五十二話 エピローグ
当然、ツヅルの物語はまだ続きます。なので、モハナト革命という一つの物語としては蛇足となるかもしれない後日談を書かねばなりません。
しかし、この物語には沢山の人物が登場します。当然、革命陣営打ち上げパーティーなんてものはないわけですから、登場人物をグループに分けてエピローグを語りたいと思います。
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まず、革命の要となったギルド関連のことから語ります。
英雄クラリスの存在により、街が栄え、ギルドが活気付きました。冒険者を志願する者も増え、更にはクラリスの護衛部隊をやりたい、という要請が一日に何十通と来るほどでした。
ツヅルはギルドが更に喧しくなったのに若干の苛立ちを覚えながらも、無表情のままギルド長室に向かいました。
どういう要件かはまだ知らされていないですが、とにかくレダンに呼び出されたのです。彼は革命が自分の予想通りに終わり、喜んだのもつかの間、この革命を行うにあたって起こった悲劇を幾つも思い出してしまい十数分後には歓喜の感情は薄れてしまいました。
「失礼します」
ツヅルはドアをノックして返事を待たずに扉を開けました。
部屋の中はいつも通り、ギルド長が仕事をする部屋とは思えないほどに質素なもので、特に異常はないようです。
そこには憑き物がやっと落ちたような表情のレダンとナラスを殺してから随分暗くなったナービがいました。
「おお、ツヅル。来たか」
レダンはそう言うと、少し間を開けて、ご苦労だった、と呟きました。
この言葉にどう返答していいか分からず、ツヅルはただ頷くのみです。
「儂は……、もう何十年間も復讐の時を待ち続けていた。儂を救い出してくれた者と守ってくれた者。どちらも儂にとってはかけがえのない存在だった」
ツヅルとナービには儂の過去を語る、と彼は言いました。どうやら、それがこの呼び出しの目的のようです。
数十分後、ツヅルはレダンの過去話を聞き終わって素直にその人生に驚きました。ツヅルも何となく、彼がこの革命を行うのは利益目的ではないとは気付いていましたが当時の領主とギルド長が関わっているとは夢にも思っていなかったのです。
「ツヅル。君がいなかったら、恐らく儂らは革命を実施するに至れなかっただろう。本当に感謝する……! 報酬として金ぐらいしか渡すものがないのが残念な位だ。……ただ、どうしても聞きたいことがある」
レダンは呼吸を一回挟んでから問いました。
「君は、何者なんだ」
ツヅルは内心動揺しました。
「君がこの革命で見せてくれた頭脳を見て、儂はどうしても君の素性が気になったから、すまないが、無断で他の街、ハルミリ、クヌやその他の東ベストロジアの町、街全てを調べさせてもらった。それが、今日になって帰ってきた。その結果は……、該当なし。この結果をアーキュリー殿、いやアーキュリー伯爵の話と合わせると君は、10歳で近くに誰も住んでいないような南の泉に1人でいた、どの街にも属していない少年、ということになる」
ツヅルはそういうレダンの目をしっかりと見つめました。
これは、返答に迷っている証拠です。異世界から来た、なんて言葉を発せられるわけないし、適当な街の名前を出すわけにもいきません。
悩み抜いた挙句、
「分からないんです。荒原に来る前の記憶がないんです」
と涙目になりながら言うしかありませんでした。
レダンもナービもそれ以上の追求はしませんでした。嘘だと内心思ったでしょうが、ツヅルが革命で重要な役割を演じたのも事実。自分で革命を主導した街を再び混乱の渦に巻き込むほどの異常性は彼にはないと彼らは判断したのです。そういう意味ではツヅルは信用されていました。
驚くかもしれませんが、これで対談は終了しました。
結局、彼ら三人が共に革命活動を行ったのはほんの数日間だけであり、革命という悲願を達成した今、彼らの交友関係は仲間ではなく戦友です。元々、縁のない存在同士であった彼らは友人というには少々他人すぎました。そういう者たちの会話がそう長く続くはずがありません。
