四十八話 騎士団戦線
―――――3月17日 明朝 ヒツト草原―――――
時は革命の前日の17日の朝6時。
アールナはクラリス率いる遠征部隊に革命の協力を依頼すべく1日を掛けて、モハナトの西側のウラハヤ荒原を抜け、更に西にあるクスルブール山という丘と名付けるほうが正しいような小さな山を越えて、ヒツト草原というモハナトの東のベネチューク草原などの見渡す限り草木花しか見えないようなものではなく、小さな村、集落が幾つも点在している場所にまでやって来ました。
そこでちょうどモハナトへの帰還途中の遠征部隊の馬車を見つけ、馬車に乗っていたアールナはモハナトの旗を掲げながら近づき、捜索は遂に終了を迎えました。
「レダン冒険者ギルド会長の使者だ、というが一体何の用件だ?」
鮮やかな赤色のショートカットを撫でながら、クラリスは真正面に座ったアールナに聞きました。
現在、馬車馬を休ませるついでに小さな湖のほとりで、遠征部隊の500人の隊員は各々休憩を取っています。
しかし、彼らは1日の休みも許されないほどの短いスパンでの港街への遠征しても全く疲労した様子はなく、さすがは凄まじい倍率の騎士育成学校の入学試験に合格し、4年間を耐え抜き、無事に卒業できた面々だ、とアールナは思いました。
そんな彼女はクラリスと馬車の中2人で向き合っています。
「こちらにレダン会長の信書が。……あと、ツヅル・トヴァーリという少年を知っていますかぁ?」
アールナは自分の語尾を伸ばす癖を何とか抑えようとしましたが、微妙に失敗します。
こんなところにまで使者を送りつけてくるということは相当の急ぎの用事であろう、とクラリスは察して即座にその手紙を読もうとしましたが、アールナの口から予想外の発言が飛び出たので、
「ああ、知っているが、何故だ?」
と、質問に答えてから、顔を上げて意図を聞きました。
しかし、彼女は俯いたまま、いえ、と短く答え、手紙を読めと促してきます。
仕方ないのでクラリスは再び紙の方に気を向けると、そこには衝撃的なことが書かれていました。
フォート家で16家もの貴族当主虐殺、A級クラン「湖の剣」団長のナラス死亡、という二つの事件の概要、そして、それらを指揮したのはレダン、ナービともう1人――尤も、虐殺の件には関与していないと書かれていますが――クラリスにとってはただの少し物分りがよい少年というイメージしかないツヅルでした。
そして、更に見てみるとそれらの事件を利用してモハナト革命なんて大事業を行おうとしているのが分かりました。
クラリスに衝撃が訪れます。もし、この内容が真実だとしたならば、モハナトの街は崩壊することになるでしょう。
しかし、頭脳が悪いわけでもないクラリスは、ギルド長からの手紙にこの内容が書かれているということはと考えすぐに、自分へ協力してほしいからだ、と察します。
庶民からの人気が非常に高いクラリスが領主になれば反対するものは僅かしかいないでしょうし、彼女には貴族になりたいという欲求があります。レダンたちは色々な事情から領主にはなりたくはないが、革命を成功させるために遠征部隊の武力と貴女のカリスマ性を利用したい、と手紙にはオブラートに包んで書かれていました。
クラリスはもうこの手紙を偽物の可能性があるとは疑っていませんでした。
彼女には貴族への昇格という願望がある、と気付いたのは今まででツヅルという少年しかいないのですから。
「……はは」
読んでいくと変な笑いが彼女の口からこぼれました。
『2千レー、ありがとうございました』
「さて、詳細は貴女に聞けば良いんだな?」
「はい」
15分ほど経って、革命に参加するのならばモハナトまで急がなければならないことに気付くと、急いで500人を馬車に乗せます。
ですが、クラリスだけはアールナが乗っていたギルドの馬車に乗り込みました。
「革命軍の兵力とモハナト公爵の傭兵隊の兵力はどうなんだ?」
「とりあえずこちらは冒険者がどれくらい集まるかによるのですが、……彼らは協力してくれますかー?」
アールナは口を抑えながら、不安そうに聞きます。
