四十四話 心臓の呪い 4
ムーロはその光景にどうしても驚愕を覚えずにはいられなかったのようです。
「闇魔術師が、……2人?」
そう、目の前で先程から何もしていなかった少年が突如、闇属性魔法を詠唱するとき、「無音魔法」という技術を用いない以外には、必ず現れる真っ黒な魔法陣を出現させたのです。
ムーロは常日頃からの癖で、「共振」を即座に唱えました。
「共振」というのは天才クルーラル・メラルトが考案したものの、実現できなかった10個の魔法の内の1つで、超大国であるラーカー帝国の魔法学者がつい50年前に実用化したものです。
「……!」
ツヅルは自分の魔法陣が粉々に砕け散るのを見ました。
彼もこの世界にこんな魔法があるとは知らなかったので驚きました。
「あなたも、闇魔術師?」
魔法陣を壊した張本人であるムーロはすぐにそう質問してきました。
「僕は先日『照準』という魔法を覚えたので、お貸ししましょうか?」
ツヅルは大きく頷きながら、皮肉を言います。
その遠回しな肯定を受けて、ムーロは返答する余裕がないかのように、彼とツシータを交互に見ていました。
「……そう。そうなの……! アハハハッ!」
そして、やがて面白いものを見たかのように笑い始めます。ブツブツと1人で呟いていたかと思えば突然笑いだしたムーロにツシータは辟易としていました。
「最近は豊作ね。こんな幸運なことがあるとは思ってなかったわ」
まんまと罠に掛かったな、とツヅルは笑いたい気持ちを抑えてサラにアイコンタクトを行います。
サラはフードを被っているので、表情は分かりませんでしたが、これ以上とないほどの真剣さが身を纏っていることは分かりました。
もちろん、ムーロはツヅルとツシータの闇魔術師宣言を疑っているでしょう。
ですが、闇魔術師である可能性が一番低いのはこのフードを被っている奴だ、とも思っているはずです。
この者は先程の霧を発生させる時、「闇濃霧」ではなく「濃霧」を選んだ。当然、闇属性魔法を熟知しているムーロはそれに違和感を覚えているでしょう。
もし、闇属性魔法が使用できるならば、「濃霧」なんて使う必要性がないのですから。
尤も、ツヅルからしたら、負傷しているムーロが闇黒の霧で死んでもらっては困るし、サラが魔族であるとバレるのは都合が悪いので、「闇濃霧」はまず選択肢に入らないのですが。
「はぁ!」
まずはサラを始末しようと、ムーロは「闇黒球」を放ちました。攻撃されたサラは「防壁」でそれを防ぎました。
それと同時にツヅルとツシータは後ろに下がります。ここまで来たら、後はテルランが振り落とされず、サラが死なないことを祈るのみで、彼らにできることなど何一つとしてありませんでした。
「……!」
ムーロは今の奇襲が防がれたことに驚きながらも、今度は短剣を取り出すと、接近戦に持ち込もうと近づきます。
ツヅルは彼女が「零距離魔法」というのを得意にしていたことを思い出しました。
メアの祖先であるジールが先駆けとなった「接近型魔法術」よりも更に相手に近づく戦術で、体の内側から攻撃が加えられるので相当玄人じゃなければ防げない、らしいです。
魔術師がどうやってそんな近くまで移動するのか、とツヅルは疑問でしたが、ムーロの場合は短剣を装備しながら、魔法を詠唱するという高等テクニックでそれをこなしているそうです。
攻撃の速さは獣人であるツシータには及ばないものの、魔族という身体的に不利な種族であるのにツヅルには目で追うのも一苦労でした。
さすがは数十年間様々な大陸で傭兵を続けてきた猛者だ、と彼は素直に心の中でムーロを褒めます。
ベストロジア王国では仕事をしたことが一、二度くらいしかなかったようで、この国ではあまり知られていないようです。がしかし、多くの仕事をしていたアルトーク大陸のラーカー帝国や神聖クロマト大公国では中々に、ムーロとサラの名は轟いているようです。
神聖クロマト大公国とはギ・ラーク教の総本山と語っても間違いがないほどの宗教国です。軍事力は世界一の国である同じアルトーク大陸のラーカー帝国にはまるで及びませんが、やはり信徒が沢山いる宗教の国だからなのか、そこそこ巨大な国だそうです。
