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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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八話 暗闇(へ)の一本道

 異世界人のツヅルから見れば、防犯対策はしてないにも等しいこのアーキュリーの道を歩くのは実に危険極まりない行為です。夜は決して路地ではなく明るい大通りを通る、という意識を持っている彼は犯罪の被害にあったことはありませんが、知り合いの冒険者の中には襲われて身ぐるみを剥がされた者もいるようです。

 まぁ、クラリスがこの街の領主になり、遠征部隊が治安維持のために街を周るようになったので、モハナトだった頃よりは安全でしょう。

 しかし、依然としてベストロジア王国最大級の大きさを誇るスラム街は存在しています。

 いくらカリスマに溢れているクラリスといえど、スラム街を叩くのは難しいようです。理由としては今までそこだけで行われていた暴力、略奪行為が街全体に広がる可能性があることが挙げられます。

 また、無法地帯と言われているスラム街にも秩序と呼ばれるものがあります。ツヅルは詳しくは知りませんが、下手に物を略奪すると、粛清(・・)されることもあるようです。

 スラムがあった方が治安は良くなるというのは、いわゆる誕生日のパラドックスの如く、感覚、というよりは固定観念には背きますが、考えてみれば意外と当たり前のことでしょう。

 

(もし、僕が犯罪者集団に襲われたら、はたして勝てるのであろうか)


 ツヅルも前世とは違う戦わなくては生きていけないこの世界で、のうのうと学問に励む余裕はありません。失敗は死を意味するのです。復讐に身を置いた彼の前世でももちろんそのようなことはありましたが、ここの怖いところはその頻度でしょう。「コンビニに行ってくる」と同じ間隔で、死の恐怖を感じるのです。

 だから、ツヅルも決して戦闘面に関して、努力をしていないわけではありませんでした。妙に言い方が曖昧なのは、その努力が大幅に魔法の方に傾いているからです。

 無理やりツシータに付き合わされて、クラリスの短剣や片手剣の講義に出ることもありましたが、元々体を動かすのが好きではない彼は、その臆病さとも相まってほとんど遠距離から敵を狙える弓と魔法しか学んでいないのです。

 しかも前者、つまり弓はツヅルに合わなかったらしく、実質彼の攻撃手段は魔法のみでした。

 もし、一人で歩いているときに水属性魔法の使い手と対峙した場合、完敗を覚悟しないといけない、ということは正しく改善しなければならない点でした。

 まぁ、 トラレルに「後ろには気を付けてくださいっす」のような旨の言葉を受け取ってから、内心ヒヤヒヤしていたツヅルのそんな心配をあざ笑うかのように帰路には幽霊や盗賊どころか、柄の悪い輩も出ませんでした。 

 彼が宿泊している宿屋「ゼルミー」の入り口は住宅街の大通りから少し外れた路地にあります。といっても、街灯がありますし、ほぼ一本道に近しい構造なので不気味というほどではありません。

 しかし、その路地に入ろうとしたその瞬間、ツヅルは立ち止まりました。


(誰かいる)


 路地の、彼が入ろうとしたところとは反対の出入り口に鈍色の外套を着込んでいて、顔が見えない何人組かが立ち止まっていたのが見えたのです。

 幸い、ちょうど話し込んでいる最中だったようでツヅルの姿は見られなかったようです。彼はすぐにその謎の集団には見えない位置に移動しました。


(まさか、僕を狙っているのか……?)