これ以上語ることはありませんでした。統治に関してはクラリスに任せればいいのですし、実質後始末は戦闘で汚れた街の清掃の依頼を掲示板に貼ることぐらいなのです。
また、少し先のギルドの面々について記述します。
ギルド長であるレダンは革命の約一ヶ月後4月14日に精根尽き果てたかのように死去しました。10代の頃からの執念が彼を生き残らせていたのだ、とナービからその話を聞いたツヅルは動揺もせずにそう思いました。
庶民の間では「人間五十年」がまかり通るこの世界で80代まで生きて、やっと目的を達成できたのだから後は死ぬのみでしょう。
後続のギルド長は、レダンの遺書によりナービとなりました。ナービがそれについて、革命によって昇進したね、と微笑みながらそう言っていましたが、その後顔を伏せたことから、悲しみの感情が含まれているのが察せました。
そして、「湖の剣」の団長には狐族の獣人であるフストが就くことになり、ナラスとナービ、クラというA級冒険者がいなくなったことにより、同クランはB級クランと成り下がり、以前の威厳はなくなってしまいました。
結局、革命に参加していた理由が分からなかったアールナは、ナービから副ギルド長という役職を新しく創るから任されてくれないかと提案されましたが首を横に振ったそうで、冒険者ギルド受付係を継続しているようです。
「術者三人衆」の下2人であるセランとミーラは、セランに好意を抱いている――尤も、彼はそれに気付いていないようですが――犬族の獣人の戦士の少女と、髪を一つに纏めている剣士の少女と共に新しくクランを作成したようでした。何でも、名前は「指揮隊」らしいです。
明らかにベストロジア騎士団下級司令官として王都へと旅立ったパカルタに対する思いの籠もったその名前を最初聞いた時、ツヅルは思わず、絶対「術者三人衆」のほうがセンスが良かった、と呟いてしまい、ミーラに「デリカシーとかなんかそういうのがない!」と、曖昧に怒られる珍事が発生しました。
また、レダンの遺書には『ツヅルとナービに儂の全財産を授ける』という記述がありましたが、ナービはギルドの運営資金として、ツヅルは領主となったクラリスへの活動資金の援助と経営者であるアラティス、更にその上にいるフォート家がなくなったために資金難となった宿屋「ゼルミー」へ運営資金だけで、その遺産を全て使い切りました。
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続いてはツシータです。彼女はムーロ封印戦時、自分がムーロの攻撃を避けなかったせいでサラを殺した、と塞ぎ込んでいましたが、僕の作戦が甘かった、というツヅルの必死の説得により何とか以前の明るさを取り戻していました。しかし、1人きりのときに、悲しそうな表情をしているので、それを慰めるためにツヅルは彼女と2人きりで話すことが多くなりました。
「……ツヅル。どうしたの?」
革命が終わって数日が経ってからツシータが宿屋二階の吹き抜けでぼんやりとしているのを見つけたツヅルは彼女に話し掛けました。
「いや、たまたま見つけたから」
「そう。……領主がクラリス様に変わって何だか街の雰囲気が変わったわね。みんなクラリス様が毎日大忙しで色々してくれるから安心しているみたい」
「ああ、今日なんか、元モハナト公爵の屋敷の要塞の設備を取り外して街の外に設置してこの街の防衛をより強固にしよう、と意気込んでいたな」
この作戦はツヅルが勧めたものなのですが、彼はそれについて言及しませんでした。
「アタシ、やっぱりツヅルのことがよくわからないわ」
ツシータは彼の話を無視して、別の話に移行します。
「アタシはツヅルみたいに頭は良くないし、ネルみたいに発想力なんてないけど、疑問を感じることはできるわ。もちろん、ツヅルのことは信用しているわよ。だって、アタシにとっては初めての男の子の友達だし、今まで沢山助けられてきたから。