彼ら、というのは革命の情報を何も聞かされていない現在数十隻の馬車に乗っている遠征部隊の隊員のことでした。モハナト公爵の悪行を聞いた所で、皆が皆革命に参加するとは限りません。武力革命というその後の統治まで含めると成功例が極端に少ない革命に反対して、保守的に解決しよう、と提示する者もいるでしょうし、冒険者の中に国を嫌っている者がいるのと同じように、冒険者と共に戦うことを嫌う騎士だって存在するでしょう。
「まぁ、奴らは当たり前だが騎士学校を出てるから大丈夫だ。貴女も知っているとおり、あそこは自分や他人の行動によって訪れる利害というのを教え込まされる。入る時は純真無垢で人を疑うことが嫌いだった奴が在学中、商人のように小賢しくなり、人間不信になって出て来るなんてことはザラだ。どれに付いた方が得するのか、ということを考える力がないとあの学園では生き残れない。今回も少し概要を語れば直ぐ様こちらに付くだろう」
アールナはその堂々とした言葉に渋々ながら頷きました。
ベストロジア王国の騎士育成学校は他の国のものはとは特色が大きく違います。
「戦争」という制度があるのです。詳しく解説するのはまたいずれかの機会にしますが、要は一組50人のクラスたちが学校内での唯一の通貨である「ポイント」や、トレーニングルームや食堂、はたまたトイレや更衣室などの「領土」を取り合って衝突することを「戦争」というのです。
そこで起こる外交や裏切り、内部分裂や智略策略は、12歳~16歳の少年少女には堪えるものがあるらしく、一部の指導者的ポジションにいた者を除いた大半の卒業生は大抵強いものには従う習性を持って出てくるそうです。
クラリスはその頭脳とカリスマ性から指導者的ポジションに、アールナはその優秀さから突撃隊長に任命されていてそこそこ地位が高かったので、そこまで虐げられるストレスを感じるような生活はしていませんでしたが、入学前よりも小賢しくなったな、と二人共感じていました。
「モハナト公爵の傭兵は500人ほどです」
「なるほど……。こちらが有利か、しかし」
革命陣営にはまだ問題がありました。
それは、いわば城と評価してもいいほどの構造を誇るモハナト公爵の屋敷をいかにして攻略するか、ということです。
屋敷の構造を外側から語っていくと、まず屋敷全体が水路に囲まれていて、入り口には夜間や緊急時には上げてある橋がそのまま壁になるかのような大きな跳ね橋があります。そして、城壁ならぬ邸壁は相当の「浮遊」の実力者である者でなければ入れないような魔法耐性のある壁があります。
「水路や壁を越えたら、普通の戦闘になるのだが……。相手側の兵力には空軍もいるのか?」
「はい。内訳は陸430人空70人ですー。どうやら、公爵は他の街に戦争を起こそうとしていたみたいですね」
仮に相手が陸だけだった場合、優れた魔術師だけが「浮遊」で敷地内に入って進撃する、というのが簡単です。
クラリスはまず、冒険者と遠征部隊の全員で、モハナト公爵邸のある中央区の入り口で防衛戦線を張って上の作戦を行おうと考えましたが、空軍がいるのならば話は別でした。
空軍、という軍隊が世界各国に現れ始めたのは神暦1300年頃です。
当時は今にも大規模な戦争が起きそうなほど世界全体が苛立っていて――それが爆発して起こったのが「世界大戦争」です――先進国、発展途上国問わず、軍事方面に力を入れていました。
そのおかげか、それまでの海戦で使用していた帆船の何倍もの速力、砲撃力のある魔力石を動力源とした軍艦が生まれ、同じく魔力石を使用した大砲なども出来るという、何とも発展が目覚ましい時代でした。
そんな時代の世界最大の国、ラーカー帝国の皇帝は、陸海という平面ではなく空という空間を利用する軍隊などがあったら戦闘を戦術的有利に進めることができるのではないか、と考え、すぐさまそのような部隊を創りました。
「浮遊」を使って飛び、敵を発見したら「二重魔法」で「爆発」などで攻撃する。爆撃という攻撃が最初に行ったのが、この航空部隊です。
そして、皇帝は「世界大戦争」までこれの存在を隠しました。
数年が過ぎ去り、開戦時。西方戦線、クロマト戦線、カトロミ戦線の内、西方戦線で戦ったラーカー帝国は最初の海戦、「ミイオロドネ湾海戦」にて約千人の空軍によって敵国であるクロシー大陸のメルビス自治国の艦隊28隻を爆撃しました。