 思わず震えるほどにその想像ははたして真実なのでしょうか。しかし、目的が分かりません。

 クラリスなど極々一部の高く評価してくれる人以外には、彼なんてそこら辺にいる冒険者の少年くらいにしか思われていないでしょう。

 それに、仮に何か目的があったとしても、暗殺なんて仰々しいことをする必要はありません。彼は掃いて捨てられるほどいるE級冒険者の一人なので、ただ単に依頼をしている最中に殺すか、二階から花瓶を落とすなどの事故死(・・・)でいいはずです。

 更に、現在彼ら、謎多き集団がいるその通りは大通りとまではいかなくても普通に人は通ります。つまり、ずっとその場に留まっていると通行人からおかしな眼で見られるのです。


(そして、僕は今日帰る時間を誰かに伝えていない……ということは)


 そこまで考えたツヅルは『自分は狙われていない』という結論の出しました。一息吐くも、その結論はつまり他の誰かが狙われているということと同義です。

 

(もし、標的がツシータたちだったら)


 普通に考えて、それはないでしょう。だって、


(モハナト革命隊に参加していて、たまにクラリス邸に訪れる僕が狙われていないのだか……!)


 しかし、残念ながら宿屋の扉は開いてしまいました。こんな時間に外に出る者はいません。間違いなく何らかの方法で外におびき出された謎の集団の標的でしょう。

 ツヅルは何気なく、通行人を装って、見つかったらすぐに逃げられるように「俊敏」を詠唱しながら、その路地に出てきた者を見ました。

 そして、


「え……?」


 なんと、その人物は彼の姿を見ると、嬉しそうに顔に笑顔を浮かべ、こちらにやってきたのです。まるで、知り合いのような、いえ正しく友人でした。

 

「あ、ツヅル、さん。今帰ったんですか?」


 いつも通り、淡々とした声のリーフでした。その後ろには、関係ない人間に見られたからか、少し動揺している様子が動きから見受けられる外套の集団たちが凄まじい速さで駆けてくるのが見えました。


「リーフッ!」

「えっ……?」


 ツヅルはほとんど無意識的に足が前に出て、「俊敏」を唱えていました。

 フォート子爵の息子と結婚させられそうになったリーフを誘拐しにフォート子爵邸に忍び込んだ時のことを思い出しました。確か、あのときもツヅルが怪我をした父親を見て、若干の錯乱状態に陥ったリーフを庇ったような気がします。

 あの時と同じように、彼女は自分に投げ掛けられた言葉の意図を計りかねるかのようにポカンと口を開けていました。


(まさか逃げるために用意していた『俊敏』をこんな風に使うはめになるとは)


 これは、そう、魔族封印戦(・・・・・)の時に見たメアの祖母、サラの勇猛な行動を思い出します。

 ツヅルは唐突に過去の記憶が蘇ったのを感じて、それが走馬灯だと気付きました。そうこうしてる間にも彼とリーフとの距離はどんどんと近くなり、やがて追い越し、


(確かあの時、――サラさんは死んだんだったな)


 謎の集団の先頭にいる者が振り上げた短剣が彼の左肩をえぐりました。もし、彼がいなかったら、そのままリーフの首を貫いていたでしょう。


「がッ――!?」


 自分でも笑いたくなるほど、おかしな声が出ます。ツヅルは痛みにより倒れそうになるも、堪え、次の攻撃に備えます。ここまで来たらどんな攻撃でも受け止めてやろうと、自暴自棄に似た心情だったのでしょうか。血は火山の噴火のように肩が流れ出てきました。


「なっ……、ツヅルさん……!?」


 しかし、いつまで経っても次の攻撃は来ませんでした。ツヅルが目を開け、前を見ました。彼にまず見えたのは、謎の集団の内の一人が耳に付けていたギ・ラーク教の象徴である剣のイヤリングでした。

 恐らく、アーキュリー=ギ・ラーク教会もしくは宗教都市バルミザの差し金、元を辿ればアルノ公爵の指示でしょう。

 ツヅルを刺した彼もしくは彼女は酷く動揺しているように見えました。

 何故。何故。何故攻撃を辞めるのか、何故リーフを狙ったのか。何故今なのか。

 

(全てが、分からない)

 

 東ベストロジア戦争。アーキュリー邸爆破事件。ドラント=ヴァルーユ商会による金貨偽造。そして、リーフ暗殺――未遂――事件。何もかもが謎に包まれています。 

 一体、自分がどこを歩いているのか分からなくなる感覚。来た道を覚えるのが非常に得意なツヅルでさえ、この仕組まれたかのように不透明な事態には困惑を覚えるしかありませんでした。

