三十三話 子爵とエルフの血 4
「ハァ……ハァ……、アッカンわ、これ。辛すぎひん?」
「黙って走ってください……」
ツヅルたちは外套を着込んだまま街道を走っていました。
空き家から宿屋までは歩きで1時間ほど掛かるので、走らなければ到底間に合うものではなかったのです。
ツヅルもいつかのメアほどではないですが、体力があるほうででもなく限界間近でした。
それでもスライマナたちに何とかついていけているのは、彼女たちエルフがその種族の性質上人間よりも体力が少ないことと、エルフだとバレたくないがためにずっと研究会に引きこもっていたことが原因でしょう。
運動していないと、体力が失われるのは人間も精霊族も同じでした。
ツシータはやはり獣人特有の有り余る身体能力のおかげか、汗一つ掻かずに軽々と駆けています。
彼らは比較的人の通らない道を走っていましたが、人が完全にいない道というのは中々なく黒色の外套を着込んでいる連中が息を荒立てながら走っていく様は面白おかしく見えたでしょう。
「やっと、着いた……」
ツヅルは路地を抜け、全身に太陽の光を浴びると呟きました。
数十分の間、体力の都合上歩行という休憩を挟みながらも誰一人倒れず走り抜いた彼らは丁度リーフたちが出発する頃には宿屋に到着していました。
そんな苦行を終えた彼らに神からのご褒美なのか、そこには実に喜ぶべき光景が広がっていました。
「馬車が2両並んでいるわ」
スライマナやツヅルの遅さに呆れたのかいち早く宿屋に向かったツシータは彼らに嬉しそうに言います。
彼らも、まるで一般的な歩行者のように素っ気なく宿屋の前の通りを通行すると、確かに一般庶民が持つような貧相なものではない豪華な馬車と、土で汚れた大きな布で座席が覆い隠されているだけの木材で造られた庶民用の馬車が一つずつ置いてありました。
後者はともかく、前者は間違いなくフォート家のものでしょう。
呼吸を落ち着けるながら、遠くの曲がり角から馬車2つの動向を見張っていると、。
「お、ターゲットのご登場やな」
10人以上はいるだろう、フォート家の護衛が着ていた鎧と同じものを着用している人間に囲まれながら、地味なウェイトレス姿のリーフは扉から登場しました。
その後ろには彼女の父、アラティスが一人ぽつんと立っていました。
「T、どう動くんや?」
ツヅルがその光景を観察をしていると、スラマイナからこれからのことについて聞かれました。
「とりあえず、どっちの馬車にリーフが乗っているのかを確認したら、すぐに馬車に乗り込みやすい位置、例えば、比較的狭い曲がり角とかに先回りして期を待ちます」
「どうやって馬車の通る道を予想するんや?」
「この街は規模の割に、馬車が通ることができる大通りが少ないので、目的地が分かっていれば容易に想像が付きます」
「また、走らなあかんのか……。まぁ、自分で決めた作戦だし仕方ないか」
ツヅルは改めて、研究会には全く関係ない彼やリーフを助けようとしてくれた彼女らに胸中で感謝します。
(革命が成功したら、何か恩返しをしないとな)
そう思いながらも、彼は思考を現実に戻します。
そうこうしている内にリーフを囲っている護衛たちは何かを話しながら、馬車の中に入っていきました。
見たところ内訳は、前の豪華な馬車に9割以上のSPとリーフ。後ろの庶民的な馬車に2人とリーフの父が入っていくのが見えました。
「普通、父親も十分に警護するもんやと思うが」
「まぁ、分家ですからね」
そんな会話を最後にして、彼らは走り出しました。
ツヅルという男は英単語や√(n)などの文字列を覚えるのは苦手でしたが、数学の解法パターンや自分が通った道を覚えるのは恐ろしいほど正確且つ素早く、一度死んで異世界に来た今でも、小学生の時に遠足で2、3度行った動物園の見取り図を書くことができるほどです。その点では冒険者向きでしょう。
もちろんその能力は現在も健在で、以前貴族街でナラスとリトーンとのファリースリ取引を見た時に通った道以外だったら、モハナトで通ったことがある道は全て記憶していました。
それはこの状況でも役立っています。
ツヅルは何の迷いもなく進んでいき、最短距離でフォート家の馬車が通るであろう曲がり角に到着します。当然、その馬車は未だここに辿り着いていません。
