五十一話 モハナト革命戦後半
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「モハナト家にはあれだけ闘争や暗殺が起きたというのに、あの屋敷では一度として戦闘が行われていない……!?」
レダンはその一見単純な事実に驚きます。
「そうです。いつか、モハナトの街の歴史書を読みましたが――当時は何も思いませんでしたが――、なんとモハナト家内での対立でも、武力衝突が発生した2、3回の市民運動でも、当主が殺されているのはその全てが屋敷の外なのです!」
ツヅルは湧き上がる興奮を抑えきれないかのように立ち上がり、そう言いました。
しかし、クラリスなど他の者はその事実の何が不思議なのか分かりませんでした。
「その事実がどうやって、この革命と関係してくるんだ?」
代表としてクラリスが、手を軽く上げながら聞きます。
「そうですね。モハナト家内の対立において、その時の当主が殺害されたのは、その全てが王国閣議や他の公爵との外交などやむにやまれぬ状況にしか起こっていないのです。僕はこれについて、ある予想を立てました」
そこで、ツヅルは一息つきます
「モハナト公爵邸には、正門を通らなくとも屋敷の中から街のどこかへと出れる秘密の地下通路があり、その通路にはモハナト家の他人には見せられない汚点が転がっていると!」
モハナト家に関わったことのあるレダンでも突飛と言わざるをえないほどの衝撃発言を彼はしました。
「なっ――! 何を言ってるんだ君は……!」
「……ちょっと、それは考えすぎじゃないかな?」
それに対して当然、モハナト公爵で一度も殺人が起こったことがないからといってその発想に結びつけるのはおかしい、と反論を受け取ったツヅルは、しかし首を横に振って、
「これは、何故モハナト公爵は東西南北全ての軍の兵の数を同じにしているか、という問いに対して出せる僕の解答の中で最も辻褄が合うものなんです」
と堂々と自分の中に根付いていた疑問を暴露します。
「そんなの、敵がもしかしたら北から来るかもしれないという不安からにきまっているでしょ……!?」
「そういうのは数が多い軍の方がやることです。
まぁ、モハナト公爵はその屋敷に閉じこもっている限り、勝利はありません。こちらが数ヶ月と掛けて包囲戦を行ったら飢え死ぬのみです。だから、モハナト公爵が生き残るためにしなければならないことは権力や金の大部分を捨て、この街から一時的にでも永久的にでもとにかく去ることです。
それはいくら戦いのセンスが優れていない人でも本能的に分かることでしょう。さすがに、要塞が1500人から自分を救ってくれるなんて幻想をいだいているはずがないです。
だから、モハナト公爵はこの革命騒ぎを知って、更に1000人を越える兵が敵にいることを知って、逃げることにしたはずです。しかし、街の外には自分の脱出を見張っている革命陣営の兵がいます。ここで、彼の頭に浮かんできたのは、『東西南北の兵の数を均一にし、自分は最も攻められにくい北軍に忍び込んで、敵が使用人しかいない屋敷を攻略している時にこっそりと北軍を護衛として付かせながらこの街から撤退しよう』という作戦だったのです。だから、モハナト公爵は禁じられた地下通路を通って……」
「ちょっと待て。そこがおかしいんだ。まぁ、その自分本位の小賢しい作戦を思い付いたところまでは、今までのモハナトの実績を鑑みて納得しても良い。だが、地下通路というのは納得できない。どうして君はその通路の存在を信じるんだ?」
クラリスの言葉に他の皆は頷きます。例外として、レダンは虚ろな目をしながら何かを考え込んでいました。
「具体的なことはよく分かりませんが、歴代のモハナト公爵が大抵外に出ず、重要な用事があって外に出なければならない時に殺されました。何故、外に出なかったのか? それは屋敷の中にいれば何らかの理由で暗殺を心配する必要がなく安全だったからではないか、と思えてならないのです。初代から現在までその特徴が一致していることを考えれば、その理由は恐らく知られたらモハナト家が潰れるほどのことだと推察できます。
