盗賊団が討伐されているのは、何も情報がないので、人間側にとっては受け身にならざるをえないこの魔物の仕業なのでしょうか。

 

(いや、存在すら怪しい魔物のことをとやかく考えても仕方がない)


 ツヅルは恐怖のあまりおかしな回路で思考していたことに気付くと、ため息を吐きました。

 

「ツヅルさん? 何か見えたのですか?」


 そんな彼に、二十数人の運命が自分の判断で決まるということにビクビクしているリーフは上ずった声で話し掛けてきました。

 

「何でもない。ただ、ツシータたちは無事にやってるかって思っただけだ」

「そう、ですか。確かに、ツシータさんやメアさん、ネリーちゃんやテルランさんに大した挨拶もできませんでしたし、特にツシータさんはアーキュリー伯爵を失ったせいで……」


 最後まで言うのははばかられたのか、リーフは途中で口を(つぐ)みました。




「で、お前らは何でボロボロなんや?」


 その日の午前11時程度には北ミストレア森林に着きました。もう平原は遥か彼方の存在であり、もうすっかり陽の光も差し込む隙間がないかのように木が詰め込まれている森林が周りに広がっていました。

 現在、彼らは北ミストレア森林の入り口に馬車を止めていました。

 盗まれたらどうするんだ、との疑問も湧いてきそうですが、彼女らが森林に滞在するのは1日半ほどらしいのでまぁ大丈夫でしょう。

 観光スポットではないので、血管のように細い木の根が地面を埋め尽くしていて、時折遠くから魔物の唸る声が聞こえてくる有様でしたが。

 結局、ツヅルたちが御者を担当していた時には魔物は出ませんでした。これは恐らく、北ミストレア森林の魔物たちが件の大集団となって、かなりの数が出払っているからでしょう。

 ところで、そのスラマイナの言葉は一体誰に向けられたものなのでしょうか。 

 これについては簡単に答えが出せるでしょう。そう、シャルインとファルです。自分の役目をほっぽり出して戦いに興じた彼女らは色々な罪で正座させられていました。ついでに、ツヅルたちに御者を任せたグラベールもです。

 

「いや、会長。これは、このファルとかいうやつが……」

「違う! この阿呆シャルインが……」

「誰が阿呆だ!」

「お前ら、今日から食料班な。グラベールもやで」

「えぇー。わたくしちゃんと仕事しましたよ」


 スラマイナの決定にルシラが「当然だな。ジャンケンに負けていればこうはならなかったものを」と呟きました。必死の合理化、酸っぱいぶどう化でしょう。

 

「ともかく。これから集落を目指すんだが、問題がある」


 ルシラは気を取り直すために咳払いをしました。何故会長ではなく、副会長が指揮を取っているのかといえば、その方が纏まるからに他なりません。


「集落の場所が分からないんですか?」

「いや、そんなことはない。確かに北ミストレア森林は右とも左とも見分けがつかない地帯がかなりあるが、集落はそれなりに浅いところにある。で、その問題は食料だ」

「食料? 帰りの分も合わせて、4日分は残ってるで」


 スラマイナは何を言っているんだという顔で反論します。


「それは誰が運ぶんです?」

 

 そう、ルシラが懸念しているのは二十数人の1日プラスアルファ分の食料を誰がどのようにして運ぶかということです。4日分の食料は到底運べる量ではないので、既に諦めています。


「折角、リュックサックという便利なものに詰めてきたんや。そこまでの問題か?」


 ルシラはその食料の十分の一が入ったリュックサックを両手で持ち上げ、肩に掛けました。確かに重くても、それならば多少は楽になるでしょう。


「それで薄暗い森林の中にある川や山岳を越えられるなら私は何もいいません」

「……なるほど。じゃあ、あの迂回ルートを使うってことか」

「そうです」


 彼女の言葉にルシらは頷くと、こちらを向き、


「この北ミストレアには比較的安全な通り道がある。まぁ、長いから一日は無駄に消費するし、狭いから20人も通ったら逆に危険だ。だから、グラベールとシャルインとファルには一日半分の食料を持ってその道を通ってほしい」


