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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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四話 出会い

 ツヅル・トヴァーリとツシータ・アーテルによるF級クラン「アーテル」が誕生しました。何故急にツシータの姓が出現したのかというと、彼女がアーテルという単語を(いた)く気に入ったからです。「自分の苗字にしたい!」と言い出し、アールナに頼みこんで空欄だった苗字の部分を埋めてもらいました。割りとこの世界の姓は貴族など名前を重んじる家以外には重視されていないようです。

 クランを作成した後、ツヅルたちはアルーナに挨拶をして、真夏のように暑苦しいギルドから出ました。外はもう暗くなっていて、火照った彼らの体には心地いい風が吹いていました。


「宿屋に行きましょ。おおすめの場所があるの」 


ツシータが風に揺れる銀色のショートカットを抑えながら言いました。 


「もちろんそれは構わないんだが、……今日って何月何日だ?」

「ああ、そっか記憶がないんだったわね。今日は3月1日よ」


 その日、ツヅルとツシータは同じ宿屋の同じ部屋で寝ました。「ゼルミー」という名前の宿泊部屋が10個強しかない小さな宿屋です。フォート子爵家の分家のエリー家の当主、アラティス・フォート・エリーがこの宿屋の主らしいです。

 この宿屋は他の宿屋と同じ金額――1泊300レー程度――で食事まで出してくれるので、余り金銭を稼げない子供や老人にとっては中々にお得な寝床だ、とツシータは語りました。彼女は2ヶ月前からこの宿屋にいるらしいです。

 一緒の部屋で寝た理由は、部屋を1つにすると宿代が安くなるからでもありましたが、一番はツシータが誰かと同じ部屋で寝泊まりしてみたいと寂しそうにいいだしたからでした。


(この先、どうなるんだろうか……)


 石のように硬いベッドに寝転がりながら、ツヅルは不安に身を包ませました。




 次の日、ツヅルは5時の鐘で起きました。意外に早く目覚めたので「昨日色々なことがあったが意外に疲れていないのか……?」と自問しますが、すぐにどうでもいいなと思い周りを見渡しました。ツシータはまだ寝ています。ベッドの上ではなく、床の上ですが。凄まじく寝相が悪いな、とツヅルは思います。


「クラリスしゃまぁ~」


 ツシータはそんな寝言を放ちました。そういえば彼女はクラリスの信者だったなとツヅルは勝手に納得しました。

 そんなツシータを起こさずに部屋を出ると、宿泊部屋が並んでいる黒色の木材で造られた廊下から、無口な受付嬢が直立不動している照明のついた明るいエントランスに渡り、食堂へ向かいました。

 異世界の食事とはどういうものなのだろうか、と昼食以外はこの宿屋で食べられると聞いたツヅルは少し胸を弾ませています。

 窓から外を見てみると空はまだ暗く、3月初旬の早朝の寒さを感じられました。

 ツヅルはそんな冷えた空間で改めて自分が何故この世界に前世の記憶と容姿を持ち、連れてこられたのかを考えていました。 

 自分が死んだことは思い出せるのですが、その先が全く思い出せません。ナイフで刺されて、気付いたらあの泉にいたのです。クラリスが言うには近くに街、村どころか人の家すら見つからないあの平原で。

 あまりに情報が少なすぎて答えが出るはずも無かったので、ツヅルは今日初めて魔物と戦うということでどのように立ち回ろうかということに考えを移しました。

 しかし、ツヅルはまだ魔物の姿を見たことがありません。

 クラリスの馬車に乗っている時に何回か戦闘はありましたが、平原というだだっ広い空間の中でわざわざ騎士たちが馬車の近くで魔物と格闘戦を行うわけがありません。

 騎士は遠方に魔物を発見するとすぐに魔法を使用した遠距離攻撃で討伐していました。なのでツヅルは戦闘の音すら聞いていないのです。

 即ち経験なしであり、戦術も何もあったものではありませんでした。

 結局何もできないことにため息を吐きながらツヅルは食堂へと入りました。食堂は宿屋の住人全員が入ってもまだスペースが出来そうな無駄な大きい大広間でした。人の姿が見えず、しんとしています。

