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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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二話 会談

 やがて、トラレル一行はハルミリに到着しました。

 メリアロンド子爵家の子女――ルナマリアに渡す手紙をもってくればよかった、とツヅルは若干後悔しました。

 ハルミリでは街門を通るとき毎回必ず「探知」という魔法で危険物や関税の高い宝石のようなものを密輸していないかどうかチェックされます。

 まぁ、ツヅルたちがそんな高いものを身に着けているわけもなく、社交界に行くわけでもないトラレルたちも同じでした。

 アーキュリーのように狭苦しくなく、きちんと舗装されている大通りに沿って左右に連なっている上品な商店街を物珍しそうに眺めているツシータ、一度だけこの街に来たことがあるからといってしたり(・・・)顔で特徴を語っているメアを微笑ましげに見つめていると、やがて目的地に辿り着きました。

 今さっき聞いたのですが、なんと今回のトラレルの商談相手はこの街の領主、ハルミリ公爵だそうです。

 もっとも、「さすがに商談の内容を……」ということでツヅルたちは屋敷の前の道路の端で待機させられたので、何を話したのかは分かりませんでした。

 別に何らかの意図を持ってハルミリに忍び込んでいるスパイでもないので「どうでもいい」といえばそうなのですが、とにかく暇でした。


「暇だわ」


 ツシータも同じことを思っているようで、馬車の中でゆっくりと息を吐きました。


「ああ」


 同じく馬車に乗っていたメアは何を話し始めるでもなく、ただ頷きます。

 ハルミリ公爵邸は街の最奥にあるので、外壁に沿った大豪邸でした。ゴシック様式で、塔が四方に佇んでいました。

 当然、ツヅルたちのいる道路は街の中心とは程遠く、馬車、人共に交通量があまり多くないので、窮屈には感じませんでした。


「きゃっ!」


 ツヅルが陽に当たりたいという理由で馬車を降ると、とある女性とぶつかってしまいました。

 この道路は一般的なものといって相違なく、両端に歩道があります。彼らの馬車は中央の馬車道の公爵邸側に停車してあるので、その女性は運悪く開いた扉の餌食になってしまったのです。


「っ、大丈夫ですか?」


 もし、この人が貴族だったらまずい、と思いながらも、この状況では逃げることのできないツヅルはとりあえず彼女に手を差し出しました。


「いえ……」


 しかし、どうやら温厚な方だったようで、物腰は柔らかいものでした。

 

「こちらこそすいません。ところで、公爵邸の前であなたたちは何を?」


 馬車の中にいるツシータたちの存在にも気付いた彼女は首を傾げながら言います。


「護衛です。あなたは?」


 ツヅルは簡潔にそう答え、会話を流すために質問しました。


「ああ、私はこの街で最底辺商会(・・・・・)と呼ばれているクアン商会の会長のミロント・アズンテです」


 ミロントは一言でいえば、幸の薄そうな女性です。容姿は二十代後半で、淡い青色のショートカットで肌が白く、儚げに微笑んでいました。

 自身の街の商会すらまともに知らないツヅルがクアン商会なんて名前を知るはずもなく、彼女の自虐的な態度に苦笑するのみでした。

 

「あの、従業員募集中でもあるんですけど……」

「へぇー、なるほど」

「あの、この道を100メートルくらいまっすぐ行ったところにあるんですけど……」

「そいつはすごいです」

「あの、もし、あと一人でも従業員が来たら、億万長者になれる気がしないでもないような気がするんですけど……」


 どうやら、最底辺商会という異名は本当のようで、ミロントは脇目も振らずにまだ11歳の子供であるツヅルを必死に勧誘してきました。財政危機に陥っていて、猫の手でも子供の手でも借りたい状況なのでしょう。

 しかし、その商会を救える商売センスが僕にはあると思うほど、ツヅルは厚顔無恥ではありません。彼女の勧誘を無難な相槌で断りました。


「……そうですよね。私なんてこの世に必要ないですよね……」

 

