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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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四十五話 心臓の呪い 5

 何故ムーロはわざわざ「炸裂」を使用したのでしょうか。

 というのも、この「炸裂」という魔法は、「火球」よりもシンプルな造りになっていて、ある意味では最も詠唱の難易度が易しい魔法とも言えるのですが、現在、ポピュラーな存在ではありません。

 理由は「炸裂」よりも詠唱時間が短く火属性魔法なので攻撃力の高い「破裂」や、爆発系統の魔法はや王道的な火属性魔法である「爆発」など上位互換が既に存在しているからです。

 普通、戦闘の場で用いられることはないのです。

 傭兵になり、人を殺すことに慣れた頃から所持している歪んだ罪悪感が関係しています。


『苦しんで死んでくれたほうが、私が殺したんだっていう罪を認識できるから』


 何ともはた迷惑な話ですが、戦いではあんなに楽しそうに殺人をするムーロが憔悴している姿がサラの目には残っていました。


(私がよりにもよってムーロの『炸裂』で死ぬとは思わなかった)


 ムーロの「炸裂」で四肢を吹っ飛ばされた者は痛覚以外の感覚が何も感じられなくなる程の激痛を負い、悶え苦しみながら血を吐いて死んでいきます。

 強力な「爆発」や「破裂」ではないあえて弱い魔法を使用した、だからこその苦痛。

 

(そんな痛みを味わいながら私は殺されるのか)


 サラは無感情にそう思いました。それは諦めというものでした。


(メア……) 


 死の直前に思い出したのは、不幸な少女のことでした。

 幼い頃に生みの親を亡くし、ムーロという育ての親を亡くし、今度はサラまでもが失われようとしているのです。


(すまない……)


 どんなに可哀想だと思っても、どんなに同情しても、彼女を助けることはできません。

 もう、この戦いにはサラの死、という結果しか残っていないかのように思われました。


「っ! 『心討ち』!」


 しかし、ツヅルがそれを許すわけにはいきませんでした。

 ムーロは小さな悲鳴を上げながら、体勢を少し崩します。その隙にサラは彼女から逃れようとします。


「……あまいわ」


 しかし、もう「炸裂」の詠唱は終わっているのでしょう。いくら避けようとしても、この距離では数秒後、サラの全身は吹っ飛んでいることが容易に想像がつきました。

 ツヅルが行った援護は死ぬまでの秒数稼ぎにしかならなかったのでしょうか。


「……だが、折角、助けようとしてくれているんだ」


 そう思ったサラは体を無理やり大きく回転させました。次の瞬間、サラの右腕が破裂するのをツヅルは目撃しました。

 草が生い茂ってる草原は赤色の液体で汚されます。陽の光がその液体を輝かせました。

 発狂したくなるほどの強烈な腕の痛みに冷や汗をかきながらも、サラは必死に耐えると、ムーロから離れました。

 一方切り傷一つ程度も傷を負っていないムーロはすんなりと立ち上がり邪悪な笑みを浮かべます。


「どお? 痛い?」

「殺さなかったのが、お前の運の尽きだな」


 二の腕から先はなくなっており、少し遠くにサラの右手だけが落ちていました。

 傷口が塞がっていないので、ドロドロと止めどなく溢れてくる鮮血は道しるべのようにサラの足跡を辿っています。


「ツヅル! ……後、どれくらいだ」

「……えっと」

(後、150じゃ!)

