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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
1.5章
58/80

ハルミリの依頼

「うう……」

「うあー……」


 阿鼻叫喚でした。

 東ベストロジアの秋は快適なことで知られていますが、一つ問題があります。風土病があるのです。通称「秋風邪」と呼ばれていて、掛かると高熱、頭痛、腹痛、関節の痛みなど様々な症状が出るそうです。もっとも、一度掛かったら再発しない病気として知られているので、東ベストロジアでは一種の試練として捉えられているそうです。

 さて、ツヅル一行は半分が壊滅しました。

 ツヅルは運良く助かり、メアはもう一度掛かったことがあるそうなので大丈夫でしたが、ツシータ、リーフ、ネリーは無事ではありませんでした。

 無理にでも働こうとするリーフを押さえつけ、一種のハイ状態になっていたツシータを寝かせ、うつ伏せのまま寝ていたネリーを眺めながら、ツヅルたちは悩みました。


「メア、どうする?」

「メアが魔法薬を作れたらいいんだが……」


 あまりにも苦しそうなので薬をどこかから調達してこよう、という話です。

 幸運にも、秋風邪には特効薬があるそうです。ただ、


「買うとなると?」

「一つ15万レーは覚悟しておいたほうがいいな」


 ツヅルはそれを聞いて項垂れます。3人分で45万レー。貴族やギルドとは関わりがあるものの、あくまで庶民である彼らには少し高過ぎる額でした。因みに、彼らの全財産をかき集めたところで、10万レーもないでしょう。


「クラリスさんやナービさんに頼むのも気が引けるしな……」


 助けてやったんだから死に物狂いで働け、と強制されるわけもないでしょうが、実際彼らの繋がりといえば、もう「思い出」でしかないモハナト革命のことだけです。150万レー分の働きができるはずもありません。


「ツヅル、とりあえずギルドに行こう。依頼であるかもしれない」


 メアの言葉にツヅルは頷きました。




 いつもは朝の騒々しいギルドも最近は秋風邪のおかげで、少し静かでした。この街には子供の冒険者が多いことも関係しているでしょう。

 ツヅルたちは依頼掲示板の方に向かいます。彼らクラン「アーテル」はツシータがD級、メア、リーフがE級、ツヅルがF級ということでE級クランとなっていました。

 なので、D級の依頼も受けることができるのです。


『E級依頼 ザブランの討伐 報酬 「残光」の魔術書 依頼者メリアルト・スプリート ・生徒と共にグラス山に栗拾いに行くので、あの忌々しい栗の魔物を討伐してほしい。』

『E級依頼 破損していないエングリ草25個  報酬 5千レー 依頼者魔法草研究会 ・エングリ草とは細長い茎に丸っこい葉を持つ草だ。これは、成長すると葉の部分が地面に垂れ下がってくるのだが、葉が地面に着くと途端に破裂してしまう。また、まだ葉が直立を保っている時に触れるとこれまた破裂してしまう。気をつけて採取してほしい。』

『D級依頼 八百草の討伐 報酬 1人1万レー 依頼アーキュリー冒険者ギルド ・クヌ近辺マニフニ高地にて八百の蔦を持つと言われている魔物、八百草が出現しました。直ちに討伐したいので、10名ほど募集します。』

