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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
二章 東ベストロジア戦争
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一話 大商人

 二章始動です! 

 一章での伏線はほとんど回収できる……、と思います。

 朝。そろそろ秋になるとはいえ、まだ夏の暑さが残っている神暦1384年9月5日。モハナト革命から約一年半が過ぎ去りました。

 11歳にしてはやけに中性的な顔付きを持つ黒髪黒眼の少年、ツヅル・トヴァーリは自身の体に重みを感じて起床しました。

 また、隣人の少女が乗っかってきたのか、この宿屋の従業員のわるふざけか、と目を閉じたまま、様々な可能性を考えました。

 朝に低血圧になる体質を持っていないツヅルは多少ぼーっとしながらも体を起こします。

 もう、窓から見る空は明るく、陽の光が一心にこの部屋を温めていました。

 寝ている間に額に浮かんできた汗を拭いました。


「おはよっ……!」


 そして、とりあえず、自分の体に乗っている誰かに挨拶をしようと眼と口を開きましたが、出たのは挨拶ではなく、


「だ、誰だ!?」


という言葉でした。

 そう、体に乗っていたのは全く記憶にない少女だったのです。

 藍色の髪に不健康そうな青白い肌、容姿からツヅルと同い年程度でしょう。何の感情も持っていないかのような無表情で、眼だけ妙にじとーっとしていました。

 まだアルコールが摂取できない年齢のツヅルが一夜の過ちを犯すはずもありません。

 昨日までの過去を必死に思い出しましたが、何もおかしいところがなかったので彼は混乱しました。

 盗賊ではないでしょうし、ましてや暗殺者ではありません。ぐっすりと眠っている部屋の主をわざわざ起こす暗殺があるでしょうか。


(おはようなのじゃ!)


 途端に聞こえてきたのは、クルォリという精霊族の希少な生物、テルランの声です。

 彼女は彼が置かれている状況を知ってか知らずか、朝から元気の良く呑気に挨拶を交わそうとしてきました。


(テルラン、こいつ誰だ!?)


 人形のように静止している藍色の髪の少女を見つめて警戒している、ツヅルは問います。

 この時のテルランの回答は非常に衝撃的なものでした。


(妾じゃ!)


 ツヅルは飛び上がりそうになります。彼の知っているテルランは枕程度の大きさの柔らかい球体でした。決して、こんな幸薄そうで儚げな少女ではありません。

 彼女の話ではこうです。

 テルランはツヅルに仕えるようになってから、自分の非力さを感じていました。なにか新しい魔法を、と考えていたのですが、どうにもいい魔法が思いつきません。

 彼女の体は魔力を魔法陣へと送る力、魔法効率――魔力代謝とも呼ばれる――が異様に低く、使える魔法が少ないのです。

 そこで彼女は考えました。魔法効率がいいという性質を持っている人間の体になればいいのではないか、と。

 そして、そこから一年と半年研究を続けて、ついに今日それを達成したようです。

 ツヅルは最初は驚いていましたが、やがて冷静になりその努力に感心し始めました。一年半を一つの研究に捧げるというのは並大抵の者ではできないことでしょう。

 しかも、テルランが人間の姿になったことにより、様々なメリットが生まれました。

 まず、今まで彼女はツヅルと30メートルも離れられませんでしたが、魔法効率の変化によってその範囲が数万キロメートルにまで拡張されました。今まで、どれだけ不便な生活していたのかと問いたくなるような成長具合です。

 また、「魔力吸収」と「光明」以外にも聖属性魔法、火属性魔法など色々な魔法が使えるようになりました。

 しかし、デメリットも存在します。その最もたるところはやはり、物理耐性のことでしょう。

 剣撃を一撃でもくらったら死亡の危機に陥る彼女の体が大きくなることが、かなり危険だということは明白でしょう。

 ですが、1人戦闘要員が増えたことにツヅルは大歓喜しました。元は2000レーの代わりに受け取った彼女ですが、その価値は膨れ上がったかのように感じられました。

 もっとも、彼はそれよりも自分の価値の暴落に対して考えるべきだったでしょう。


「……ツヅル」


 彼と同じ黒髪黒眼が特徴的な、今さっきまで隣のベッドで寝ていた9歳の少女、ネリー・アーテルはいつの間にか起床しており、こちらをジッと睨みつけていました。

 やがて、彼女は無言のまま、立ち上がって部屋の扉の方へ向かい、ガチャと音を立てて開くと、


「ツヅルが女の子を部屋に連れ込んでるー!」


と愉快そうな顔付きをして、廊下へと走り出しました。


「お、おい! 待て!」


 これにはツヅルも動揺し、変にどもっていまいます。

 恐らく、隣の部屋を借りている彼の仲間たちに吹聴しに行ったのでしょう。

 今更止めても無駄だろう、と溜息を吐くと、人間の姿のテルランを体から降ろし、立ち上がりました。


(そういえば、口は開かないのか?)


