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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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四十話 結果

 優しく頭を撫でられているリーフは目を細め、まるで極上の時に浸っているかのように微笑んでいます。

 ツヅルは居た堪れない心情になりました。しかし、リーフに今父親の死を告げるのはとても危険でしょう。

 記憶が改ざんされるレベルのトラウマというのは早々消えるものではなく、行動を起こすのはできるのならしばらく時間を経たせたほうがいいのは明らかでした。

 さて、薄暗い路地を通り、裏路地を数分ほど通りましたが、浮浪者も集団でボロボロのフードを被る連中に喧嘩を仕掛ける気は起きなかったのか、何事も起きずに研究会まで着くことができました。


「皆、外套を貸してくれや。焼却処分しないともしもの時のために困るからな」


 というわけで数時間着続けた外套ともお別れをし、素性がバレないようにマントもミサンガも着ず、無地の布の服しか着ていないツヅルはリーフと共に研究会に入ります。

 暗い雰囲気が彼らの間を取り巻いていたので、


「もしも、街の憲兵がここにガサ入れに来たらどうするんですか?」


と、ここの警備体制について聞きました。


「基本的にその憲兵が入り口に来たら、玄関に立っている奴が全員に『通信』で何かアルファベットを一文字送るようになっている。これにより家宅捜索が行われると知った全員はまず自分の耳を『偽装』か何かで不可視にして、誰かが地下への階段を隠すという手筈になっているな。地下室には色々見られてはならないものがある」


 腕を組んだルシラは懇切丁寧に答えます。


「どや、凄いやろ?」

「なんで、私とファルが考えた方法をあなたが自慢しているんですか……」


 説明をさせたどころか、警備体制の設計にまるで関わっていないスラマイナのしたり顔にルシラは呆れた様子で突っ込みを入れました。


「そうなんですか……。初めて知りました!」

「何度も説明しただろう!」

「いてっ!」


 その方法に感心したのか、グラベールは感激します。

 しかし、初耳ではないようで、また忘れたのかといわんばかりにルシラは彼女の頭を(はた)きました。


「ひ、酷いです~。頭をクシャクシャする時はもうちょっと優しくしてください!」

「いい加減に魔法が出るぞ?」


 この様子を見ると、ルシラが研究会の会員のエルフから困った時のルシラと呼ばれているのが理解できるような気がしました。

 シャルインやファルも前二人には劣るかもしれませんが、一般社会から見てみれば十分に色濃いキャラクター性を持っているので、実質ルシラがこの研究会を支えているといっても過言ではないのでしょう。

 ツヅルは彼女に感心しました。

 そうこう話している内に、スラマイナに連れられて、地下の会長の部屋へと辿り着きます。その理由は、今後のことやファリースリについて話すためでした。

 付いてきているのは、ツヅルと離れたがらないリーフと副会長でもあるルシラのみです。

 最初は着いていく、と言ったツシータですが、どうやらさすがに疲れたようでファルに寄っかかって眠ってしまいました。


「リーフちゃん、ちょっとすまんな」


 相変わらず散らかっているその部屋に入ると、突然スラマイナが魔法を詠唱し、リーフに向かって放ちました。「昏睡」でした。リーフが床に倒れそうになるのを隣りにいたツヅルが何とか支えます。