「後、150秒もないかと」


 腕がそんな惨状になっても平然としているサラに、ツヅルは驚嘆しました。彼には腕を失ったとしても戦える根性はありません。

 ムーロがバンバン魔法を放ってくるるので、予想よりも大分早く魔力吸収が完了しそうなことを知ったサラはホッとため息を吐きました。

 サラがわざわざ残り時間を聞いたのは、闇属性魔法を使用するためでした。

 たとえ、戦闘時間が2分だけだったとしても、腕1本丸ごと失った激痛に耐えながら、ムーロという超攻撃型の魔族と戦うのは難しいのです。

 ここまで来たのならばこの作戦は成功させるしかない。サラは決心しました。


「ふふふ。口が減らないわね……!」


 狂気に染まったとしても、プライドというものはあるのでしょうか。残り時間発言を自分に向けられたものだと勘違いしたのか、ムーロは引きつった笑みを浮かべました。


「私を殺してみろ……。できるものならな」


 彼女を挑発しているのはもちろん、魔力を消費させるためです。


「………」


 今日一日で何度も見たその黒い球体は、再びサラの方へと凄まじい速さで飛んでいきました。

 右手を消失してしまったので体術はもう使えませんし、「防壁」で防衛したとしても、ムーロが先程の似たような攻撃を行えば、今度は命までが木っ端微塵になるでしょう。

 サラが闇属性魔法を使うのは目的を達成するためには必須といえました。

 サラはそれを使う決意を固めて、「闇壁」という対闇属性魔法用の防衛魔法を詠唱しました。

 各属性には例えば、「火壁」や「水壁」のような防御壁を造る魔法があります。

 「闇壁」を対闇属性魔法と書きましたがこの「闇壁」は、「火壁」が火属性魔法に強い、以外にも更に火の力で弓矢などから守ってくれる性質があるのと同様に、触れたものが溶けていくという闇属性特有の効果も現れるものでした。

 ところで、気を付けなければならないのはムーロの暴走です。

 ツシータとツヅルの拙い演技でも騙されるムーロが、実際に魔法を使用したサラを闇魔術師ではないと疑うことはさすがにしないでしょう。

 3人全員が闇魔術師、ムーロにとってはこれ以上とない極楽浄土ですが、ここで怖いのが彼女が獣人のツシータを襲うことでしょう。

 闇属性魔法ないし闇魔術師のことを狂ってしまうほどに愛しているムーロが、そのような思考を行うとは考えにくいですが、可能性は十分にあります。

 ツヅルが呑気に戦闘を見守っている間、サラはそう考えていました。


「なっ……!」


 ムーロは驚愕し、衝撃を受けました。

 ありえない、その光景を認識した彼女は立ち止まると、今詠唱している魔法を思わず解除してしまいました。

 闇魔術師ではないと思っていた者が「闇壁」を使用したのです。

 本来、魔族と契約した者しか使うことのできない闇属性魔法をいとも容易く放ったのです。

 熟練である、ということが分かりました。

 しかし、何故今までの戦いで闇属性魔法を使用しなかったのか、何故闇魔術師がこんな場所に3人もいるのか、何故3人はこの場所に私を呼び出したのか。そんな疑問が噴出してきます。

 「精神破壊」によって、知能が大きく下がったムーロですが、妄執している闇魔術師のことを考えるときは決して低くはない知能を発揮できます。

 ですが、その疑問の答えにどうしても辿り着けませんでした。

 今はもう名前を忘れてしまった少女。忘却の彼方にいる親友。何故、自分が深い森の中にいるのかすら分からず、ただ闇魔術師という誰かを探して続ける日々。

 自分が行っている行為の意味をを考えようとすればたちまち脳内に激痛が走り、強制的に辞めさせられます。

 しかし、ムーロは残された極一部の正常な頭脳で考えました。

 ですが、すぐにその思考は終わってしまいました。

 獣人の少女。彼女は闇魔術師ではないのではないか、と思ったからです。

 そもそも何故、彼女の言葉を信じたのでしょうか。それは巧みな演技力からでは実はありません。

 歴戦の魔族が獣人の少女を装っているのではないか、と思ったからなのです。

 実は、これには前例があります。

 100年程前、世界トップクラスの闇魔術師の1人が隠居に際したとき、自分の名声に釣られて道場破り感覚で家に来る魔族たちを騙すために、自分の容姿を獣人の子供に变化させてバレないようにしました。