『E級依頼 宝石の回収 報酬 秋風邪の特効薬5個 依頼者メリアロンド子爵 とある宝石を探してほしい。詳細は家の屋敷で話したいので、馬車での送迎を付ける。』


 なんと驚くべきことに、15万レーの薬5個を報酬とした依頼がありました。何ともきな臭い雰囲気を纏っていますが、この際四の五の言っていられません。

 こんなまたとない機会を逃すわけにもいかないので、すぐにアールナに受け付けてもらいました。




 どうやら、このメリアロンド子爵の屋敷は貴族の街と呼ばれているハルミリにあるそうです。

 ハルミリとは、神暦14世紀、すなわちまだ誕生してから100年も経っていない比較的新しい街で、領主は代々ハルミリ公爵家が務めているようです。

 誕生の理由は、街があるとどうしても出来てしまうスラム街を嫌った貴族たちが互いに資金を出し合って、造られたらしいです。

 アーキュリーにあるもの以上の強度を誇る外壁、犯罪対策も3人組の警備員が昼夜問わず常に100組以上が巡回しているという徹底ぶりです。

 確かに、これなら相当の犯罪者じゃなければ1レーの盗みも許されないでしょう。

 しかし、そこに予算を掛け続けているためいくら貴族たちが集まったからといっても、財政は圧迫されているようです。


「さすが、子爵の馬車だな。あまり揺れない」


 今日は討伐依頼じゃない、ということで普段は着ない黒色のスカートを着ているメアは感心したかのように呟きました。首には風呂に入っている時以外は取っていないらしいカーキ色のチョーカーが付いていました。 

 まぁ、仕方がないでしょう。もし、そのチョーカーによって造られる魔力の空間が開かれた場合、彼女は心臓もろとも消し飛ぶことになります。

 それを手放すことは命を手放すことと同義なのです。

 一方ツヅルの方は相も変わらず、灰色の布の服にユーミルマントとミサンガでした。

 馬車はいつか乗ったような10人を運べるような大きなものではなく、3人しか乗れないものでしたがその代わりに素材が滑らかになり、作りが丁寧でした。

 馬2頭に引かれて走り、金色の装飾の付いた扉や、透明度の高いガラスの窓があって走りながらも平原の様子を眺めることができるという豪華具合で、一冒険者に対する待遇とは思えません。


「ツシータたちを置いてきてしまったけど大丈夫だろうか……?」


 ツヅルは不安そうに呟きます。


「まぁ、大丈夫じゃないかな? あの3人は強いから」


 過去を振り返っているのか、メアは遠くを見つめていました。

 確かに、この半年間、革命が終わってからも様々なことがありました。

 その期間の中で育んできた友情から、確かにツヅルは彼女らを信用していましたが、同時に心配でもあります。

 友情を感じているからこそ、過保護的な言動になってしまうのです。


(僕はいつまでこの世界にいるのだろうか)


 ツヅルは思いました。自分が何故この世界にやってきたかも、元の世界に帰られる方法も未だにわからないのです。

 今の生活にそこそこ満足していたとしても、そのことは考えねばなりません。彼はあくまで異世界人なのです。


「ツヅル、どうしたんだ?」


 メアのその声で彼は自分が馬車に乗っていることを思い出しました。しばらく思考に耽っていたようで、いつの間にか馬車の揺れは極微量になっていました。

 ハルミリの城門ならぬ街門に着いたのでしょう。


「あなた方は……、通行許可証をお持ちですか?」


 最初はものすごく人の良さそうな笑顔であった門番は、ツヅルたちの明らかに貴族とはいえない装いに気付くと露骨に態度を冷えたものへと変えました。

 思わず、苦笑してしまいます。

 メアは先程ギルドで受け取った名刺程度の大きさの紙を渡しました。


「……確認しました」


 その紙を見て、馬車に何も積荷を積んでおらず、金銀宝石など高い関税を掛けられている商品を密輸していないかということを「探知」という魔法で確かめると、門番は渋々といった様子で馬車から離れていきました。

 余計な仕事を増やしたくないがために、庶民という危険分子を入れたくないのでしょう。

 しかし、そんなことを気にしていても仕方がありません。

 ツヅルたちは馬車馬の赴くままにハルミリの街を進んで行きました。

 確かに、さすが貴族の街と呼ばれているだけある街並みでした。

 警備員以外の通行人の全てが貴族やその使用人、もしくは相当の金持ちなので、身に着けているものから喋り方、ホコリの払い方までアーキュリーの一般人とは格が違いました。

 また、商店も下品な大声の呼び込みなどしておらず、貴族夫人と談笑を交わす余裕と華があります。 

 さらに、一つ一つの屋敷が豪邸でした。

 ラビンス大陸で栄えた、石やレンガを多用する特徴のあるラビンス建築、クロシー大陸のルオーネ王朝――新暦822~1302年――から流行り出したゴシック型の建築、現在でも神聖クロマト大公国が採用しており、均等性が重んじられているのが特徴のギ・ラーク建築など、建物の様相は多種多様でした。