 未だに何も言葉を発しない彼女を見て疑問に思い、問います。


(あくまで人間の体に変形しただけじゃからな。表情も変えられないし、食べ物も食べれん)


 まぁ、身体的特徴が大きく異なっている生物が完全な人間になるなんて不可能な話でしょう。

 やがて、ぞろぞろと彼らの仲間が部屋にやってきました。


「ちょ、ちょっと誰よその子!」


 猫耳を過敏に動かして、妙に狼狽しているのは銀色の髪を持つ獣人の少女、ツシータ・アーテルです。


「わりと日常茶飯事じゃないか?」


 そして、どこか悟ったような反応をしたのは黒のローブを着ており、首にカーキ色のチョーカーを付けている少女、メア・ルビロンドでした。


「僕はよく少女を部屋に連れ込んでるのか?」


 さすがにそう思われるのは心外なので反論すると、


「何を! ネリーは少女ではなく、幼女であるとでもいいたいのか!」

 

とその言葉をおかしな方向に解釈したネリーは怒りながら、叫びます。

 彼は再び溜息をつくと、収拾がつかなくなる前にテルランのことを簡単に話しました。


「うそ……! もう、アタシの枕はなくなってしまったのね……!」


 ヨヨヨ、とツシータは泣く演技をしました。


(誰が枕じゃ!)

「妾も残念だって!」

(言っとらんわ!)


 そのまま、ネリーとテルランとツシータは会話を繰り広げ始めました。何故かネリーは彼女の言葉を聞き取ることができるのです。


「ツヅル、食堂に行こう」


 彼女らの会話に苦笑しながら、メアは彼に向かって言いました。別に断る必要もなかったので頷きます。

 そういうわけで、彼らは漫才に興じているツシータたちを置いて部屋を出ました。

 この宿屋の10部屋ばかりの全宿泊部屋が一挙に並んでいる一直線の廊下を歩きます。聞こえてくるのは、木で出来た廊下がきしむ音と街灯や木の上に止まっている小鳥のさえずりだけでした。

 朝を一身に感じられる場所でした。


「今日はどうする?」


 そんな時にメアはツヅルの肩を借りて伸びをしながら、聞いてきます。

 この一年と数ヶ月で彼らは良き親友関係を築いていました。恐らく、メアの職人気質とツヅルの研究者気質が上手いこと合致したからでしょう。


「まぁ、適当に討伐依頼だな」

「そういうと思ったよ」


 やがて、エントランスに出ました。食堂に行くにはここを通らなければなりません。

 観葉植物を眺めながら、直立不動の受付嬢シュラに軽く挨拶をします。そして、食堂の扉を開けました。

 相変わらず無駄に広い食堂には、円型の机がいくつも置かれていました。子供の冒険者がメイン層であるこの宿屋は若干騒がしく、メアは少し顔を歪めました。


「あ、ツヅルさん、メアさん。おはよう、ございます」


 そう話し掛けてきたのは腰に付くほど長い、滑らかな紺色の髪が特徴的な背の低い少女、リーフ・エリーです。頭には可愛らしい赤色のカチューシャを付けています。

 彼女はこの宿屋のオーナーで、自身も給仕の役割を担っています。


「おはよう。今日はどうする?」


 彼女もツヅルたちのクラン「アーテル」に所属しているのですが、仕事があるために参加率は低い傾向にありました。


「すみません。今日は、忙しくなりそう、なので」

「手伝うか?」

「いえ、構いません」


 そうか、とツヅルは頷いて、近くにあった椅子に座りました。


「ちょっと! なんで置いていくの!」

「そうだぞ! 嬢が泣いちゃう!」

「な、泣かないわよ」


 すると、テルランを連れて、ツシータたちは食堂に走り込んできました。

 まるで変わらない普通の日常でした。




 「自分も連れてって!」といつものように懇願してくるネリーを置いて、ツヅルたちは冒険者ギルドへとやってきました。

 さすがにテルランもすぐには戦えないだろうから、ということで置いてきました。


(しかし、本当に離れられるとは……驚きだな)


 別に彼女と共にいたくない、なんてことはありませんが、四六時中ずっと脳内で自賛を羅列されるのは精神衛生上よくありません。

 まあ、どうやら、


(ツヅル! ネリーが引っ張ってくるんじゃ、助けてくれ!)


