五話 青い蜂 1
今回は文字数が少し少なめです。
宿屋を出てから実に1時間半後、あまりない体力を全力疾走で消費したため早くも死にかけていたツヅルが冒険者ギルドに着くと、待っていたツシータに「遅い!」と追い打ちを掛けられました。
しかし、息を整えると、謝罪もせずにツヅルはツシータに魔法を教えてくれと頼み込みました。
実に唐突な話ですが、彼は街役場からここまでくる間に自分の体力の無さを痛感しました。なので、物理攻撃特化で動くよりも魔法という一種のロマンが溢れている文明に挑戦しようとしたのです。
「いいけど……。でも、まず今日やる依頼を選んでからね」
ツシータは勢いに気圧されたのか、怒りも忘れて動揺しましたが持ち直すと依頼板を指差しながら言いました。掲示板は3つあり、左から順にA、B級依頼が並んでいる上級者向け、C、D級依頼が並んでいる中間層向け、最後にE、F級依頼が並んでいる初心者向けです。ツヅルは木で出来たその初心者用の依頼が張ってある掲示板を見ました。
『F級依頼 ゴブリンの牙30個の納品 報酬 鉄のロングソード 依頼者モハナト鍛冶所 ・ゴブリンの牙は粗悪ながらも武器の素材として精錬できる。練習用として弟子に使わせたいので至急用意をしてくれ。』
『F級依頼 ウルフ10体の討伐(要部品) 報酬 10体200レー 依頼者モハナト冒険者ギルド ・モハナト周辺で一番数が多く尚且つ害になりえるのはウルフです。危険をなくすため出来るだけ狩り尽くしてください。』
『F級依頼 掴み草25個の採集 報酬 25個150レー 依頼者モハナト冒険者ギルド ・回復薬を作るために最も重要な掴み草の納品。特徴は葉の部分が円を描いている、植物族の魔物の近くに生えてる事が多いなど。』
『E級依頼 クリーム草原の青い蜂の撃滅 報酬 「心討ち」の魔術書 依頼者ベラストミン採集会 ・蜂なんて虫は一般人でも簡単に駆除できるが、最近現れたあのクリーム草原の青い蜂は厳しい。自分達とは違う種類の蜂をも殺すほど凶暴で、しかも毒持ちだ。仲間が何人かやられた。ぜひ素早く討伐して欲しい。』
まず目についたのはこんな依頼でしたが、この他にも多種多様な依頼がありました。
基本的にギルドから直接される依頼は高い難易度かこのように低い難易度のものしかなく、逆に個人依頼は中間の難易度が多い性質にあります。もちろん一概には言えませんが。
数十秒、ツヅルは依頼が書いてある紙とにらめっこしていましたが、E級依頼である青い蜂の依頼に興味が出ました。
「これにしよう」
ツシータに依頼を見せました。
「いいけど…、これ大丈夫? 毒持ちって書いてあるし。まぁ、魔術書が貰えるからリターンはそこそこだと思うけど」
「魔術書ってなんだ?」
「……そんなことも知らずに、この依頼を選んだの? ……魔術書っていうのはいわば魔法習得のショートカットね。普通、魔法を覚えたかったら、見様見真似で覚えるか、自分で理論を考えだすぐらいしか方法がないのよ。アタシは魔術書を見たことがないから分からないけど魔法っていうのは数式の塊らしいの。最初魔法を数式で書いたのは、クルーなんとかさんだったような」
「クルーラル・メラルト?」
ツヅルは先程の変人メアとの会話を思い出しました。
「そうその人。クルーラル・メラルトさんは魔法学関係で様々な偉業を成し遂げたけれど、彼の最初の偉業は、魔法学の初歩中の初歩である『火球』を数式で表したことね。
同じ魔法でも使用者、場所、威力みたいに様々な要因でその魔法の数式は全然違うものになるわ。彼はそれら全てに適応できる定理を発見したの。
つまり、魔術書というのはそれが書き写された書物のことよ。理解できれば、いつでもどこでも自身の魔力が許す限りその魔法が使えるようになるわ。この依頼だったら『心討ち』という魔法ね。名前は聞いたことがないけれど」
魔術書は独占を行っている組織、国家が存在するほど希少なものらしいです。印刷技術があるのにどうして、とツヅルは思いましたが、すぐに軍事機密のようなものかと納得しました。
また、魔法には大きく分けて火、水、風、地、聖、闇、無の7種の属性があります。
因みにこの依頼の報酬である「心討ち」は無属性の攻撃魔法でした。
「やけに詳しいな」
「クラリス様に教えてもらったもの。クラリス様はアタシの心技体の師匠だから」
何でも、クラリスは時たまに街の子供たちを集めていわゆる魔法の勉強会を開いているそうです。
魔法関連の話題を済ますとツヅルたちは、今日もボーっとしているアールナに依頼の受注認証をしてもらおう、と受付へ向いました。
「あー、初日でいきなりこのクエストですかー。確かにこの依頼はどの階級でも受けられますけど、この1週間でF、E級冒険者が12人が死亡してるんですよー。……本当に大丈夫ですかー?」
アールナの口調は昨日と変わらずスローペースでしたが、言っていることは初めて討伐依頼を受けようとするツヅルたちの不安をそれなりに煽るものでした。しかし、彼らは恐怖で足を震わせながらも、「心討ち」なるものを手に入れるため、何とか踏ん張りました。
「死なないでくださいね」
依頼を受ける決心が決まるや否や、アールナは故人を見送るような目線で言いました。
さすがのツヅルにも危険度が理解できたのでどうしようか迷いましたが、ここで退いたら男が廃る、と命が懸かっている状況下では洗濯バサミよりも役に立たない精神を持ち出して、この依頼を受けることにしました。
朝も終わりかけの午前9時です。もうほとんどの冒険者は依頼で街の外へと出て行く頃、ツヅルもそれに準じて外に出ました。