 1つに5人ほど座れる円型の木材で出来た机と、ぶつけたら痛そうな角の尖った机がほどよいスペースを開けて十数個ほど置かれていました。


「あ……、おはよう、ございます」


 誰かいないのか、とキョロキョロしながら食堂の中央まで行くと、突然近くから単調で淡々とした少女の声が耳に入ります。

 ツヅルが声がした方向に体を向けると、地味なウェイトレス姿で腰に当たるほどの長い紺色の髪をもった若干耳が尖っているツヅルと同程度の身長の少女が見えました。

 付近で机を拭きながらも、髪と同じ紺色の双眸(そうぼう)は彼の方に向けられていました。


「朝食、ですか? すぐに、用意します」


 彼女は机を拭くのを止めてツヅルに言いました。

 その喋り方は文字に表してみると少し怒っているようにみえるかもしれないですが、態度はおどおどとしておたので、ただ単純に口下手なだけでしょう。


「いや、準備ができていないならもう少し後で来るよ」


 ツヅルはそう言いましたが、彼女は首を横に振り、「少し待ってください」と言い残すと、台拭きを持って厨房のほうへと小走りで行きました。


(まだ10歳前後のようだが彼女は、……誰だろう?)


 冷たい空気の中、そんなことを考えながら、彼女が拭いていた机でしばらく待っていると、やがて15分もしない内に彼女が木の盆と共にやって来ました。上には食事が乗っているのでしょう。


「どうぞ」


 彼女は机に料理が入った皿を置きました。バケットとスープと黄色野菜の多いサラダです。

 質素だな、とツヅルは思いつつも、朝はこんなものかと納得すると、前世の癖から礼儀正しくいただきますといってバケットから手を付けました。


「………」


 しかし、ごく自然に食事を始めようとしても彼女は何もしないでツヅルの目の前に立っているので、彼は何だか食べにくさを感じました。

 チラチラと彼の方に目線を向けながら時々口が小さく動いているところを見ると、どうやら聞きたいことがあるが話し掛けるべきかどうか迷っているようです。

 そんな彼女を見たツヅルは慈悲の心を持って、「どうしたの?」と聞きました。


「……ツシータさんと、お知り合い、なのですか」 


 そう問われた彼女は数秒後、無表情のまま静かに小さな声で呟きます。

 ツヅルは疑問に思いながらも頷きました。すると、「遂に、討伐に出てしまう、のですか」と彼女は残念そうに呟きました。


「ツシータさんは、仲間を見つけたら討伐に出る、と仰っていたので。あなたが、その仲間、なのでしょう?」

「ツシータとは仲がいいのか?」

「二ヶ月前からの仲ですが、一個下なので気に入られたようです。」


 この少女はツヅルと同じ10歳のようです。


「そういえば君はここの従業員のようだが……」


 そういえば名前を聞いていなかったな、とツヅルは思うと、話を遮ってそう尋ねました。


「はい。わたしは、この宿屋の主、アラティス・フォート・エリーの娘のリーフ・フォート・エリーです。少し宿屋のお手伝いをしているので、よろしくお願いします」


 リーフは小さい声を更に小さくして言いました。予想よりも身分の高い人が出てきたため、ツヅルは少し驚きました。




 リーフから彼女の過去やらツシータのこと、魔法のことなどいろいろな話を聞きました。

 リーフが最初に魔法を使ったのは5歳の時だそうです。通常の人間は大体8~12歳で初めて魔法を放つのですが、エリー家の住人は何故か(・・・)代々魔法を使うのが早いのです。

 彼女が初めて魔法を使った場所は自分の家である宿屋の庭でした。

 その魔法は数ある魔法の中で最も簡単で一般的だと言われる、ただ火の玉を放つだけの「火球」でした。

 ここで、生物は体内魔力を使用して魔法を放つ、と以前述べた仕組みについてもう少し詳しく語ります。

 基本的に魔法を放つには2つの工程をこなさねばなりません。 

 まず、生物が魔法を詠唱すると体内魔力が体の前に突如出現する魔法陣に集まります。そして、その魔法陣の中で魔力をこねくり回し火の玉や水などに変化させます。ここまで、こなしてやっと魔法を放つことができます。

 魔法陣というのは魔力を変化させるための工具のような物で、その性質はまだ十分に研究されていませんが、魔法を詠唱すると必ず体の前、もっと正確に言うならば術者の心臓の前に出て来るものらしいです。