 ミロントの態度が今すぐにでも自殺しそうなものだったので、さすがのツヅルも見かねて、


「……アーキュリーのブルーノ商会の副会長と面談する時間を少しばかりとることはできます」


と言ってしまいます。

 しかし、彼が考えていたよりも遥かにこの世界では――巨大なキタリ川とウェート山脈に囲まれている閉鎖的な東ベストロジアでは特に――人脈というものは大切なようで、


「ほんとですか!? 嬉しいです! さすがですね!」


とミロントの食いつきっぷりは凄まじいものがありました。



 

「クアン商会と会談、っすか? ……いや、今日の仕事は終わったんでいいんすけど。どこすか? それ。東ベストロジアの全商会を把握したと思っていたあたしでも聞いたことのない名前っすねー」

「うう……」


 ハルミリ公爵との商談を終え、成功したのかほくほく顔で帰投してきたトラレルの辛辣な言葉にミロントは項垂れます。

 彼女はツヅル、ネリーのような子供には優しい様相を見せますが、商売敵や自分の部下には厳しい態度を見せていました。まぁ、彼が驚いたのはその刺々しい言葉よりも、極貧であるクアン商会も商売敵の範疇に入っていることに、ですが。


「どんな人でも突然、富豪に変貌することだってありうるっすからね」


 トラレルは彼の心中を読んだかのように呟きました。


「ともかく、話は近くにあるらしいクアン商会でしましょうっす」

「い、いえ、ここで十分です!」

「……そうすか? じゃあ、街を走りながら聞きまスよ」


 そういうわけで、彼らは道の端に待機させられていた馬車に乗り込みました。

 馬車は更に窮屈になり、男1人女5人という比率も相まってツヅルはかなりの居心地の悪さを感じました。

 彼自身もかなり中性的に見えるので、傍から見たらこの馬車は子供連れの女子会にしか、見えなかったことでしょう。

 男の友人といったら、今はもう西ベストロジアで騎士学校学生や騎士団前線指揮官を勤めているセラン、パカルタくらいしかいないツヅルは少し落ち込みました。

 余談となりますが、「術者三人衆」は無事騎士の街クレピス、騎士育成学校のある街ラートラーンに辿り着けたそうです。

 しかし、騎士学校の入試にセランは受かったそうですが、ミーラは落ちたそうです。

 現在はパカルタの給料で借金を返済してもらい、ラートラーンに住み込み、来年は受からなければ、と必死に修業を重ねているそうです。

 今年度はツヅルも騎士学校の入試を受ける予定なので、そろそろ準備に取り掛からなければなりません。


「始めますっす。……そうっすね、クアン商会は今、どんな商品を専門にしているんすか?」


 トラレルのそんな言葉から2人は会話し始めました。


「はい! 何も取り扱っていません!」


 ミロントは堂々とした面持ちでそう宣言しました。これにはトラレルは言わずもがな、あまり商売のことには詳しくないツヅルですら思わず耳を疑ってしまいました。


「……商会なんすよね?」

「はい! ハルミリ公爵にちゃんと活動許可は貰っています!」

「じゃあ、どうやって稼いでいるんすか?」

「はい! 近くにあるパン屋さんのお手伝いです!」

「……ほ、本当に商会なんすよね?」

「はい!」

「………」


 トラレルはクアン商会のアルバイト商法に絶句しました。商会を作るときには莫大な税金を払わなければなりません。アルバイトではその税の返済に半生を掛けることになるでしょう。


「……じゃあ、まずはじゃがいもを近くの農村から買うといいんじゃないすか? 最近、価値が上がってきてるんすよ」

「ほんとうですか!? ありがとうございます!」

 

