七話 砂糖菓子の製造は打ち切れない
さて、ブルーノ商会の会長、ラミロスに会いに行くはずが何故かトラレルたちの世間話に巻き込まれてしまいました。
「そういえば、この子はどうしてここにいるんですかにゃ?」
ツヅルを見つめながら、あざとい声でナリスは言います。背が低いので、ツヅルの少し年上くらいにしか見えない容姿の彼女ですが、聞くところによると、男性秘書カーヴァリンと同じ25歳らしいです。
「ああ、会長に呼ばれたんすよ」
軽くツヅルの肩を叩きながら、彼女は言います。
「えっ!? この子何者にゃ!?」
「さぁ。でも、モハナト公爵の功績者だって聞いたっすよ」
「……本当?」
ナリスは眼を少し見開きました。何故だか、猫に狙いをつけられている鼠のような気分になります。
「いえ、ちょっと呟いたことが前ギルド長の耳に留まっただけですよ」
堂々と自慢することでもないので、ツヅルは謙遜を見せました。
まぁ、彼の中性的である故に余計幼く見える顔付きを見て、まさかモハナト革命隊の参謀だったと思う者はいないでしょう。
「すごいんですね……」
相変わらず、カーヴァリンは眠たげな眼で彼を一目見ると呟きました。本当にこれで仕事ができているのでしょうか。
「カーヴァリンより勤勉なのは明らかっすね」
「そうにゃ! お前ももっと見習うにゃ!」
「えー……。そんなことを言われても、給料分の仕事はしているじゃありませんか」
「……そうっすけど」
どうやら、有能な怠け者ポジションに立っているそうです。
「というか、ナリスさんの方が仕事してないじゃないですか。たまに、仕事途中で抜け出すし」
「にゃ!?」
「……ナリス、それホントっすか?」
「いや、そんなことはないです! 普通に、常識的に考えて、仕事の途中で仕事場から抜け出すなんて所業、肝の小さい私がこなせるわけないじゃないですか! そもそも、私はその忠実さから会長に拾わてたのであって、むざむざその価値を貶めるような行動を行うはずがないですよ!」
「語尾が変じゃないということは本当なんすね……。失望したっす」
「はっ!? ……何処で判断してるんですか! じゃなくて、にゃ!」
ナリスは墓穴を掘るのが得意なようです。何となく、リーフと似たものを感じました。まぁ、あの寡黙な少女は語尾に「にゃ」と付けたりはしませんが。
(意外に、ありかもしれない)
彼は束の間だけ妄想に浸りました。
そもそも、何故ナリスはそのようなキャラ付けを行っているのでしょうか。メガネ猫耳だけでも十分に個性は色濃く出ています。
「……ま、まさか、『にゃ』というのは敵に現在の状況を伝えるための信号の可能性が――」
「そこ、失礼な推測が声に出ているにゃ!」
「はは、ツヅルくんの性格には何だかあたしと同じ匂いを感じるっすよ」
「相手の弱点を見つけたら、とことん追求していくところが、ですか?」
カーヴァリンはニヤリと笑いながら、呟きます。
「いやっすねー、カーヴァリン。それじゃあ、あたしが性格が悪いみたいじゃないすか。助言が上手いのが、っすよ」
それに共鳴したかのように嫌らしい笑みを浮かべたトラレルは若干吹き出しそうになりながら、あえてナリスをチラと見ました。
「……いい加減にしないと襲いますにゃ?」
「きゃー。どうするっすかツヅルくん。あたしたち怖い猫に食べられちゃうっすよ」
「マタタビでいいんじゃないですか?」
「にゃあああ! 副会長の棒読みも君の投げやり回答もいらつくにゃ!」
ナリスはいよいよ襲いかかってきそうな体勢をとりました。もちろん、本当に怒っているわけではないでしょう。
あくまで、この状況を楽しんでいるのです。ツヅルは思わず身構えてしまいましたが、長い付き合い故にそれが分かっているトラレルは、
「マゾなんすね~」
と呟きました。
「違うにゃ! ほら、カーヴァリンも何か言ってやれにゃ!」
「頑張ってください」
