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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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三十一話 A=ツシータ∧A≠ツシータ

 ツシータは今日2つのクエストをこなしてきたそうです。本来は1つのみの予定でしたが、予想以上に戦闘でのツシータとセラン、ミーラとの相性が良かったらしいです。


「私が苦手な遠距離攻撃を放ってくる魔物をこうピュイーンみたいな!」


 彼女は擬音を用いてその感動を表しました。


(ツシータ……、何かどんどん知能が退化していないか?)


 最近のツシータの言動を思い出すと、確かに適当な言葉ばかりを放っていた印象がありました。

 まぁ、ネリーやテルランを想像しそうな自由な口調は、フレンドリーそうに見えて案外警戒心の強いツシータがやっとツヅルのことを友人だと認めたのだ、というのが本当のところなのでしょう。

 ツシータの話を聞いている風貌をしながらそんなことを考えていた彼はふと窓から外を見ます。

 茜色という最近日常会話では使われない言葉が似合う夕焼け空が広がって、そのオレンジとも赤とも取れない独特な色は、さすが染料の中でも――彼の前世の世界では――かなり古い歴史を残していることが、納得できるほど綺麗なものでした。

 夕暮れ空を背景に少女と2人で話している、といえば青春しているかもしれませんが、11歳と異世界の元大人とではどうにも甘酸っぱさを感じることはできなさそうです。

 元より、不必要なところで責任を負いたくないという理由でツヅルは結婚などをあまりしたくない人間でしたが、異世界に来てからというもの、その意識は更に強まっていました。

 あくまでこの第2の人生は自由に生きよう、という考えが前世の窮屈な生活に追われていたツヅルの胸中には根付いていたのです。

 彼は自分のまだ小さい体を見ました。そして、何故この世界に来れたのだろうかと改めて考えましたが、やはりその謎は解けませんでした。


「ちょっと、聞いてる?」


 そんなツシータの言葉で、彼の思考は現実に引き戻されます。さすがの彼女も1回毎2秒というリズムで延々と頷き続ける機械と化したツヅルを見て、話を聞いていないことが分かったのでしょう。


「勿論だ」


 彼はツシータの銀色の眼を見つめると、素面で堂々と嘘を吐きました。


「じゃあ、今何の話をしていたか分かるわよね」


 彼女はため息を吐きながら、そんな彼にジトー、とした眼差しを送ります。


「えっと、ツシータがミーラとセランと共に討伐クエストに行った話だ」

「……今、セラン達がスライムの集団をたった1分で殲滅していたことを話していたのよ」

「あー、確かにそうだった」

「……少し嘘を吐いたわ。本当はウルフの集団に1人で突っ込んで行ったらミーラに怒られた話よ。やっぱり聞いていなかったのね」


 ツヅルはツシータの巧妙な作戦によって論破されました。彼はその謎の手際の良さと自分が騙されたことで数瞬固まってしまいます。


「いやー、駄目だぞ! 1人で敵陣の中に特攻をしては」

「そうやって、誤魔化そうとしても無駄よ」


 しばしの沈黙、この場合は膠着状態にツヅルら2人は陥りました。彼はこの状況でベストの選択を編み出すために思考しました。

 行動は3パターン考えられます。1つ目は素直に謝る。2つ目は詭弁を使って言い負かす。3つ目は、


「――戦略的撤退!」


 逃げるが勝ち。撤退ししばらく時間を置くことによって彼は怒りの沈静化を図りました。


「無駄ッ!」


 しかし、相手は体力抜群、フィジカル抜群、力抜群の三拍子が揃っている圧倒的強者です。

 ツヅルはこの撤退戦に勝利するために、慣れないながらもフェイントを巧みに入れ、捕まらないようにジグザグに進んでいましたが、その圧倒的な身体能力を持つツシータはほぼ全てのフェイントに引っかかりながらも彼に飛びつくことに成功しました。

