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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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十話 道中闊歩 2

「もう、全く、ツヅルさんは変態さんです」


 リーフは頬を膨らましながら、そう言いました。確かに意地が悪かったな、とツヅルは少し反省しましたが、


「どこに変態要素があったんだ?」

「わたしの口の中を覗いて興奮していたのでしょう」

「………」

 

 彼は口をつぐみました。実際、リーフの歯並びに感心してジッと見つめていたので、そう捉えれられても仕方がないのか、と納得しかけたからです。


「いや、そんなことはない」

「嘘です。今にも襲い掛かってきそうな眼でした」

「そんな不審者のような目つきではなかったと思うが……」

 

 まぁ、リーフが被害妄想を叩きつけることは良くあることです。彼女はその先天性とも思えるような妄想力によって、様々なことを妄想してしまうのです。

 しかも、今回は完全にツヅルが悪いので、言い返す言葉がありませんでした。というわけで、口が手持ち無沙汰だったので――という表現は正しくないのでしょうが――やっと柔らかくなったライ麦パンをかじりました。


(……リーフの唾液の味が、って何を考えているんだ)

 

 丁度そこが先程リーフが口に含んでいたところで、口を見て興奮していたと疑いをかけられていたことと相まって、妙にそれを意識してしまいました。

 もちろん、ツヅルは特殊な性癖を所持していないので、それを美味しいと思うようなことは起こらず、少しの間動きが止まった程度でした。

 しかし、その静止だけで理由を想像できる妄想力をリーフは持っていたようです。途端に顔を赤くすると、先程から手に持っていた小さな鞄で顔を隠してしまいました。

 

「ま、まさか冗談で言ったつもりなのに、ほ、本当に変態さんだったとは……!」


 わなわなと体を震わせながら、リーフは非難するように呟きました。


「いや、これは違う……」


 ツヅルは動揺している彼女に近づきます。


「いやぁ! 靴下を食すのだけはやめてください!」

「どこからそうなったんだ!?」


 珍しく、彼も大声を出しました。


「何をやっとるんや……」


 その声で振り返ったスラマイナは彼が涙目のリーフに詰め寄っている光景を見て、絶句しました。彼女と話していたルシラもこちらへと視線を持ってきます。

 このままでは誤解が拡散していく、と判断したツヅルは動きを止めて、必死に弁明しようとしました。

 ですが、彼の演説力では、今まで疑心暗鬼に生きてきたであろう精霊族研究会の面々には通用しませんでした。というよりも、涙目の少女に近寄っているなんて光景を見られた時点で詰んでいた気がしますが。


「お前、まさか、靴下好きか!? もしかして、この前私の脱ぎっぱなししてたらどこかに消失した靴下お前が盗んだんか……?」


 それを聞くと、膝を隠すほどの黒いソックスを履いているグラベールは腕で自分の足を隠しました。また、短い黄土色の靴下を身に着けているシャルインはこの状況を察したのか、足を伸ばしてゲラゲラと彼をあざ笑います。


「それは、スラマイナさんの管理不足です!」

「いえてるな」


 彼のその指摘に、呆れた顔でスラマイナを見ていたルシラは頷きました。


「おい! ルシラ! 何や、お前ツヅルを味方するんか?」

「いえ、会長の管理体制がなっていないのは本当だったのでつい」

「あのな、もしかしたら、ツヅルが夜な夜な私らの研究会に忍び込んで靴下をむしゃむしゃ食べてるかもしれんのや。その疑いを晴らすための尋問なんや! ルシラ、お前なら協力してくれるやろ」