 驚いたツヅルがその理由を聞いてみると「さすがにこの話し合いにリーフちゃんを混ぜるのは酷すぎるやろ」ということでした。それを聞いて、落ち着いた彼は頷きます。


「さて、お前とリトーンとの、いやお前とファリースリの関係を話してもらうで」


 どっしりと地面に座ったスラマイナは腕を組みました。

 なるべく彼女らを革命に巻き込みたくはなかったのですが、こんな状況になったからには仕方がありません。

 青い蜂討伐後の夜にリトーンとナラスの取引現場を見たところから、革命隊に誘われたところまでをツヅルは一挙に語りました。


「………」


 語り終わると、案の定ともいうべき沈黙が部屋内を襲いました。


「これが全てです」


 2人の驚愕の視線を受け止めながらも、彼は淡々と締めくくります。


「さしもの私もさすがにこんな大事が水面下で起こっている、てのには驚きやわ。……というか、本当に10歳か? お前」


 スラマイナは言いながら、頭を掻きました。


「今後、どう動くつもりなんや?」

「明後日、魔族を倒します」


 スラマイナたちはその言葉で驚きを表情に写しました。

 当然といってもいいでしょう。

 今日、貴族の屋敷に忍び込みリーフを攫ってきたばかりだというのに、昨日の今日ならぬ今日の明後日で魔族に挑むと言うのです。

 そういえば、メアのことを話していなかったな、と気付いたツヅルはメアという少女について掻い摘んで話しました。


「つまり、そのメアって子を救うためには魔族を生かしておく必要があるが、しかし、魔族を生かしておいたら近隣の村が再び襲われる可能性もあるし、そうなったら街で討伐隊が編成されるので何年掛かるかは分からないがほぼ100%、魔族は死ぬことになる。そして、それはメアが死ぬことと同義であるか」

「絶望的すぎるやろ! ……生半可な問題やないな」


 思い返すだけでも気分が沈んでくるほどの難易度です。


「その条件を満たせる方法があるのか?」


 心配げな、落ち着かない表情のルシラが聞きました。

 一応、ツヅルは頷きました。これ以上心配を掛けるのもどうかと思いますし、彼の脳には完璧ではないにせよムーロを打倒しうる方法が浮かんでいるのです。


「私にも、できることはなにか……」

「――そういうわけにはいかへん。私やグラベール、そしてルシラ。私たちは魔族と戦うことができひん、分かっとるやろ?」


 ツヅルを気遣ったのかルシラは協力を逆要請しようとしましたが、それはスラマイナに遮られました。彼女は子供を諭すように呟きます。

 それを聞いた彼女は、途端に無表情になった顔を下に向けて黙りました。

 事情を全く把握していなくとも、この一連の流れを見たツヅルは、そこが触れてはいけない場所だということにはもちろん気付いていました。


「すまんなツヅル。聞いての通り、私ら3人は魔族と戦うことができひんし、シャルインやファルにもちょっとした事情がある、他の奴らは十分な戦力にならんくらい弱い」


 だから協力できない、とスラマイナは申し訳なさそうに、しかし堂々と言い放ちました。


「たった1つ願いを聞くってだけで、リーフの件に協力してくれて、本当にありがとうございます」


 それを受けたツヅルは感謝の言葉を伝えます。


「……そのリーフちゃんなんやが」


 無理やり眠らしたリーフを見て、スラマイナは何ともいえない表情になりました。

 まだ子供のツシータには分からなかったかもしれませんが、エルフたちは気付いているでしょう。リーフがツヅルに依存しているのだということに。


「リーフが寝ている内に、僕は宿屋へと向かいます。……頼めますか?」


 メア関係でツヅルに残された時間は30時間ほどです。正直に言ってこの2日間、リーフにこれ以上付き合っているわけにはいきません。

 スラマイナは何の迷いも見せずに頷きました。

 その優しさに感動したツヅルは睡っているリーフの頭を撫でると、彼女の説得に苦労するであろうスラマイナたちに感謝を述べました。

 そして、地下室を出て階段を上がっていくと、地下室へ向かう扉付近でツシータが不安そうにこちらを見つめていました。


「リーちゃん、大丈夫……?」 


 落ち着かないのか指を動かしながら、ツシータは彼に聞きます。先程は空元気で明るく振る舞っていた彼女も、今は暗い雰囲気を纏っていました。


「ああいうのは、基本的に時間にしか解決できないものだからな」


 そう簡単に返したツヅルは、帰ろうと促しました。




「じゃね~! ツヅルくん、ツシータちゃん!」


 感謝と帰省の報告をシャルインとファルに告げ、玄関まで彼女らに見送られ、ツヅルたちは研究会から立ち去りました。

 今日は曇り空のため夕焼けが姿を現していないので、少し残念でした。

 心なしか街の人たちがざわざわとしているのは、自分の心境のせいなのかそうでないのかツヅルには分かりませんでした。

 フォート家の大広間の件とリーフ誘拐の件はもう街中に伝わっている可能性だって十分にあります。

 別に僕らがやったとバレているわけでもないのだし、とツヅルはそんな街道を堂々たる面持ちで歩いていましたが、子供らしい罪悪感に(さいな)まれているのか、ツシータの歩行はキョロキョロと臆病でした。