と遠くに離れていても、脳内会話はできるそうですが。

 彼ら「アーテル」はツシータがC級、リーフ、メアがD級、ツヅルがE級ということでD級クランに昇進していました。

 なので、初心者向けと嘲笑われている下級依頼板を抜け、C、D級の依頼が主な中級依頼版に移っていました。

 ツヅルたちが朝の騒々しいギルドを歩いていると、


「あ、ツヅルさーん」


と、遠くから声が掛かりました。すっかり使い慣れたユーミルマントを翻し、振り向いてみるとギルドの受付嬢、アールナがこちらに手を振っているのが見えました。 

 なんだろうと疑問を持ちながら、近づきます。


「ツヅルさんに指名依頼が入っているんですー」

「ホストクラブか何か?」


 初めて聞くそのシステムにツヅルは冗談で返してしまいました。

 指名依頼とは名の通り、通常の階級指定による依頼ではなく、ある冒険者に対する依頼です。


「何でもー、メリアロンド子爵というお方からだそうで」


 一年ほど前に宝石捜索の依頼を受けた、貴族の街ハルミリに属する貴族のことをツヅルは思い出しました。

 

「手紙がありますー」


 アールナはそう言うと、綺麗な羊皮紙の封筒を手渡してきました。

 封筒を丁寧に破き、手紙を取り出します。曰く、


『大変ご無沙汰しております。メリアロンド子爵家で女中として務めておりますウルベリア・ダークロウトです。

 今回このような書面をお送りしたのは、単刀直入に言いますと、メリアロンド家の二女、ルナマリア様と文通をして頂きたいからです。もちろん、郵送代は私たちの方で払わせてもらいます。

 先日、ルナマリア様の護衛を務めている使用人ダズバが、一年ほど前のラーリン様のイヤリングの捜索でのツヅル様のご活躍を話しました。すると、どうやら、ルナマリア様がツヅル様に興味を持たれたようなのです。ですので、メリアロンド様に許可を頂き……』


と、この後にも文は続きますが、概ねこのような文面でした。

 ツヅルはメアのことが文章に書かれていないのを不思議に思いましたが、手紙を書くだけの依頼ならばそこまで困りません。すぐに受けることにしました。まさか、この世界で文通をすることになろうとは思いませんでしたが。

 すると、アールナが頷き、ルナマリアの手紙を取り出しました。

 さすがに複数の人に見られるのは本望ではないと思うので、ツシータとメアには適当な依頼を選ばせに行きました。

 そして、ツヅルはギルドの端により、手紙を開きます。


『ツヅル・トヴァーリ様へ捧ぐ』


 小説か何かなのか、とツヅルは再び脳内で冗談を呟きます。


『わがままを受け入れてくれてありがとうございます。お付きのダズバさんが自画自賛するのかのように広言して回っていた、お姉のイヤリング捜索でのあなたの活躍を聞き、興味を持ったので手紙を送らせてもらいました。

 というのも、私の住んでいる、ご存知の通り貴族の街を呼ばれているハルミリは非常に平和で、刺激的なことなど滅多におきません。

 貴族学校の入試勉強をしろ、と――私はあなたと同い年の11歳です――父に顔を合わす度に言われ、あなたの態度は貴族らしくない、と姉には小言をもらい、護衛のダズバさんには入浴や就寝、着替え以外の時は常に近くに張り付かれ、といった具合で大変窮屈です。

 私は面倒な勉強よりも、冒険者、騎士、商人みたいな頭脳や体力などのありとあらゆる手札を使いこなし、大業をなす仕事がしたいのです。

 さて、初回だということで、冒険者雑談というのはどうでしょう? 別に英雄談を聞かせてくれとは申しません。ただ、この退屈な日々に僅かばかりの香辛料を加えてほしいのです』