街道と聞いて真っ先に想像するのは、基本的誰でも中央に車線があって左右に歩行者用の道があるようなベーシックなものでしょう。
ですが、このL字路付近はそうではありません。ツヅルは詳しい事情を知りませんが、外側に歩道があり残りの内側に馬車用の道があるのです。
「めっちゃ適当に進んで行った気がするんやけど本当にここであっているんか?」
とスライマナは不安を隠せないようでしたが。
「どう乗り込もう?」
ルシラが全員に向かって聞きます。
布がかぶさっている方の馬車にリーフの父と2人の警護員が乗っていることが分かっています。当然、乗り込むならこっちでしょう。
「殺すと色々まずいので、できることならスライマナさん達に任せたいのですが」
ツヅルはまず奇襲でしかも1対1の状況ですら、勝てるかどうか分からない戦闘力しか持ち合わせていないので、ここは折角連れて来たのですから、魔法集団エルフウーマンたちにその能力を発揮してもらいたいものです。
また、ツシータなら「奇襲」で「一対一」という好条件でなら護衛たちともいい勝負ができるでしょうが、確実にどちらかが血を見ることになります。それは今後のこと、すなわちリーフの父を説得することに差し障りが出るので回避したいと彼は思っていました。
「まぁ、そうなるわな」
スライマナはうんうんと頷きました。どうやら、彼にそう頼まれることは予想していたようです。
「じゃあ、この件に関しては私の管轄とさせてもらうわ。RとGはここに残ってくれ、他は私たちが馬車を制圧し終わった時に乗り込めるように他の場所を探してくれや」
G、というのはスライマナとルシラ以外のエルフ3人の内の1人で、本名はグラベール・アルストリメというらしく、エルフ5人の中では最も幼い容姿をしています。エルフらしい碧眼金髪を持つ彼女は、ハイ、とロボットのように緊張した声を出しました。
因みに、他の2人も紹介していくと、まずはFでファル・ストロン。グラベールとは打って変わってスライマナよりも大人に見える容姿を持っています。金色の短い髪で、どうやら聞く限りでは戦争経験者らしく、塞がれている右目には大きな切り傷がありました。
最後の1人はシャルイン・フリリアという名前です。スライマナのスパイごっこの弊害で、SではなくCとなりました。
深い黄緑色、苔色の髪と大人びた顔付きが特徴の女性です。月並みな表現ですが可愛いよりも美人が似合う女性でした。しかし、胸に月は付いていないようで、一般的な男目線だとどうにもフラット過ぎるのが素材を殺している様に見えました。
ともかく、今回スラマイナとルシラとグラベールは少しの間、別行動をとることになりました。
そういえば、スライマナは狩猟が得意だったらしいから大丈夫だろう、と思ったツヅルは頑張ってくださいと応援の言葉を彼女らに掛けます。
「任しとってや! Rが怒ったときの獅子奮迅さでやったる!」
「えい!」
こんな場所でもふざけているスライマナの頭を後ろから、ルシラは強く叩きました。
「いった! 何やR!」
「いや、今叩いたのはGですよ。ほら、ワタシぶきもってます」
ルシラは棒読みで腰からナイフ2本をおもむろに取り出します。
「えっ、えっ。すいません!」
急に話を振られ、責任をなすりつけられたグラベールは動揺により何故か頭を下げます。
「おいG! 何やっとんねん! 今度、Gが沢山生息している洞窟に1人で突入するか、髪の毛グシャグシャにされるか、罰を選べぃ!」
「Gはいやです! どうかわたくしの頭をグシャグシャにしてください。お願いします!」
「お、おう……。自分からされに来るんか……。若干、引くわ」
いや、本当にGってなんなんだ、と思いながらもツヅルは残りの者を引き連れ、彼女ら3人が制圧した馬車に乗り込む場所に向かいました。
――――――――――
ツヅルたちが馬車に乗り込む場所を探しに行った頃、未だにじゃれ合っているスラマイナとグラベールを軽い暴力で治めたルシラは作戦会議を開きました。
彼女たちの方が目的の馬車内にいる護衛よりも多いとしても彼らは子爵家に務めることができる人間です。知識や戦闘経験もそこそこあるでしょう。各々が自由に飛び込んだら、失敗することが目に見えていました。