でも、ツヅルはその……、時々何かに思いを馳せているでしょう? 大人みたいに。きっと記憶のことだと思うわ。アタシには想像できないようなことけど、ツヅルは自分のことから他人のことまで全部背負い込んじゃう癖があるから、……だから、何か悩んでいることがあったら教えて、いや吐き出してアタシにぶつけてほしいの。アタシはツヅルがストレスで倒れたら嫌だし、ツヅルのことを何も知らない今のままなのも嫌だから」
ツヅルはこのツシータの素直な言葉を聞いて、何故君はそんなに優しいのか、とまるで演劇のような言葉が口から漏れそうになりましたが、それを閉じ込めてただ頷きます。
その後、「世界変わりて己変わらず」なネリーがツヅルの背中目掛けて突撃してきたので、会話は中断されました。しかし後々、数年後の彼もツシータのこの言葉を覚えているほど、この短い会話はツヅルにとって大きい存在となっていました。
最初は傍若無人な明るさを持つ獣人の少女としか思っていなかったツシータが、良い方向なのか悪い方向なのかは分かりませんが精神的に成長しているのが感じられました。まぁ、この成長が芽を見せるのはまだまだ先の話でしょう。
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メアは意外にもサラの死を振り切っているようです。もちろん、悲しいという感情はあるようですがツヅルが遠回しに聞いてみると、死んでしまったものは仕方がない、という淡白さを持ち合わせていました。
むしろ魔法薬の店を構えてサラの後を継ぐにはどうしたらいいだろうか、と事を前向きに見ています。
それが、彼女の強さでしょう。ツヅルは素直に尊敬しました。
しかし、この革命で一番の被害者ともいうべきリーフを通常状態に戻すのには、いくらツヅルといえども難しく、困難を極めたのは察していただけるでしょう。
革命から5日後――本当は革命終了後すぐに行きたかったのですが、スラマイナにもう少し待った方がいいと忠告されたので断念したのです――、ツヅルはリーフを匿っている精霊族研究会に赴き、実際に彼女に会ってきました。
玄関から廊下を通り、地下への階段を下り、スラマイナの部屋に入るとそこは以前よりも遥かに散らかっていました。床には爪痕が残っていて、英語、いえメラルト語の文章が書かれている紙数十枚が破り捨てられて床に散らばっています。弓や短剣などの武器は部屋の隅に退かされていて、部屋の中心に敷かれている大きな布一枚にリーフは無表情でくるまっていました。
皿に乗っているパンが近くに置いてありますが、彼女は一回も口をつけていません。
「……リーフ?」
この光景にツヅルは驚きましたが、しかしここで引くわけにもいかないので近づきながらリーフに声を掛けました。
その瞬間、リーフが震え、そこから1秒程経つとガバッと布団から跳ね起きてツヅルの方を忙しなく動いている目で見つめます。
必要最低限のもの以外は何も食べていないのか、容姿はただえさえ細かった体が更に細くなり顔の生気も微弱で、目だけしか動いている部位がないかのようにツヅルが錯覚したほどに衰えていました。
「ツヅル、さんですか?」
「ああ」
リーフの確認に即答します。
「ツヅルさん……!」
彼女は今目の前にいる相手がやっとツヅルだと認識できたのか、細細と呟きながら折れてしまいそうな腕に体重を掛けながら起き上がり、彼の懐に飛び込みました。
「寂しかった、です……」
ちょくちょく文節で区切るその独特な喋り方は健在でしたが、残念ながらこのような場ではツヅルに異様な恐怖を与えるだけのものでした。
ツヅルは次に言う言葉を探していました。本来ならば親の死を告げて、嫌われてでも何でもして依存を克服しようと考えていたのですが、リーフの予想外な憔悴状態を見て、このままそれを行ったら自殺してしまうかもしれない、という思考がツヅルの脳内を占拠したのです。
「……宿屋に帰ろう」