 強いて言えば、人口の少なさ故か活気が無いのが欠点でしょう。


「今まで結構な街を回ってきたが、これはすごいなぁ……」


 ため息を吐くと、メアは馬車の中から感嘆しました。

 基本的に他の街に行くことはない彼らが新鮮そうな眼差しでハルミリを眺めていると、やがて今回の依頼の主であるメリアロンド子爵の屋敷へと辿り着きました。

 その屋敷は、むしろ神殿と言ったほうが伝わるでしょう。

 横に長い長方形で玄関には大きな正門と白色の門柱が立てられています。全体的に白色が目立ちますが、所々の壁に薄い緑色が塗られていました。見た限りでは材料はセメントのようです。

 馬車は門の前で止まりました。


「本日はようこそおいでくださいました」

 

 突然聞こえた声の方を向いてみると、メイド姿が似合っている清楚げな女性が横に立っていました。いつの間に、とツヅルたちは驚きました。一体誰なのでしょうか。もちろん、使用人なのは自明といってもいいほどでしょう。


「どうぞ足元に気をつけながら、ご降車くださいませ」


 そう言われたので、ツヅルたちは3時間ばかり付き合った馬車と別れました。

 途端に馬は馬車を引きながら、勝手に門をくぐると、屋敷の右前方に位置する馬繋場へと向かいました。思い残しはないようです。


「メリアロンド子爵家当主、アスヴァ・メリアロンド様がお待ちです」


 そのメイドは歩き始めたので、着いていきました。

 テクテクと元モハナト公爵邸のような凄まじさはない子爵邸の廊下を歩いていると、何だか、見られている、という決して快くは思えない感覚が彼を襲いました。そわそわした態度で辺りを見渡します。

 廊下は南側には窓、北側には貴賓室が並んでいるという一本道です。

 なので、もし誰かにつけられているのならば、普通は分かるはずです。


「……? どうされましたか?」


 一歩前を歩いているメイドは不思議そうな面持ちで彼の顔を覗きます。


「……いえ」


 しかし、上の悩みを打ち明けたところでどうにかなるわけでもありませんし、むしろ子爵の気分を逆撫でしてしまうかもしれません。

 ツシータたちのために依頼を受けているツヅルは黙りました。


「大丈夫か……?」


 メアが小声で聞いてきます。どうやら、視線を感じていないようです。 

 ツヅルは頷くと、耐え難き嫌悪感を耐えながら必死に歩きました。




「こちらです」


 メリアロンド子爵の執務室に着いた頃には寒気も視線も感じなくなっていました。

 一体何だったのだろうか、と思いながらも、上の空になって子爵の気を損ねるのは避けたいので、一旦それを脳内から捨て置くことにしました。


「旦那様。例の件で、冒険者をお連れしました」

「入れ」


 意外にも速い返答でした。

 この事象は子爵がせっかちなのか、それとも過急を要する件なのかのどちらかだということを表しています。


「失礼します」


 入室時にお辞儀をするという面接のような態度で入りました。


「ほう? 若いのに素晴らしいな」


 どうやら、それが高評価だったらしいです。随分、喜ばしげに子爵は言いました。

 子爵の執務室は元モハナト冒険者ギルド会長のレダンの自室と元モハナト公爵邸の客間を足して二で割ったかのような部屋でした。

 一見、ただの――といっても庶民は普通見る機会もないのでしょうが――豪華な部屋なのですが、中心にいくつかある椅子の背もたれの部分に小さな宝石がはめ込んだあったり、子爵が日々書類と対決しているであろう奥にある机の上に置いてある燭台が光り輝く金属で造られていました。