 ムーロがツシータのことを信じたのはこれの可能性を考えたからでした。そういう意味では、ツシータが殺されずに済んだことは歴史が生んだ一種の奇跡とも呼べるでしょう。

 彼女の中では闇魔術師を騙る、という罪は実に大きいのでしょう。

 ムーロは怒り狂ったかのような表情をツシータに向けました。


「あなたね……!」


 ツシータが嘘つきだと判断した理由は、ムーロの保身の一部でもありました。

 例えば、ツシータが魔法で獣人に変われるほど力のある闇魔術師だとすれば、そこそこの武勲はあるものの最上位には及ばない実力であるムーロの攻撃など余裕でいなせます。

 つまりは、ツシータを襲い、一蹴されれば闇魔術師、殺せたら哀れな獣人ということになり一番損失がない、と気付いたのです。

 いきなり彼女の方に向かったことにツヅルは驚愕を隠しきれませんでした。

 彼は現在、ツシータとはムーロを中心として反対側にいます。

 そして、彼女は目を閉じていたため大きく反応が遅れてしまったようで、目を開け、剣を抜いた頃にはムーロは目の前にいました。


「ツシータ!」


 普段、余り叫ぶことのないツヅルが思わず声を大にして叫びました。


(何かないか……!)


 切羽詰まって居るとき、時間の流れが遅くなったと感じることがよくあります。

 まぁ、一般人視点から見れば、切羽詰まった状況などそうそう出会うものではないのですが、何故かそういうハプニングに出会うツヅルはそれを利用して打破案を立案したりしたこともありました。

 彼はとりあえず周りを確認します。

 まずは、まるで負傷していないムーロ。種族のハンデを負っているとは思えない凄まじい早さでツシータの方へと向かっています。その体の前には不吉な黒色の魔法陣が見えました。いくら、身体能力ではムーロに勝っているかもしれないツシータでも、経験や技術など総合的に見れば1対1では敗北してしまうでしょう。

 次にサラ。銀色の魔法陣、無属性魔法を詠唱しているようです。その顔には焦りが見えました。

 冷たい表情のツシータは一応武器を構えていますが、足が震えていてまともに戦闘はできそうにありません。

 テルランは背中に張り付いているため現在の状況をよく把握していませんでした。しかも、彼女ができることは魔力吸収か異常に規模の大きい「光明」のみで、役に立ちそうにありません。

 あとえ、「光明」を放ったところでムーロの注意を引きつけることができるとは限らないし、最悪「光明」が終わり、目を開けたらツシータの首が転がっているなんてこともありえます。


(ここで、何も失わない作戦……!)


 ツヅルは必死に打開策を考えています。

 しかし、最速の「心打」ですら届かないのです。もはやどうしようもありません。


「ツシータ……!」


 そうして、放たれたのはすぐにでも泣き出しそうな、悲しみを背負った子供の声でした。

 何故、自分にはもっと力がないのか。その力に該当するのは物理的な力だけではありません。優秀且つ信用できる冒険者を雇える財力。人が勝手に納得し自分に従ってくれる権力、もしくは権威。最良の作戦を編み出せる智力。

 ありとあらゆるすべての力が彼には足りませんでした。


「ぁ……」


 血が勢い良く落ちました。

 突然、ツシータが想像を絶する、異様な何かを目撃したかのように絶句したのが分かりました。

 いえ、ツヅルにもその異様な何かは見えているはずなのです。

 その光景を現実として認識できなかった、ただそれだけです。

 ツヅルの立場に立って見れば、その現実逃避とも思わしき思考停止は当然のことのように感じられるかもしれません。

 彼とツシータは、闇属性魔法のせいでフードが破けて、顔の一部が焼け爛れ、短剣が深々と腹に突き刺さり、しかし何故かムーロを抱きしめているサラを見ました。

 