 その疑いをふっかけてきているのは貴女でしょう、と言いたくなりましたが、ここで大声を出すのも挑発に乗せられたような気分がして癪なので黙りました。


「そうですね……、会長の同性愛騒動を片付けた後になら」

「……!? な、な、何言っとるんや!?」


 スラマイナはルシラの言葉に上ずった声で返答しました。ツヅルも思わず、目を見開いてしまいます。


「私はノーマルや! 言いがかりはやめてほしいな!」

「数ヶ月前、会長がグラベールの服を香っていた場面を見てしまったのです。……どうしても、あの光景が忘れなれなくて」


 彼女は露骨に俯きながら、衝撃的な真実を語りました。「またグラベールが被害にあったのかぁ」というシャルインの少し面白そうな声が静寂とした馬車内に響きました。

 ただの言い掛かりであるツヅルの靴下フェチとは違い、スラマイナのは副会長として精霊族研究会の皆に信頼されているルシラの証言付きです。とても晴らせはしないでしょう。

 標的となったグラベールはもう涙を流す寸前でした。彼女は別にスラマイナのことを嫌っているわけではないでしょうが、さすがに身近に自分の服の香りを楽しんでいる者がいては狼狽する他ありません。


「いや、違うんや! グラベール! あれは極めて重要な、重大な事情があったんや!」

「ぐすっ……。……どんなですかぁ」

「ほら、お前、成長して服がきつくなった、って言うてたやろ! だから、直そうと思ってな……」

「嘘です! 会長がそんなことするはずがありません!」

「くそう! こんな時に会長としての威厳が発動せん!」

「いつも私に仕事を押し付けてくるからです」


 悲しいかな、スラマイナは嘆きます。

 そして、こんな会話がツヅルやリーフが置いてけぼりのまま数分間続き、結局、


「わかった! これから、私の服を香ってもええ! これでどうや!」

「何言っているんですか、そんなの――」


 と、呆れた顔でルシラがツッコミを入れようとしましたが、


「え……! 本当にいいんですかぁ……!」

「――えぇ……。……冗談だろう?」


ということで、解決したようです。同じ穴のムジナというか五十歩百歩というか類は友を呼ぶというか。そんな諺が不意に浮かんでくるほどには、グラベールのスラマイナ愛も相当なものだったようです。

 平和的解決といえばそうなのでしょうが、ツヅルとしては何とも納得し難い結論でした。


「これは……、どういう状況ですか?」

「僕は、知らん」


 自分が何でツヅルを非難していたかを忘却してしまったかのように、もうすっかり立ち直ったリーフの問いに簡潔に答えました。




 すっかり日も落ち、馬車の中からでも段々と暗くなってきているのが分かりました。

 しかし、幸か不幸か、この世界に二つあるらしい衛星の内の一つが夜空に爛々と輝いていたので、スラマイナ率いる集落帰省隊が暗闇に飲み込まれることはなさそうです。


「よっしゃ。今日はここらへんで夜営するか。おーい、シャルイン! 止めてくれ!」

「えへへ。かいちょーの匂いだー」


 彼らは一斉に狭苦しい馬車から広大な草原に這い出ます。

 ファルと交代して、御者の役目のために外に出たシャルインに、そう投げかけたスラマイナのそばにはグラベールがくっついて、ひたすら甘えていました。

 何故か言動が幼児退行している気がします。

 これを見て、ツヅルとファルは呆れ、リーフはよく分かっておらず、戻ってきたシャルインは「また弄るネタができた」とでも言いたげにニヤニヤと眺め始めました。

 そして、馬車を覆っている布の隙間から入り込んできた衛星の光に、銀髪を照らされたルシラは、姉の誕生日プレゼントを物欲しそうに見つめている妹の表情と、苦虫を噛み潰したかのような顔付きを、まるで振り子の如く繰り返していました。

 理由は何となく察することができます。彼女もスラマイナのことを尊敬ないし慕っているということなのでしょう。

 何故スラマイナはこんなに部下から慕われているのか、と思いました。これが共依存か、と少々仰々しく考えてみたりもします。


「真っ暗、ですね」


 すると、すぐ隣りに着いてきたリーフに声を掛けられます。

 真夜中の草原とは、深夜の海と同じくらいに恐怖を感じることもあります。しかも、この世界には実際魔物がいるのですから、その恐怖もひとしおでしょう。

 夜の平原のど真ん中にただぽっつりと馬車が4台並んでいました。

 今回は精霊族研究会の全メンバーが付いていますし、もう精神がそこそこ成熟しているツヅルがそんな曖昧な恐怖を感じることはありませんでしたが、リーフは違ったようです。


「怖いのか?」


 とりあえず、人の悪そうな笑みを浮かべます。


「……今日は、イジワル、ですね」


 リーフはいじけたかのように目を逸らし、輝いている衛星のある東側の空を見ました。

 そういえば、天動説ないし地動説や、宇宙や星の概念はこの世界に存在しているのだろうか、とふと疑問に思いました。異世界に来てから、それらの単語を全く聞かなくなりました。