航空母艦4隻――空軍を乗せる船――バーサス戦艦4隻巡洋艦9隻駆逐艦16隻、という明らかに前者が不利な戦いで、終了時損害がラーカー帝国125人死亡、航空母艦1隻小破。メルビス自治国戦艦3隻、巡洋艦5隻、駆逐艦13隻没、戦艦1隻大破、巡洋艦3隻中破、計算すると一万五千人余りがこの世から去るという歴史上類を見ない様な大勝を達成したのです。
因みに西方戦線の陣営は大きく分けると、ルリガイア王国対ラーカー帝国対メルビス自治国といういわば三つ巴の形でした。しかし、先の海戦で兵を大幅に失ったメルビス自治国は防衛に徹してしまい、実質ラーカー帝国対ルリガイア王国という超大国同士の戦争となってしまいました。
そして、この海戦の結果を見て驚愕した各国は次々に空軍を創設した、というのがこの世界における空軍というものが生まれた成り立ちです。
話を戻して、何故クラリスがモハナト公爵の傭兵に航空部隊がいると知った途端に作戦を取りやめたのかというと、防空に徹したいからでした。
当然ですが、物理攻撃では航空部隊に攻撃が届きません。空高くから爆撃してくる彼らを退けることができないのです。
なので、自然と対空には魔術師が適用されることになります。
そんな重要な役割を持つ魔術師をわざわざ「浮遊」で浮かせて、空での戦いに慣れているであろう航空部隊と空戦させ、数を減らすのは無駄だとクラリスは判断しました。
「とりあえず、本格的な作戦会議は街に戻り、レダン会長や『湖の剣』の副団長、それとツヅル、私の部下たちと共にしよう」
いまいちいい作戦が浮かばないクラリスは頭を掻きながら、アールナとしばし雑談にふけりました。
(明日にはもう戦闘が起こるというのに不安そうな表情を一切見せませんねー)
アールナは話しながらも向かい側にいる相手を観察して、そう思います。
ツヅルは自分の作戦に自信を持っているがために平常運転でいられましたが、クラリスのそれは間違いなく、ここで怯えていても仕方ないだろう、という彼女の君主的才能によるものでしょう。
クラリスは頭脳という面では並程度かもしれませんが、その風格や気品は自分たち凡人とは違う威圧のようなものを感じるほどで、アールナはこの王の卵に、ツヅルというその頭脳で革命を起こした少年に向けるものとは別方向の尊敬を感じずにはいられませんでした。
遠征部隊の隊員を革命に協力させるのはそう難しいことではありませんでした。
部隊が荒原のやや北西にある村で最後の休憩をしている時に、クラリスがモハナト公爵の悪事と革命への呼び掛けをしたら、9割9分9厘の隊員が革命への参加を表明したのです。
理由は、モハナト公爵が許せないから、というのがほとんどでした。
そもそも騎士になるような人間は、自分の正義か欲望のどちらかに忠実なのが一般的で、この遠征部隊もモハナト公爵という悪に断罪を下さんべく立ち上がっただけなのです。恐らく、クラリスではない別の誰かが隊長だったとしても、彼らは呼び掛けに従っていたでしょう。
尤も、それだと民衆に騎士が街の主になることを反対する団体が出てくるので、統治が上手く進むとは思えませんが。
現在、18日明朝の3時です。
少し早めの睡眠を取った騎士たちは大義のため、あるいは自分の評価のために胸を膨らませていました。
もし、この革命が無事完了すればクラリスが領主になることは全員が分かっているでしょう。当然、成果を上げることはそのような人物に媚を売れるということであり、気に入られたら昇進する可能性だってあります。
貴族社会のこの世の中で高みに立ってやろう、という欲望溢れる平民出身の騎士たちがこれを見逃すはずがないのです。
(これを見越して私に協力要請をしたのだというのなら、凄まじいな)
黒髪黒目という――遠征などで東ベストロジアを飛び回っているクラリスでもツヅルしか該当者をしらないほどに――かなり珍しい少年のことを思い出して、クラリスは僅かな恐怖と持て余すほどの感激に胸を躍らせていました。
一つの街の領主に歯向かうという大功績をあげようとクラリスがした理由は、もちろん、そうまでしてなしたい目的が存在するからです。
元よりアルノ家という港街の領主である公爵家から飛び出して騎士になった、なんて一般庶民が聞いたら首を傾げてしまうような性格ですから、その目的は金銭などではありません。
(アルノ家を、潰す……!)