 僕もあのぐらいの年の頃にこの経験をしたらああなってただろうし仕方がないか、とその様子を見て思った彼はなるべく気を紛らわせるために色々な明るい話題で会話を取り持とうとしました。

 



「トヴァーリ様」


 ツヅルたちは宿屋に着きました。入ると、敬称付きで彼の名前が呼ばれます。声がした方を見てみると、相変わらず植物の多いエントランスにリーフがシュラさんと呼んでいた受付嬢がいました。

 黒と茶色を1対4程度の割合で混ぜたような色――いわゆる煤竹(すすたけ)色をした長い髪を持ち、目つきから顔の輪郭までスラッとしていて、背は160センチはあるでしょうか、タキシードによく似た制服を着用していることも相まってメイドよりは執事といった方が似合う女性です。

 受付で見る時も直立不動、無言を保ち続けている彼女の声を聞いたのは、異世界初日にこの宿屋に連れられた時の『一泊300レーになります』以来二度目でした。

 シュラの方に向き直ったツヅルが話を聞く姿勢を取ると、ツシータもそれに倣います。


「リーフ様とアラティス様はどうなされましたか?」


 問い正すかのような印象は受けませんでしたが、平坦故にどこか恐ろしい声でシュラは聞きました。

 しかし、普通に考えて、その質問はツヅルたちに投げ掛けられるものではないでしょう。

 何故なら、彼らがフォート家に潜入したということを知っているのはスラマイナたちと今は亡きアラティスのみです。

 恐らく、今日一日中受付に立って仕事に励んでたであろうシュラがその知識を所持しているはずがありません。


「そんなに警戒されなくとも構いません。フォート家で起こった事件のことをつい数分前に拝聴し、ご帰宅なさったトヴァーリ様とアーテル様が人間と戦ったかのような怪我をしておられたので、お伺いさせていただいたのみです」


 あやしいと思うのはツヅルとシュラが初対面、いえ初会話だからでしょう。

 いきなり、それを知っているはずがない人の口からそれが出たら、不審に思うのは当然です。

 ですが、ここでそのあやしさを追求しても誰の得にもならないのを理解したツヅルは、そうですかと頷いて問いに答えようとしました。

 素直にアラティスは死んで、リーフはしばらく帰ってこないと言うことには躊躇(ためら)いが隠せませんでしたが、結局知ることになるでしょう。そう思って、ツヅルは言いました。


「……アラティスさんは、」

「――アラティス様は子爵邸の大広間にて死亡、リーフ様は精霊族研究会という場所に捕らわれている、ですね」


 今度こそ、ツヅルは驚愕を表情に出してしまいました。一歩後ずさるほどに驚いたのです。

 ツヅルが口を開いた瞬間に、シュラは全てを知っていたかのような口振りでそう言いました。

 これには、ツシータも尻尾の動きを止めるほど驚いているようでした。

 シュラは何者なのか、とツヅルは即座に自問します。


「それは困ったことになりましたね……。わたしとエルシとカイバンが居れば、この宿屋は回せますけど……」


 しかし、そんな彼に見向きもしないで、シュラは右手を顎に当て目を瞑って何かを考えていました。どうやら今後の宿屋の方針を決めているようです。

 

「そういえば、トヴァーリ様。お客様がいらっしゃっています。『重要な話をしたい』とのことでしたので、廊下を突き当たりまで歩いた所にございます『会談室』にお連れいたしました」


 彼女の態度はたとえ、雇い主であるアラティスが死んだとしても特に変わりませんでした。

 そんな彼女は思い出したかのようにツヅルにそう告げると、受付へと戻っていきました。


「シュラさん」


 予定にない面談のことは頭の片隅に置いといて、歩いている彼女に声を掛けます。


「ここは、なくなりませんか?」

 

 聞きたいのはそれでした。

 もし、革命が成功してツヅルたちの身の安全が確保され、リーフが宿屋に戻ってくることになった時、その時に肝心の宿屋がないのは話になりません。

 父親が死に、その親と過ごした思い出の場所を失うのは例え大人だとしても辛いものでしょう。

 ましてや、精神的に衰弱しているリーフがその光景を見ることは想像したくもありません。


「……ええ。この宿屋は(わたくし)の悲願であり、リーフ様やご両親様にとっても思い出の場ですので。――こんなことを申し上げてよいのか分かりませんが、リーフ様をよろしくお願いいたします」