青い蜂という生物学的に見て興味をそそられる魔物がいるクリーム草原への道中、――尤も、まだモハナトの東門へと向かっている途中なので外に出てすらいませんでしたが――ツヅルはツシータに魔法についての知識を講義してもらいました。
「魔法には上級、中級、下級という難易度があったりするけれど、まずは属性を理解しなければならないのだ」とツシータは指を振りながら大仰ぶりながら語り始めます。
「火属性は基本中の基本ね。日常生活から戦争、ドラゴンの討伐まで世界で最も使用者が多い属性ね。さっきも言ったけど、「火球」はこの世界の人間は殆ど使ったことがあると言っても過言じゃないわ。特に使いたい魔法がなければ、火属性がいいと思う」
なるほど、とツヅルは頷きました。
「次に水属性。水属性は簡単な基本的に水の温度を上げ下げして発射するだけの単純な属性だけど、使いどころによっては大きく戦況を左右できる属性よ。その理由は魔力が水に溶ける性質を持っているからなの。
水がいっぱいに入ったバケツがあって上からその水を通って底に何らかの魔法を当てるためには、最低でもC級の魔術師レベルの魔力が必要になるわ。水に入った瞬間に魔法を纏っていた魔力は水にどんどん溶かされていって、威力が弱いと目的地に辿り着く前に溶け切ってしまうの。
だから魔術師との戦いでは、初手で水を被せれば大抵相手は大した魔法が使えず完封できる。まぁ、強力だけど、これ以外で水属性が必要な場面ってあまりないから、オススメしないわ」
風属性は主に動力用であまり戦闘の場に持ち出されることがあまりないですが、風魔法を専門としている魔術師は「ジャミング」と呼ばれている目の前一メートル先も見えないような嵐を巻き起こす魔法など妨害的用法でよく使用されているようです。
地属性は攻撃向きですが、火属性のようなものではなく、僅かな力を強大な威力に変える属性でエンチャントや強化が主な使い方です。また、ある程度の地属性魔術師になると魔力で造った武器が扱える「魔法武器」なども使えて、魔法剣士スタイルの人間が一番使用する魔法だそうです。
聖属性は補助、防衛魔法が主な役割で、魔法の壁を作り、魔法を防ぐ「魔法壁」、対象者の体に魔力をかけて重くしたり、軽くしたりできる「重力」などが有名です。因みに回復魔法もこの属性に属しています。
闇属性は7つの属性の中で一番使われていない魔法です。理由として、第一に習得が難しいことがよく上げられます。
闇魔法の中で一番習得しやすい魔法と言われている相手の視界を奪う「盲目」でも相応の才能がなければ、習得に半年は掛かると言われるほどです。
第二に中級以上の闇属性魔法を使うためには魔族と契約をしなければならないことです。人間と魔族との契約。それはすなわち魔族に自分の心臓を預けることでした。
つまりは、生きるも死ぬも魔族の気分次第という状況に自ら陥ることによってやっと中級闇属性が使用できるようになるのです。
これは契約というのは名ばかりの服従に等しいものであり、余り手を出す冒険者がいないことも納得できるでしょう。
最後に無属性魔法は大衆魔法とも呼ばれる程戦闘に用いることが少なく、例えば人や物を浮かす「浮遊」、自分の見知った人と離れた場所でも文字を相手に送ることができる「通信」など直接的な攻撃できそうにない魔法ばかりです――どちらも、前者は移動手段。後者は通信手段として戦争などでも利用されていますが――。
また、戦闘において、無属性魔法の最も有用な性質は自分の属性以外の全ての他の属性と同時に使えることでした。
火属性魔法と水属性魔法は同時には使えませんし、光属性と闇属性も同時には使えません。このように属性同士には相性というものがあるのですが、無属性はその枠組みから離れていて、全属性と同時に使えるのです。
例えば、「浮遊」を使い空を飛びながら地上の敵に向かって「火球」を使い、空襲まがいなこともできるので他の属性と組み合わせれば、むしろ最強の属性といっても過言ではないでしょう。
上に書いたように無属性魔法と無属性魔法は同時に使うことができませんが、無属性魔法の性質上、同時に使わなければならないことは少ないので、それは大きな欠点とはなっていません。
と、ツヅルは属性について聞いたところで、さすがに全ての属性を極めるのはかなり難しいだろうし、戦闘で用いる属性は1つか2つに絞らなければならないな、と考えどの属性を使用するか迷いました。
「……まぁ、無属性にするか」
歩行中、沈黙しながら1分間思考し続けた結果、選ばれたのは妥協点でした。
無属性魔法は覚えても損はないし、相性の関係から他の属性を習得したくなったらすぐに鍛錬を始められるから、とツヅルは考えたのです。
「体内魔力が全てなくなったら爆発するから気を付けて、というかアタシを巻き込まないでくれると嬉しいわ」
そう言いながらツシータは微笑みました。その言葉をもって魔法学習講座はひとまず終了します。
そろそろ街をできるからということで、ツシータから貸与された短剣を改めて見てみると、若干ホコリを被っていましたが、刀身の金属光沢はなくなっていないので、まだ全然使えそうです。今日は雲ひとつない晴天であり、短剣に陽の光が反射してツヅルは思わず目を閉じました。
目を開けた時、いきなり目を閉じてどうしたのかと心配そうに目の前にこちらを覗き込んでくるツシータと、馬車が5両同時に入っても全く問題なさそうなほど大きな、鉄で出来た東門が同時に視界へと入ってきました。
青い蜂は実際にいるそうです。