 つまり、食料を例えば森林の汚れた水に誤って落としてしまっては大惨事だから、ということでしょう。


「会長、構いませんか?」

「うーん……」


 スラマイナは一分ほど頭を悩ませていましたが、許可を出しました。何をそこまで悩んでいるのか、と思いましたが、恐らくそれは「もしかしたら、その道が前と同じ地形をしているとは限らないのではないか」という考えから生まれた心配でしょう。


「まぁ、ええやろ。グラベール、道は覚えとるか?」

「はい! 大丈夫です」

「じゃあ、各々準備して、せやな、15分後に出発するとしよか」


 アーキュリーのことは心配ですが、ツヅルはこういう亡命ごっこも面白く感じました。個性豊かな研究会の面々と一緒にいるのは楽しかったからです。




 さて、グラベール班とスラマイナ班に分かれ、彼らは北ミストレア森林に入りました。

 薄暗く、全く整備のなされていない森林にはさすがのツヅルも驚くと同時に、若干先に進むことへの尻込みを覚えました。

 スラマイナ班が通る予定の集落への最短ルートは、少しでもはぐれたらもう一生帰ってこれないだろうと思わせる複雑怪奇具合で、木や花に化けてたり暗闇に紛れるのが上手い魔物も存在しており、何とも気が抜けません。

 本当にスラマイナたちがいなかったら、とっくの昔に死んでいたでしょう。

 ルシラの言うとおり、川や丘もありました。彼女は北ミストレア森林の川は金属をも溶かすから気を付けろとツヅルに伝えました。相当酸性が強いのでしょう。確かにこれでは食料を一緒に持ってくのは危険です。

 時折、落とし穴のような渓谷、熱帯地方のように暑い湿地地帯など北ミストレア森林の様相は様々でした。聞くところによると、この森林に住んでいる特殊な魔物がその地帯を生み出しているようです。

 

「後、どれくらいですか?」


 ツヅルは息絶え絶えに聞きました。現在、1時間ほど歩いたところで、比較的樹林の少ない草が生い茂っている、草原といっても憚りない程度には太陽を見ることができる場所で彼らは休憩していました。

 

「ここに着いたってことは、もう一時間もかからんやろ」

「よく来ていたんですか?」

「せやなぁ。昔ここには家が建っとってな、そこに住んでいた人にルシラとグラベールと一緒によく会いにいったもんや」


 妙にしんみりした雰囲気を纏って、座り込んでいるスラマイナは瑞々しい雑草を軽く撫でました。


「人、ですか?」

「そうや。人間の女や。魔法がめっちゃ上手かったから、私らは精霊族だと思ってたんやがな」


 ツヅルは自分がまだこの世界にいなかった頃の、草原の風景に思いを馳せます。優しげな微笑みを浮かべている女性に子供のスラマイナたちが無邪気に話し掛けている場面を、意外と簡単に想像することができました。

 その家が木造だったら、まさに童話の一風景でしょう。


「いい人だったんですね」


 ツヅルはコンクリートジャングルには映し出せない幻想的な光景を胸に抱きながら、言いました。

 彼女の語り口調から見ても、その言葉は当たっているでしょう。


「……せや、私らの恩人やからな」


 ツヅルの妙に察した言葉に多少の驚きを見せながらも、スラマイナは頷きました。


「おーい。会長ー! ツヅルー! そろそろ行くぞ!」

 

 そんなところへ随分疲れ気味に見えるルシラが点呼をとりました。ツヅルはスラマイナと顔を見合わせると、立ち上がり、彼女の方へと向かいました。

 

(何で、その家は今はないのだろうか)


 不意にそんなことを思いました。まぁ、この危険な北ミストレア森林においては幾らでも可能性が考えられます。

 なので、ここはその女性が魔法が得意だったこと、スラマイナが彼女に対して並々ならぬ尊敬と感謝を抱いているように見えることから「奴隷商が彼女たちの集落を襲った時、逃亡に貢献した人物」というのが最も考えうる可能性でしょう。