 何とか扉の前まで行けた彼ですが、飛びついて来たツシータが駆けていた彼の右足に足を絡めてきたため転んでしまいます。


「ふふふ、もう逃さないわ!」


 まるで悪役のような発言を放ちながら、ツシータは彼の腹の上に陣取りました。ツヅルは何とか脱出できないものかと抵抗していましたが、残念ながらそれは不可能だと分かると、


「焼き鳥1串でどうだ?」


と冷静に言い放ちました。

 ツシータが身体能力の三拍子が揃っている悪役ならば、姑息のバリエーションが凄まじく多いツヅルは悪の組織の長でしょう


「……なんていうか、ツヅルって本当に図太いわね。はぁ、もう怒ってないからいいわ」


 ツシータは酷評を与えた後、腹から退こうとすると、


「ツヅルさん、ツシータさん。ちょっとお菓子作ってみたんですけど……、はっ……!」


 恒例というか典型的というか、盆と共に入ってきたリーフにこの姿を見られてしまいました。


「ツシータさん……」

「違うの! 信じてリーちゃん!」


 リーフの絶望の眼差しを受けて、ツシータは必死に弁解しますが、それは届かなかったのかリーフは顔を赤くして、


「い、今、ツシータさんは、ツヅルさんに、ちゅ、ちゅーをしようとしていましたねっ! む、無理やりとかそういうのは、ダメですっ!」


と叫びました。リーフはそっとクッキーっぽい菓子の乗った盆を部屋の机に置くと、逃げ出します。

 そんなリーフを見たツシータは即座にツヅルの上から飛び退いて物凄い速さで捕まえに行きました。


「きゃっ!」 


 そうして、逃げようとして廊下に出たリーフにすぐさま追いついたツシータは、上に乗り両手首を一本の腕で固定するような体勢を取ります。

 押し倒された彼女は可愛いらしい悲鳴を上げました。


「い、いやっ! 初めては好きな男の人がいいんですー!」

「違うから! 落ち着いてりーちゃん!」

(僕はどうすればいいんだ……)


 少女が少女を襲っている場面に遭遇したときの対処法についての知識があるはずもなく、猫の手でも借りたいとでもいうようにツヅルはテルランに脳内で話し掛けました。尤も、問題を起こしているのも猫の手なのですが。


(あ! もう、ネリーとかいう娘は眠ったから喋っていいのじゃな)


 しかし、早々に猫の手の方が優秀なんじゃないかと思わせるような解答が聞こえてきます。


(ふむふむ。少女が少女に襲われている時の対処法か……。あれ、少女が少女を襲っている時じゃったか?)

(……じゃあ、便宜上、襲っている方の少女をAとし、襲われている方の少女をBとしよう。つまりAがBを襲っているんだ)

(A、B? しかし、今現在、襲っている少女はツシータで襲われている少女はリーフじゃぞ?)

(……ツシータがリーフを襲っているときの対処法を教えてくれ)


 テルランとの馬鹿馬鹿しい会話により、先程の混乱はなくなった彼です。


(ちょっと待て。さっきのAやBの話はどこに行ったんじゃ? Aはツシータじゃが、Aはツシータではないということか?)


 さすがのツヅルも呆れ果てました。


(……さっきのAは今回の場合はツシータのことだが、わざわざ名前を呼ぶのが面倒くさかったから仮の呼びやすい名前を付けた。そんな理由からそういっただけだ。忘れてくれ)

(人の名前はちゃんと呼ばんと駄目じゃぞ!)


 わかった、とツヅルは頭を抑えながら呟きます。


「ツヅル、なにしているの?」


 先程からずっと地面に寝転がったままのツヅルが脳内会話に耽っているとツシータが覗き込んできました。周りを見ると、どうやら、もう既にリーフへの脅迫(もとい)説明は済んだようで、彼はテルランに聞いた意味がなかったなと後悔します。


(それにしても、テルランか……)

(何じゃ?)