 いっそ、殺してくれた方が道理に叶っていて、すっきりするような気がします。

 ツヅルが急な貧血による立ち眩みにより、フラフラしだした時、 


「ツヅル!? 大丈夫か!?」


 決して聞き慣れてはいませんが、しかし安心させるような声が聞こえました。ツヅルは必死の思いで、その声がした方向を見ます。

 精霊族研究会の会長、スラマイナでした。彼女はこの謎の集団とはまた違う、黒色のローブに身を包んでいました。

 いよいよツヅル以外の通行人にも見つかったことに気付いた彼らは、驚くべき行動を取りました。なんと、スラマイナを殺すでもなく、せめてリーフだけは殺そうとするような動きも見せず、ただただ逃げ帰ったのです。

 魔法を使って、あるいは身体能力を使って、彼らは近くにあった2階建ての建物の屋上に登って、あっという間に姿を消してしまったのです。

 それを見た途端に、ツヅルは糸が切れたかのように地面に倒れ込みました。肩の傷はかなり深いようで、未だに血が止まりませんでした。

 自分の傷の重さを認識すると、もしかしたら、次起きた時左手が動かないかもしれないな、と恐怖が浮かんできました。


「ツヅル、大丈夫か!?」

「ツヅルさん!」


 リーフとスラマイナは周りはもう安全と見るやいなや、彼に近づいてきます。二人共、心配が込められた眼をしていました。


「スラマイナさん。どうして、ここに?」


 しかし、そんなことは知らんとでも言いたげにツヅルは倒れたままスラマイナにそう問いました。


「……今日が、北ミストレア森林に行く日やったんや」


 なるほど、そんなこともあったな、と思い出します。


「あの連中はなんや?」

「恐らく、リーフを狙った暗殺者集団、かと」

「リーフちゃんに何か狙われる理由が?」

「わ、分かりません。……っ!」


 ツヅルは自分の視界がどんどん狭まっていくのが分かりました。もう、視界に映り込んだ白色が星の光か街灯の光かそれとも両方かは判断できませんでした。


「ツヅルさん……!? 大丈夫ですか……!?」


 リーフは庇ってもらったことによる自責の念により混乱しているかのように、先程からツヅルの名前を呼び続けていました。

 ツヅルはそんなリーフを安心させるために、偶に空中に腕を彷徨わせながらも、服が汚れることも気にせずに座り込んでいる彼女の頭を撫でます。

 そして、反応を見ぬままに視界は黒く染まりました。


――――――――――


 ツヅルは地面が激しく振動したことによって、眼を覚ましました。明るさを感じることが出来たので、朝か昼でしょうか。いえ、もしくは夕方かもしれません。それが判定できないのは、目に入ってきた光が極微量だったからです。風が全く感じられないことも合わせて考えると、ここは屋内だということが分かります。