 まぁ、多少は自尊心が強いものの常識の範疇といったところでしょう。


「ご存知かもしれないが、私はメリアロンド子爵家23代当主、アスヴァ・メリアロンドだ」


 さて、肝心の子爵本人のことですが、ツヅルがひと目見た限り、普通の育ちの良い40代の男性でした。

 まだその薄い桃色の髪の白は見えず、背はそこそこ高くスラッとしていました。現在は整えてありますが、無精髭にしたら似合うであろう顔付きです。


「ツヅル・トヴァーリです」

「メ、メア・ルビロンドです」


 ツヅルは微笑みながら、メアは何かに怯えているように自己紹介をしました。

 座ってくれ、と促されたので、本当に面接を思い出すような配置、子爵の机と向き合う形に置かれている小さな宝石ががっちりとはめ込んである椅子に彼らは座ります。

 メイドは子爵の横に立ちました。


「さて、早速で申し訳ないが聞いてほしい」


 彼はそう前置きすると、


「アーキュリーにアルバリ侯爵という貴族がいるだろう? 家はそことちょっとした縁があって、一昨日開かれた社交界に私と細君、私の娘2人と、女中や執事を数人連れて行った。

 そこで、私の娘――ラーリンというが――が数年前に買ってやった約1千万レー相当の宝石、クロスアムのイヤリングの片方を落としてしまったらしい。だから、君たちにはそれを探してほしい」


という話でした。

 要求していることは分かりましたがいまいち要領を得ないので彼に、そのラーリン様とお話させていただけませんか、と頼み込みました。


「すまないが、現在憔悴しているようで部屋に閉じこもっているんだ。相当大事にしていたからな」


 しかし、それは叶わないようです。


「それと……」


 子爵が何かを言いかけると、後ろの方から扉が開けられる音が聞こえました。

 振り向いてみると、執事服を着ている老執事がいました。


「疑うようで悪いんだが、君たちにはこの執事と共に探してもらう」


 要は宝石を持ち逃げされないように監視を付けるということでしょう。


「初めまして。私はこの家でメリアロンド子爵家の子女、ルニ様の護衛をさせて頂いているダズバ・ネトーです。お見知りおきを」


 常に武器を取り出せるように腰や背中、その他の部位にも短剣を仕込んでいで、なおかつ紳士風の態度を崩す気配も見せないというまさに貴族の近衛の鑑のような老人でした。

 ツヅルたちはダズバに返事を返すと、とりあえず一昨日の行動を子爵に聞きました。


「まず、朝10時30分に私たちはこの屋敷を出た。その時はイヤリングが付いていた。そして、三時間後にアーキュリーへ着き、南門から馬車のまま入り、すぐに貴族街のアルバリ侯爵家へと入った。ラーリンは馬車の中で化粧直しをしていたから、少なくとも社交界が開始されるまでは付けていたはずだ。

 侯爵のスピーチが終わり、開始されてからは私は知り合いの子爵や伯爵と、娘は友人との会話で忙しかった。だから、再会したのは社交界が終わってからだった。そのときにはもうイヤリングは耳に付いておらず、娘は私を見つけるとひどく狼狽した様子で宝石をなくし、会場中を探したけれどなかったことを告げた」

「じゃあ、なくしたところを使用人、例えばダズバさんなどは見ていないのですか?」

「使用人が会場をうろついていれば興ざめも良いところだろう。いたのはアルバリ侯爵が雇った護衛が数人という最低限の人員だけで、他の者は別のところで待機していた」


 ツヅルは頭を悩ませました。これだけの知識では妄想はできても、推測は立てられそうにありません。


「そうですね……。ラーリン様は鞄を持っていきましたか? また、帰り道は同じルートですか?」

「ああ。銀色の鞄を持っていたな。帰りは午後6時ほどには侯爵邸を出て、あとはその通りだ」

「そのとき、ラーリン様は?」

「ん? ……そうだな。やはり、うずくまって泣いていたな。必死にラーリンの護衛である彼女が慰めていた」


 子爵はそう言って、隣にいるメイドを指差しました。何とこのメイド、戦闘ができるようです。

 