「あ、あ……」


 何のためにここまで苦労を重ねてきたのだろうか。現実を認識したツヅルを襲った感情はそんな脱力感に染まったものでした。

 サラは「闇壁」を使用した後、すぐに「転換」を詠唱していたのです。尤も、それがムーロに近づくために使用されるとは当の本人も思っていなかったでしょうが。

 ツシータは顔を青くして、立ちすくんでいました。


「離して……!」


 ムーロはサラの顔を見ても、まるで思い出さなかったのか、ジタバタと暴れました。

 しかし、サラは表情を変えずに逃げられない様に強く抱きしめいます。

 無表情で自分の体をホールドしてくる彼女はまさに不気味というしかなく、ムーロは、何をされるか分かったもんじゃないと必死に抵抗します。

 サラの腹に深く刺さっている短剣を取り出して、今度は肩付近に刺しました。

 腹の出血ほどではないにしろ、赤色の液体は滴り落ち、彼女が怪我したことを認識させてくれます。

 しかし、サラはまだ拘束を解こうとはしません。

 ムーロは短剣をまた引き抜いて、次は脇腹付近に刺します。

 骨に邪魔され、深くには入りませんでしたが、切り傷一つで働く痛覚がこの時だけ働かないのもおかしな話でしょう。彼女は苦痛でその灼けた顔が歪みました。 


「……!」


 見てられない、ツヅルとツシータは同時にそう思ったのか、一歩踏み出します。


「動くな……!」


 ですが、その激情はサラの言葉により行き先を失いました。

 そう、結局はムーロを封印せねば、メアを救わなければ、この何もない平原に来た意味もサラがこうして傷ついている意味もなくなるのです。


(テルラン、……後何分だ? ……何秒だ?)


 天秤に掛けて、メアを取った。その罪悪感の重みによって生まれる吐き気をツヅルは耐え、テルランにそう聞きます。


(……後、10秒もない)


 テルランにしては珍しく空気を読んでいるのか、それともツヅルの感情が直接伝わってナーバスになっているかは分かりませんが、その声は非常に暗いものでした。

 早く10秒経ってくれ、ツヅルはスペースチョーカーを取り出し、魔力を注入して魔力の空間を広げます。

 宿屋で使用方法を確認している時にその空間を見ましたが、そこは暗闇で空気もない、ただ無為に時間を消費することさえも許してくれない空間でした。

 彼はそれに生理的嫌悪感を覚えました。


「早くしてくれ……」

 

 1秒1秒が彼には非常に長く感じられました。一日千秋とはまさにこのことでしょうか。自分がこんな感情に陥るとは数日前までは思ってもいませんでした。

 その間にも拘束されているムーロはジタバタと暴れながら、サラに短剣を突き立てています。

 サラは首や頭、心臓など生命を維持するために最低限必要な場所は何とか守りきっていましたが、その他の部位は既にボロボロでした。 


(2、1)


 ツヅルはふとツシータを見ます。彼女はこの状況に適していないボーっとした態度でサラを見つめていました。

 涙目で、剣は地面に落として、ただ呆然としている。ツシータに似た姿を見た記憶があります。

 フォート子爵邸の大広間でアラティスが死亡した直後のツヅル。答えはそれでした。

 もしかしたら、ツシータはこう思っているのかもしれません。

 自分が弱かったからサラを死んだ、と。

 もちろん、ツヅルからいわせればそんなことはありません。彼女は彼の意志で勝手に連れて来られただけであり、そもそもこの戦闘に参加しなければならない意義などないのですから。

 しかし、そんな事情などで納得するはずがない、ということも短い付き合いながらツヅルは理解していました。


「……0」


 サラに伝えるためにツヅルはそう告げました。

 テルランが離れます。ムーロは魔力を失ったことによる体調不良諸々を受けて、気絶しそうになっていました。


「ムーロ……」


 色々な含みを持ったその言葉は届くことがありませんでした。

 体の部位で血のついていない場所は髪くらいしかない、と思わせるほど、サラは虫の息でした。


「『衝撃』」


 口が切れているのか、サラの表情は激痛に歪みました。


「すまない」


 前の方に飛ばされたムーロがスペースチョーカーの空間に押し込まれた時、彼女はムーロの方を見ないで長年の付き合いにそう別れを告げました。

 ムーロの方を見ないで、とは決してサラ自身がそうしたかったからではないでしょう。

 「衝撃」を放った瞬間、彼女の体は血の水たまりに勢い良く崩れ落ちたのですから。




 こうして、長い、サラにとっては人生に等しいほどに長い魔族戦が終了しました。

 生き残ったのはツヅルとツシータとナービの3人。

 ほぼ同時に戦闘を終えた2つのチームは協力しあって、死体を埋葬しました。この世界には火葬と土葬がありますが、今回は証拠隠滅を図り、火葬にしました。

 目的を達成したというのに彼らの顔は皆、苦しそうなのを見えば第三者にもこの戦闘の悲惨さが目に染みるでしょう。

 最後にツヅルが、憔悴しきったためか俯きながら一言も喋らないツシータの手を右手で、持っていたチョーカーを左手で同時に強く握りしめたのを、プカプカと宙に浮いているテルランは印象深そうに見つめていました。

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