フレイムスナイパー『リーフ』
あの東ベストロジアの一種の分岐点と称しても良いモハナト革命から2ヶ月という時が流れ過ぎました。すなわち、5月の中旬。ツヅルはリーフと共にアーキュリーを出て、近くの丘にまでやってきていました。
「あの、ツヅルさん。何を」
次第に暑くなってきており、あまり運動していないのが災いしたのか、リーフは額に汗を浮かべながら言います。もっとも、この周辺には梅雨という季節はないそうなので、湿気地獄になることだけはなさそうでした。
リーフは紺色の髪に合う所々に黄色の模様が描かれている青色の、1ヶ月ほど前に新調した戦闘用の服を着て、頭には可愛らしい赤色のリボンのカチューシャを付けています。ツヅルはそんな彼女をしばらく見つめながら何かを考えていましたが、やがて決心したかのように頷きました。
「よし! これから、リーフの訓練を行いたいと思う」
いきなりの言葉にリーフは体をビクつかせます。
彼女はその魔法を放とうとすると有無を言わさずに威力が膨大になるという特性から、戦闘でも扱いが難しい存在でした。
彼女がクラン「アーテル」に入ってから、1ヶ月と半分が経ちました。助けられたこともありますが、後ろで縮こまっているだけの時間のほうが多い気がします。
その理由としては、討伐依頼を達成するには魔物の尻尾や角などが必要なことが第一に挙げられるでしょう。
そう、リーフが魔法を魔物に叩き込むとF級、E級の魔物などは簡単に消し飛んでしまい、魔物は倒せるけれども依頼は達成できない、というおかしな状況になるのです。
これを解決するために、とツヅルが唸りながら、考えているととある魔法の存在を思い出しました。
「炎可視」。リーフの頭に乗っかっている火炎のリボンカチューシャの効果です。
この魔法は実は特異魔法という分類に属しています。以前も述べた通り、特異魔法とは即ち欠陥のある魔法のことです。
「炎可視」は慣れれば、1キロ先にまで攻撃を届かせることのできる魔法ですが、人をぎりぎり火傷させいぐらいの威力しかない、という欠陥がありました。
「では、リーフの特性と組み合わさったら?」。ツヅルはそう考えたのです。
「わたしは、ツヅルさんよりは強いと、思っているのですが」
「それでどれだけのウルフの炭が作られたんだ?」
「それは、ウルフがわたしのレベルにまで、付いて来られなかったからでしょう」
「魔法の威力を抑えるというのは冒険者と名乗る者からしたら必須の技術だと思うが?」
「じゃあ、ツヅルさんは訓練所に通うことをおすすめしますよ」
「なら、リーフは工場長だな」
「………」
「………」
皮肉の応酬が続き、2人は睨み合いました。
以前のリーフは何でも相手の言うことに従うといった隷属的な態度を見せていましたが、父親のアラティスが死んでしまったので――もっとも、彼女は認めていないようですが――、一人娘である彼女がエリー家の当主になったからか、多少自己を見せるようになりました。
「ともかく、どうせこれから先、威力の低い魔法は必要になってくるんだから」
「もう、わかりましたよ……」
ツヅルのまるで親のような説教に、リーフは嫌々ながら頷きました。
「はぁ……。で、何をするんですか?」
ため息一つで普段の態度を取り戻した彼女はいつも通りの淡々とした口調で言います。
ツヅルは丘の頂上に立ち、周りを見渡しました。
全面が青々とした草で埋まっているのですが、この丘の近くには荷馬車を通すために舗装された石の道が敷かれているので、そこだけが景観を損ねていました。
まぁ、そんなことを気にしたところでどうしようもないので、目を動かします。
すると、100メートルほど離れたところにお手頃な大きさの木が2、3本連なっているのが見えました。
「『炎可視』の練習をしようと思ったんだ。的はあれにしよう」
「あれって、あの木ですか? 遠くないですかね……」
ここでツヅルはスナイパーライフルでいう、標準器のようなものが必要だと気付きました。遠くが見えなければ、この魔法の存在価値はいよいよなくなります。
といっても、「照準」という遠くを見る魔法があるので、そこは問題ではありません。
どうやって指に魔法陣を造る「照準」と普通の魔法陣で放つ「炎可視」を両立するか、というのが悩みどころなのです。
今日のツヅルは冴えているのか、一瞬でその答えを出せました。
「魔法武器」で実際のスナイパーライフルの造形を創りだし、標準器のところに「照準」を、「炎可視」を銃口から放つことができるようにすればいいのです。
そして、寝そべって撃てるように二脚があり、トリガーがあれば満点でしょう。
リーフに早速この考えを伝えました。
さすがの彼女でも自分の知らない概念をすぐに理解できるほど頭は良くありませんでしたが、ツヅルが「魔法武器」で一時間にも及ぶほどの時間を掛けて、前世で見たスナイパーライフル――内部はぐちゃぐちゃで、弾は撃てませんが――を作り上げたことにより、趣旨を理解することはできたようです。
「なるほど。確かにそれなら2つの魔法を上手く使うことができますね」
そう言うと、リーフは頷いて、何と10分ほどでそれを完成させてしまいました。
黒々と輝いた銃身や少し歪な形をしているトリガー、細い脆そうな二脚など決して綺麗なものとは言い難いですが、これが初めてだということを考えると、やはりリーフの魔法能力には凄まじいものがあります。
また、「魔法武器」のような威力だとか大きさだとかの要素がない魔法に関しては彼女の特性も働かないようです。
「まぁ、とりあえず木を撃とう」
ツヅルは地面に座り込み、リーフは寝そべり、標準器の部分に放ったものすごい倍率の「照準」を覗き込みました。
「こ、これはすごいですね。木についている虫もバッチリ見ることができます」
「よし。じゃあ、息を吐ききってから狙いをつけて撃て」
ツヅルがそう呟くと、しばらくの間、風で揺れる草の音しか聞こえないかのような静寂が訪れました。
リーフの方を見てみると、彼女はまっすぐ木の方を見つめていました。
すると、邪魔にならないのか、と気になるほどの長い紺色の綺麗な髪を一つに纏め、息をゆっくりと吐きます。それと共に、頭のリボンカチューシャが少し揺れました。
瞬きをして、目を見開きます。
「『炎可視』」
すると、耳を塞ぐ必要もないような小さい魔法特有の音がしました。弾光が思ったよりも眩しかったので、ツヅルは目を閉じます。そして、目を開いた頃にはもう既に、木は燃え盛っていました。
ツヅルは思わずニヤけました。大収穫だ。そう思ったのです。
この魔法はまさにリーフのために作られた魔法でしょう。彼女の特性は「炎可視」の欠点を完全にカバーしていたのです。
「やりました!」
「ああ、さすがだな」
先程の皮肉の応酬はどこに行ったのでしょうか。2人共素直に喜びました。
「………」
「ん? どうしたんだ?」
何故か、急に黙ったリーフに疑問を感じたツヅルは問い掛けます。
「あの、わ、わたしがされたいからというわけではないことは了承してほしいんですけど、……あ、頭なでてもらえませんか? べ、別にされたいわけじゃないですからね!」
なるほど。ツヅルは思わず頬が緩みました。リーフは今まであまり自己を表に出していなかったのが原因なのかは定かではありませんが、こういうツンデレチックな発言が最近多くなってきたのです。
要は、自分から頼み事をするのが気恥ずかしいのでしょう。
「可愛い反応だな」
「ち、違いますから……!」
親心とはこういうものなのか、と思いながら、ツヅルはリーフのサラサラとした髪を撫でました。