 話を戻して、父のアラティスと母のクノモに指南してもらい、試行錯誤を繰り返した末、リーフはいよいよ「火球」を放つことができました。

 すると、何と1分後には庭は燃え尽きてしまったのです。

 どうやら彼女には魔法陣の生成に先天的なちょっとした障害があるらしく、魔法を放とうとすると問答無用にその威力がとてつもなく大きくなってしまうそうです。

 その自分の性質を知ってからも、リーフは様々な魔法を使いましたがそのどれもきちんと発動しているのに威力調整がまったくできなかったらしいです。彼女は落ち込んだ表情で、ツヅルに語りました。

 また、ツシータは獣人にしては珍しく魔法が結構使用できる方だ、とリーフは言いました。

 何故彼女がツシータの魔法能力を知ってるかというと、半月前この宿屋で魔術師と剣士の喧嘩が起きた時に、魔術師が放った攻撃魔法を瞬時に相殺したからでした。

 詠唱から放つまでの速さが人間と同じくらいなのだそうです。獣人というものはあまり魔法が使えないと教わったツヅルにとってそれは少し意外でした。

 ここまで話したところで冒険者らしき風貌をした宿泊客がやってきてしまったため、彼らの話は一時中断されます。 

 リーフはツヅルと話している内に笑顔や落胆など少しばかり表情を見せるようになりましたが、その淡々とした読点を多用する口調だけは治りませんでした。

 まぁ、それが個性というものか、とツヅルは納得してまだ全く手を付けていない食事を再開しました。




 6時の鐘が鳴り響いた少し後に、客が増えたので少し騒がしくなった食堂へとその銀色の猫耳を揺らしながらツシータはやって来ました。まだ少し眠たそうです。

 彼女はツヅルを見つけるとゆらゆらと風に吹き飛ばされた帽子のように机へと近づいてきました。

 大体の宿泊客が食事を運び終わり、少し暇をしていたリーフはそれを見て料理を取りに厨房へと向かいました。


「あらリーちゃん、ツヅル、おはよう」


 リーフが朝食を持ってくるのと同時にツシータは目をこすりながら言いました。リーちゃんとはリーフのあだ名のようなものでしょう。2人はそれぞれ返事を返します。


「ツシータさん。ツヅルさんに、クランを作った、と聞きましたが」

「リーちゃんも入る?」

「是非とも、と言いたいですが父が許可、してくれない、でしょう」

「じゃあ、抜け出しちゃいましょう!」


 ツシータの有り余っている行動力溢れる言動に慣れているのか、リーフは彼女を軽くいなすと食堂に入ってきた老人風の男性のために厨房へと向かいました。


「いつの間に仲良くなったの?」


 ツシータはバケットをくわえながらツヅルに聞きます。


「ツシータが至福の夢を見てる時にだな」

「そう。そういえば武器とか持ってる? なければアタシの予備の短剣を貸してあげるけど」


 ツシータはその返事に大した感情を抱かなかったのか、短く頷いてすぐに話題を変えました。


「それはありがたい。ところで今日はその依頼? とかはどうするんだ?」

「そうね、F、E級の討伐依頼なら特に強い魔物もいないし、ツヅルに決めてもらってもいいわ」


 討伐依頼は受けたことない、という割には意外と緊張していないように見えるツシータはがつがつと食事を食べ始めます。その様子には彼女がまだ11歳であるとはいえ、中々に女子力を無視した豪快さがありました。

 そして、5分も掛からずに食べ終わると、彼らは部屋に戻って初の討伐依頼のための準備をしました。

 ツヅルは彼女の安物にしか見えない予備の短剣を鞘に入れると紐を通して肩に掛け、ツシータはレイピアのように細い鞘に入れたままのショートソードを背中に掛けると、短剣をいくつか体に仕込みました。

 なんやかんやしている内に、7時の鐘が鳴り響きます。

 ツヅルは唐突に冒険者カードを役所に見せに行かねばならないことを思い出しました。なので、準備が完了すると、ツシータに先にギルドで待っていてくれ、と告げ急いで役所へと向かいました。

 場所は冒険者ギルドから宿屋への道すがらにあったので覚えています。

 

 


 宿屋を出て15分ほど歩き、「モハナト街役場」と看板が掛けられている建物に着いたツヅルは扉を開けて、入りました。

 街役場はそこそこ大きく、中は100人はいるのにも関わらず息苦しさが全くしませんでした。受付窓口はたくさんありますが、どうやらそれでも足りないようで全ての窓口に10人以上が並んでいます。

