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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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四十三話 心臓の呪い 3

 ツヅルたちはナービがそこそこ遠くに離れてから、行動を開始しました。

 まず、サラがムーロの視界を妨害するために「濃霧」を放ちます。闇属性魔法を使用しないでくれ、と彼女には頼み込んでいます。

 これは、もしツヅルやツシータは闇魔術師ではない、とムーロが気付いた場合、彼らが殺されてしまう可能性があるからです。

 闇魔術師以外は生きている価値なし。ムーロがそう思っていることは、スライム討伐の時に五人組を殺したことからも明らかです。

 白い煙はツヅルたちを完全に包みました。


(テルラン、行けるか)

(いつでも行けるのじゃ!)


 テルランは尖ったような高い声で言います。

 またとないかもしれない活躍の機会に面した彼女は非常に張り切っているようでした。

 久しぶりにその藍色の球体は空間に這い出ました。そして、ムーロに見つからないように霧の中を通っていきました。

 クルォリというマイナーな生物の特性をムーロが知っていなければ、少なくともテルランが殺されることはないでしょう。


「アタシはどうすればいい……!?」


 真剣な表情のツシータが近寄ってきます。

 確かに、魔法耐性を持っていないツシータがこの深い霧の中に突撃していくのは無謀以外の何物でもありません。

 ツヅルはしばし考えると、


「しばらくは『濃霧』で魔力吸収の時間稼ぎをするから霧が出てる間は僕を守ってくれ。霧が晴れたら、僕は魔族の真正面、ツシータは同じくらいの距離で真後ろに位置するように移動する。攻撃は全てサラかテルランがやってくれるから、その心配はしなくていい」


と、よく分からない作戦を進言しました。


「……ちょっと、アタシの出番がなさすぎる気がするけど相手が相手だものね、分かったわ!」 


 もう完全にツヅルを疑っていないのでしょう。ツシータはその意図がまるでつかめない作戦を聞くと、何も文句を言わずに了承しました。

 そして、僕を守れ、と命じられた彼女は彼の二歩前に立ちまいした。

 目や鼻が良いので危険察知能力が高いツシータという存在は、いつムーロの攻撃が飛んでくるか分からない戦場で異様な安心感を与えました。


(背中から魔力吸収開始したぞ!)


 ツシータとそんな会話をし、サラが二度目の「濃霧」を放ったところで、ツヅルの脳内にそんな声が響き渡りました。

 それができるのは当然ですがテルランしかいません。どうやら作戦を開始できたようです。


(魔力残量とか分かるか?)

(す、妾も今まで見たことがないくらいに凄まじい魔力じゃ……! ……えっと、妾が魔族から離れることがなければ、魔力が0になるまで最長40分じゃな)


 テルランに衝撃走ります。

 ムーロの魔力が0になるまで、最長40分。長いのか短いのかよく分からない時間です。最長、というのは例えば、ムーロが何か魔法を使えば、テルランの魔力吸収とはまた違うところで魔力が消費されるからです。


(魔族は今、何をしているんだ? 攻撃が飛んでこないんだが) 

(さっきから魔法の詠唱をしておるが、闇属性ということしか分からん)


 歴戦の魔族であるムーロが詠唱にそんなに時間が掛かっているということはかなり高難易度な魔法を詠唱しているのでしょう。


「魔法がそろそろ来るだろうから気を付けてくれ」


 とりあえずツシータにそう警告して、少し後ろに下がりました。

 その矢先、


「見るな!」


とサラの声が聞こえます。

 動揺するのも束の間、霧を2つに割りながらこちらに高速で向かってきている黒い物体に気付きました。

 球体のようなそうでないような、一瞬ごとに形を変えながら迫ってくる物体を避けようとしているツヅルに対して、これに気付いていないはずがないツシータは全く動きを見せません。