 手紙の内容はこのようなものです。このルナマリアという少女に好感を持ちました。

 貴族らしくない貴族、というのは昔から語り草になっているもので、彼もそういう内容の歴史小説を呼んでいた時期がありました。

 チラとツシータやメアの方を見てみると、まだ依頼を選んでいたので、近くにいた少年に10レーばかりをあげて羽ペンを借り、アールナに伝えて羊皮紙を1枚5レーで買いました。

 そして、ギルドの隅にある休憩室に入り、四角い机の近くに乱雑に置かれていた椅子に座り、筆を執ります。  


『ありがとうございます。

 生憎、私は名だたる貴族方と文通をしたことがございませんので、如何せん勝手が分かりません。もちろん、誠心誠意努力は致しますが、お気に触る事がございましたら……』


 ツヅルは折角の機会なので、去年の春に起こったモハナト革命に参加したことを話しました。当然、聖女のことや元モハナト邸の地下通路のことは伏せ、自分が一冒険者として奮起したという嘘付きですが。

 やがて、ツシータたちが依頼を良い依頼を見つけたそうなので、アールナに手紙を渡して、ツヅルたちは討伐依頼へと旅立ちました。

 

「そういえば、何の依頼なんだ?」


 ツシータが先に依頼を受注していたため、ツヅルは内容を知りませんでした。


「えっとー……」


 しかし、問われた彼女が腰に巻いているベルトを触りながら、妙に歯切れの悪い反応を見せたので、彼は凄まじく心配になります。 

 彼女は何を言おうかと悩んでいるとき、何かと手が動くのです。


「まぁ、人間、いえ生物ってものは時折辛い仕事をしなければならないときもあると思うの……」

「要人の護衛だ」

「あっ、もうメア何勝手に言ってるの!? せっかく柔らかく伝えようと思ったのに!」

 

 要人の護衛、それは冒険者ギルドに張り出されている依頼の中で――極一部の特例を除いて――最も辛い仕事の内の一つです。

 要人と一言に言っても、貴族、商人、司祭と様々な職種がいますが、そういうお方々が自分の護衛を冒険者に頼む理由は一つしかありません。

 彼らがケチな性格をしているからです。

 冒険者ほど大事が起きたとき信じられない者もいないでしょう。なので、そんな性格の持ち主は総じて、冒険者を人とも思っていないかのような無理難題を押し付けてきます。 

 時速20キロで走る馬車に徒歩で着いてこいと命じてきたり、三日三晩食事は出さなかったり、などです。因みにこれらはツヅルたちが以前体験したことです。

 もちろん、その時は依頼を中断しギルド長のナービの力も借りて、断固として違約金は払いませんでした。

 これには、彼が法治国家に住んでいたが故に権利という概念に慣れていたことが大きいでしょう。


「だ、大丈夫よ! 報酬も良かったし、アットホームな依頼って書いてあったから!」


 過去の記憶が蘇り、頭を抱えたツヅルを見て、ツシータは大慌てで説得に入ります。

 

「もう、それ満貫じゃないか……? アットホームは一つ見たらアイキャンノットバックホームと読めと……」


 溜息を吐きました。


「まぁ、いざとなれば、ギルド長がいるさ」

「……そうだな」


 多少の罪悪感を感じないでもないのか、そっぽを向いたメアの一言に、渋々ながら頷きます。

 落ち込んでいても仕方がないので、依頼選びに参加しなかった僕の自業自得でもあるか、と思い気を取り直しました。




「あっ、あなたたちっすか? あたしの護衛の冒険者は?」


 ツシータに連れられて目的地、具体的にいえば西門から出て、舗装道路を数分歩いたところにある野原に、10代後半に見える、くすんだ金髪に灰色の高そうな服を着た女性がいました。

 彼女の近くには馬車が一両置いてあるのみだったので、無茶な要求をされるのではないか、とツヅルは心配になりました。


「ツヅル・トヴァーリです」

「メア・ルビロンドです」

「えっ、あっ、ツシータ・アーテルです!」


 彼らの自己紹介を受け取ると、彼女はカラカラと淡白に笑っていましたが、やがて口を開きました。


「あたしはブルーノ商会の会長の娘であり、副会長でもあるトラレル・ブラーノっす。今日一日よろしく」


 意外に大物が出てきたので、ツヅルは驚きます。ブルーノ商会といえば、東ベストロジアで一二を争うほどの大きな商会だと聞いています。

 ただ、商会がどんな仕事をしているのかは知りませんが。

 異世界の生活には慣れ、必要最低限の知識は身につけたものの、まだ詳しい部分を覚えるには至っていないからです。

 もちろん、商会なのだから名前の通り、商品やら権利やら人やら恩やらで金を稼ぐ組織だということは分かっているのですが、この世界には魔法というものがあるので、いまいち文化レベルが推定しにくいのです。