「はい。……あの旦那様。そろそろ」

「ああ、そうか。行っていいぞ。金も入っている」


 何やら意味深な会話だったので、


「どうかしたんですか?」


とツヅルは聞きました。


「実は母が先日急に倒れてしまいまして。幸い故郷はこの街から近いところにあるので、本日から明日の昼にかけて休暇を頂いたのです。金銭は薬を買うためです」


 そんなことをして宝石を盗んだと疑われないのか、と彼は思いましたが、子爵が大きく頷いたので、口は開きませんでした。相当信用されているそうです。


「最後に一つ、アルバリ侯爵には宝石をなくした旨を伝えましたか?」

「ああ、だがそのようなものは見つかっていないらしい」


 メイドが出るのと同時にツヅルたちも子爵邸から出ました。

 期限は5日らしいです。その間は馬車はいくらでも使っていい、と子爵は言いました。




「さて、ツヅルどうする? 何からやればいいのか分からない……」


 さて、どこに行くにしても物探しは計画を立てなければ、ひたすらに時間が掛かってしまいます。そういうことをわきまえているメアはツヅルにそう聞きました。現在、見張りとして彼らに付いているダズバも含めた3人は子爵邸の馬繋場の前で頭を悩ませます。

 

「そもそも、ラーリン様がイヤリングを落としたのはどこなのだろうか?」


 ダズバの手前、未だに様という慣れない敬称を用いちなければならないツヅルは問い掛けました。


「それは、もちろん……あ、そうか。アルバリ侯爵邸には宝石は落ちていなかったのだから、考えられる可能性はそう幾つもない」


 メアはその問いの意味を察したようです。


「ああ。最もあり得る可能性として、盗みが考えられる。これは、宝石を普通に落としてしまい、片付けの時に使用人に取られた場合か付けている時に取られた場合のどちらかを考えればいい。というよりも、それ以外に何か思いつかないだろう」


 ツヅルは一拍置きます。


「しかし、盗みの場合、宝石を取り戻すのは不可能だ。既に売られている可能性が非常に高い」


 当然の思考でしょう。証拠をわざわざ残して置く盗人がいるでしょうか。中には盗んだものをコレクションとして、家に飾る者がいるそうですが、少数だと思われます。


「だから、盗みを考えるのは後に回そう。次にあり得る可能性といえば……そうだ。ダズバさん」

「なんですか?」

「ここの『探知』での検査ってこの街の住人でも受けなければならないんですか?」

「……ええ。そうですが」


 ダズバはツヅルの問いに疑問を感じたようで、答えるのが遅れました。


「なんでそんなこと聞いたんだ?」


 メアも同じことを思ったようで、首を傾げます。


「いや、もし街の住人は受けなくてもいいということなら、鞄の中にこっそり紛れ込んでいる可能性があったんだが、それはさすがにないようだ」

「なぁ、ツヅル。とりあえず、アーキュリーに向かいながらにしないか? 何しろ3時間もあるんだ」


 その言葉により、ツヅルは行きと同じ馬車に乗りました。




「ラーリン様はどういうお方ですか?」


 アーキュリーに向かいだしてから1時間ほどが経った頃、議論の進展がなくなってきたのを見計らってツヅルはダズバにそう問いました。


「そうですね……」


 彼はしばらく考えていましたが、やがて、


「安い宝石を全身に身に着けているよりも、高い宝石を一点に着けている方が好きなお方です」


と今回の宝石喪失に沿った率直な感想を述べました。

 単なる雑談なので、大して得るものはありませんでしたが、この老人が非常に忠義に篤い人だということがわかりました。

 もちろん、装っているだけかもしれませんが、それは邪推というものでしょう。

 話を戻しましょう。

 もうお分かりかと思いますが、ラーリンがイヤリングを落としたのはアルバリ侯爵の屋敷での社交界の最中です。それ以外の可能性を認めること、すなわちメリアロンド子爵が嘘を吐いている可能性は捨て置いていいでしょう。そこまで難解な陰謀に巻き込まれたくもありません。


