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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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三十八話 子爵とエルフの血 9

 いわば、不運。

 ツヅルたちにとって、それが事故のようなものでしょう。問題は色々とあったものの、もう少しで作戦は遂行できるはずでだった彼らに、最後の事故が襲ったのです。

 突如鳴り響いた衝撃音に驚いていたツヅルたちは階段を下り、大広間のある西館の方に向かいました。先程、ルシラが『大広間にいる』と「通信」を送ってきたからでした。

 そして、こっそりと大広間を覗いていましたが、その様子は目を拭いたくなるほどに信じがたいものでした。

 人、貴族やその一部の近衛たちが狂ったかのように剣や魔法を打ち合っていたのです。

 白目をむいて顔を赤くしながら、分け目も振らずに近くにいる者を殺している様子は、まさに狂人たちの巣窟でした。そこには身分も富の差も関係ありませんでした。

 また、1人。また、1人とほんの少し前までは高貴な雰囲気だったであろう大広間に人が血塗れで倒れていきます。血の水たまりがそこかしこにできており、テーブルは半分に折れ、数十体の死体があるようなこの場所にはお似合いの光景でした。 格式高い白色の木材の姿はそこにはありませんでした。

 屋敷に鳴り響いた大きな爆発音の正体はこの大広間にいる魔術師の魔法でしょうか。


「なん……ですか、これ」


 リーフが全員の気持ちを代弁してくれているかのように呟きました。

 ツヅルは分からないと答えただけで、他には何も喋りません。


(どういうことなんだ……?)


 彼自身もこの状況を全く把握しきれていないからです。

 しかし、いつまでもこうしてはいれないので、とりあえずこの惨劇の整理を始めます。

 まず、この貴族たちやその他護衛が過剰に魔法を打ち合うことになった理由を考えました。

 考えることのできる推測の中で可能性の中で最も大きいのは、ファリースリでしょう。

 他にも、精神魔法など魔法の力が関与している可能性もありますが、スラマイナに聞いたところ、この広範囲に精神魔法を、それも全員に必中させることのできる魔術師は世界に3人いれば多い方だそうです。

 即ち、ツヅルの想像もしていない代物出ないこない限りは、ファリースリの摂取による凶暴化というのが正しい状況整理でした。

 どんなルートを辿ったのか分かりませんが、その薬物が貴族たちの胃の中に入っているということなのです。

 しかし、フォート子爵が食事にそれを入れさせた、なんて考えは荒唐無稽でしょう。実際、フォート子爵は大広間の最奥にある舞台の上で瀕死の状態で倒れているのですから。

 結婚式の日に花嫁の誘拐と大広間での乱闘が起きるなど、偶然だとしたらどんな不幸が重なってこうなるのでしょうか。

 これが偶然なわけがありません。意図的に仕組まれたものだ、とツヅルは思いました。

 しばらく考えていましたが、それ以上のことは想像もつかず、一旦ツヅルは思考をこの場を治めることの方へ向けます。


「ルシラさんは?」


 まず、思ったのがそれでした。

 スラマイナにSOSを送った張本人は今、何処で何をしているのでしょうか。

 大広間を注視していると、人が入り乱れていてよく見えませんでしたが、黒い外套を着た3人組がいたような気がしました。


「スラマイナさん、恐らくこの中にはルシラさんのグループがいます」


 まだ固まっているスラマイナにそう伝えます。


「きっと怪我人の手当とかやろな。ルシラはそういうやつや。……どうしたらええと思う?」


 しかし、珍しく即断をしなかったスラマイナは頭を抱えると、判断をツヅルに任せました。

 スラマイナの葛藤は、突入すべきかしないべきかということでしょう。

 この魔法と剣の嵐の中、突入したらツヅルなどの弱者はもとより、下手をしたらスラマイナですら死んでしまう可能性があります。

 幸いなことに、この屋敷は街中にあるので救援もすぐ来るでしょう。といっても、この街で一番の戦力となる遠征7隊は現在遠征中であり、あくまで街で雇った警備員がやることになるのでこの状況を鎮圧できるかどうかは不明ですが。