騎士になり知った、王国の悪事の数々。普段は感情では動かないクラリスでも、どうしても許せない、絞首台に送るべきだと考えている人物がいました。
今回の革命は目的を達成するための最初の一歩となったものだと、彼女は考えています。
「アーキュリー隊長、大丈夫ですか?」
ついつい感情が籠もってしまい心配されたのか、クラリスにとある声がかかりました。
アールナとの密談が済んだ彼女は一度の休憩の後、自分の馬車に戻りました。
同乗しているのは遠征部隊副隊長であるザリ・フミリチ・ツロンダードという少年にしか見えない童顔、身長なので、愛されキャラと化している18歳の青緑の髪の青年と、つり目で小豆色のセミロング程度の長さの髪を持ち、微妙に血色が悪い顔が特徴の遠征部隊参謀長であるカルワナ・アガリィという22歳の女性の2人です。
クラリスに話しかけてきたのは心配性というか臆病な性格であるザリの方で、カルワナは眠たげな目で現在ブツブツと呟きながら戦術、戦略の指南書に直接ペンで文字を書き込んでいました。
普段のカルワナは、少し怠け癖のある女性という印象を感じさせてくれる一般的な女性ですが、こと戦闘に関することになると睡眠時間を削って戦術を考えるマシーンになる一面がありました。
自身は戦えないのですが、しかし彼女がいるおかげでこの部隊は数年で5人しか死者を出していないという軽微な被害に留まっています。
ザリはその容姿故にあまり強そうに見えませんが、騎士育成学校ではトップクラスの実力を誇り、騎士になってまだ一年弱なのに、大隊級の大きさの部隊の副隊長という経歴ではクラリスにも劣らない人物です。
因みに、クラリスの戦闘能力について言及すると実はそこまで強いわけではありません。
なのに、彼女が18歳で遠征部隊の隊長になれたのは、騎士育成学校で、一般的な学生と見られていたクラリスがなんと1クラスを治め、更に他のクラスまで従えるような統率力を持っていたことが理由でした。
ともかく、モハナト遠征部隊はそういう比較的低年齢の優秀な人物に支えられていました。
「ああ、大丈夫だ。……後、4時間と半もすればモハナトに着くだろう。カルワナ、調子はどうだ?」
ザリの心配を無難にかわして、先程革命でどのように動けばいいかということを考えていた――クラリスが命令したわけではなく、自発的に――カルワナに進捗状況を聞きました。
「んー。参加してくれる冒険者の数が分からないとどうにもなんない。まぁ、地上戦力的には全然問題ないけど。うちの部隊は対空要員はあんまりいないからそっちは少し心配だな~……」
「ア、アガリィ参謀長っ! 上官には敬語を使用しなさいっ!」
「えー。ザリちゃんは固いんだよ。隊長が、正式な場じゃない限りタメ口でもいいよ~、っていってくれたんだからさ」
「ち、ちゃん付けしないで下さい!」
そんな普段の馬車の様子にクラリスは安心します。
彼女も人間である以上、全く不安を持っていないなんてことはありえません。やはり、表情に出すまでもない程度には存在したのですが、いつもの遠征のテンションで会話をする2人に励まされたのか、いつの間にかそんなものは消えていました。
「まぁ、ザリちゃんは置いといて」
「置いとくな!」
「ちょっと、ザリちゃんうるさい」
「………」
話が通じないことが分かったのかため息を吐きながら、ザリは口を閉ざしました。
「で、肝心の戦術ですが、もし敵が中央区を囲うようにして東西南北四つの大通りで防御しているのだとしたら――もちろん、モハナト公爵の屋敷の前に50人程度の予備兵力は置いているはず――……」
「そんなの、冒険者達が集まる予定の南から一気に中央突破して中央区で戦えばいいんじゃないですか?」
「ザリちゃん甘いよ。そんなことすると冒険者達が予備兵力に釣られて、東西北の三勢力に包囲されちゃって、昔の『ベストロジア城の逆包囲』みたいになる可能性がある。というか、敵も私たちのほうが兵力が多いって分かっているんだから、攻撃開始に南の敵は釣り野伏せみたいに、徐々に後ろに撤退していくと思うよ」
「なるほど、確かにそうですね。……なんかアガリィ参謀長が仕事をしているのを見るのはやっぱり慣れないなぁ」
「聞こえてるよ。まぁ、いいけど。……だから、本当は東西南北を一斉攻撃できるのが戦術上一番いいんだけどね」
「じゃあ、それでいいんじゃないですか?」