「ダズバさん。聞いていいですか?」

「はい」

「使用人の待機所はどういう場所でしたか?」

「1名の貴族に数人の護衛とはよくあります。数十名の貴族の4、5倍。それは膨大な量でしたので、幾つかの部屋に分かれていました」

「なるほど。因みに、あの女中の方やその他の使用人と一緒にいたんですか?」

「一応、使用人のために食事は出されていたので、各々自由行動をしていました。……そういえば、確かに彼女が突然全速力で駆けていくのを見ました。しかし、彼女が窃盗の犯人だとは思えません」


 その理由はすぐに分かりました。さすがに、貴族しかいないといってもいい社交界の会場に堂々と赴く盗賊はいないでしょう。使用人が出入りしたのならば、すでに子爵の方に伝わっているはずです。それに、もしメイドが犯人ならば、全速力で駆けるなんて目立つ真似しないでしょう。

 さらに彼女が犯人ならば、薬を買うためといって金銭を受け取る必要もありません。


(やはり、あのメイドを犯人と決めつけるのは早計だったか?)


 ツヅルはそのこのタイミングで休暇をとった彼女が怪しいと思っていました。彼女ならば、ラーリンが高い宝石を身に着けていることも知っているでしょう。

 しかし、上の理由でありえません。

 こうなると、更に混乱しました。必ずどこかで矛盾やそれに近い状況が起こってしまい、辻褄が合う説明が見つからないのです。

 こういうときに良くある思考回路の癖として、ツヅルは今までの会話を全て思い出していました。そして、


「ラーリン様や女中さんは『通信』が使えますか?」


 浮かんで来た奇想天外な思考を肯定するためにそう聞きました。


「……? ええ、彼女は男爵の3女なので、お二人共貴族学校で教育を受けています。貴族学校では『help』の4文字が打てるように『通信』を学ぶそうです」


 この回答により、ツヅルのその考えは現実味を帯びました。強引な部分もありますが、もし正しいならば今日中にイヤリングを見つけることも可能でしょう。

 ツヅルはアーキュリーに着くまで、メアに話し掛けられても気付かないほどに思考の世界に飛び込みました。




 アーキュリーに着きました。もう夕方でした。


「さて、どこから探そうか?」


 メアは唸りました。むやみやたらに探すというのに気が重くなったのでしょう。


「工房だ」


 ツヅルはやっと一言呟きました。突拍子もない言葉だったので、メアは聞き返します。


「金属工房だ!」

「え? ああ、……ああ! そういうことか!」


 何故か驚愕している2人を訝しげな目でダズバは見つめます。


「どうされたのですか?」


 しかし、その言葉には返さず、彼らは駆け出しました。ダズバも慌てて追いかけていきます。




 「アイ・ロクロード金属工房」。アルバリ侯爵の屋敷から最も近い金属工房に彼らは駆け込みました。

 金属工房とは読んで字の如く、金属を加工したり、合金を作り出したり、はたまた壊れたアクセサリーを直したり(・・・・)、というのが主な仕事の組織です。

 

「血迷いましたか!?」


 ここまで有無を言わさずに走らされたダズバは憤りを感じていました。


「それは誰にいった言葉ですか?」


 しかし、ツヅルはその言葉を歯牙にも掛けずにおどけた口調で言います。


「誰って……!?」


 ダズバはふと工房の中に見えたとある人物の存在に驚愕を隠せませんでした。


「どうして……、ここに……?」


 なんと、休暇を貰ったはずのメイドだったのです。彼女もツヅルらの到来によって狼狽していました。

 金属工房所属の職人は老人と子供の痴話喧嘩か、と面白いものを見る目つきでこちらを眺めていました。

 内装は普通の装飾品店などと変わらなく、10万レー以上の値札が大量でした。まぁ、ここは貴族街に位置しているので、納得はできるでしょう。

 また、受付の奥の方に金属の扉があるので、その中が工房だと予想できました。

 