それに、あの屋敷の要塞はそれを守るためのものなのではないでしょうか。いくら、自分の身が大切でも街の中心にある屋敷の敷地の大部分を要塞を建てるための土地として使用するのはありえません。初代から整備やら強化やらを欠けずに行っているのは、いつだってその要塞の必要性を感じていたからであるからではないか、と僕は思います」
そういわれてくると、クラリスの頭にも何か違和感が湧いてきました。なるほど確かに、歴代のモハナト公爵の行動を考えると、その『重要な物』の存在もありえなくはない話でした。
「だが、それが何故地下通路だと分かるんだ?」
「いえ、これについては何の根拠もありません。ただ、あの要塞は建設当初はかなりの小規模なものだったのに、数ヶ月経ってからモハナト初代公爵が増築したから、現在の様相なわけですよね? つまり、その数ヶ月の間に世間にバレたらモハナト家が崩壊してしまうような事件が起きたということになります。じゃあ、最初に小規模な要塞を造ったのは何故でしょうか。
要塞を使用することがあるとすれば、現在のような屋敷が敵に囲まれているという状況でしかありえません。しかし、そんな状況で敵が長期攻城戦の形を取れば小規模な要塞なんて何の役にも立たないでしょう。
だから、僕はこの問いの答えは、わざわざ要塞を造ったのだからもし屋敷を攻められた時はその設備を活かして逃げずに防衛戦に徹するだろう、という敵の心理を利用して、いざ戦いの時に徹底抗戦を演じながらも本人は地下通路からこっそりと逃亡し生き残ろうとしたかった、です。しかし、重大な事件が起こってしまったため屋敷にあまり人を入れるわけにはいかず、要塞を増強しなければならなくなった。
そして先程、僕が言った、地下通路に見られてはいけないものが転がっている、というのは僕が考えた最初小規模な要塞を建てた理由が正しいのなら簡単です。その地下通路の存在はその用途故にモハナト公爵と極一部の人間にしか知らせてはいけないのだから、当然機密性が高く何かものを隠す時には最適な場所であったからです」
ツヅルの奇想天外な推理を聞いてクラリスたちは唸りました。全ては確証のない予想に過ぎません。モハナト公爵が東西南北全ての兵の数を同じにしている理由も、要塞を建てた意味も、その重大な事件という曖昧な事実も、地下通路の存在も、何もかもがツヅルの妄想に過ぎないのです。
しかし、この妄想に対して彼女達は、全てたまたま偶然起こっただけだ、という不明瞭かつ都合の良すぎる――尤も、ツヅルの予想も大概ですが――反論しか浮かべられないのでした。
確かに辻褄は会うかもしれません。しかし、その陰謀論的な推理はあまりにも話が壮大過ぎて信じられない、というのがツヅルを除く全会一致の解答でした。
「じゃあ、予備兵力を壊滅させた後、もしモハナト公爵邸に送ってきたのがモハナト東西軍どちらかならば、屋敷を通り過ぎて北に進んでください。北軍を送ってきたのなら、そもそも僕の理論が崩れますから、クラリスさんが指揮を取っていただいて結構です」
ツヅルはいまいち彼のことを信じていない傍聴者を見て、頭を下げながらそう頼み込みました。
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時は戻り10時50分、クラリス率いる冒険者部隊はモハナト家屋敷前へと捕虜とともに50人ほどを向かわせると、残りの約880人で北に進軍していました。モハナト家屋敷を前にして北に迂回することは一部の冒険者から批判の声が上がりましたが、クラリスの一喝によりそれらはかき消されました。
彼女は、現在モハナト家屋敷前に向かおうとしている西軍を迎撃しようと中央区を西側から進んでいます。
中央区内はモハナトの他の区画よりも断然整備されていました。円型の中央区は北から南を通る線を軸として線対称になる構造、ツヅルからいわせれば平安京を思い出す全体図をしています。
この世界の建築家の中には、そういう人工的なのは気に入らない、という輩もいますが、あくまで一般人目線で見れば、対称というのは何かを見て人間が美しいと思う法則の一つでもあるので、この構造の街はこの街以外にも世界各国に存在します。
「戦闘準備ッ!」
そんな小綺麗な街の中で戦闘は起こりました。