 次に彼が気付いたのは自分の左手が問題なく動くことです。まだ少々動かしづらいですが、左肩の痛みも和らいでいました。誰かが応急処置をしてくれたのでしょうか。

 やがて、視界も明瞭としてきて、今自分がどこに寝ていたかを察せられる状態にまでなりました。


「お、起きた?」


 体を起こそうとすると、頭上から随分と聞き覚えのある声が響きました。その直後、また地面は大きく揺れます。

 ツヅルは自分が馬車に寝かされていることに気づきました。

 しかし、普通に床にほっぽり出すかのような寝かし方ではありません。なんと頭の下に膝の柔らかい感触が味わえるのです。俗に云う膝枕というやつでしょう。

 こういう経験が少ない彼は、多少鼓動が早くしながらも、上を向いてみます。


「シャルインさんですか……」

「おい、なんだ。その『微妙だな』みたいな反応!」


 彼の声真似を混ぜながら、答えたのは精霊族研究会の構成員で風魔術師のシャルインでした。


「あたしが膝枕をしてやったんだから感謝しろよ!」


 彼女は途中で自分の言っていることが自分でも恥ずかしくなったかのように、深い黄緑、いわゆる苔色の髪を撫でました。

 モハナト革命時には余所余所しい態度を見せていたシャルインですが、今は十分な友好関係を築けてきました。

 そんな彼女のことはひとまず置いておくことにして、自分に覆い被さっているかのような、これまた柔らかい感触を感じることに気付いたツヅルは前を見ます。

 彼を抱き枕にしているのはリーフでした。彼女は寝ているようです。その目元には涙の跡が見えました。


「ん? ああ、リーフちゃんね。この子は馬車に乗ってからずっと君にくっついて、心配していたよ。この慕われ者さんめっ」

「慕われ者って……」


 しかし、シャルインの言葉を聞いて、ツヅルは父性というか庇護欲というか何ともいえない気持ちに襲われました。

 話下手でありながらも、一途――のように見える――に自分のことを慕ってくれる少女というのはさながら娘のように思えるのです。

 思わず、頭を撫でたくなりましたが、周りに人がいるのでやめました。

 ここは頑張れば10人ほどが入れそうな人員輸送用の馬車の中でした。椅子も窓もなく、ただ寝転んだり座ったりするためのだけの無骨な木材の床と、上と左右を囲む大きな布くらいしか風景を説明できるものがありません。また、片隅には数日分と思われる食料が山積みでした。

 周りにはシャルインとリーフはもちろん、スラマイナや精霊族研究会の副会長、ルシラや同会の会員であるグラベールやファルの姿が見えました。


「あれ、僕はどうしてここにいるんですか?」


 当然、倒れてからの記憶が何もないツヅルは少し動転しました。


「落ち着いて。今日は9月13日の朝。君は半日ほど寝ていたの。それで……そうだなぁ、簡潔に言うと、君の身を案じた会長とリーフちゃんが、君をしばらくの間、亡命させようとしたの。この亡命者さんめっ」

「その、それ流行っているんですか?」

「……」


 とりあえず、ツヅルは「まだあたしの膝のぬくもりを感じてていいのよ?」というシャルインの言葉に丁重なお断りを述べ、リーフを抱きかかえて、体を起こしました。

 ともかく、ツヅルはナショナリズムに命を脅かされた貴族のように亡命をすることになったようだということが分かりました。


「でも、メアたちは……」


 残されたツシータやネリー、メアやテルランのことを心配します。別にツヅルがいなくても彼女らは生きていけるでしょうが、これも一種の親心というものでしょうか。どうにも気になってしまうのです。


「一応、メアちゃんには伝えてきたで」

「何か言ってました?」

「『まぁ、彼はテルランと通信できるから大丈夫だろう。他の皆にはメアが伝えておくよ』、くらいやなぁ。異様に冷静やった」


 そう言った後、スラマイナは真紅の双眸で彼をジッと見つめました。心配してくれている、というのは自意識過剰でしょうか。

 それにしても、こんな時にも理性的に物事を判断できるメアにツヅルは感心しました。彼も頭脳の面ではそこそこ自信があるつもりですが、冷静さではメア、頭の回転数ではネリーに負けている気がします。


(あれ、じゃあ、僕はどこで役に立っているのだろうか)


 ツヅルはそのことについて考えるのをやめました。

 それよりも、アーキュリーのことを考えねばなりません。選挙、金貨偽造、など様々なことを放ったらかしにして来てしまったのですから、せめてテルランを使って役に立ちたいと思うのが彼の責任感でした。

 もっとも、彼は責任を負うべき立場にはいないのですが、本音を言えば、最近知り合ったブルーノ商会のトラレルやラミロスのことが心配でならないからです。

 予想以上にツヅルは彼らに対して、親しみを抱いていました。


(……テルラン、聞こえるか?)

(……! お主、生きとったか!)


 最近、そういえば聞いていなかったような気がするテルランの高い声がツヅルの脳中に刺さりました。どうやら、人間化のお陰で本当にこんな距離でも「通信」はできるようです。

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