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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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九話 道中闊歩 1

 精霊族研究会の全メンバー二十数名とツヅル、リーフは4つの馬車に7、8人ずつ乗り込んで、ベストロジア王国に2つあるSS級ダンジョンの内の一つ、北ミストレア森林に向かっていました。

 亡命先が危険なダンジョンというのもどうなんだ、と思いましたが、スラマイナたちの戦闘能力を信用して、何も言いませんでした。

 因みに、アーキュリーから北ミストレア森林まで行くには2~4日は掛かるようです。今日は13日なので、早くても15日以降でしょう。

 まだ一日も経っていません。

 即ち、時間が有り余っているので、ツヅルは彼のみに与えられた特権といってもいい、テルランとの「通信」を行って、アーキュリーの様子を聞いていました。


(今のところ、特に変わったところはないのじゃ)


 もう、中央区の元アーキュリー伯爵邸の付近にある掲示板にトラレルとアーキュリー=ギ・ラーク教会の司祭アルエルの情報は貼られています。しかし、民衆に対する演説が許されるのは、混乱を防ぐため選挙の5日前からと決まっているので、特別騒がしい様子はないようです。

 ツシータは相変わらず落ち込んでおり、ほとんどの時間を布団の中で過ごして、食事時にしか出てこないようです。ネリーはツヅル突然がいなくなったことにしばし動揺を隠せていなかったようですが、また戻ってくると聞くと安心したようでした。

 また、メアは――少なくとも見かけ上は――特に気にしていないように見えたそうです。

 

(何か誰かに伝えてほしいことはあるかの?)

(テルラン、お前どうやって情報伝達するんだ?)

(実は、妾はベストロジア語はある程度読み書きできるのじゃ)

 

 ツヅルはテルランが識字できることに少しばかり驚きました。

 いくら、千数百年生きているとしても、聞いた限りの彼女の半生では文字に触れることは少なかったことでしょう。14世紀現在ではマイナー国であるベストロジア王国のベストロジア語はそこまで世界に広がっていません。

 確かに世界帝国を築いた時代は存在しましたが、王国は植民地に自国の言語の習得を強制しませんでした。当時の世界にとって植民地とは、国力の増加ではなく、あくまで他国との交渉に使うためのものだからです。 

 いつかも語った通り、王国が他の大陸に十分な領土を持っていたのは極わずかな時代のみなので、まさかベストロジア人ではないテルランが一つの言語を習得しているとは思わなかったのです。


(そうか……。じゃあ、冒険者ギルドのアールナという受付嬢に『ギルド長にツヅルは暗殺されそうになったので、亡命したと伝えてくれ』と伝えてくれてくれると嬉しい)

(それだけでいいのか?)

(ああ、今のところはアーキュリーの状況を教えてくれれば、十分だ)

(分かったのじゃ!)


 こうして数十キロと離れた相手と会話する技術を持つツヅルは改めてそのメリットを感じました。ここにきてテルランを仲間にした価値がでてきたな、と内心喜びます。

 もし、彼女がいなければ、ツヅルはアーキュリーを思いつけながら十数日間の間、森林に行くことになっていたでしょう。

 テルランは決して地頭がいいとは言えませんが、ツヅルの思考の影響を受けたのか、考える力は向上したようで一般的な11歳の少女としては格別の知識を身に着けました。もっとも、いつかの魔物大討伐のように抜けているところは健在ですが。

 

「ふぁぁ……」


 しばらく、テルランと会話をしているとツヅルにしがみつきながら寝ていたリーフが目を覚ましました。 

 最初は呆けた顔で周りを見渡していましたが、今時分が置かれている状況に気付くと、慌ててツヅルに肩の傷のことを聞きました。

 彼は苦笑混じりに大丈夫だと呟きました。


「本当に、大丈夫ですか?」

「ああ。神経系には当たらなかったようだから時期に完治するだろう」

「神経系?」


 近くにいたファルは聞き慣れない医学用語らしき言葉を聞いて、会話に乱入してきました。ツヅルはまた墓穴を掘ったことに気付き、後悔します。

 