 また、突入しないという選択肢を取るのも救援を頼んで来たルシラたちを見捨てることになります。

 これが分かっているからこそスラマイナは、この危険地域に突入するかしないか、という選択で頭を悩ませているのでしょう。


「お父さんっ!」


 ツヅルやスラマイナが戦力が圧倒的に足らないこの状況に苦悩していると、リーフが突然分け目も振らずに走り出しました。

 見てみると、この中にいる人間の約半数が死体である荒れ狂った大広間の中央にアラティスが額から血を流しながら倒れています。

 恐らくこれを見て、心中穏やかではなくなったリーフは危険地帯に飛び出したのだとすぐに分かりました。

 当然、地獄絵図な状態の大広間でリーフだけは被害に合わないなんて幸福なことが起こるはずもなく、1人彼女を見つけた近衛風の鉄の鎧を着た男が彼女に向かって魔法を放ちました。「火炎波」のようです。

 「火炎波」は高々下級火属性魔法にすぎないのですが、ファリースリに染まった近衛のそれは特別でした。

 詠唱速度はほぼ一瞬、火の波の範囲も大幅に広がり濁流となってリーフなどは飲み込んでしまうほどの津波になりました。

 しかし、攻撃対象となったリーフはその存在に気付いていないようです。アラティスという唯一無二の父親にしか目が向いていないようでした。


「危ない!」


 硬直していた自分の体に鞭打ったツヅルはリーフの方に駆け出しました。一度二度しか使用したことのない水属性魔法の「流水」という数リットルの水を排出する魔法を詠唱し始めます。

 しかし、彼に特別な魔法能力なんてものはありません。慣れていない水属性魔法を使用するには時間が掛かり過ぎるのです。間に合わない、ツヅルが悟ったその時、


「――『忘却』!」


 そんな声が鳴り響きました。その直後には、人混みの中から硬式ボール程度の大きさの灰色の球が飛んできて、「火炎波」に当たります。

 そして、なんと驚くべきことに、ツヅルが瞬きをした間にその巨大な火の波は消滅していたのです。

 「忘却」という魔法は上級無属性魔法で、魔法を打ち消す魔法と呼ばれています。

 まだ下級魔法すら満足に扱えないツヅルがそんな魔法の存在を知っている訳がなく、目を点にしながらリーフの救った者の姿を探しました。

 それは、ルシラでした。

 きっと、リーフの「お父さんっ!」という叫びを聞き、そちらの方を向くと、少女が「火炎波」の餌食になろうとしていたのでそれを放ったのでしょう。

 ルシラは、その少女の数メートル後ろにツヅルを発見したのか、やっと助けが来てくれたかと少し安堵した表情を見せました。

 

「大丈夫か!?」


 何とかリーフ追いついたツヅルは、彼女の肩を押さえつけ、身を低くさせながら聞きました。


「お父さんが……!」


 大広間の騒音にかき消されるような小さい声でそう呟いたリーフは彼の拘束を剥がそうとします。

 その意見はごもっともですが、さすがに大広間の中央に行くという死に急ぐような行為をツヅルは認めるわけには行かず、彼女を抱きしめる形でどうにか行かせまいとしました。

 しかし、非力で有名なツヅルです。何とリーフの力の方が上のようでした。ツヅルの手と彼女の肩は見るも無残に引き裂かれてしまったのです。

 すると、今度は派手な格好をした貴族らしい女が、ツヅルの下半身を丸ごと飲み込むほどの大きさの「火炎球」――中級火属性魔法で「火球」の上位互換性を持つ魔法――をリーフに放ちました。

 倒れている父親を見て取り乱したリーフはアラティスの方へとひたすらに駆けていきました。その様子は盲目に等しく、再び飛んできた魔法に気付いていないようです。

 当たったらただでは済まないでしょう。

 ツヅルは周りを見ますが、近くには誰も味方はいませんでした。

 あるのは、自分の体と念のために詠唱を続けていた「流水」だけです。

 怒涛の状況にツヅルはため息を吐きました。これは、決心したことを表す行為でした。

 ここでリーフが死んでしまったら、何もかも失敗に終わってしまうのです。それをツヅルが許すはずがありませんでした。


(自分の体を犠牲にするのは怖いな……)


 そう思いながらも、猛ダッシュでリーフの方へと近づいたツヅルは、巨大な火の球と衝突するような位置に立ちます。

 火は水に弱いとはいっても木の棒で突っつくよりも攻撃力のないツヅルの「流水」では到底、ファリースリによって強化された「火炎球」には敵いません。

 なので、「火炎球」がぶつかる瞬間に自分の体に水を掛け、体を燃やさないようにする、という妥協策を立てました。これなら、怪我はするでしょうが、少なくとも死ぬことはないでしょう。