「さて、どうします? というか、私とGだけしか選ばなかった時点で、会長は何かしら作戦は立てているのでしょう?」
きっと何も考えていないのだろうが、と思いながらも、スラマイナを働かせるには煽てるのが一番だと知っていたルシラはあえて彼女の考えとは逆のことを言います。
「も、勿論や! そ、そんな適当にお前ら2人だけ選ぶ、なんてこと、あ、あるわけないがな」
「流石です! 会長!」
スラマイナはお手本のような動揺っぷりを見せていましたが、そんなことよりもルシラはグラベールの会長への崇拝ぶりに驚いていました。
彼女は北ミストレア森林の集落で暮らしていた頃からこのだらしのない会長の能力を尊敬していました。
その理由はグラベールがエルフの中では魔法が得意ではなく、火炎魔法を線香花火にしたり、水魔法を洪水にするのが得意なことも関係しているらしいです。確かに、スラマイナはどんな難しい魔法でも魔術書を介さずにさっと使えるようになるので、周りのエルフからは尊敬の眼差しで見られることも多々ありました。
この会長は若くして集落の狩猟班の長になっただけあって魔法から弓、短剣に掛けて武器全般の扱いが上手です。
そんな彼女を見て育ってきたグラベールやルシラ世代はそれはもう彼女を尊敬したものでした。尤も、モハナトで彼女と暮らし始めてからは、ルシラのその感情は綺麗に流れ去りましたが。
しかし、会長の座を降りて欲しいなどとは思っては居ません。
その性格はまさに上に立つためにあるようなものだろう、とはルシラも感じていたからでした。まず、叱咤激励が上手く、狩猟や戦闘が終わった後にその威厳を保ちながら、部下を励ましたり褒めたりするのが詐欺師の領域で巧みなのです。
(だがしかし、私はこの詐欺師に騙されたことはないがな。……ああ、ない)
誰に語っているのか分かりませんが、ルシラは自分の考えを脳内でしっかりと朗読しました。
そんなことを考えている内に、
「とりあえず、物理攻撃はアカンらしいから武器の使用は禁止する!」
「おお~!」
なんて、スラマイナは当たり前のことを言い、外套のフードの下の元々癖っ毛の髪がさらにグシャグシャになっているグラベールはそれに感激しています。
「そんなの。当たり前過ぎます。もっとなんかないんですか?」
呆れた表情でルシラは頭を軽く掻きました。
「えー、それならRが考えてくれや」
「そうです!」
そうすると、徒党を組んで彼女に反発するスラマイナたちも精霊族研究会では割とよく見る光景です。なので、ルシラはこの常套手段に対して全く動揺せずに思考を開始しました。
後、数分もしたら馬車がこの曲がり角に来てしまうでしょう。このまま会長に任せたのではどうにも時間が足らないのです。
さて、とルシラは今自分たちがいるL字路を見渡します。
この曲がり角はさすがに馬車が通れるだけあって人もそれなりにいるのが少し障害になりそうなの以外は、さすがツヅルが選んだだけあって馬車にはきちんと乗り込める算段が立てられるようになっています。
この内側に馬車道があり、外側に歩道があるという特殊なL字路が造られた理由は、昔、庶民派を気取っていた貴族がこの付近に柵も何も付けずに屋敷を建てたことが関係していました。
当時、ここは中央に馬車が通り、歩行者は左右の道を使う一般的な道路だったのですが、貴族ということと犯罪対策ということが相まって盗人が多かったそうです。
なので、その貴族はせめてもの対策として、歩道を屋敷とは反対の外側のみにしたというわけです。
そんな面倒くさい対策よりも単純に、警備の数や屋敷の構造を改善すればより手間を掛けずに盗人は少なくなったのではないか、とルシラはこの道路の歴史を知ったときに思いました。
しかしこの道……、
「でも、さすがにフードを顔も見えないくらい深く被った集団が突然、車道を歩き出したら目立つよなぁ」
スラマイナはルシラの考えと同じことを呟きます。
そう、昼間で皆仕事をしているとはいえ、人がそこそこ通るこのL字路で堂々と馬車が通る道を闊歩するのは悪目立ちすることは間違いないのです。
これはどうにかならなかったのでしょうか。
(ツヅルならこの道路が馬車に乗り込むための絶好のポイントとなるのか?)