「うん、大軍に兵法なし、だからこういうのでいいと思う。でも、空軍をどう片付けようか、と指揮系統をどうしようか、という二つの問題を解決しないと敵よりも2、3倍兵力が多い状態で戦えたとしても相当の被害を覚悟しなければいけないからなって」
クラリスはその話で革命を成功させるために、即ちモハナト公爵を捕らえるまでに発生する大方の問題を把握しました。
しかし、その問題を今解決するのは何とも難しいでしょう。
何故なら、革命に参加してくれる冒険者の数によって、指揮系統も空軍対策も決まるようなもので、この馬車という狭い空間の中で話し合ったとしても仕方がないことなのです。
指揮系統の問題というのは簡単にいえば、カルワナの作戦、即ち中央区の東西南北で待ち構えているモハナト軍を更に外側から叩く、という作戦を実施するには当然ですが最低でも4人の現場指揮者が必要になります。
クラリスの声がモハナト公爵の屋敷を飛び越えた反対側に届くのなら問題ないかもしれなせんが、楕円形の中央区は一番直径が短いところでも数キロはあるので、それは不可能でしょう。
騎士のように指揮官に従うという習性を身に着けた者ならともかく、臆病な者や荒くれ者も多く、今回はその数を四つに分けたとしても一部隊100人以上は見込まれる人数の冒険者を率いて行ける、しかも適切な判断が下せる人間なぞ人口3万人程度の街にはそうそう何人もいるわけではありません。
クラリスは元からの支持も相まって、それが可能な人間の一人でしょう。
(後は、ナービという副隊長くらいか)
冒険者が従ってくれるような人物はクラリスが考えた限り、親友ナラスを殺されて怒りに震えている振る舞いをして冒険者の同情を買っているナービくらいでした。
ツヅルやレダンにも素質はあるでしょうが、戦闘で名前も知らぬ10歳の子供について行ける肝の据わった者はほとんどいないし、レダンは指揮を執るには平凡なギルド長であり、イシス・モハナト公爵やジラー前ギルド長と共に仕事をしていた頃の迫力を今の冒険者は知る由もないのです。
悩んだ末、ナービ大隊とクラリス大隊に分けて南西二方面攻撃からの東北迎え撃ち、という簡単な作戦を最終手段としてたてたクラリスは今度こそ、後は天運に任せるのみだ、と落ち着いた様相で神に思考を投げました。
「この戦い、仮に『モハナト革命戦』としよう。これの事前総評としては、間違いなく負けない戦いだけど、勝てるかどうかは隊長や他の指導者次第ってところだね」
ひとまず自分の仕事は終わったかのようにカルワナはその青白い顔からギラギラとしている目の光を抑えて、横になりました。彼女は未だに眠っていなかったのです。
革命が終了した後のことを少しだけ書くと、この状況を見たザリは、この革命のことを後々の友人から聞かれた時に「あの状況で落ち着いていられるカルワナさんとアーキュリーさんが異常にしか思えなかった」と語ったそうです。
時は数時間が過ぎ、丁度例の「新聞」が民衆に配られたのとほぼ同時刻にクラリスたちはモハナトに到着しました。
格好良く見せるため、という騎士特有の誇張癖からか、クラリスはモハナトの南門から300メートル程度西方にある、夜にモハナトに到来したために野外で夜を明かさねばならなくなった人用の馬車小屋兼宿屋に五百人分の馬車をぎゅうぎゅうに押し込みました。そして、号令を掛け、横10人縦50人の縦陣を騎士たちに組ませて、その先頭に立ちます。
「我々の存命はこの一戦に大きく関わっている! 悪を討ち滅ぼしたいもの、将来ベストロジア王国最高の街の騎士と成りたいものは、剣を持て!」
騎士たちは全員、剣を持って跪き、忠誠を誓う構えをしました。
高々、一大隊の隊長にその部隊の隊員全員が忠義を持つ、というのは歴史上類を見ない光景です。
それは、この革命が成功したとしても失敗したとしても、代々語り草になる代物だったでしょう。
3月18日午前7時35分。
天気は白白とした雲の目立つ晴朗であり、視界も良好で、雨の日でも嵐の日でも敵が現れたら戦闘しなければならない遠征部隊にとっては心まで爽やかな気持ちにさせる天候でした。
様々な画策が付き纏ったこのモハナト革命。もうすぐ終焉を迎えそうなそれは全てはツヅルの思惑通りに進んでいました。
しかし、驚くべきことではありません。
このツヅルという少年は、ただただ単純に自分に訪れた幸運を逃さず操っただけなのですから。
ですが、強いて驚くべきことを挙げるとしたら、ツヅルがモハナトに来てからまだ半月程度しか時が進んでいないということでしょう。