 ツシータは今何かしらの事情で動けない状況なのだ、とツヅルはすぐに察しました。


「……っ!」


 咄嗟の判断で彼女に飛びつき、共に地面に倒れ込みます。

 数瞬後、見るだけで恐怖を感じさせるほどおぞましいその黒い物体は彼らの頭上を通り過ぎて行きました。


「はぁ……はぁ……」 


 去ったのを確認すると、全く動いていないはずのツシータが何故か異常に疲れているのが分かりました。

 大丈夫か、と聞くと、


「何度も……、動こうと思ったのに……、全く動けなかった……」


と、ツシータはとぎれとぎれの口調で弁明します。


「あれは上級闇属性魔法の『消滅弾』だ」


 少し離れた所にいたサラはツシータが生きていることに気付くと、安堵のため息を吐きながらそう呟きました。

 「消滅弾」とはその名の通り、当たったものの存在を抹消する非常に強力な魔法です。

 この魔法は数式で書くと、非常に簡単です。「A-A=0」。これだけで「消滅弾」を放つことができるのです。尤も、これは闇属性魔法なので、使用できるものはそう多くありませんが。

 それにしても何故、ツシータは動けなかったのでしょうか。

 それにも一応、元のツシータが+だとすれば「消滅弾」は-なので互いに引かれ合う、という電磁気を思い出すような性質が原因らしいです。

 しかし、それは諸説ある中で最も有力なものというだけで、「消滅弾」の発動によって起こる現象の一部は、闇属性魔法を研究する魔法学者が少ないという理由も相まって、未だ明らかになっていません。

 次に何故、最初にツシータが狙われたのでしょうか。ツヅルはそのことについて考え始めましたが、答えは一瞬で出ました。

 単純に、人間が数人居るこの場で獣人が闇魔術師だというのは考えにくいからでしょう。


「ツシータ、少し予定変更だ。なるべく、僕の後ろ付近にいてくれ」


 僕のわがままでここにいるツシータが死んでしまっては話にならない、とツヅルは判断してそう指示します。


「大丈夫よ!」


 しかし、ツシータは名案を思い付いたかのような笑顔で胸を張りました。

 この表情をしている者の作戦がいいものであった思い出をツヅルは持っていません。一体何を言い出すつもりだ、と思いながらも、先を促しました。


「その『消滅弾』っていうのは、ターゲットがその黒いやつを見なければ少しは動けるんでしょ? じゃあ、目を閉じていればアタシもまだまだ戦えるわ!」


 なるほど確かに、サラが「見るな!」と叫んだということは見なければ動けるのでしょう。

 ですが、ツシータの言っていることは、人間の四肢をもぎ取れば戦闘力は落ちる、という極自然な事実を述べているのみで実際の所、何の解決にもなっていないように思われました。


「その『消滅弾』ってやつの音は小さかったけど聞こえたし、ツヅルがちょっと声を掛けてくれれば簡単に避けられると思うわ」


 しかし、獣人の感覚はやはり人間のものと同じにしてはいないようです。

 

「分かった。だが、無理はしないでくれ」


 しばし迷ったものの、戦力が少ないこの状態でツシータを抜くのも愚策かと考えると、ツヅルは渋々ながら了承しました。




(テルラン、調子はどうだ?)

 

 ツシータの提案を了承してから20分ほどが経った今も、霧作戦は続いていました。

 ムーロもまだ闇魔術師の可能性があるサラとツヅルを傷つけたくはないため、ツシータだけにしか被害が行かない「消滅弾」を放ち続け、その度にツシータが命からがら避けています。

 時折、ムーロは風属性魔法の「突風」で霧を払うことがありましたが、サラは「濃霧」を一秒ほどで詠唱できるのでその「突風」はツヅル側からしたら、むしろ有り難いでしょう。

 霧だけ蔓延させて攻撃も何もしていない、というのが現在の状況で概ね計画通りです。

 戦場となっている草原も燃えても腐ってもおらず、何も知らない者から見たらここで20分も戦闘が繰り広げられているとは思いもしないでしょう。まぁ、ムーロ側から見たらこの状況は奇っ怪でしかないだろうな、と彼は思いました。


(魔力を吸って、すごく元気じゃ!)

(……そうじゃなくて、魔族の残り魔力は?)


 ムーロは後ろからくっついてこっそりと魔力吸収してくるテルランの存在に気付いていないようです。

 何故ムーロは魔力を吸収されても気付かないのか、とツヅルは疑問に思っていましたが、何でもテルランの魔力吸収は、吸い始めるときに魔力の運動を抑える麻酔のようなものを打ち込む仕様になっているらしいです。蚊みたいだな、とツヅルは思いました。

 この説明を聞いてやっと物理攻撃に滅法弱いテルランが、どうやって数百年1人で生き残ってきたかが理解できました。


(えっと……、後12分じゃ!)