 刻々と迫ってくる「火炎球」とリーフの間に立ったツヅルは恐怖に歪む視界を無理やり整えると、


「『流水』」


そう言い放ちます。

 急に前に出てきて、水属性魔法を唱えたツヅルを見たリーフは心の片隅で違和感を覚えました。しかし、心の最も深い部分から、アラティスを助けたいと思っている彼女はそれを無視しました。

 ツヅルが水を被るのと同時に巨大な炎の球と激突するのを見るまでは。


「――!」 


 リーフは、ツヅル以外のこの世の全てを一瞬だけ忘れるような感覚を感じるのと共に立ち止まりました。

 数メートル後ろにまで吹っ飛ばされたツヅルは素人的な受け身を取れたので、骨は折れていないでしょうが、顔や体を守った腕などにひどい火傷をしています。

 すぐに、ツヅルが取り乱した自分を守ってくれたのだと気付いたリーフは泣き出しそうな表情で彼の方に近づきました。


「大丈夫ですか!?」

「……っ! あ、ああ、手のひらの傷が焼灼(しょうしゃく)止血されたぐらいだから大丈夫だ」


 そう言うと、ツヅルは何でもないように装いながら立ち上がろうとしましたが、体の節々の痛みから思わず身を屈めてしまいます。


「ツヅルさん!?」

「むしろ、この傷だけで済んだのが幸いだな、……ん?」


 心配するリーフを落ち着けようと放った言葉は、


『魔力は水に溶けるの』


と、ツシータの言葉を思い出させることに繋がりました。

 そして、ツヅルはそれによりこの大広間を何とか治める策を思いつきました。

 この切羽詰まった状況を打破するためには、当然ファリースリに過剰に侵食されたため、精神を害した貴族連中をどうにかする以外にありません。

 それを解決するためにツヅルが思い付いた策はこの大広間内に洪水を起こすことです。

 魔力は水に溶ける、その性質を利用しようという魂胆です。これが成功すれば、ファリースリ摂取者の魔法も多少な収まるでしょう。

 しかし、この大広間全体を水浸しにできるような能力をツヅルが持っているはずもなく、現在彼らがいるのは大広間の中心近くです。入り口付近で固まっているスラマイナたちや、この状況の打破に向かって大広間内を奔走しているルシラたちには助けを呼べません。

 ならば、誰がそれを行うのでしょうか。それはリーフです。

 以前リーフの口から直接、自分は魔力の制御ができない体質でそれは今も治っていないと聞かされたことがあります。

 ともかく、魔力は水に溶けるという性質と、リーフが魔法を使用するとどうしても大規模なものになってしまうという知識を有用に使った結果がこの作戦でした。

 未だに彼の怪我を気にしているリーフにこの作戦の概要を素早く、ツヅルは簡潔に伝えます。


「でも……。いえ、分かりました」


 一瞬戸惑いながらも了承したリーフは、テーブルクロスが引いてある豪華な、食事を運ぶ前だったのか何も乗っていない机の近くまでいってしゃがみこんで「流水」を詠唱し始めました。

 リーフはどうやら水属性魔法をあまり得意にしていないようで、使えるのが「流水」しかないらしいです。

 いくら、魔力が暴走しがちになるリーフでもこの学校の体育館ほどある大きさの部屋を全て水で濡らすことはできるかどうか、というのが今のツヅルの正直な心境でした。

 しかし、ツヅルはそんな不安を振り切って、数メートル離れた地面に気絶しているアラティスの様子を遠目で見ます。

 貴族近衛その他からも同じように、生きていると思われていないのか致命的な攻撃は受けていないようでしたが、貴族たちなどから踏まれては若干咳き込んだりしているので生きているようです。