 ミロントは素直に感謝して、その策に早速取り掛かろうと、馬車を止めさせて降り走っていきました。

 トラレルは彼女を見送るとぐったりと項垂れました。


「どうしたんですかにゃ?」


 隣でずっとこの対談を見守っていたナリスが聞きます。


「やられたっす。……あの女はあたしの哀れみの心に漬け込んで、じゃがいもの情報をひったくっていったんすよ!」


 トラレルは商人らしい疑心暗鬼さで叫びました。

 それを聞いたナリスは今さっき去っていた最底辺商人の会長のことを思い出します。


「ないんじゃないかにゃあ……」


 そして、呟きました。




 嵐のように過ぎ去っていったミロントのことをすっかり忘れたトラレル一行は目的は達成していたわけですからハルミリを出て、やがてアーキュリーに到着しました。

 ツヅルやツシータは道中、緊張しながら不審者を探っていましたが、どうやらそれは幻想的な存在だったようです。結局、トラレルの身には危険が一つも迫りませんでした。

 そして、ツヅルたちは彼女らと別れ、ギルドで報酬を受け取りました。その額1万レーなので確かにツシータの言った通り、かなり高額な報酬です。今日は一日雑談しているだけだったので、これが不労所得か、とツヅルは脳内でおどけました。

 宿屋へと帰ったのは夕焼けが綺麗な時間帯でした。うららかよりも少し激しい風が吹いており、住宅街の洗濯物を靡かせています。この世界にしがみつこうとしているかのようにギラギラと輝いている眩しい陽の光を一身に浴びたツヅルは思わず眼を閉じました。


「どうした?」


 石畳が敷かれた住宅街の大通りで立ち止まった彼に気付いたメアは振り返りました。


「眼にゴミが入ったの? 大丈夫?」


 ツシータは心配げな表情でおろおろとしました。彼女はこういうときだけ、普段とは違う真剣さを見せることがあります。

 大丈夫だ、とツヅルは簡単に返事をして、カッと勢い良く眼を開きました。見えたのはこちらを見つめているツシータとメアです。

 夕日に当てられ微妙に感傷的な気分になっていたからなのか、彼はその光景を見て、一筋だけ涙を流しました。

 ツヅルの前世では人の温かみに触れることなどありませんでした。あったものは復讐だけです。

 恨みを持ったとある富豪に、彼と同じ気持ちを持った同士たちと結託して、復讐を行った。これだけで彼の半生を説明することができます。ただそれだけの人生でした。恋を経験したことも、親に愛を持って接してもらったことも、贅沢をすることも、大学で学問を学ぶこともできなかったのです。 

 ツヅルがモハナト革命に参加したのには、その人生に似たものを元ギルド長、レダンに感じたという理由も存在しました。


「なっ……! ツヅル、どうしたんだ!?」


 その眼から出た涙を見て、メアは大きく狼狽し、ツシータは躊躇(ためら)いをまるで見せずに、安心させるかのように抱きついてきました。


「……いや、眼にゴミが」


 しかし、この少女たちに自分の過去を語るわけにはいきません。その行動は結局、慰めて貰おうという感情から出たものでしかないからです。もし過去を語るとしたら、命を賭して一世一代の大勝負に臨むときだけでしょう。

 なので、彼は何を動揺しているのかとでも言いたげな訝しげ視線をあえて送りました。

 少女らは安心したのか、ため息を吐きました。


「って、ツシータ! なんでもないって分かったんだから、そ、そろそろ抱きつくのをやめないか!」


 途端にメアが言い出します。ツシータは彼に抱きついたまま、振り向いてちろっと舌を出しました。


「なっ! ……ツ、ツヅルも! ツシータに抱きつかれてニヤニヤしてないで何とかいったらどうだっ!」


 激昂した彼女は近づいてきます。


「メアにも抱きつかれるともっとニヤニヤできると思う」

「抱きっ……!? な、何を言ってるんだ、君は……! そ、そんなこと……」


 うぶなメアは顔を赤くしました。出会ってからの一年と少しで彼女らの扱い方は何となく分かってきました。

 