またもフストが前方数百メートルのところに敵、西軍が動いているのを、視認ならぬ聴認しました。そう、地理学的に見て、この中央区は少し大通りを外れると狭い道のオンパレードであり、あまり視覚が効かずゲリラ戦以外には向かない場所です。
そんな中でフストという感覚機敏な獣人がいることは大きく役立ちました。
スラム街という薄暗い、しかも悪人が蔓延っている場所で数年間暗殺者をやれて、しかも生き残れるというのは相当な幸運でもない限り、人間はもとより、一般的な獣人よりも感覚が尖っていなければ無理な話です。
「全隊、突撃!」
クラリスは突然の号令に驚きながらも準備を終了した冒険者を見て、自分も剣を抜きながらそう告げました。
戦いの結果は言うまでもないでしょう。冒険者部隊対西モハナト軍の戦いの様子を簡潔に言葉で表せば、880人が移動中の115人に奇襲、とまるで負ける要素がないのですから。
300メートルまで近づかれた所でやっと気付いた西モハナト軍は即座に戦闘準備を開始しましたが、その兵の大部分は慌てふためき、白兵戦が行われる頃にきちんと準備できていたのは一部で、空軍などは何もできずに冒険者に切り刻まれてしまいました。
クラリスは元々西軍と真正面から戦うつもりで、奇襲なんて戦法は考えてもいなかったのですが、わざわざ優勢を壊すような愚かさは持ち合わせていません。臨機応変に対応し、革命陣営の被害は23人、敵側は全滅という圧勝という評価に近い大勝利を収めました。
この勝利により士気は更に上がり、敵は残り100人強であり戦いはあっても後1回という事実が戦争というものを今日急に体験した冒険者にとっては救いでした。
冒険者部隊はクラリスの指示によって更に北へと向かいました。
クラリスは北軍との戦いで勝てることは分かっていますが、ここでただ突撃するだけという戦術をたてるのもよろしくないだろう、と思い、頭を働かせます。
彼女が北軍について知っていることとすれば、他の軍と同じ構成でそれにモハナト公爵が加わっていて、騎士部隊と航空部隊が共に馬車用の道路から北へと向かっていることくらいでした。
(何故、明らかに中央区を通った方が速いのに遠回りな馬車道からの進軍を選んだのか)
クラリスがまず考えなくてはいけない疑問はこれです。
これは、中央区北の入り口にいる北軍を包囲しようとしたのだ、とすぐに解答を出しました。つまり、北から航空部隊と騎士部隊が、南から中央区を通って冒険者部隊が北軍に迫れば、当然包囲戦の形になるので、そこで少しばかり戦って敵の戦意を喪失させてから降伏勧告でも出してやればすぐに相手側からモハナト公爵が差し出されるだろう、ということです。
(立案はカルワナか?)
クラリスは淀みが全くない赤色の両眼で雲一つない空を見上げながら、彼女が考えそうな作戦だ、と呟きました。
カルワナは参謀長という立場にありながら、「好きな戦術は?」と聞かれれば、包囲殲滅と中央突破と答えるほど実は知略策略を好まない女性です。平原での戦いはそこそこ上手いのは遠征部隊の参謀長として当然のことですが、特殊な場合、例えば今回のような市街戦や攻城戦の立案をするのはあまり得意ではありません。しかし、逆に撤退戦や防衛戦が得意で、正に守りの固いベストロジア王国の作戦家というのがクラリスの彼女への印象でした。
カルワナは1年騎士学校を留年していて、現在21歳であるクラリスと同じ学年で卒業しました。といっても、クラスは違ったので一学年に1000人はいる騎士学校内で出会うことはありませんでしたが。
因みに、留年した理由は、次の「戦争」の作戦を考えていたらいつの間にか学期末試験が終わっていたから、らしいです。
「戦争」というのは以前、記述したように、騎士学校のクラス同士で学校内での唯一の通貨である「ポイント」や設備の奪い合いのことです。
また、学年末試験というのは読んで字の如くで、学年末、つまりは3月に行われる試験のことです。
騎士学校で進級するための条件は『犯罪を犯しておらず、税を納められるだけの「ポイント」を持ち、学年末試験で規定点を取ること』だけであり、授業に出なくともその高難易度の試験に受かりさえすれば学年を上がることができます。しかし、逆に言えば、その試験を受けなければ如何に授業に出ていても、真面目に演習をしていても進級はできないのです。それをほったらかしにしたカルワナは、当然留年したというわけでした。