 シュラは背の低いツヅルが顔を見られなくなるほどの深いお辞儀をしながら、感情の籠もっていない平坦な声でそう言いました。

 



 死体を見て、憔悴しているリーフを見て、傷ついたツヅルを見て、精神的にも身体的にも疲れているであろうツシータを部屋まで送った後、「アタシも話し合いに参加する!」という抵抗を押しのけたツヅルは会談室に辿り着きました。


「失礼します」


 まるで面接かのように軽くノックして扉を開けると、その会談室はツヅルたちの部屋の間取りと全く同じ部屋でした。

 会談室というくらいなのですから、インテリアは彼らの部屋と違います。まぁ、丸型の机1つと椅子が5、6個という特筆すべきこともない質素なものなので、本当に話し合いをするだけの部屋なのでしょう。

 その椅子の一つ、最も扉に近い椅子に座っていたのはナービでした。予想していないわけではありませんでしたが、ツヅルは少し驚きます。

 「湖の剣」の副リーダーが直々に、このようなはっきりいってしまえば貧乏人御用達な宿屋に来るとは思っていなかったのです。


「……大丈夫なんですか?」


 ツヅルは扉を閉めながら、聞きました。

 フォート家の事件が起こったすぐ後にこんな疑われるような行動をして大丈夫なのか、というのがこの言葉の真意です。


「今日、フォート子爵邸で起こった事件が原因でナラスがモハナト家の屋敷に訪れているから、心配しなくていいよ。それに魔族のことやフォート家侵入の結果も聞かないといけないからね」


 ナービはその問いに微笑みました。

 そうですか、と頷くと、ナービの右隣に座ります。


「じゃあ、最初は誘拐事件について聞かせて貰おう。大体風の便りで伝わっているんだけど」


 ツヅルが座るのを見届けると、ナービは椅子を彼の方に引きます。

 ツヅルは語り始めました。


「……なるほど。料理にファリースリが……」


 リーフの部屋を割り出すまでは比較的順調でしたがと語り、大広間の件を伝えるとさすがのナービも驚いたように見えました。


「別の組織が介入している可能性が高いね。料理人が料理にうっかりファリースリを入れてしまったなんてありえないし、全部の料理に入っていたのならば大量のファリースリが必要だ。フォート子爵邸にそんなにあったとは思えない」


 なるほど確かに、可能性が一番高いものはそれです。しかし、


「それをする理由が分からない」


 これをすることによって、発生する利益というのが彼らには想像がつきませんでした。


「まあ、その別の組織に関しては今度レダンさんも混ぜて話すことにしよう。今、ファリースリのせいで、私たちは余計な憎しみを集めているんだ」


 ナービはそう切り出して、


「そのファリースリ、いや『謎の薬物』――大広間には爆発のせいで殆ど料理が残ってないから検査ができないらしい――か。それを料理の中にいれたのも全て誘拐犯の仕業ということになっている」


と、少し焦った様子で言いました。

 当然のことでしょう。

 フォート家次期当主の結婚相手であるリーフが誘拐され、ラミ伯爵の愛娘であるリトーンは殺され、挙句の果てに、大広間にいた貴族たちの9割は死亡、残りの1割弱はファリースリ中毒によって今もなお正気を取り戻せていません。

 そのヘイトが今、誘拐犯に集まっているのです。

 

「リトーンどころかラミ伯爵やフォート子爵すらも死亡してしまったし、貿易は中止か……」

「そうですね……」


というような後悔しかない作戦会議を数分で終えて、会議の内容は2日後に迫ってきている魔族討伐の件に移りました。


「魔族のことですが……」


 ツヅルが何気なしにそう言った瞬間、今まで微笑みを絶やさず浮かべてきたナービが顔が少し悲しげになりました。

 理由は察しているつもりです。

 友好と因縁、どちらも強い敵。「湖の剣」の長のナラスに対するナービの感情は今までを思い返してみても複雑そうなのが分かります。


「魔族討伐に乗じて、モハナト公爵陣営で一番の戦力であろうナラスを誘拐もしくは殺害し、ラミ伯爵家の消滅によって多少挽回されたモハナト革命隊の劣勢をさらに巻き返します」


 しかし、もうやらなければならない時が来ているのです。

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