 テルランの魔力吸収とムーロ自身による消費により、この戦闘にも終りが見えてきました。

 しかし、これまではプロローグに過ぎません。ここからが一番の難関でした。


「霧を解いて下さい」


 まだ、このまま霧作戦を続ければいいのに何故ツヅルは霧を解いたのでしょうか。

 それは、ムーロに逃げられないようにするためです。

 先日、サラに貰った小瓶で謎の魔族を撃退した時のように、自分の身の危険を感じれば、いくら「精神破壊」を受けている彼女でも逃げ出すこともあるでしょう。

 しかし、ムーロを封印するチャンスは今回一度きりです。これを逃してしまったらメアの命はなくなった、と言っても過言ではありません。

 なので、霧を払って、ムーロ側が有利に見えるように戦局を誘導して、ムーロが撤退するのを防ぎたかったのです。

 それでは、ムーロが魔力吸収に気付いても0になるまで退却しないような作戦を考えていくと、やはり闇魔術師が出現することでしょう。

 その考えに至ったツヅルはとある布石を開戦前に仕込んでおきました。

 ツヅルとツシータ、この2人を闇魔術師に見せかけて、強者であるサラにムーロの攻撃を向かわせ、当面の危機を回避すること。

 それがここからの作戦でした。


 


 ツヅルは昨日一日、とある魔法を練習していました。

 下級闇属性魔法である「盲目」です。熟練の魔術師ですら習得するのに1ヶ月は時間が掛かると言われている魔法がもちろん、彼に完璧に習得できるはずありません。結果的にできたのは白榴石も真っ黒に染まるような黒さを誇る闇属性魔法の魔法陣(・・・)を出す程度の練度でした。

 普通に考えて、魔法陣を出すだけで実際に魔法を放てないのは、戦闘において何の効力も感じられません。しかし、今回に限って、それはとんでもない影響を生みます。

 ムーロはこの6人、ツヅルたちとナービたちの中に、少なくとも1人は闇魔術師がいることが分かっています。

 闇属性魔法の反応を感知したから、彼女はここにいるのですから。

 だから、ツヅルはまず闇属性魔法である「盲目」の魔法陣のみを出して、あたかも自分は闇魔術師であるかのように振る舞うのです。

 以前にパカルタの闇魔法使い宣言を素直に信じたムーロが、彼は闇魔術師ではないと断言することはないでしょう。

 こうして、まずはツヅルにムーロの攻撃が飛ばないようにします。

 次にツシータですが、これは先程、ナービがナラスとクラに反旗を翻した時のツヅルたちの態度を使用します。

 これは今日の朝に宿屋でその作戦を立案したもので、一言でいえば、この魔族討伐に乗じたナラス殺しに乗じた作戦でした。

 ナービの「昏睡」を見て、ツヅルとサラは動揺を表していたのに、ツシータだけはまるで焦燥も混乱も表情に出さなかったのです。

 これらは全てツヅルによって仕組まれた演技なのですが、その様子を見たムーロにはそうは思えなかったことでしょう。

 無意識下で不安が生まれたはずです。

 もしかしたら、この獣人は闇属性魔法である「精神誘導」が使えて、それをこの魔術師の男に放ったのではないか、と。

 もちろん、かなり低い確率だというのはムーロも分かっているでしょう。しかし、ツシータという少女の情報を何も知らない彼女には完全に否定しきれません。

 だから、もしツシータが、私は闇魔術師だと宣言したらどうでしょうか。

 深層心理で感じていた違和感に合致する情報を与えられたムーロは、何故この闇魔術師の少女はあの魔術師に反旗を翻すような行動をさせたのか、という疑問を考えるのに夢中になるのではないか、というのがツヅルの考えです。

 そうして、唯一の闇魔術師であるサラにムーロの攻撃を集め、ツヅルやツシータの損害を防ぎ、偽りの闇魔術師を見つけたムーロは気付かずに引くに引けない状況に追い込まれていくのです。