 もっとも、前世でもそれらの単語を日常的に聞くことはそうそうなかったので、もしかしたら、ただ単にそういう話をする機会を逃してしまっただけかもしれません。


「あれの名前はなんていうんだ?」

 

 ツヅルは正面上空に他の星よりも一段と輝く衛星を指差しました。リーフは最初にそんなことも知らないのかとでも言いたげに見つめていましたが、彼が記憶喪失になっていたことを思い出すと、


「今は『ツキ』と呼ばれています」


と口に出しました。


「今は?」

「はい。実はツキというのは魔法学者のクルーラル・メラルトがそう呼んでいたかららしいです。前に読んだ本には『メラルトが生まれた前にはギュラミイムと呼ばれていた』と書いてありました」


 その予期していなかった情報にツヅルは驚きました。偉大な魔法学者、クルーラル・メラルトは異世界人、それもツヅルと同じ地球人であるという一年半前に立てた予想はやはり本当なのかもしれません。

 魔法言語として確立されている英語、そして、ツキという衛星の名前。どちらにも彼が関係しています。

 

(しかも、同居なのかもしれない)


 衛星のことをツキと名付けたということはそれはもう確定的といってもいいでしょう。もしかしたら、クルーラル・メラルトが同じ星の同じ国に住んでいた人間かもしれないということにツヅルは(いささ)か興奮を隠しきれませんでした。

 

「ど、どうしたんですか?」


 そんな彼を見て、「ツキ」と聞いて、興奮する人間に今まで出会ったことがないリーフは動揺しました。当然の反応でしょう。


「いや、なんでもない」


 ツヅルはおかしな眼で見られていることに気付くと、やがて冷静さを取り戻しました。

 さて、話を戻して。

 夜営とはいっても、全員でこの草の大海原に飛び込んで眠るわけには行きません。

 ツヅル目線では平和に進んでいるこの旅ですが、馬車の御者役を担当した者からしたらかなり戦闘が起きています。彼女らはエルフなので、馬車が動いていても魔法で魔物を殲滅できます。だから、今日アーキュリーを出発してから一度も馬車が立ち止まることがなかったのです。

 概して言うと、彼女らの内の大半は安眠することができますが、一部の者は夜の間、ずっと警戒してなければならないのです。


「じゃんけんや!」


 しかし、だからといって自ら進んで夜間警備を担当したい、なんて人がいるはずがありません。誰も立候補したがらないのを見て、スラマイナはそう叫びました。

 これまたなんて幼稚な、とツヅルは思いましたが、これが何か役職を決めるのに便利なことも事実です。


「ほら、ツヅルとリーフちゃんも早く手出せや! えーと、全員で30人か。じゃあ、警備は6人や!」


 彼はその言葉に驚きました。まさか、数時間前まで怪我をしていた自分にその役職を承る権利がまわってくるとは微塵も思っていなかったのです。

 エルフたちは各々愚痴を呟きながらも、全員集まってきました。


「おいおい、スラマイナ。全員一斉にやるつもりか?」

「そうやけど……」


 さすがに30人同時にやるのは非効率極まりません。なので、ファルは5人ごとに集まってドベ一人を決める案を口頭提出しました。

 スラマイナもわざわざ反対する理由がないと思ったのか、「じゃあ、五人組作ってくれや!」と呼び掛けます。

 意外にも、ツヅルの元へはまだ話したことのないエルフたちが集ってきました。リーフも同様だったので、恐らく物珍しさからでしょう。


(まぁ、僕が負ける確率よりも僕以外の誰かが負ける確率のほうがよっぽど高いのだから、負けはしないだろう)