「神経系、というのはなんだ?」

「えー、何かの本で見たんですけど、腕を動かしたりする器官らしいです」


 あえて、曖昧な説明をしました。


「……その本がどこにあったか、覚えているか?」

「……いえ、すいません」

「そうか……。いや、いいんだ」


 一応、スラマイナから「ツヅルは記憶喪失になって10歳以前の記憶がない」と聞いたらしいファルは落胆は見せたものの、彼を責めることはしませんでした。


「時折思うんですけど、ツヅルさんって変に博識ですよね」


 エルフ五人衆の中では一番幼く見えるグラベールはこちらにやってきました。

 もうアーキュリー周辺とは違い魔物が頻繁に出て来る平原に突入したので、スラマイナたちは交代で御者のような馬車の前に座り、警戒していました。

 今さっきまでルシラと話をしていたグラベールが何故こちらに来たかといえば、お察しの通りルシラが外に出向いたからです。

 研究会の会長、スラマイナや何かと出くわすことの多いシャルインとは違い、彼女はツヅルとそれほど親しくはありませんが、それでも普通に会話できるようにはなりました。


「ああ、もしかしたら記憶を失う前はどこかの貴族の息子だったのかもしれんな」


 ファルはそれに同調します。その光景を見て、ツヅルは苦笑いをします。


「しかし、最近どこかの子息がいなくなったという話は聞かないな」

「まぁ、わたくしたちが得られる情報は限られていますし」

「というか、貴族やら商人やらの噂を聞くことがあるんですか?」


 まさか、情報網なんかを張っているわけでもないだろうし、彼は首を傾げます。


「そうですね……。このベストロジア王国にて、エルフの大半が身を隠しているのは数多の奴隷商人から見つからないようにするため、という理由があります。王国には、人間至上主義を掲げているルリガイア王国やロークーツ公国連合などから逃げてきた精霊族、魔族が沢山来るのに何故か街では中々見られないのはそういうわけがあります」


 彼女はここで言葉を切って、可愛らしい咳払いをしました。


「……少し話が逸れましたが、つまり、例えば新領主がひどい種族差別主義者だった場合など、知らないとわたくしたちの身に危険が迫ってくるような情報は手に入れないといけないので、多少の情報収集は組織の維持に必須なものなのです」

 

 どうやら世情には疎くても、ラビンス大陸の主要な国の特色くらいは知っているようです。

 因みに、精霊族や魔族でもある程度の権力、財力を持てば、その存在を誇示するようになる可能性が高いです。例えば、精霊族の性質を活かしてベストロジア宮廷魔術師にまで上り詰めたエルフのパドクス・アーケリオン・クロヌツがその例ですし、魔族だけで構成されている商会も西ベストロジアにはあるそうです。

 要は「隠れたくて隠れているんじゃない!」ということがグラベールの言いたいことなのでしょう。


「なるほど。知りませんでした」

「まぁ、その説明は私の受け売りだがな」


 ファルがさり気なく言うと、グラベールは拗ねたように顔を少し横にそらすと、


「せっかく大人ぶれる滅多にないチャンスだったのに、言わないでくださいよ!」


と批判しました。

 そういえば、ファルはラビンス大陸にある精霊族の国として知られるアークオスで傭兵をやっていたと聞いたことがあります。そこで、彼女がどんな立場だったかは知りませんが、少なくとも北ミストレア森林の集落で引きこもっていたグラベールよりは知識を持っているでしょう。


「私から見たら、ツヅルもグラベールもそう大差ないさ」

「ひどいです! 一応、わたくしは16歳ですよ! もう成人しているんですよ! 合法なんですよ!」


 グラベールは頬を膨らませました。

 この国では15歳以上を成人と定めており、成人と未成年との結婚は禁止されています。まぁ、未成年同士ならば許されるという法の抜け穴はあるのですが。


「といっても、お前は少し前まで首長の娘だったというのに婚約の一つもしたことがないだろう。それじゃあ、子供さ」


 グラベールの妙な「わたくし」という一人称や言葉遣いの理由がやっと理解できました。こうして見てみると、長い綺麗な金髪や爛々と輝く碧眼も相まって、権力者の子女と認めても良い風格があるような気がします。

 これで、物理攻撃が集落随一というのだから、相当重宝されたことでしょう。

 それにしても、スラマイナたちの集落が奴隷商に襲われる結構前のことをファルは知っているのだな、と思いました。彼女がベストロジア王国に定住することになった原因の紛争とは何年前の出来事なのでしょうか。


「なっ!? そ、それはわたくしは好きな人がいなかったからです! わたくしは妥協をしませんから、大人なのです!」


 彼がそんな考えにふけっている最中にも、グラベールは顔を赤くしながら大声で弁明しています。


「グラベールは子供ね。未だに一人で眠れないし」


とその時、馬車に響き渡るような彼女の弁明を聞いたシャルインは即座に話に入り込んでいました。その顔には嫌らしいともいえる、嗜虐心をくすぐられていることがすぐに分かるような笑みを浮かべていました。