 しかし、そんなことよりももっと重大な事実にツヅルは気付くべきでした。否、もっと早くに気付くべきだったのです。


「『流水(ランニングウオーター)』、ですっ……!」


 ですが、ツヅルがそれを思い出したのは、リーフが天井に向けて少し舌っ足らずな声で魔法を放った直後のことでした。

 幸か不幸か、リーフの「流水」によって発生した水は想像を遥かに上回っていた量でした。本当に洪水を起こせそうなほどです。

 その大量の水が天井にあたり弾け、大広間全体を水浸しにしました。

 ツヅルは次の瞬間にくるであろう衝撃からリーフを守るため、咄嗟に彼女の方へ走りました。


『ファリースリと魔法との反応が結構面白くて、無属性魔法以外の魔法とファリースリを接触させると大爆発を起こすんですー』


 今日何度目の追想でしょうか。

 ツヅルは今日、走馬灯を見ているかのような気分に何回も陥りましたが、これはその内でも最大級のものでした。

 貴族全員をファリースリ中毒に陥らせたいのならば、それを入れる場所は当然料理の中なのだから。


――――――――――


 少しあった躊躇いを捨てて「流水」を放ち、大広間の地面やら机やらに水が勢い良く落ちるのを見届けたリーフが見たのは、とてつもない音を発しながら爆発する何かと、それに巻き込まれた貴族たちでした。

 それを見た瞬間、彼女は大きく目を見張りました。今、この場所で何が起こったのか分からなかったからです。

 そうしている間にも、爆発が二度三度起き、生きている誰かがそれに巻き込まれます。

 それについて、リーフは何も思いませんでした。感情がこの状況に追いついていないのか、はたまた彼女が人の死ぬ所を見ても何も思わない無慈悲さを持っているのか、ということは分かりませんが。

 しかし、次々と倒れていく人間に対してリーフが何とも思わなかったのは、その次の光景を見るまででした。

 数メートル先に倒れていた彼女の父、アラティスが爆発の巻き添えとなったからです。

 その爆発は普通のものと――普通が何か分かりませんが――比べて、小規模なものだったので、幸いなことにリーフは少し吹っ飛ばされるのみでした。

 そして、その直後にツヅルが抱きついてきます。

 涙を流しながら、「すまない、すまない」と唇を噛み切ったのか血が滴っている口で呟きながら、リーフに覆い被さっているのです。

 

(何の、ことでしょうか。ツヅルさんが謝罪をしなければならないことなど、何1つないはずです)


 動転しているリーフにはツヅルの行動の訳が分かりませんでした。彼女にはもう爆発の音は聞こえなくなっていました。


「わたしの、お父さんは、死んでないですよね?」


 リーフは無表情のまま、まるでそれを聞かなければならないかのように呟きます。


「……ああ、そんなことがあるはずないじゃないか」 


 ツヅルは火傷のある腕で涙を拭き取り、苦しそうな笑みをこちらに浮かべると、そう言いました。しかし、見ていられない、なんて言いたげな表情ですぐに目を逸らします。

 リーフはその待ち望んでいた返答を素直に受け入れました。


(ツヅルさんは、すごいお方です)


 リーフは感激します。彼女は必死に先程見た光景を忘れようとしました。


(ツヅルさんがこんな嘘を付くはずがないのですから。私の目が、狂っているのです)


 冷えていたリーフの五体を抱きしめているその体は暖かく感じられました。

 目を閉じてその暖かさに浸っていると、何も考えずに全て彼の言う通り動いていればいいという安心感のみが彼女の心を支配しました。

 

(ツヅルさんがいれば、何も要らない)


 彼女には抱きしめてくれる人はもうツヅルしかいないかのように感じられました。


――――――――――


 ツヅルは底の見えない後悔からくる吐き気や怒りを必死に押さえ込めていました。

 この爆発の中、彼の心情は2つの感情によって支配されていました。

 一つは、スラマイナやルシラたちは怪我をしてないかということ。

 そして、二つ目。こちらがツヅルの思考の大部分を占めていました。

 よりにもよって、リーフの手でアラティスを殺させたのです。申し訳なさ、なんて言葉じゃ足りないくらいの後悔をツヅルは感じていました。

 アラティスはファリースリの魔法との反応による爆発で死亡してしまいました。

 後の祭り、梨の(つぶて)。いうのは簡単ですが、そう簡単に立ち直れれば人間は自殺なんてしないのです。

 ツヅルは悔やんでも悔やみきれず、しかし自殺もできない自分を恨みます。

 そして、自分の旨に顔を押し付けているリーフを見て、1つの決心が浮かびました。

 許してくれるまで、彼女に尽くし続けると。

 もちろん、この時のツヅルはリーフの心が歪んだことを知りません。

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