「なっ! ウルベリア! 何故!」


 ウルベリアとはメイドの名前でしょうか。


「あなたたちこそ、どうして……」


 激情にも似た態度のダズバとは違い、彼女は呆然していました。

 ツヅルはそんな2人とメアに向かって自分の推理を話し始めました。


「まぁ、僕は盗まれた可能性が一番高いという説を論破することはできないのですが……」


 簡単に前置きします。


「まず、メリアロンド子爵になくしたことを伝える時に狼狽し、その後馬車の中でも、屋敷でも落ち込むほどに大事にしていたイヤリングをラーリン様がはたしてそれを耳から落とした時に気付かないものでしょうか? 僕の疑問はここからでした。もちろん、普通に落としてしまったかもしれません。しかし、何年もつけているのならば、気付いたはずです。

 そして、なんとこんな時に女中さんが一時故郷に帰省すると知りました。その時点では何も思いませんでしたが、今になればそんな盗人と疑われるような行動をした意味が分かります。

 さて、僕の思考を辿るのはこの辺にして事実を語りましょう」


 一拍置きました。


「ラーリン様は社交界中、イヤリングを落としてしまいました。そこで――他人か彼女自身かは分かりませんが――イヤリングが踏んづけられ、壊れてしまったのです。ここで、ラーリン様は考えました。父親、すなわち子爵にこの事実が伝わったらまずい、と。なので、彼女はこのことを隠し通すことに決めました。

 しかし、屋敷に持って帰るのは駄目だということに気付きました。ハルミリの街に入る時、それがたとえ貴族だとしても『探知』の魔法で持ち物を検査されるからです。そこでラーリン様は女中さんに助けを求めることにしました。そう、『通信』で『help』と。ダズバさんが女中さんが猛烈な速さで走っていったのを見た、というのはこれで説明がつきます。きっと、不審者に襲われたとでも思ったのでしょう。

 さて、女中さんが彼女が合流しました。場所はトイレかどこかでしょう。 

 あらかたの概要を聞いた女中さんは、イヤリングを壊したことを子爵に知られず、それを直す方法を考え、やがて思いつきました。

 そう、それがアルバリ侯爵邸から最も近いこの金属工房にイヤリングの修理を頼んで、自分は帰ることだったのです。つまり、薬代は修理費として、休暇をとった理由は直ったイヤリングを受け取るためだということです」


 ツヅルの推理にメイド、ウルベリアは驚きました。それらは全て事実でした。

 こんな子供の冒険者に全てを明かされるとは思ってもいなかったのです。彼女はしばらく口をあんぐりと開けていましたが、数十秒後落ち着いたのか、


「そうです」


と一言頷きました。


「……イヤリングはあくまであなたたちが落ちていたところを拾ったで済ましてくれませんか?」


 そして、そう呟きます。子爵にイヤリング損傷のことがバレなくするために考えを巡らせたのですから、当然の反応でしょう。

 ツヅルも別に断罪してやろうなんて思っていないので、素直に頷きました。



 

 次の日の昼、ツヅルたちは子爵邸に赴き、傷一つしかないイヤリングを子爵に渡しました。


「いやはや、最初に君たち子供が現れたときは心配だったんだが、人は見かけによらないとは本当だったのだな。まさか一日で見つけるとは! ……ところで、これはどこにあったんだ」


 メリアロンド子爵の質問を聞いて、ツヅルはもう既に帰ってきていたウルベリアをチラと見ると言いました。


「とある貴族のお方が保管しておいてくださったんです」


 無事、ツシータたちの秋風邪は完治しました。

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