「私にいってどうするにゃ」
「ナリスさんに言ってないですよ」
「えっ」
味方は誰もいないと知って、彼女は絶句しました。
「ああ! 神よ! 哀れなナリスに救いを下さいにゃ……」
その後、5分間に渡って落ち込み続けた彼女を励ますと、ツヅルとトラレルは彼らと別れて再び会長室へと向かいました。
「ナリスさんたちは商人っぽくないと思うんですけど、騎士爵や男爵出身なんですか?」
「商会には商人しかいないっていうのは少し常識不足っすよ。ナリスたちは平民出身っす。我らがブルーノ商会には犯罪歴がなければ誰でも受けられる秘書試験という試験があるっす。彼らはそれに合格したんすよ。ツヅルくんも15歳になったら、どうっすか?」
「いえ、僕は騎士学校に行こうと思っているので」
「あー、騎士の方なんすかー。残念っす。君とならいい商売ができそうな気がするんすけどね」
ツヅルの商売センスがいかほどかは分かりませんが、所持している知識だけを見たら、確かに彼にとって秘書は適職でしょう。
案外そういうのも楽しそうだな、と思わなくもないですが、以前騎士学校の入試を受けに西ベストロジアにまで渡った冒険者仲間であるセランとミーラに「騎士学校に行く」と宣言してしまったので、諦めるしかなさそうです。
「まぁ、もし騎士になったら、剣はうちで買ってくださいっす」
カラカラと笑ったトラレルは、曲がり角を曲がると着くっす、と言いました。
会長室がある位置も扉も他の部屋と大差ない造りをしていました。高そうな木材で出来た扉に「会長室」とプレートが貼られていなかったら、分からなかったことでしょう。
「じゃあ、あたしはここで」
案内の任務を終えたトラレルは笑顔のまま、ツヅルに手を振ると、廊下を渡っていきました。
それを軽く微笑みながら見送ると、彼は自分の名前を述べると共に会長室の扉をノックしました。
「入ってくれ」
扉越しだからか少し濁っていましたが、ラミロスの低い声が聞こえたので扉を開けました。
入ってみると、会長室は、特筆すべきこともない普通の貴族の部屋でした。
普通の貴族の部屋と言えるツヅルが庶民なのが少し面白いところですが、それはともかく、所々に金色のラインがある赤色のカーペットやゴシック調の椅子や机などが置いてあり、壁には見たことのない女性の肖像画が掛けてあります。
「早速、来てくれて嬉しい」
部屋の奥にあるデスクと椅子は他の物と同じ大きさのはずなのに、座っているラミロスの大柄な体によって小さく見えました。
前世でもツヅルは170センチ弱程度だったので、何を食べればそんなに大きくなれるのだろうか、とふと思いました。トラレルが女性の平均身長よりも高い――165センチ強くらいでしょうか――理由が分かりました。
「そこに適当に座ってくれ」
部屋の中央に置いてある背の低い机を、囲んでいる椅子たちを彼は指差しました。
こういうとき、一番近い席か一番遠い席かそれとも中間の席か、どこに座るか悩みますが、ツヅルはスッとラミロスと向き合える一番近い席を選びました。
まぁ、隣り合うわけでもないのだし、わざわざ遠い席を選ぶのも失礼だろうと思ったからです。
「君、砂糖菓子は好きか?」
「チョコレートとかですか?」
「随分、高級なものを知っているのだな」
確かにこの世界ではチョコレートを一回も見たことないことに気が付いたツヅルは口を噤みました。
「ご期待に沿えなくて済まない。これはキャラメルというものだが知っているか?」
ラミロスは自分のデスクに置いてある歪な形をしたキャラメルらしきものが入った箱をツヅルに手渡しました。
「私はこういうものに目がなくてな。それはまだ東ベストロジアにしかない砂糖菓子だ」
「へぇ。僕は砂糖すらあまり見かけないので、知らなかったです」
キャラメルの存在はもちろん知っていましたが、まだ東ベストロジアにしかない、ということはかなり新しいものなのでしょう。そう思い、あえて無知を装いました。