「いや、なんでもない」


 2人に同時にそう返答すると、ツヅルは立ち上がって自分のベットに座りました。


「あ、ツヅルさん」


 この部屋に一つしかない椅子に座っているリーフは何かを思い出したのか彼の方を向きました。つい数分前には錯乱状態だった彼女はもう既に落ち着いています。


「あの、明後日、わたしはどう動けばいいですか?」

「ああ、えっと、なるべく一人で分かりやすい位置にいてくれ。それだけで成功率がだいぶ違う。特に後者は特に」


 リーフに変に動かれて、エリー家の娘と誘拐犯は内通していたなんて噂を流されては敵いません。


「そう、ですか。分かりました。……それにしても、本当に助けられていいのでしょうか」

 

 リーフは自分のことを睨みつけているかのように鋭い眼差しで自分のまだ成長していない小さな少女の手を見つめました。

 ツヅルは涙の香りが漂ってくるような彼女の雰囲気を察していながらも、


「どういうことだ?」


と問いました。もし、ここで彼女が助けはいらないと判断したら、彼は即座にこの誘拐計画を諦める気でいました。

 

「わたしはむかしから冒険者になりたいという夢を持っていましたし、もう何年も会っていない、しかも特に好意を持っていないオズワル様と結婚するのも嫌です。でも、私がいなくなることにより、色々な人に迷惑を掛けてしまうのも、あまり望ましくありません」

「そんなことないわよ! だって……えっと……、ね! ツヅル!」


 慰めようとはしたものの言葉が浮かんでこず、ツシータは彼に助けを求めます。


「確かに、厄介な息子を持って、やっとその息子が婚姻してくれると思ったら相手が誘拐されたという運命を辿ることになるフォート現伯爵には申し訳ないな。だが、リーフが助けてもらいたいというなら僕はやる」

「そうよ!」


 ツシータは簡単な同調をしました。


「……本当にわたしのわがままに付き合ってくれて、ありがとうございます」

「大丈夫よ! ……そういえば、リーちゃんがクルォリの依頼を受けた所に預けられた後、どうするの?」

「……上手く事が進めば、この街に自由に暮らせるようになる。その場合はリーフも冒険者として活動しても問題なくなるだろうな。失敗したら、まぁ、大移動だな」


 どこか遠い未来を見つめるようにして、ツヅルはそう告げました。




 夜、ツヅルは現在ギルドのレダンの相変わらず質素な部屋にいました。


「あ、ツヅルくん」


 偶然なことにナービも同席していました。

 

「今日はどうしたんだ?」

「モハナト革命について少し」


 彼は素直に用件を述べました。この件ならばレダンやナービも全面的に力を貸してくれるだろうと予想していたからです。

 彼らはツヅルの言葉を聞くと、別段反応を見せずに話を聞く姿勢をとりました。

 

「まず、ラミ伯爵からですが、……ナービさん。フォート家の件は知っていますか?」

「ああ、今さっき聞いた」

「そうですか。ラミ伯爵は恐らくフォート家の資産を手に入れるために、オズワルの婚姻相手であるリーフという少女を狙ってくることはほぼ確実でしょう。ラミ伯爵の後ろにはモハナト公爵がいるので、一下級貴族であるフォート子爵家を潰した所で問題にはならないのです」

「その子はまだ10歳らしいから脅しやすいな」

「そうです。だからその少女を明後日、3月15日に(さら)います」

「……正直、あまり信じられません」


 ツヅルの計画に頷きながらもギルド長室の固いソファーに腰掛けているナービは懸念の表情を浮かべながら、レダンの方に顔を向けました。


「儂もにわかには信じられんが、確かにその可能性があるのも事実。今まで何もできなかった儂らにとってはラミ家と接触する唯一無二のチャンスじゃからな」

「続けます。さて、ここで、モハナト革命隊はフォート子爵家に秘密裏にこんな取引を持ちかけます」


 ツヅルは呼吸を挟むと、


「誘拐したリーフを買わないか? と」

「人身売買とはこれまでの君の穏やかさからは考えられない作戦だな」


 ナービは少し驚きを示しました。


「確かにそうかもしれませんが、ギルド長の権力というのに頼っていては永遠にモハナト革命なんて起こせません」

「何で売るんだ?」

「それはもちろん。ファリースリです」


 ツヅルの作戦の全貌とはこうでした。

 誘拐したリーフで、フォート家が以前ラミ伯爵に無理やり買わされたファリースリを購入します。これは応じる可能性が高いです。フォート子爵としてもバレたら一家崩壊を免れないファリースリよりも厄介なものはないでしょう。もし、彼の頭脳があまり良くないのならば一石二鳥だとすぐさま売ってくるからもしれません。