 例えば、20年ほど前には電卓というものが出現して、商売に対数が利用されなくなったのにも関わらず、株や確率論による経済予測、資本主義という思想、はたまたゲーム理論なんてものは投入されていません。

 ツヅルの見るところではこの世界は学問の研究が大きく魔法学に傾いているために、その他の、例えば数学やら天文学などが疎かになっている節がありました。


「今日はハルミリに野暮用で行くんすけど、残念なことに今皆出払ってるんすよ。でも、さすがに傭兵を雇うにはここら辺りは安全過ぎるんすよね」


 どうやら、ツヅルも危惧していたようなことは起こらなそうです。


「というか、もう一両馬車が来る予定なんすけど遅いっすね……」


 トラレルは苛立っているのか、しばらくコツコツと馬車の扉を指で叩いていましたが、


「ナリス!」


 やがて、そう叫びました。

 そうすると、馬車の中から小柄な――150センチ弱のツヅルより少し大きい程度でしょうか――この世界ではかなり高価なものである眼鏡を掛けた女性が降りてきました。


「にゃ、にゃんですかっ!?」


 ツシータと同じ猫の獣人でした。彼女はツシータでもしないような疑似猫語を用いて、トラレルに敬礼します。

 「何故、敬礼?」と思いながらも、ツヅルは黙っていました。


「もう待ちくたびれたっす。あたしたちだけで行こう。さ、ツヅルくんたちも乗って乗って」

「ちょ、ちょっと待って下さい! きっと、あの寝坊助だってもうすぐ来るとも思いますにゃ!」

「あの馬鹿寝坊助が来る? それはナリスがその苛立つにゃんこ語を辞めるくらいありえないっすね」

「馬鹿阿呆寝坊助でも来ますって! それに、私の言葉は地ですにゃ!」

「嘘を言うっす。あの馬鹿阿呆鈍間(のろま)寝坊助の寝相は地でも、ナリスのは絶対作ってるとあたしは確信しているんすよ」

「そんな信頼要りませんにゃ!」


 どんどん誹謗中傷が積み上げられていく謎の人物のことが気になりながらも、ツヅルは馬車に乗り込みます。メアとツシータもそれに倣いました。

 そうして、トラレルも乗り込むと、ナリスという女性もため息を吐きながら扉を閉めました。

 この馬車はガラスの窓があり椅子もさわり心地の良い素材の、上品なものであるだけに5人で乗るとなると、若干狭いのですが、文句は言えません。


「そういえば誰かから狙われているかもしれない、みたいなことはありますか?」


 一応、敵は知っておくに越したことはないでしょう。


「あたしはこれでも副大将っすからね。ドラント=ヴァルーユ商会やらギ・ラーク教会やら色々なところから狙われてるんすよね。あ、あたしからも質問いいっすか?」


 ツヅルは彼女の回答を吟味しながら、頷きました。


「ネリーちゃんって子知ってますか?」


 彼は予想外の名前が聞こえたので驚き、トラレルの顔を見ました。


「その反応から見るに知ってるんすね」

「どうしてですか?」

「いや、一年くらい前に一度だけ話をしたことがあるんすよ。特徴的な女の子だったから何となく印象深くて……。ツヅルくんの黒髪と関係があるのかなー……、という感じっす」


 ツヅルが納得しましたが、今度はネリーが大商会の副会長と会話をしたことがあることに驚愕しました。

 前々から思っていましたが、ネリーはアーキュリー伯爵、即ちクラリスやギルド長(もとい)ナービ、などなど様々な権力者と仲良くなるのが上手ではないでしょうか。

 まぁ、世渡りが上手い、というよりは気付いたら出世しているタイプですが。

 また、この黒髪はそんなにシンボルになるのか、とツヅルは思いました。

 そして、改めて勇者ギ・ラークや魔法の開祖クルーラル・メラルトについて考えます。

 彼らは間違いなく異世界人でしょう。確とした証拠はありませんが、クルォリよりも希少と言われている黒髪の遺伝子がたまたま2人の英雄に宿ったとは考えられません。

 片方は世界最大の宗教となり、もう一つは今でも世界中の魔法学者に崇拝されています。そんな彼らがなしたかったことは何でしょうか。まさか、この世界で功績を残したいからではないでしょう。