「確かにチョコレートは今でも貴族の間で大流行しているから、君が知っているのもおかしくないか。……さぁ、君も食べてみてくれ。もちろん、全部は困るがな」
ラミロスの促しようがあまりにも凄まじいものだったので、ツヅルは少し動揺しましたが、さすがにこれに毒が入っているわけがありません。そう思い、一つ手にとって食べてみました。
久しぶりの砂糖は脳に染み渡るような気がしました。しかし、前世のキャラメルよりも苦い気がします。
(やや褐色じみているところから見ても、恐らく水と砂糖と生クリームくらいしか使われていないのだろう)
「甘くておいしいです」
素直にあまり好きではない、と言うのは良くないと思い、本音と建前を使い分けます。
「そうだろう! 何と言ってもそれはブルーノ商会が編み出した菓子だからな」
ラミロスは自慢げに胸を張りました。
「だが、トラレルには不評なんだ。何でも少し苦いとかで。あいつの甘党も困ったものだ」
「そうですね。……水飴などがあればいいんじゃないでしょうか?」
「水飴というと、麦芽が原料の?」
「ええ。甘さにも種類がありますから、たくさんの甘さがあれば、苦味も消えると思います」
何とも化学的な説明を欠いた考えですが、いきなりデンプンや酵素なんて言うのも気が引けます。
「確かにそうだな! なるほど、そうか……。試してみないと分からないが、ありがとうツヅルくん」
ラミロスはやっと本題から外れていることに気付いたのか、使用人を一人呼んで水飴のことを伝えると、表情を真剣にして椅子に座りました。
「すまないな。今回君を呼んだのはドラント=ヴァルーユ商会について聞きたいことがあるからなんだが……、その商会を知っているか?」
「名前と本拠地が港街にある、くらいは」
それは先程トラレルから聞いたことでした。
「まぁ、それを知っているなら良い。で本題なんだが、最近偽造金貨が港街を中心的に出回っているらしいんだ」
「偽造、ですか?」
「ああ、どこから情報が漏れたのかは知らないが、港街で商売をしている商人のほとんどが知っている話題だ」
「しかし、紙幣じゃなくて金貨で、とは」
複製技術は確立されているので、紙幣偽造ならば納得できます。この世界の技術レベルでは、――もちろん魔法などで多少はしてありますが――高度な偽造対策が施してある紙幣なんて、作れるはずがありません。
しかし、金貨とはどういうことでしょうか。金貨や銀貨のような前時代な貨幣は、その金貨や銀貨を造るために使われた金や銀の価値がそのまま貨幣の価値になっているのです。
まぁ、金貨は金の他にも銀や銅も含んだ合金なので、純金というわけではありませんが、偽造は難しいはずです。
因みに、ベストロジア王国の貨幣制度を述べておくと銅貨、銀貨、金貨の順に価値が大きくなっており、価値が度々変動します。また、銅貨でも補えない小さな金である1レー札と金貨でも補えない大きな金である1万レー札があります。
1万レー札は非常に発行数が少ないことで知られているので、確かにそういう面では偽造はしにくいかもしれません。
「そうだ。このご時世、偽造するならもう千数百年前から使われている金貨よりもつい最近作られたばかりの紙幣のほうが良いに決まっている。なのに、金貨だ」
その偽造金貨は極端に金の含まれている割合が低かったそうで、出回ってからすぐに気付かれたようです。
そこまで語りきると、ラミロスは一拍置きました。
「これは極々一部の者しか知らない情報なんだが、その金貨偽造を指示したのはなんとそのドラント=ヴァルーユ商会らしいのだ」
ツヅルは驚きました。
「金貨偽造はそんなに儲かる商売なんですか?」
「……まぁ、一商人規模で見たら利益は莫大だが、商会規模で見たらリスクとリターンが噛み合っていないな。見つかりやすさや追求のされやすさに比べて、一般的な金貨との差額が勝っていない」