散々考えた結果、彼はスラマイナたちにこれ以上迷惑は掛けられない、というある意味では優先順位の低い理由を優先し、リーフに告げることしかできませんでした。
「はい!」
彼女は喜々として頷きます。久しぶりにツヅルと会話ができて嬉しいのでしょう。
結局、2人で部屋をある程度片付け、スラマイナにお礼を言っただけでツヅルはリーフと共に宿屋に帰省しました。
数日経ってある程度精神が回復したのか、彼女は帰宅途中フォート家虐殺事件当日のように抱きついてきたりはせず、手を繋ぐのみで満足していたようでした。
宿屋に帰った時、彼女はツシータやネリー、それに新しく加わったメアに対して以前と変わらぬ態度で接していました。どうやら、親の死はツヅルという存在にだけ効力を出す呪いであるらしく、他の者に対して、ツヅルが近くにいる限りは、という言葉が付く状態の時は情緒不安定にもならず、まるでフォート家の事件などなかったかのように応対していました。
その後、リーフやメアもクラン「アーテル」に入り、冒険者生活を送ることとなりました。次第に、リーフはツヅルへ依存しないようになり、1年後の神暦1384年3月には手を繋ぐことも、近くにいないと発狂することもなくなりました。
ともかく、リーフは順調に回復の兆しを見せていました。
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革命から2週間が経った頃、ツヅルは現在、元モハナト家屋敷である現アーキュリー家屋敷の客間でクラリスと2人っきりで対面していました。
モハナト革命は国家に対する反逆、と最初の王国閣議では主張されていましたが、自由主義を志す一部の貴族らの支持とモハナト公爵の悪事が王都に広まったことが相まって東ベストロジア最大級の都市「モハナト」は「アーキュリー」へと変化し、領主を革命の英雄クラリス・アーキュリーに任せました。また、街の領主は伯爵以上の貴族しかなれない、ということでクラリス・アーキュリーは史上初の平民から伯爵へと飛び級した人間となりました。
伯爵になった彼女は遠征部隊の隊長をザリに任せ、それをカルワナと共に脱退しています。何故カルワナが遠征部隊を抜けたかというと、クラリスは彼女の頭脳がこの人口3万を越える街の統治に必要だ、と感じ、頼み込んだからでした。因みに、空席の参謀長の席にはマザラ・ストイという若干好戦的なところが目立つ三十代の騎士で埋めました。
「早速で悪いんだが、ツヅル。今日、君をここに呼んだ理由は君の言っていた地下通路とその中にあったモハナト家の汚点の解析が済んだからだ」
さすが元公爵の屋敷だけあってレッドカーペットや良さは分からないがとにかく豪華な絵や壺、シャンデリアや大きな鏡など「ザ・貴族の屋敷」という称号を贈りたいほどのインテリアの数々でした。
この客間にも高そうなふかふかの素材を使用している赤色の椅子、元公爵が見栄を張るために置いたのか、宝石の類もあります。
ツヅルは物珍しさから回りを見渡しながらも、クラリスのその話に集中していました。
また、クラリスは非常に暗い表情をして、何だかソワソワしているようにも見える態度をとっていたので、かなり重大なものが隠されていたのだな、と察します。
「正直、私も信じられないんだが……、まぁいい。地下通路のことを語ろう。私は革命終了後、仕事のない騎士団の連中にあるかどうか分からない例の地下通路を捜索させた。結果として翌日にはそれが見つかったんだ。そこまではよかった。その第一発見者である騎士は木で出来た、まるで整備されていないオンボロな入り口に好奇心から入ろうとしたんだが中から漂ってくる異様な臭いにその行動を阻まれたらしい。私はそれを聞き、しっかりと風属性魔法で自分を風に包む『竜巻』が使用できる騎士と共にその地下通路へと向かった。