クラリスはそんな一般的に見たら、変人に括られるであろう彼女のことがまあまあ気に入っていました。
なので、今回の彼女の作戦も、カルワナが立案した戦術なら大丈夫だろうと判断し、フストや冒険者部隊に参加してるA級冒険者達に作戦の旨を伝え、進軍を少し加速させました。
11時20分。
クラリス達が中央区北入口南に到着した頃には、そこは戦場と化していました。100メートル先には敵の背中が見え、空には航空部隊が敵空軍を包囲しているのが見えます。この世界における空軍とは即ち人なので、空軍による空軍の包囲というのは稀にあります。尤も、地上とは違い、移動範囲に縦の軸が加わるので陸よりも数倍大変ですが、現在敵空軍10人航空部隊60人という圧倒的大差による空戦なので包囲するのはそこまで難しくはないでしょう。
敵は騎士部隊の迎撃に夢中でまだこちらに気付いないので、クラリスは奇襲してやろうか、と一旦思いましたが、
「突撃!」
と冒険者達に勢い良く命令し、敵どころか反対側にいる騎士部隊にまで聞こえるような大きな突撃による足音や叫び声を冒険者に出させ、絶好の奇襲のチャンスを見逃すという行為をやってのけました。
フストはその愚行とも思わしき行為に驚きました。しかし、クラリスが考えなしにそれをするはずがありえません。当然、思惑がありました。
それは、この戦闘の目的は殲滅ではなく降伏させることなのだから、後ろから静かに敵をなぎ倒して行くよりも敵全体に800人もの軍勢が自分達を攻撃しに来たのだ、と理解させることの方が達成しやすいだろう、ということです。
あくまで、クラリスが唐突に思い付いたことを試しただけでしたが、ツヅルは後々これを聞いたとき、いい判断だと思いました。クラリス・アーキュリーはこの世界で最初に敵兵の部隊の中に敵国王がいた時の戦術を確立した人間、というと少し皮肉っぽいですが、少なくとも前例のない行動を起こしたのは紛れもない事実でした。
その作戦をクラリスが実施した結果、兵の数だけで見れば革命陣営の本体である冒険者部隊が自分たちの後ろにいると分かった時の敵の動揺は狂乱を越えた、滑稽と言わざるをえない状態でした。
敵の戦意が一瞬にして虚空の彼方に消し飛び、大抵のモハナト軍の兵は逃亡しようともせずに一箇所にぎゅうぎゅうに固まります。
これは、実質革命軍に包囲されているのが彼らには分かっているからであり、逃げ出したところで即殺されるのが分かりきっているからでした。また、その窮屈具合が中央の敵兵が窒息しそうなほどである理由は、戦いにおいて現在のように相手を捕らえたにも等しい戦況の時に、敵兵の抵抗の意思をなくすため、数人を見せしめとして殺す軍隊が多数存在しているからです。
傭兵として様々な戦場をひた走ってきたことによってその残虐な行為を知っている彼らは、自分がその生贄になりたくない、と必死に内へ内へと逃げていました。
その混雑具合に嘔吐する者もいれば、外側からの圧力で圧死している者も2、3人おり、ツヅルの前世では包囲殲滅戦のお手本とされている戦いのような様相を成していました。
「モハナト公爵をこちらに引き渡せ!」
やりすぎたか、とこの様子を見て反省したクラリスは冒険者に突撃をやめさせ、敵前20メートルのところまで護衛であるフストと共に近づき、そう叫びます。戦火はすっかり止んでいます。
彼女もさすがに敵兵数十人と目の前と表現してもいいほどの距離まで近づくのには一瞬怖気づきましたが、ここで退いては末代までの恥、と自分を勇気付け、何とかそれをなしました。
彼女が一瞬という非常に短い期間で自分の感情を征することができた理由は、今日、2回の会戦の指揮官かつ突撃隊長をこなしたクラリスの君主的な才能がさらに向上したのが大きいでしょう。
(敵がいつまでヒステリーに陥っているのかは分からないし、革命の熱で保ってきたようなものである冒険者部隊は私の迷っている姿を見て失望し、後々の統治に悪影響を及ぼすかもしれない)
とは一般的な思考ですが、彼女が異質なのはその一般的な思考によって、わざわざ自分を死の危険に落とし込める胆力でした。
尤も、彼女の打算的で冷静な思考回路では、ここで私を殺せば冒険者達が暴れるだろうということを敵兵は理解しているから攻撃はしてこない、と予想していたのですが。