現にすぐにバレているのですから、それは本当のことなのでしょう。
「となると、ヴァルーユ商会は見つかることを想定して、金貨偽造を行ったということですか?」
まさか東ベストロジア一の経済力を誇る商会がそのリスクを理解していないはずがありません。
「ああ。恐らくそのはずだ。だが、それによって生まれる利益が分からない」
確かに金貨偽造がバレることによって、変わるのは商人たちの金貨を見る目くらいでしょう。
「もしかしたら、その金貨偽造の方に目を向けさせるのが目的で、裏で何か大きな事業に取り組んでいるとか、じゃないですか?」
考えられる最適解はそれです。案外、資金洗浄のため、なんて単純な理由かもしれませんが、早計は禁物です。
「やはりか……。先程、娘とも話し合ったが、そんなことを言っていた。――いや、ありがとう。今日はそれだけだ。ほら、今回アルノ公爵の資金援助を行っているのはドラント=ヴァルーユ商会だろう? この選挙に合わせてこの偽造事件だから何かあるのではないか、と思っただけだ」
ラミロスはまるでブルーノ商会会長という自分の身分を忘れたかのように豪快に笑うと、ツヅルに向かって「そろそろキャラメルが完成している頃だろう。着いてくるか?」と若干そわそわしながら、呟きました。
彼もこの世界の食文化が発展するのは嬉しい限りだったので、頷きました。
ラミロスとツヅルは中央区の外れにあるブルーノ商会よりも更に郊外にある小さな、2階建ての一軒家ほどの大きさしかない工場に行きました。どうやら、ここはブルーノ菓子工場と言われているそうで、貴賤関係なしに物好きな人はここに菓子を買いに来るようです。
ラミロスはこれまた自慢げに言いました。本当に甘味が好きなようです。
「どうだ?」
彼らは堂々と工場の中に入っていきました。化学が発展していないからなのか、工業的製法と実験室的製法の区別がついていないらしく、「工場」なのに内装は宛ら研究室でした。
いくつかある研究室の内の一つに入ると、規則正しく並べられている四角い机には大量のキャラメルが置かれていました。
形はどれも歪です。あくまで趣味で作っているから型を取っていないのか、そもそも型を取るという発想がないのかは分からなかったので、ツヅルはそれらの形に突っ込むのはやめました。
ラミロスはその内の一つを取って、口に放り込みました。
そして、しばらく固まっていましたが、
「こ、これは……、ツヅルくん!」
と驚いたかのように彼を振り返ります。
「大成功だ! これは以前のものよりも断然甘いぞ!」
世紀の発見をしたかのように、まるで飛び跳ねんばかりの感動をラミロスは見せました。
「――いや、本当にツヅルくんには助けられた。これなら、トラレルに食わせられる。アーキュリー伯爵が君を頼った理由も分かるな!」
お菓子作りの発想で政治手腕が問われてはツヅルも不満でしょう。
「いえ、たまたま思い付いただけですよ」
「……たまたま、か。そういえば、君は何処出身なんだ? クヌ付近まで行かないと麦芽は滅多に見れないはずだが」
これまた、変なところで墓穴を掘ったようです。ツヅルは少し狼狽えました。
「ええと、実は一年半前に記憶喪失になったので、出身のことを覚えていないんですよ」
仕方がないので、今までずっと通して来た言い訳を口に出しました。
「……そうか。余計なことを聞いたな。ともかくありがとう。いずれお礼はさせて貰う」
ツヅルは一つキャラメルを貰うと、それを食べながら工場を出ました。トラレルやラミロスと大分話し込んでしまったので、もう周りは暗くなっていました。魔法体内時計は午後8時を指し示しています。
(さすがにもう帰らないとな)
ツシータの様子も見たいし、とツヅルは街灯があるおかげでそこそこ明るい中央区の大通りを歩き始めました。