私は一階の角の部屋にあったその長年、今回の革命時のモハナト公爵しか使わなかったであろう入り口から地下通路へと入った。先の魔法おかげでそこまで臭いはしなかった。しかし、その臭いがなくとも薄暗く鼠やその他の虫が点在していて見たことない毒性の草花が自生しているその通路を通るのはきついものがあった。そして、中間地点くらいにまで来たところだろうか。私、正確に言えば私たちは遂にそれを見てしまった。
死んで放置されてから数百年が経っているのか白骨化していて、服も前時代的な素朴な糸で紡がれた豪華な服を着ている。首にはギ・ラーク教の忠実な信徒であることを表す剣の形をしている首飾りをしていた。その他にはその死体の近くに今はもう使用されていないような古臭いギ・ラーク教専用の言語で何かが書かれている風化した紙が一枚だけ落ちていた」
ここまでを一気に語ったクラリスはその死体の正体を知ったことによって未だに動揺しているのか、数秒間息を整えて続きを話します。
「私たちは驚き、とりあえずその紙と首飾りだけをとってすぐさま引き返した。そして、この街でそういうものの分析が得意なボヌリという老人に幾ばくかの金を払い、鑑識を頼んだ。それの答えが返ってきたのが昨日という訳だ。さて、その答えは……」
クラリスはまた呼吸を整え、盗聴している者がいないか一度この客間の窓や扉から周囲を伺い、ツヅルだけに聞こえるような小さな声で呟きました。
「どうやら、ギ・ラーク教の信徒の中でも特に忠実な者に渡されるその剣の首飾りは実は神暦978年と神暦1221年を堺に微妙に形が変化しているらしい。それぞれ1世紀型、10世紀型、13世紀型と呼ばれているそうだ。各型ごとに100個の首飾りが作られており、死体が身に着けていた首飾りは1世紀型だった。また、剣の柄頭、即ち剣の柄の先にすっかり輝きを失った宝石が埋め込まれていたが、この宝石は全ての首飾りに付けられているわけではなく、教会の中でも権力を誇っている数名にのみ着用が許されたもののようだ。
紙のほうはほとんど修復不可能な状態にまで陥っていたが、ただ一語、『助けて』という部分だけは解読できたらしい。その教会専用語は男言葉、女言葉というものがありこれは女性特有の語尾が付いていた。また、紙に文章を書くために使用されたインクは安値で作成できるが、水を掛けると燃えるという不備があったため、神暦752年から神暦760年までしか使われなかったものだと分かった。
神暦752年に近い年に死んだ教会の権力を持っている女性。こんなものは1人しかいなかった」
クラリスは更に顔を近づけてきます。
「――ベストロジア王国42代目聖女のラノ・ラーク・バズトリスだ」
ギ・ラーク教の本拠地と言えばやはり神聖クロマト大公国なのですが、それとは別に各国の教会をまとめ上げる、事実上その国の教会のトップである存在が聖女という役職を受け持った者でした。
聖女は各国の王都の教会の司祭に任命され、その時にギ・ラークに寄り添う妻になったとされ、ラークというミドルネームが付きます。聖女の歴史を朗読するのは膨大な時間が必要となるので掻い摘んで述べると、この世界において国、商会、ギルド、教会という四大勢力に教会が入っでいるのは、この聖女という役職に就くものの強欲さが主な理由でした。
むしろ国王よりも国民に対して権力を持っている聖女――単純に崇拝されているのと、宗教に逆らうことの恐ろしさから――という役職に就いた者が正常な精神という物を保てるはずがなく、聖女が豪遊に走ることは別に珍しくありません。
勢力拡大を狙い、どんどん大きくなっていった結果が現在の四大勢力なのです。
「そんな聖女の死体がこんな街の領主の屋敷に隠してあるのは何故か? 決まっている。時期的に考えても初代モハナト公爵が何らかの原因で聖女を殺してしまい、街が潰れることを恐れて隠したんだ」
クラリスは震え声でそう言いました。
単純な理由だと思われるかもしれません。しかしこの単純な理由がモハナト公爵を代々縛り付けてきた枷となっていたのです。そして、クラリスもこの事実を公表するわけにはいきませんでした。当然、バレればギ・ラーク教の金の亡者から攻撃が来て、せっかく手に入れたこの街を無に還してしまうことになるからです。