「そして、そのファリースリをラミ伯爵に売ります。『もし、伯爵がお買いになられないのでしたら、仕方がないので王都の方に売ります』とでも付け加えて、です」


 レダンは驚愕により立ち上がりました。

 もし、モハナトにファリースリがあると知られれば、ベストロジア王国は動かねばなりません。何故なら、全世界で禁止されている違法薬物を野放しにしていた、という他国からの批判が来る前に片付けておかねばならないからです。

 モハナトが王国から警戒されれば、その大本であるモハナト公爵は大損害を受けます。

 苦労して買ったであろうファリースリが全く売れなくなるのですから。

 こうなれば、モハナト公爵が怒って原因となったラミ伯爵に公爵が所持しているすべてのファリースリを無理やり買わせる可能性だってあるでしょう。


「5千万レーが妥当なところでしょうか。それだけの金額で売りつければしばらくラミ伯爵は沈黙することになると思います。もちろん、モハナト公爵の資金援助は受けるでしょうが、こちらに5千万というとんでもない金額があるだけで革命活動の質も変わってきます」


 しばらくレダンたちは呆然としていました。しかし、ツヅルは全く構わずに先を急ぎます。


「さて、ラミ伯爵がファリースリ陣営の右翼ならば、次は左翼のナラスの件ですが……」

「……おお、そうだった。儂もそちらの方はまったく想像がつかんからな」

「ナービさんには申し訳ないですが、ナラスにはいい人になってもらいます」

「どういうこと?」

「彼は4日後に魔族に殺してもらおうと思っています」

「……! しかし、未だ闇魔術師すら見つかっていないが」


 ツヅルの言葉を聞いたナービは若干暗い顔になります。恐らく、長い間一番の親友でいたナラスを殺すということに覚悟はしていたものの、いざ言われてみると動揺が隠し切れないのでしょう。


「そちらは僕の方に当てがあります。作戦は単純です。4日後、僕、ナービさん、ナラス、そして闇魔術師を襲わせる。その時にナービさんはナラスと戦ってもらいます」

「殺すのか?」

「いえ、殺すでも誘拐するでも構いません。要はしばらくの間、ナラスがモハナトに戻ってくるような状況をなくせばいいのです」


 ナラスは魔族に殺された。彼を慕っていた冒険者たちにそう思わせるような状況をツヅルは作りたいのです。


「しかし、魔族はどうするんじゃ? ナラスがいなくなったら、倒せるかどうかも分からんくなる」

「その点については任せて下さい。きちんと方法があります」


 これが魔族問題の彼が考えた解決方法でした。

 聞いてみるとその内容は単純に見えますが、ツヅルがこの魔族問題で最も悩んでいたのはやはり魔族、つまりはムーロをどうやって生かさず殺さずの状況にするかです。

 そこまで伝えると、ツヅルは黙りました。もう既に彼はモハナト革命の終了まで思い描いていました。所々漠然としている部分はありますが、結構理に適っている作戦だと思っています。しかし、この2つの問題を解決せねば夢物語にすぎないので、今語るべきことではないだろうと口を閉じたのです。

 その後、レダンたちと数十分話し合い、ツヅルが帰る頃にはもう0時を回っていました。

 昨日と同じように裏口から出た彼は星が広がっている綺麗な空を見上げます。


(お主、悪いやつじゃったんじゃな)


 そこに、普段はこの時間は起きていないので革命のことを今日初めて知ったテルランが何でもない何時も通りの口調で話しかけてきました。


(頭は悪くないつもりだ)


 それに対し、ツヅルは空を眺めながらそう皮肉を言いました。

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