人間が自分の理解できない行動をする人間に対して向ける感情は味方だったら崇拝、敵だったら恐怖であり、クラリスのその行動は予想以上にモハナト軍に効力を発しました。
静まりかけていた敵団子はクラリスにより、また動揺と喧騒を繰り返し、1分後、兵士の一人に無理やり引っ張られて件の人物が出てきます。
別にこの人物がいなくとも、リーフやメアの問題は起こっていたでしょう。
しかし、そうではない人物もいます。ナービに親友を憎ませた原因であり、レダンが復讐の炎に身を投じる原因となった男は確かにそこにいました。正しく、モハナト公爵でした。
彼は貴族特有の小太りで立派なカーブのついた髭を蓄え、目尻がかなり下がっているのが特徴である、赤と緑の服を着ていました。
クラリスが何か言葉を発する前に、その酷く怯えながらも必死に睨みつけてくるモハナト公爵は、
「欺瞞だ! 全てが嘘っぱちだ!」
と叫び出しました。
何と彼は愚かなことに、フォート家虐殺もナラス殺害も自分の罪ではない、と弁明し始めたのです。これは、親友を殺されて怒り狂っている――体の――ナービを信用している冒険者にとっては怒りを買うだけの効果しかありませんでした。
差別主義者、利己的、などの単語が冒険者の口から飛び出します。
「……何故だ!? 何故、俺がここにいると……!」
その様子を見て、諦めたのか彼は自分の作戦の失敗を悔やんでいました。
「……静まれ!」
そんな様子をしばらく眺めてから、クラリスは結局魔法を防ぐことにしか使用しなかった血で汚れていない綺麗な鋼色の細身の剣を高々を振り上げ、冒険者を黙らせます。
彼女は最後の仕上げと言わんばかりに足を挫いたのか先程から立とうとしていないモハナト公爵の後ろに直立し、演説を開始しました。
「我々はついに諸悪の根源を捕らえるに至った! さて、我々は愚かにも自分の利益のために人を殺し続けたこの化物をどうするか考えねばならない! 諸君、答えてくれ! 何が必要だ!」
彼女の趣味である演劇口調の演説に冒険者はしばし静寂を保っていました。
「断罪!」
フストはナラスのことを思い出しているのか、目に涙を溜めながら、そう叫びます。彼女は如何に落ち込んでいても怒っていても、世の中に自分の正義を訴えることは辞めませんでした。
「断罪だ!」「断罪が必要だ!」
集団心理とは使い方によっては毒にもなる恐ろしいものです。モハナト公爵やそれの財力に従っていた傭兵にとって、この冒険者の心からの叫びを浴びたこと以上の恐怖を味わったことがあるでしょうか。
断罪という言葉に重々しく頷いたクラリスは剣を両手で持ち、切れ味を良くする「鋭利」という地属性魔法をそれに掛けました。
「ま、待ってくれ!」
モハナト公爵は顔を青くしながら、クラリスの方を向きます。クラリスは無視して構えを整えました。
「ち、違う!」
うっすらと目尻に涙が浮かんできて、極度の恐怖のためか無意識に表情を笑顔にし、喋る度にクラリスの足防具である金属製のグリーブに唾が掛かるほど大きく口を広げています。
「本当に俺は関係ない!」
振り下ろしました。
「俺がやったのはファリ……」
すとん、と意外と素直に首は落ちます。一瞬の沈黙の後、断面から膨大な量の血が溢れてきて、重力に従って彼の体全体を伝って、噴火時の溶岩のように流れていきました。
人を殺すのにあまり慣れていないクラリスはこの光景を見て、若干の嘔吐感と脱力感が生まれましたが、何とか表情に出さずには済みました。
「アーキュリー!」「アーキュリー!」
冒険者の歓声を聞いたからでしょうか。彼らからクラリスへ送られる言葉はどれも喝采ばかりでした。
騎士たちやフストまでその掛け声に参加しています。モハナト公爵の死亡により終戦地となった中央区北入口には、戦えない領民やフォート家虐殺を恨んでいる貴族たちが集まって、最終的に1800人がそこに集まり日が落ちるまで喜びました。
そして、クラリス・アーキュリーは人口の8割以上の支持を得て、街の新領主となりました。
3月18日はモハナトという街、いえ、『アーキュリー』という街にとって記念すべき日となりました。
『全ては一人の少年によって』
クラリスが残した遺書の冒頭には、こう書かれています。