「じゃあ、やっぱりモハナト公爵が雇った軍は他の街を攻めるためのものじゃなかったんですか」
やっと、謎が解けた、とでも言いたげな表情をしながらツヅルは呟きます。
聖女という存在の大きさが分からない彼は別の方向に思考を働かせていました。いえ、正確に言えば聖女という存在の重要性は理解していましたが、しっかりと隠せば問題ないだろう、という若干楽観的に思える思考から別の疑問に目が向いたのです。
「……どういうことだ?」
「いや、モハナト軍は部隊編成から見ても明らかに攻撃するための軍隊ではない、と思っていたんですが、この話を聞いてやっと分かりました。クラリスさん、東ベストロジアにはきっと宗教街とでも呼ばれている街がありますよね?」
「……ああ。この街から北西数百キロのところに王都には及ばないが、ベストロジア王国で二番目にギ・ラーク教の信者が多い『バルミザ』という街がある」
ツヅルの思わせ振りな態度を軽めに睨みつけながらもクラリスは答えます。
「じゃあ、そこから聖女殺害の罪で攻められるかもしれない。と思ったからモハナト公爵はあのような防衛重視の傭兵軍を雇ったのでしょう。恐らく、彼は僕がこの街に来るよりも前に何か地下通路のことを仄めかすような言動をしたのだと思いますが、どうですか?」
「……私には分からん。だが、確かにその理由だとしっくりくるな」
クラリスはその推測に賛成しました。
その後、ツヅルとクラリスは今後の「アーキュリー」の方針について語り合いました。彼ら二人は聖女のことに関してこれ程度の会話で十分だと判断したのです。結局は、積極的に事実を公開していかなければ末代まで語られない話であることはツヅルに話す前から彼女は分かっていました。
そして、ツヅルにとってもそのこの世界の住人ならば衝撃的である事実よりも、もっと気になる疑問が幾つもありました。
(何故、クラリスさんは領主を目指したのだろうか)
「そうだ。私は一つ、どうしても君に聞いて置かなければいけないことがある」
クラリスの言葉により、ツヅルは現実に引き戻されました。
「なんですか?」
「……君は、この革命を用いて何をなそうとしている? 私は確かにとある目標があるから君のモハナト革命の計画に乗った。じゃあ、君は? 君はこの街の領主が私でもモハナト公でも構わなかったはずだ。なのに、何故この革命に参加したんだ? 最初は悪に憤怒したからだと思った。でも、君の敵に対する非情さを見たら、そうではないことに気付いたんだ」
彼女はジッと見つめてきます。
「私も目標を君に伝えていないのだから、語れないことなら言わなくてもいい。でも、もし君が喋ってくれるなら、私にはそれに協力する覚悟と恩がある」
ツヅルが革命に身を投じた理由とは何だったのでしょうか。
最初は好奇心と利益が目的でした。巨大な街の領主が違法薬物に手を染めている、なんて儲けに繋がりそうな話がこの世にいくつあるでしょうか。
しかし、今は違いました。
リーフ、メア、ツシータ。この3人の悲しげな表情が脳内からどうにも離れないのです。
守らなければ。3人を傷付けてしまった罪悪感と多少なりとも助けてもらったのだから今度は自分が返さないとというプライドが混ぜ合わされたそういう感情に彼は支配されていました。
「僕が成し遂げたいこと……」
守るためには何が必要でしょうか。
「国を、国を興すこと、です」
権力と財力と武力を兼ね備えている状態。比喩を用いている、いないに関わらず、「国」以外に存在しないでしょう。
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ご覧いただきありがとうございます。一章完結です!
一章はあくまで世界観の説明と二章への布石がメインだったので、文字数は15万字程度で収めるつもりでしたが、如何せんうまくいきませんでした。
次回の投稿は2017/3/4(土)です。