 テルランがムーロから剥がれなければ、失敗するしない問わず後10分強の魔族戦後半、ツヅルの作戦が開始しました。


「アタシは闇魔術師よ」

「………」


 ツシータは霧が払われると同時に堂々と微笑みながら言いました。

 まぁ、その言葉を掛けられたムーロはただ訝しげな目を彼女に向けるのみでしたが。

 獣人が闇魔術師な訳がないし恐らく嘘だろう、とムーロは思っているでしょう。

 しかし、そんな疑いを態度で掛けられたツシータは依然として堂々とした笑みでムーロの目を見ています。

 ハッタリなどはあまり得意ではないツシータが、何故表情を崩さず嘘を吐くことができるのでしょうか。

 それは間違いなくツヅルの演技指導の賜物でした。

 『狼狽や憤怒などの感情を出さなければならない場面ではない時は常に微笑を心掛ける』『相手の恐怖や不安を最大限に利用する』

などを、ツシータに前世で学んだ技術をツヅルは教えたのです。


(上手くやってくれ……。ツシータは革命にもメアの件にも関係していないからあまりこういうのは好ましくないだろうが)


 心の中で誠心誠意謝罪をしたツヅルは事の成り行きを見守っていました。


「さっき、とある(・・・)魔法を使用してしまったから、獣人で魔力の少ないアタシは今、魔法が使えないけど……」


 胸に手を当て微笑んでいるツシータは遠くにいるナービたちの方をチラッと見ながら、あたかも世間話を話すかのように語ります。


「……本当に闇魔術師なの?」

「あなたにも分かっているでしょう? 本当に闇魔術師を求めているなら」


 特筆すべき過去を持っていないツシータが昨日教えた交渉技術を使いこなしていたことに、ツヅルは感服しました。

 ツシータのハイスペックさに驚きながらも、彼は「盲目」を使用する素振りを見せるタイミングを探します。


「確かに、そうね。私ほど闇魔術師を愛しているものはいないもの。あの子みたいに、可愛らしくて聡明で凛々しくて偶に見せるドジがまた愛らしくて弱っている時の甘えん坊さも可愛くて抉り出したいほど綺麗な眼をしていて折れそうなくらいに細い手足が可憐で。全てが愛おしいあの子みたいに、闇魔法が使える闇魔術師を、私は愛しているの」


 ムーロは体を捩りながら、ツシータなんて眼中にないかのように、記憶の中の誰かを思い出して顔を狂気的な赤色に染めていました。

 このムーロの発言を聞いたツシータは少し動揺していましたが、彼女たちの過去を知っているツヅルにはこの狂気が実に悲劇に思えました。

 どんなにあの子――当然メアのことでしょう――を愛していても実の親でもなければ、自分は角や翼を隠さなければ迫害されてしまう魔族です。自分と一緒にいても彼女が苦しむだけだ、と分かっていても自分の依存的親愛は彼女と別居することを許さないのです。

 自分と彼女を引き剥がそうとするかつての親友に「精神破壊」を掛けられた時、自分は彼女を娘のように思っていますが、彼女にとって親とは生みの親のことなのでしょう。不幸が重なった結果、自分が親代わりになっただけで彼女にとっては普通に暮らせるなら親など誰でも良かったのだ、ということに気付きました。

 そして、親が自分じゃなければならない理由が何一つとしてないことに強烈な嫉妬を覚えたのでしょう。

 その感情には「精神破壊」によって増幅されたものもあるかもしれませんが、根本はムーロ自身のものでしょう。

 「精神破壊」で狂ったムーロはメアの心臓を奪いました。それによって、メアは闇属性魔法を使えるようになりました。そして、それはムーロとメアとの共有点なのです。

 だからこそ、闇属性魔法が使用できる魔術師、という唯一の共有点をムーロは求め続けているのです。

――――これは推測です。真実かどうかというのはムーロに聞いたとしても分からないてしょう。

 しかし、もしこの通りなのだとしたら、何とも居た堪れない話です。


「えっ、そ、そうなの? ア、アタシは……」


 異常な愛をひたすらに呟く魔族を見たことがないので――尤も、見たことある人の方が圧倒的に少ないでしょうが――、ツシータは大きく狼狽をしてしまい、先程の堂々とした面持ちは崩壊していました。

 それを見たツヅルはツシータを下がらせました。

 役目は十分達成できたでしょう。


(あと、10分弱じゃ!)


と、テルランからお告げを受け、目標が刻々と近づいていることを認識したツヅルは、


「『盲目』!」


とムーロにも聞こえるように高らかに魔法を宣言しました。

 激戦の時は近づきます。





 

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