頭を回転させていましたが、一向にいい案が浮かんできません。
「偶然を装って行けばいいんじゃないですか? ほらわたくし、100レー硬貨持ってますし、これを偶然車道に投げちゃった、みたいな」
話し掛けられないと会話ができないことで有名なグラベールは、珍しく自分の意見を進言しました。相当、自信があるのだろう、と若干捻くれた考えをルシラは持ちました。
「じゃあ、とりあえずそれでいくか。次の段階は、……乗り込む時どうするかや」
結局、仕切るのは会長なのかと思いながらも、ルシラは考えます。
目的の馬車はリーフが乗っているものとは違い、布一枚で馬車内を覆っているものにすぎない何ともみすぼらしいものです。
色々不憫さを感じさせるが、彼女たちにとってそれは実に有り難いことでした。
「思いつくのは、普通に私とRで睡眠魔法を唱えながら突入しGがターゲットの父にナイフを突き立てとりあえず声を出せないようにするぐらいやなぁ」
「まぁ、そうですよね」
それにはルシラは同意しました。
睡眠魔法は聖属性にカテゴライズされます。
聖属性というのは精霊族の専売特許というわけでもありませんが、魔族はそもそも聖属性を使うことができず、人間や獣人は極めても中級魔法までなので4大種族の中で、群を抜いているのは間違いありません。
睡眠魔法は簡単にいえば、魔力で造られた波で相手の脳を揺さぶって気絶させるといったもので、睡眠魔法という名称は絶対に間違っているとルシラは思っていました。気絶魔法とでもいった方が適切でしょう。
上級聖属性魔法の「昏睡」は、魔力に弱い体質の生物なら死んでしまうこともあり得るもので、詠唱に時間は掛かるが人間、獣人相手なら魔法壁のような防衛魔法を張られていない限り有効です。
そうと決まれば話は早いということで、グラベールの提案を実行することに決定しました。
「えいや!」
無駄に気合の入った投げ方で、グラベールは100レー硬貨を投げました。それを見て、「絶対に偶然落としたなわけないやろ」とクスクス笑っているスラマイナをルシラは無理やり引っ張って馬車を避けながら車道を走っていきます。
チラっと後ろを見ていると、街の人々は全然こちらを気にしていませんでした。尤も、グラベールの作戦が成功したのか、もとから私たちに関心がないのかは分かりませんが。都会になればなるほど人は隣家に無関心になる、というのはよく言われています。
グラベールが思い切り投げた硬貨が落ちた場所は件の貴族の家を囲んでいるレンガの壁の近くと絶好の場所でした。
「とりあえず、何とかここまでこれたな。でも、早く馬車が来ないと目立ってしまうで」
自分たちだけ曲がり角付近に立っていることに怯えているスラマイナは若干震えながら青い顔をして言います。
ルシラはそんな彼女を見て、昔のことを思い出しました。
まだ集落にいた頃、当時スライマナが狩猟班の班長で、狩猟から集落に帰る時に迂闊にも人間に後を付けられて、最終的にそれが数多のエルフを殺すことになったことを未だにトラウマに思っているらしい彼女は、この僅かな失敗の可能性に怯えているようです。
それにも関わらず平然とツヅルのこのリーフ誘拐の依頼を受けたスラマイナに対して、ルシラは何故と問いただしてやりたい気分でした。
しかし、会長はこのトラウマから抜け出そうとしているのではないかと唐突にそんな妄想が頭を横切ったため、その言葉は表に出ることはありませんでした。
「……来ました」
数十秒が経ちました。会長と共に深呼吸をしながら緊張した心を落ち着けていたグラベールはやっと地面に落ちている硬貨を拾います。
スラマイナがその言葉に驚いて体ごと心臓が跳ね上がった光景は、ルシラにとっては今後彼女に何か命令をされた時に見せつけてやりたいほどには滑稽でした。
ですが、今はそんなことをしている場合ではない、と気を取り直すとルシラはそっと道路の方を見てみます。確かにあの規律よく走っている二台の馬車は先程宿屋で見たものとそっくりでした。