また、その軍隊は神聖騎士団と呼ばれていて、神から加護を授かった『勝利の騎士』の力により戦争では150年間無敗の名誉を所持しています。
因みに、神暦1300年~1305年に起こった「世界大戦争」でベストロジア王国と戦ったのはこの国でした。
「世界大戦争」はその名の通り世界を舞台に行われたのですが、会戦の場所から戦線が西方戦線、クロマト戦線、カトロミ戦線と3つに細分化できます。
お分かりかと思いますが、クロマト戦線がベストロジア王国の参加した戦線でした。
参加した国を敵味方で分けてみるとベストロジア王国、メルリー公国、ネミカラ公国、ランジ国、ツラチノ王国バーサス神聖クロマト大公国です。
結果は引き分けに近いものだったのですが当時の世情からは、五国連合軍を組んでも勝てないのか、とクロマトの軍事力を恐れる声が出ました。
閑話休題。
サラとムーロの戦いを見て、その戦術の卓越さや練度、実戦経験が自分とはまるで違うのだ、とツヅルは勿論、ツシータですら気付かされました。
ムーロは素早くサラの懐に入り込んで短剣を振り、それをサラは瞬時に「転換」で避けます。
それを見たムーロは移動先を予想して「闇黒球」を放ちました。
自分に向かってくる自分の頭くらいの大きさの真っ黒な球をサラは「防壁」で防いだのですが、なんとそれはムーロの罠でした。
「防壁」はステンドグラスのような形をしていて、そのガラスを通して向かい側を見ようとしても、フロートガラスのように透明ではないのでできません。
光は当然通るので、向かい側の人影くらいは見ることができるでしょう。
ガラスと人影との間に何もなければ、の話ですが。
ムーロは「闇黒球」を放つのと同時に体の姿勢を下げて、サラの目から自分の影を隠しました。
短剣を避けた直後に「闇黒球」を放たれたサラはそれを防ぐのに必死になっていたので、ムーロが極自然に消えたとしても気がつくことができません。
気付いた時には、ムーロは目の前にいました。
低い姿勢のまま、ニヤつきながら短剣を突き出してきます。恐らく、勝ったとでも思っているのでしょう。目の前にいる者が、自分と共に世界をひた歩いた戦友だということをムーロは知る由もないのです。
しかし、サラがそんな軽々とやられるわけありません。
サラはとことんまで精神魔法を愛しましたが、それと同時に防衛術にも手を付けていました。
防衛魔法は勿論、体術にもです。
何故、身体能力的に劣る魔族であるサラが体術なんてものに手を出したのでしょうか。これは、傭兵になって数年が経った時、今からどんなに頑張っても幼少の頃から鍛錬をしてきたムーロの攻撃には及ばないのだし、私は防衛術を極めようと思ったからでした。
サラは、短剣を持っている右腕を自身の左手で掴み、背中を向けながら彼女の懐に入ります。
現在、サラに覆いかぶさるかのようにムーロがいましたが、この体勢はツヅルも見たことがありました。
一本背負いです。
ムーロの左腕を右腕で固めると、そのままサラは彼女の体を持ち上げました。
しかし、一本背負いの場合、持ち上げるよりも、自分の背中に乗せるといった表現の方が正しく、思ったより力は必要ありません。
もちろん、完璧に行うのは難しいですが、しっかりと手順さえ覚えてしまえば初心者でも簡単にできる技です。
まぁ、
「あら、掛かったわ」
サラのそれは成功することはありませんでしたが。
コンマ数秒でムーロの短剣が突き刺さりそうな、どんなに詠唱時間が短い魔法だとしても間に合わないあの状況で、サラが助かるには身体能力を使って抜け出すしかありませんでした。しかし、回避は成功確率の低そうだったので選ばずに、体術を使用したわけです。
しかし、その状況に追い込んだのがムーロであるということをサラは忘れるべきではありませんでした。
「零距離魔法」、「無音魔法」。彼女は次に起こることを察しました。
「炸裂」、闇属性以外の魔法の中でムーロが最も好んでいたものです。
「死にきれない痛みに耐えながら、死んでちょうだい」
サラは咄嗟に避けようとしましたが、無傷で帰るには技術が足りませんでした。