「ち、違いますよ! 先日シャルインさんのお部屋にお邪魔したのは、会長の話がちょっと怖かったっていうか……、い、いえ、怖くなかったですけど!」

「誰も怖いなんて言ってないから。……子供、ねぇ~」

「……もう!」


 どうやら、この会話を見ていると彼女ら二人はお互い煽り合える程度には仲がいいようです。グラベールはさらに彼女の秘密を暴露しようとするシャルインの口を塞ぐために掴みかかり、そのまま暴れ始めました。


「まぁ、歳はそれなりに近いからな」


 すると、ツヅルの心境を読んだかのように呟きながら、ファルが彼の方へとやってきました。

 改めて、彼はファルを見てみます。

 短い金髪や閉じられた右目の上にある大きな切り傷の跡、すぐに手に取れるように腰にぶら下げてある短剣などを見てみると、やはり元軍人と紹介されても疑いようのない様相でした。


「そうなんですか?」

「ああ、スラマイナは確かもう20代で私は31だが、それ以外の研究会のエルフは皆10代後半だな。因みにグラベールが一番幼い」

「なるほど。そういえば、ファルさんは集落時代のスラマイナさんたちのことを大分知っているような様子でしたが、いつ北ミストレア森林に来られたんですか?」

 

 ツヅルは先程から気になっていた質問をします。ファルはしばしの間、沈黙していましたが、やがて口を開きました。


「私たちがアーキュリー、いやモハナトに向かったのは4年前の神暦1380年。そして、私が北ミストレア森林で彼女らと共に住みだしたのはその2年前、つまり神暦1378年だ。……ところで、君は当時のモハナトに訪れた大寒波について知っているか?」

「ええ。あの数百年に一度と呼ばれている大きさの」


 以前、「術者三人衆」に所属していたミーラの過去を聞く際に、確か教えてもらったはずです。


「ああそうだ。私は、いや違うな、私たちアークオス傭兵隊エルフ師団第8航空隊は突如東ベストロジアを襲ったその大寒波によって起こった街の暴動を鎮圧するために貸し出されたんだ」

「えっ、王国騎士団では対処できなかったんですか?」

「いや、それは半分間違っている。戦力的な問題ではなく、キタリ川が凍っていて、騎士の海上輸送ができなかったからだ。そして、施してある防寒対策では耐えきれないほど空は寒く、空軍は出れなかった。それに、王国騎士団は政治的な理由で東ベストロジアに向かうことができなかったんだ」

「王国の官僚内の動乱、とかですか?」


 そう推測しましたが、ファルは首を横に振って、


「実はその一年半ほど前に、ルリガイア王国にて『魔女狩り』が起こったんだ」


と言いました。

 魔女狩り。メアの過去を、彼女の保護者を勤めていた魔族のサラに聞いた時に学んだことです。


「これによってルリガイアの魔術師が大きく減り、強大だったルリガイア軍がかなり弱体化した。これは1214年に起こった『ネミカラ争奪戦争』以来、ルリガイア王国に負け続けているベストロジアにとって、大きなチャンスとなるもので、大寒波が東ベストロジアを襲ったとき、国王イト41世は丁度会戦の準備を整えていた頃なんだ」


 なるほど、とツヅルは頷きました。今までに学んだ歴史がこうも繋がると不謹慎ながらも楽しいを感じざるをえません。


「だから、イト41世は今更軍備を東ベストロジアに差し向けることなどできず、仕方がないから私たちを雇ったというわけだ」

「でも、結局戦争は起きなかったですよね? そちらはどうなったんですか?」

「何でも、ベストロジア王国のウェート山脈を挟んで南にある国、ロークーツ公国とその取り巻きたち、さらには神聖クロマト大公国が王国に圧力を掛けてきたらしい。

 具体的にはラビンス大陸の北のステイリー海をひたすら戦艦で航海したり、キタリ川周辺で軍事演習を行ったりな」


 聞く限り、その圧力を掛けてきた国とはベストロジア王国に敵対意識を持っている国だそうです。

 神聖クロマト大公国は「世界大戦争」で何とか引き分けたものの領土を侵略され、ロークーツ公国連合は新暦760年から1214年まで王国の植民地でした。

 妨害の理由は恐らく、王国が巨大化するのを嫌ったからでしょう。


「話を戻すとして、アークオスのエルフ師団の航空隊は極めて技術レベルが高かった。それこそ真冬の空を悠々自適に飛べるほどにはな。私たちは何の問題もなく、東ベストロジアに赴き、しばしの間クヌやドランリンなどの街に食料を輸送し、暴れていた庶民を鎮圧していた。しかし、モハナトに向かおうとしたとき、近くの森で縮こまっていたエルフの少女を発見した。それがシャルインだ」