 まるで、ギャンブル中毒者のような思考回路から、彼は得意げに微笑みました。




「……嘘、だろ?」


 ツヅルは華々しく負けました。瞬殺でした。彼と対戦した彼女らは示し合わせたかのように全員パーを出したのです。ツヅルの手は言うまでもないでしょう。

 他の落ち武者には知り合いが2人ほどいました。


「くそが! シャルインのやつなんや『私はチョキを出します』とか言っといて……!」

「くっ……。やはり、じゃんけんはいけないな」


 スラマイナとルシラです。なんというか、運命によって定められた2人でした。ツヅルは少し安心します。

  

「ツヅル、さん。大丈夫、ですか?」


 どうやら、彼とは逆で一回目に一人勝ちしたらしいリーフは彼をチラと見ながら、問い掛けてきます。安心させるために微笑みを浮かべながら、ツヅルは頷きました。


「ああ、おやすみ」

「……はい」


 きっと、心苦しく思っているのでしょうが、決まりは決まりです。これをないがしろ(・・・・・)にすることはあまり好ましくありません。

 まぁ、幸い今日は寒くも暑くもない、ぬくい風の吹く秋の夜だったので、凍える心配はなさそうです。

 リーフは時々振り返りながらも、馬車に戻っていきました。

 それを見送ると、


「僕あまり戦闘できないんですけど大丈夫ですかね?」


とスラマイナたちに問いました。もう大分マシになったとはいえ左肩を負傷している身なので、前衛にいても十分な働きができるとは思えませんし、戦闘的な面でもエルフの彼女たちから見ると、いてもいなくても変わらない程度の練度しかありません。


「ま、大抵は私らでなんとかなるやろ」


 夜は長いというのにもう既に欠伸が見えるスラマイナは眠たげな目をこすりながら、呟きました。


「会長は戦闘だけはできますからね」


 ルシラはやれやれと言いたげにため息を吐くと、全く敬意を含んでいない敬語を口から放ちました。


「なんやと! ……っていても、事実だからしゃあないか」

「やけに素直ですね」

「ルシラには迷惑かけてるからなぁ……」


 しばし、沈黙が空間を支配します。会話しづらい雰囲気を感じ取ったツヅルはどうすればいいのか分からず夜空に輝くツキを眺めていました。

 リーフのあの感じではまだ宇宙という概念は存在していない、というよりは一般に広まっていないのでしょう。別に彼女が全ての教養を身につけているわけではないでしょうが、もし宇宙が大衆的な知識だったとしたら、伯爵の分家の子女としてある程度教育を受けた彼女は知っているはずです。

 

(物理法則は地球と等しいのだろうか)


 少なくとも、重力は変わらない気がします。獣人であるツシータの凄まじい跳躍力などを見ていると、どこか物理公式に反している点があるのではないかと疑いたくなりますが、今のところ肩が重かったり、逆に足が軽かったりすることはありません。

 しかし、化学。例えば、原子、分子など微小のものはこの世界では調べようにない気がします。果たしてエイチツーオーが水なのかも分かりません。

 さらには生物学もそうでしょう。見た目はそっくりですがツヅルとこの世界では人間であるメアが同じ体の構造をしているとは限らないのです。

 そもそも、生まれた星が違うのに外見も中身も同じ、というのが自然淘汰説的な観点から考えてみると、何だか不自然に感じられます。

 ですが、さすがに解剖して見るわけにもいきませんし、X線云々は当然ありません。

 別にツヅルはその知識を活かして何をしようというわけではないので、極論、必要ないのですが。

 

(まぁ、何をするにしても騎士学校に入ってからだな)

 

 結局何も決まっていないのですが、その結論に彼は満足げに頷きました。

 なんとも彼らしくない思考ですが、端的にいえば、ツヅルはリーフがいて、ツシータがいて、メアがいて。その他様々な者に囲まれている現状に満足していました。 

 なのて、意識的か無意識的かは分かりませんが、幸福には余計なネガティブな事項を思考することが億劫になっていただけなのでしょう。

 都合の悪いことは考えない。

 第三者から見れば、その行動が如何にして未来の彼に悪影響を及ぼすかなんてことは容易に想像がすることができます。  

 しかし、「まだ一年あるから受験勉強はしなくていいや」なんて意気揚々と考える受験生の如く、即ち『不合格』という通知を受け取るまで、その行動の愚かさはツヅル自身には分からないものなのです。

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