 そうして、しばらく考えていましたが、思考における恒例行事「何一つとして分かることがない」が発動しました。


「ツヅルくーん。どうしたんすかー?」


 なんとツヅルの思考が現実へと戻ってきたのは馬車に乗ってから、30分も経ったときでした。もうこの馬車旅に疲れたのか、トラレルは窓を開け、激しい風に当たっていました。


「いえ、大丈夫です。……そういえば、教会にはギ・ラーク、王国にはイト一世、と崇拝されている人たちがいますが、商会の間にも信仰に値する大商人っているんですか?」


 話題をそらそうとして、ツヅルは早口でそう聞きました。


「そうっすねー。あたしが挙げるならラーカー帝国のストライン家っす」


 ストライン家。150年の歴史を持つ貴族です。

 なんでも、新暦12世紀後半生まれで、当時は平民だったミルボノ・ストラインはアルトーク大陸のズウィード帝国のラーカー領に住んでいました。

 そして、同じく当時は平民だったイミーラ・クロワーストと仲が良かったらしいです。

 以前も述べた通り、イミーラはラーカー帝国初代皇帝です。

 資金調達が上手く、クロワーストが主導したズウィード帝国半世紀革命でもかなりの功績は収めたそうで、新暦1236年、皇帝となった彼に貴族の地位を貰いました。

 そうして、貴族の権力を手に入れたミルボノは自分の土地を元手にして、様々な商売に挑み、成功しました。

 そのためにラーカー帝国では「金銭独占禁止法」なんて滑稽な法律ができるほど、手に入れた金銭は実に膨大でした。その額を現在のレーに換算してみると、100億を軽く超えます。

 これだけでも世界の終末まで語られるのに十分な成果なのですが、彼の息子、孫も相応の商売センスを引き継いでいました。

 まぁ、それは置いておきましょう。ともかく、ストライン家は全盛期は国一つを余裕で買い占められるほどの金銭を手中に収めたこともある、とんでもない商人だったのです。

 確かに、その他の偉人に負けず劣らず凄まじい功績です。


「ストライン家に比べたら、我がブルーノ商会はまだまだっすね。あたしたちはベストロジア王国の東ベストロジア地区のアーキュリーすら満足に左右できないんすから」


 トラレルは自虐的に笑って言いました。

 もっとも、一つの街を金で軽々と占領できる商会はこの世にそんないくつもありません。彼女の野望、いえ理想がとてつもなく高いところにあるのが分かりました。


「あたしはまだだめだめっすからね」

「副会長……」


 トラレルの落ち込んだ表情を見て、隣りに座っていたナリスが肩に手を置きます。


「大丈夫です。副会長は会長のお墨付きのセンスがあるんですから、将来きっと大商人になれますって!」

「ナリス……! お前、猫語使わなくても話せるんすね……!」

「あっ! い、今のは違います!」


 ナリスはばたばたと暴れました。

 急に暗い雰囲気になったことにツヅルは驚いていましたが、この様子を見るとトラレルがセンチメンタルな気分に陥るのは日常茶飯事なのでしょう。

 

「何だか愉快ね」


 ツシータが小声で話し掛けてきます。ツヅルは彼女とメアの間に座っていました。


「ああ。滑稽……いや、愉快だな!」



 ツヅルはあえて馬車中に響き渡る声で、そう言います。

 前世での20年で築き上げてきた彼の性格の悪さは1年半が経ったところで変わりはしませんでした。


「き、君、雇われているって分かっているの!?」


 それを聞いたナリスは顔を赤くしました。


「そうっすよ。ナリスは罵倒じゃなくて、詰られて興奮するタイプなんすよ!」

「そ、そんなフォロー要りませんから!」

「あ、今のが皮肉を含んだ詰りのお手本っすよ」

「……な、何なんですか! そんな寄ってたかって私をどうしようと!?」

「さぁ、なんすかね~?」 


 トラレルは嗜虐心の籠もった眼で彼女を見つめました。


「……これは何なんだ?」


 メアは何を妄想しているのか、顔を若干赤らめながら聞いてきます。


「さぁ……」


 自分が創りだした雰囲気にも関わらず、収拾がつかなくなったと見るやツヅルはそう呟きました。

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