「あ、そうや。ツヅルはエルフを恋人にするのは問題ないか?」

「えっ? どういうことですか?」

「……別に。ただ気になっただけや。お前の知り合いにはエルフが多いやろ?」

「その大多数が研究会なんですけどね」

「まぁ、いいから答えろや」


 ツヅルは意図が分からず頭に疑問符を浮かべましたが、とりあえず「大丈夫だと思いますよ」と返しておきました。

 もし、例えばエルフが人間の見た目とかけ離れていたら悩むかもしれませんが、幸か不幸かこの世界にはクルォリや魔物のような特殊な個体を除けば、獣人も精霊族も魔族もほとんど人間と同じような見た目をしています。

 まだツヅルは恋愛感情も情欲も浮かんでこない年頃なので、もしかしたら数年後には生理的に無理なんてこともあるかも少なくとも今のところは問題がなさそうです。


「そうか! それはいいことやな」  


 スラマイナはうんうんと相槌を打つかのように頷きました。


(まさか、スラマイナは僕のことが……! いや、彼女は百合(・・)だから、そんなことはないだろう)

「ん? なんや、その微妙な顔」

「生まれつきです」

 

 ルシラの暴露をすっかり信じ込んだツヅルは「僕はいいと思いますよ」と最後に告げ、喋れないほどに疲れたため一人で休息していたリーフの元に向かいました。


「何がや!」


 そんなスラマイナの叫びは当然無視し、疲れているのでテクテクとネリーの如くゆっくりと歩いたツヅルは寝転んでいる彼女に声を掛けました。


「どうしたんだ?」

「あ、ツヅルさん」


 近づいてよく見ると、リーフは手に鮮やかな青色の花を一輪持っていました。


「それは?」

「ベストロジア王国の、それも東の方でしか取れない、と言われている花です。昔、図鑑で見たことがあります」


 リーフは体を起こすと、花をツヅルに見せました。

 幾重にも重なっている花弁や根際に生えている3つの葉など見た目はアネモネなどのイチリンソウ属とそう変わりません。


「へぇ、何か効能はあるのか?」


 ひと目見ただけでは特別何かがあるように見えなかったので聞きます。


「いえ、珍しい、というだけで普通の花ですよ。強いて言うとすれば、茎を折った時に出てくる汁が魔法薬の材料となるくらいですかね」

「毒系統か?」

「あれ、知っているんですか?」

「いや、聞いたことがあったような気がしただけだ。それよりもその花持っていくのか?」

「そうですね。メアさんに渡したら、喜びそうじゃないですか」

「ああ、……確かにあいつは喜ぶな」


 メアが珍しい花草を貰って喜ぶ姿は容易に想像できます。彼女は創造力が人の形をした姿といってもいいほど魔法薬生成や武器、防具作製を好んでいます。

 さしずめ、理論に携わるツヅルやネリー、実験や制作を担うメア、そして戦闘に行うリーフやツシータといったところでしょうか。

 メアがハードワークのような気がしますが、こうしてみてみると、「アーテル」も中々にいいパーティーになってきたと言えるでしょう。

 

「そろそろ集落に向かうらしいから起きた方がいいぞ」


 ツヅルは手を差し伸べました。リーフは最初は少し恥ずかしそうに戸惑いながらも、やがて柔らかな少女の手を伸ばしました。


「本当にツシータさんたちは何をしているのでしょうか」

「テルランに聞いてみるか?」

「……いえ、あんまり刺激しないであげましょう」

「そうか」


 そういえば、昨日今日とテルランから連絡がないなと気付きましたが、集落への道は脳内で誰かと「通信」しながら進めるほど平坦ではありません。

 さすがに酸の川へと転落するのは本望ではないので、集落に着いたらアーキュリーの状況を聞こうとツヅルは思うと、歩き始めました。

 

「よし、全員揃ったな」


 ルシラはグラベール班以外の全員がいることを確認すると、


「ここからはそう複雑な道ではないから、少し駆け足で行こう」


と言い渡しました。

 体力の乏しいツヅルとリーフは思わずため息を吐いてしまいました。

 しかし、どうやら、ここからは――昔、集落のエルフが多少舗装したらしい――ほとんど一本道で、死の危険が迫るほど危険な道はないようです。何はともあれ、無事に集落まで辿り着けそうでツヅルは安心しました。

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