1つは前を走っていて、フォート子爵の息子であるオズワルという青年の結婚相手とされているリーフが乗っている豪華な馬車。
もう1つはその父親が乗っている、まるで外見というものを意識していない、ただ乗れればそれでいいといった一種の逞しさすら感じるオンボロの馬車です。
「よし、R、カウントダウンをしてくれ」
ほぼ同時に馬車を確認したこのスラマイナはまたよくわからないことを言い始めました。
しかし、不可思議な頼みなど日常茶飯事のルシラはため息を吐きながらも了承しました。
曲がり角に差し掛かるまで馬車は等速直線運動を続けるでしょう。目がおかしくなければカウントダウン位できるはず、とルシラは目を細めてその馬車を確認します。
数秒後、「10」と数え始めました。
まだ、押し入る予定の馬車は、豆粒ほどという比喩は過大ですがそれでもかなり遠くにあります。
因みに、ルシラたちのいる場所は、曲がり角に差し掛かる所で、ここが一番道路をのうのうと歩いている歩行者たちに死角になりやすい場所でした。
その後、同じ間隔を開けて、9、8、7……と刻んでいきます。
3、と口に出した頃には馬車はもう近くに来ていました。恐らく私たちが少し大きめの声で談笑していたらその声は馬車にも聞こえるほどでしょう。
ルシラとスライマナは静かに「昏睡」の詠唱を始めます。
「2」
短剣を左手に持ったグラベールが右手で目をこすりました。緊張しているときの彼女の癖です。
「1」
リーフの乗った豪華な馬車が、彼女たちを見向きもせず通り過ぎます。見向かれたりなんてしたら困るのは彼女たちですが。
「0」
そう小さく呟いたときには馬車は絶好の位置にありました。
歩行者から見ると、ルシラたちの姿は完全に馬車によって隠されています。もし、かろうじて彼女らを見ることができるのはこのボロボロ馬車の魔法によって強制的に走らされている馬車馬だけでしょう。
まず、スラマイナとルシラが馬車の側面から2人同時に覆い被さっている布を勢い良く潜り抜けました。無駄に入り口が大きい馬車でした。その1秒ほど遅れてグラベールが入ってきました。
馬車の中に入ったルシラは即座に敵を確認します。
元々輸送馬車だったのか内装は10人が入れそうな広々とした空間が広がっていました。しかし、座るところは床しかなく、揺れもひどいものです。人は先程見た通り3人しかいませんでした。
左隅に縮こまっている執事のような格好をした中年の男、恐らく彼がリーフの父親でしょう。
右にはフォート家の警護員と同じ鎧を着た男2人が大きくスペースを取りながら談笑をしていました。
何も知らない者から見れば、きっとどちらが警護の対象となっているのか分からないでしょう。そんな光景でした。
ルシラは一瞬リーフの父親のその姿を見て、分家というのは不憫なものだなと貴族に対して初めて同情しました。
足を伸ばして完全に戦闘態勢になかった護衛2人はルシラたちの襲撃を見て、驚き慌てて立とうとしましたが、その時間は彼らにとってロス過ぎます。
(そのままの体勢で剣を振れば多少の傷は与えられるものを)
ルシラとスラマイナはその隙をみて同時に温めておいた「昏睡」を放ちます。
例えば「火球」などを放つと、何かが燃える音を出しながら火の玉が標的に向かって進んでいきますが、それは攻撃魔法だけの話であり、睡眠魔法である「昏睡」はまるで音は立てません。
ルシラとしては何か効果音があった方が魔法を放った感じがするのですが、その希望にはどうやら沿えないらしく、衣擦れの音さえも聞こえるほどの静寂さを保ちながら護衛の2人は気絶するようにして眠りに落ちました。
「……喋らないでください。娘さんの晴れ姿を見たいという親心があるのなら」
立とうとした2人が再び地面に崩れ落ちる頃にはグラベールは短剣をリーフの父親の喉元に当てていました。
――――――――――