 役所で何をそんなにすることがあるのだろう、とツヅルは不思議に思いましたが、何とか並んでいる人の少ない窓口に滑り込むと、しばし周りを見渡していました。


「ちょっと貴方たち! ノルマの遅れが一ヶ月分は溜まったわよ! どういうことなの!?」


 すると、そう怒鳴り声で役場の中心で怒りを叫んだのは、鋭い目をした30代前半であろう見た目の女性でした。身なりがきちんとしていることと怒鳴った内容から、その女性がこの役所の長、もしくはそれに近い存在だとツヅルは推測しました。


「でも、所長! 商会や教会やギルドの不正を1日に10件見つけるなんておかしな命令は聞けません! どこも、わざわざそんな簡単に見つかるような不正なんてことは分かっていますよね……!」

「……貴方、伯爵家の子女である私に歯向かうというの?」 


 怒りの余り不平を訴えた従業員に所長と呼ばれたその女性は貴族だそうです。コメディーのような典型的な悪役ぶりにツヅルは呆れました。


「あの……」

「え? ……ああ、身分登録をして欲しいんですけど」


 しばらく、ツヅルはその様子を見ていましたが、いつの間にか彼が列の先頭となっていたので、本来の目的である身分登録を受付の男性に頼みました。

 意外と素早く身分証明は済みました。その作業の最中にツヅルはあの女性のことについて尋ねると、彼女の名前はリトーン・ラミといい、ラミ伯爵家の長女で典型的な貴族至上主義者らしいです。

 先程のように無茶な仕事を命じて部下に恨みを買っている節がありますが、この街の領主のモハナト公爵を始めとした様々な権力者との交友関係があり、庶民では到底逆らえない人物のようです。

 その権力を用いて、途中で仕事を抜け出したり、下積みもなしに役所の重役に就いたり、といったいかにもな貴族のお嬢さん――という歳ではないが――でした。

 ツヅルはもう少し聞こうか迷いましたが、もう既にツシータと分かれてから1時間近く経っていたので諦めて駆け出しました。





「痛っ!」


 ツヅルは急いでいたせいか、ギルドへの道すがらの交差点にて、ツシータよりも身長の高く、刃の付いた重そうな杖を背負っていて、魔術師っぽい黒が多いローブを着た、赤茶色の髪を一つに縛っている碧眼の少女と激突しました。


「君、大丈夫か?」


 その少女が転んでいるツヅルに腕を伸ばしてきます。幸い怪我はないようなので、彼は頷いてその手を取り立ち上がりました。


「ああ、良かった。もしここで君を殺していたらメアは自責の念に駆られてまるで鳥のように身を投げてしまうところだったよ」


 少女の若干舌っ足らずな可愛らしい声で奏でられる無駄な雄弁さにツヅルは驚きました。異世界にはこんな人物もいるのか、という辟易とした気持ちを隠して何とか愛想笑いを作ります。

 メアという名前なのか? と一人称から思いましたが、とりあえず先を聞くことにしました。


「君、名前はなんという? 今までは(えん)(ゆかり)もない赤の他人だったが、母なる大地を創った創造神は我々に新たな出会い、そして新たな別れを創造してくれたのだ」

「ツ、ツヅル・トバリ……」


 彼女の能弁に圧倒されつつも、ツヅルは名前を言います。


「ツヅル・トヴァーリ! まさにこの街、いやこの国、いや違うなこの世界に2人としていないであろう神秘的な名前だ!」

「……なるほど、君の名前は?」


 このままだと延々と語られる気がしたので、彼女の賞賛のように思えなくもないような発言を無視して聞きました。


「メア? メアは数百年前『最前線の魔術師』とも呼ばれたジール・ハイナレスト・ドラウィス・ルビロンドの名前を受け継げしもの、メア・ハイナレスト・ツヴァンス・ルビロンドだ!」


 その少女、メアは堂々と胸を張ってそう言い放ちました。ツヅルは「おお」と賞賛しました。もちろん「最前線の魔術師」なんて渾名の人物は聞いたことがないのですが。

 その反応を見て、メアは少し嬉しそうにはにかむと、ツヅルの方に目を向け、


「ああ、もうこんな時間か。ツヅル、メアはもう行くけど、決してまた会えないわけではない。500年前に魔法学の基礎を完成させた偉大なるクルーラル・メラルトの提唱した『一周論』により この土地、海は繋がっていることが示されている! きっとまた会えよう!」


と言って走り去りました。

 変な人だな、と半ば呆れているツヅルはツシータを待たせていることを思い出すと再びギルドへと駆けていきました。


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