「してくれないのか?」


 一方、ツヅルは表情筋が固まっているかのように顔をピクリとも動かさずに言います。


「……はぁ。悪い子ね」


 彼から離れたツシータの呆れも混ざった言葉によって、彼女はやっと自分がからかわれていたことに気付きました。

 

「ミーラの小悪魔な部分に何故か似てきたツシータに言われたくないな」

「……なんというか、メアから言わせれば皆、昔よりも性悪になってきてきた気がする」


 歩行を再開しながら、その言葉に苦笑します。




「で? これはなんだ、そこの3人?」


 ツヅルたちは夕方なのにいつもの討伐依頼後の体力消耗による気だるさを感じないせいで違和感を感じながらも、宿屋へと帰りました。

 そこで彼らが見たのは物が散乱した部屋と今日宿屋に残っていたネリー、テルラン、リーフが暴れている様子でした。

 因みに、ツヅルとネリー、ツシータとメアという風に部屋割りをしています。今回の舞台は前者の部屋で、本から毛布、服などまでが床に寝ていました。

 夕方になったので陽が当たらなくなり、多少涼しくなった部屋の床に彼女らは正座しています。

 とりあえず、ツシータとメアは部屋に戻らせて、ツヅルは鋭い目線で真意を射抜こうとします。


「じゃあ、とりあえず言い訳を聞こうか?」


 疑問符を用いて、言います。3人はその声に反応して、体を震わせました。


「自分はやってない! 自分は朝からついさっきまでシュラさんと話していた!」

「じゃあ、シュラさんに聞いてもいいか?」

「いや、シュラさんは話しすぎて声がかれていて、そのショックで一時的に記憶喪失になったから覚えていないと思う!」


 まず、ネリーが言い訳し、ツヅルの追求に対してもノータイムでいけしゃあしゃあと返答しました。

 普通に考えてありえない可能性ですが、すぐに彼女を断罪するのもおかしいでしょう。そう思って、ツヅルはリーフの方に視線を移動させます。


「わたしはこの宿屋の手伝いをしていました。というより、わたしがこの惨状を作り上げたとお思いなのですか? 一般的な、第三者からの目線から見て、犯人はわたしではないのは明々白々ではないでしょうか。それは、この部屋はそもそもわたしが経営者として責任を負っている宿屋の宿泊部屋だということを考えれば分かることです。そう、もしツヅルさんが今日の事件をきっかけに宿屋から退いてしまったら、明らかな損が生じます。もちろん、利益が手に入らないということです。つまり、今までの話を要約するとわたしはこの部屋を片付けるためにここに来たのです」


 彼女は饒舌に主張しました。普段はおどおどとした口調なのに弁明と弁論のときだけハキハキと淀み無く話すのは、彼女の特徴の一つです。


「そうか。そういえば、どうやってこの部屋に物が散乱していると分かったんだ?」

「……この廊下を通っていると、何かが床に落ちる音が聞こえたんです。なので、扉を開いてみると……、ということです」


 あくまでも言葉でねじ伏せようとしてくるリーフに呆れ思わずため息を吐いたツヅルはとりあえずテルランにも問いました。

 未だに彼女の人間姿は見慣れません。彼女は短い藍色の髪を触りながら、


(妾たち3人でやったんじゃ……。すまんかった……)

「なっ! 違う!」


と暗めの声を彼の脳内に響き渡らせました。ネリーはすぐにそれを否定します。

 それを聞いて、ツヅルはテルランの正直さを賞賛したくなりました。この薄汚れていて、欺瞞に満ちた世界にとってそれは宝と呼べるものでしょう。


「そうか。じゃあ、テルラン以外はこの部屋を片付けることにしよう」


 その言葉にリーフとネリーは唖然としたかのように見えました。しかし、その唖然の意味はそうではありませんでした。

 彼女らが硬直してしまったのは、彼に見えないように隠れながら勝ち誇ったピースを作ったテルランを見たからです。

 どうやら、正直という宝はツヅルの悪い思考という酸素に一年間直接触れ続けたことによって、酸化してしまったようです。

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