「シャルインさん?」


 意外な名前を聞いたので、驚いた彼は聞きました。ファルは頷きます。


「ああ。私はシャルインの過去を聞いてから――それはプライバシーに関わるから言いたくないな――、その場で軍を抜け、北ミストレア森林を目指したということだ」

「そうですか。ありがとうございます。……最後に、その右目の傷のことを聞いてもいいですか?」

「ん? これか? これはクヌでの仕事で少しミスしただけさ」


 話終わったので、ツヅルは周りを見渡しました。未だにグラベールとシャルインは掴み合っていました。さすがに注意した方がいいのではないか、と思った矢先、


「うるさいんじゃ! そこの二人! お前らはあれか、隣の机で寝ているのに猛烈な貧乏ゆすりしてくるやつか!」


 例えが妙に分かりづらいのを除けば、大変もっともなスラマイナの説教が飛んできました。シャルインたちは飼い主に怒られた犬のようにシュンとしました。

 やはり、まだ十代ということでしょうか。意外に素直なようです。


「会長もうるさいですよ」


 しかし、そんな妙な生意気な言葉を聞いたスラマイナが振り向くと、御者を交代しようとルシラが馬車の前部からやってきました。

 スラマイナは「すまんな……」とシャルインたちと同じように拗ねたような態度を取りました。どうやら、年齢は関係ないようです。


「次は誰だ?」

「ああ、私だ」


 ルシラの問いかけにファルは軽く手を上げました。彼女は馬車に備え付けられた扉を通って、前部へと向かいました。

 

「ツヅル、さん。そういえば、お腹はすいていませんか?」


 先程まで、ずっとツヅルの横に座り込んだまま黙っていたリーフはファルがいなくなると同時に急に喋りかけてきました。理由は自明の理でしょう。彼女は好きな話題だとツヅルも真似できないほどに饒舌になるのに、そこまで親しくない人と会話する時や知らない話題の時の口調はたどたどしいからです。


「そういえば。何かあるのか?」


 昨日の夜から何も食べていないことに気付きました。


「はい。以前、ツヅルさんは乾いたパンが好きらしいので、厨房からライ麦のパンを持ってきました」

 

 リーフは持ってきた小さな鞄から、小さな袋を取り出しました。

 ツヅルが言ったのは乾パンなのですが、文句を言うほどでもないので礼をして、素直に受け取りました。

 中には確かにライ麦パンが入っていました。しかし、


「なぁ、リーフ。これ、いつに焼いたやつだ?」


 恐ろしく固いのです。リーフはその問いに怪訝な顔をしながら、


「確か、一ヶ月前程度なので腐っていないと思います」

 

と呟きます。

 ツヅルはその言葉に返答せず、物は試しということでとりあえずパンに歯を立ててみました。しかし、口の中に広がったのは濃厚な麦の味わいではなく、棒で鉄を殴りつけたかのような音でした。

 それを見たリーフはやっと気付いたのか、「はっ」と声を発すると、決まりが悪そうにそっぽを向き、かすれた音の口笛を吹きました。


「おい」

「……ツヅルさん。頑張れっ、です」

「その応援でどうにかなるとでも思っているのか?」

「じゃ、じゃあ、わたしが噛み切ってあげるので、……それを」

「……それもどうなんだ、というか、僕が噛めなかったものを噛めるのか?」


 リーフはツヅルが手に持っていたパンをひったくると、勢い良くかじりつきました。


「ぐっ……!」


 すると、歯が折れたのではないか、と心配が生じるほどの苦痛の声が彼女の口から出されました。


「い、……痛いです。口、怪我してないですか?」


 パンを口から離すと、リーフは口を広げて、見せてきました。矯正する必要もないであろう綺麗な歯並びだったので、幼い頃にそれを経験したことのあるツヅルは感心します。


「あ!」


 しかし、ここでツヅルの胸中にちょっとしたいたずら心が生まれました。何かあったかのように装ったのです。


「えっ、なんですか。ま、まさか血でてますか?」

「いや、なんでもないさ」

「えっ、なんで、少し涙目なんですか。も、もしかして、わたし、もうだめなんですか……」

「リーフは思うように生きて良いんだ」

 

 丁度、近くにいたルシラは性格の悪いツヅルをジトーっとした目で見つめてきます。それに気付いた彼は愛想笑いを浮かべました。

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