三十話 子爵とエルフの血 2
「スラマイナさんたちに協力していただきたいのは、睡眠魔法か何かでフォート家の門番や監視員を無力化することだけです。もし、侵入がばれてしまったときには援護もしてほしいですが」
実はこの時、ツヅルはリーフ誘拐における具体的な作戦が存在しませんでした。妙に抽象的な言葉なのにはそういう理由があります。
しかし、結婚式のある3月15日まで後2日しかありません。できるだけ早くスラマイナたちを引き込みたい彼からしたら、今日こうしてスラマイナの前に立つしかなかったのです。
「なるほど。何人で行けばいいんや?」
「あまり多すぎても困りますが、そうですね、4、5人かと」
ツヅルはリーフ救出という作戦を企てるにあたって2つの部隊を用意しました。まぁ、実際は役割分担なので部隊なんて言葉は仰々しいのですが。
1つ目はスラマイナたちです。内容は上の通りです。
2つ目はリーフ誘拐部隊です。これは、本来ツヅルのみのはずでしたが本人の熱望によりツシータも参加することになりました。誘拐部隊と聞くとそれなりに人員が必要なイメージがありますが、今回リーフはツヅルたちによる誘拐を望んでいたので必須ではありませんでした。
救出が成功した後はリーフを精霊族研究会に匿ってもらい、後はレダンの力でどうにかする。
(しかし、ラミ伯爵は結婚式でどう動いてくるのだろうか)
ラミ伯爵はまず間違いなくリーフに近寄ってくるとツヅルは思っていました。
フォート家の滅亡。そういうと、難しい事のように聞こえますが、実際にやることといえばリーフにしかるべき時に使用人の誰かにファリースリを投与してフォート現子爵とオズワルを殺させ、フォート家をなくすということだけでした。
そして、フォート家の当主はリーフとなり、莫大な遺産は全て彼女のものとなります。後は時間をおいて彼女をラミ家の次男、三男とでも結婚させれば、もうその莫大な遺産はラミ家のものになるのです。
ファリースリは適当に似た症状の簡単に手に入るような薬物を推して、「彼、彼女は麻薬の常習犯だった」と言えば自然にこのフォート家滅亡の事件は民衆や貴族の頭から薄れていくでしょう。
モハナト公爵とファリースリの協力を得ることができるラミ伯爵がこんな簡単な資金到達方法を逃すでしょうか。
最初はレダンを騙すための作り話だったものですが、ツヅルはこの可能性も決して捨てきれないと思っていました。
(もし、リーフに接触してきたとしたら……)
それがいわばモハナト公爵の右手として動いているラミ伯爵を打倒するための架け橋となるのでしょう。
スラマイナがリーフ誘拐の協力を完全に承諾したのを確認したツヅルは、ネリーを連れて精霊族研究会を出ました。
(また夜にレダンに会いに行かなければならないが、午後は何をしよう)
しかし、彼は頭を悩ませています。
レダンと面会する理由は、革命に直接関係していることならば作戦に足りない人や財を貸してくれるだろうと思ったからでした。
ですが、例のごとくギルドには深夜に近い時間帯のみしか行くべきではないのを彼は理解しているので11、12時間ほど時間が開いているのです。
リーフの結婚問題が進められないのなら、魔族問題を解決に導けばいいのですが、最も簡潔で有効性のある解決方法がサラに全てを任せるということであり、ツヅルが何かをしようとすれば却って不合理な作戦に向かってしまうことが分かります。
なので、手を進めようにも既に作戦が完成していて、手が出せない状態でした。
「なぁ、ネリー、どこか行きたいところはないか?」
最終的にツヅルはご信託に任せることにしました。
「そうだなー……。あ!」
「ん? どうした」
ネリーは何か思い付いたのか、
「自分も! 自分もプレゼント欲しい!」
とピョンピョンと跳ねながら元気よく言います。
「プレゼント?」
「うん!」
聞いてみると、ネリーがツシータと孤児院で久しぶりにあった日のことです。
ツシータは腹のところに以前はつけていなかった銀色のベルトをつけていたので、それは何かと彼女が聞いてみると、アタシの唯一のクランメンバーがくれたのと猛烈に自慢をしていたらしいです。
ネリーはそれを今思い出したようでした。
「まぁ、いいんだが……」
この世界に来てから金遣いが若干荒くなったような気がするな、とツヅルは思いながらも、今後行動を共にしていくだろう彼女の機嫌を損ねるのも良くないので、素直に了承しました。
残金は11500レーなので、まぁ大丈夫でしょう。
「大きいなー!」
しばらく歩き、近くにあったアクセサリー店に到着したネリーは初めて来たその2階建ての建物に驚きを示していました。といっても2階建ての建物なんかざらにあるので、ツヅルには何について驚いているのか分かりませんでしたが。
「ツヅルは何度もここに来たことがあるのか?」
「これで三回目だな」
「女たらしか!」
「10歳でその異名はやめてくれ」
「じゃあ、少女たらしか!」
「………」
飴をあげると声を掛ければ、テクテクとついて行きそうな少女とくだらない会話をしながら、彼はアクセサリー店に入りました。
「すごく光沢!」
青い宝石のネックレスを見たネリーの反応です。
やはり光り物に弱いのは女性の性質なのか、などと思いながら、ツヅルは辺りを見回しました。
これは、ネリーが「この10000レーのペンダントが欲しい!」と言い出したときに、こっちでもいいんじゃないか、と勧める安いアクセサリーを探すためです。要はネリーの気を逸らして大きな出費を避けるためのアクセサリーを探していました。
可動式ネックレス、水煙のブローチ、すごく光るティアラ、爆発式イヤリング、エトセトラエトセトラ。
基本的にこの世界でのアクセサリーというものは戦闘補助アイテムとニアイコールで繋がっているもので、店側も見た目ではなく身に付けていると発動する効果の方で商品紹介をしていました。
何の役に立つかよく分からないものもちらほら見受けられますが、流石は東ベストロジア首位の人口を誇っている街であるモハナトのアクセサリー店です。実用性に帯びた装飾品が多いことにツヅルは関心しました。
(ネリーは、……高額商品地帯をうろついているな)
宝石の付いた装飾品がある場所を先程彼はそう名付けました。
何か持ってくるまでにネリーの気に入るものを探さなくては、と思いながらベルトや簪――のようなもの――など低価格地帯を彷徨っていると、
『スペースチョーカー 50キログラム以下のものをこのチョーカーの創りだす魔力空間に収納できます! この空間では時間が通常の1億分の1の速度で進むので腐る可能性もあるものでも安心です! ※収納できるのは魔力が極微量以下のものだけです』
というものを彼は見つけました。
チョーカーとはファッション的要素を持つ首輪のことです。このスペースチョーカーはカーキ色の、陸軍の軍装にも使われる色の皮革が素材で、喉仏付近のところに同じ色の魔力石が光っていました。
中々に便利な代物じゃないか、と思い説明文を読んでいると最後の『収納できるのは魔力を持たないものだけ』というところが気になりました。
(人間とかが入れないようになっているのか。しかし、たしか調理された食べ物の大半が、調理過程のどこかで魔法を使っているからほんの少しばかりの魔力を持っているのではなかったか? 他に入れるものといえば……)
ここでツヅルは閃いてしまいました。
問題の解決の糸口というのは想像だにもしていなかったところにひっそりと隠れていることがありますが、まさにこの状況でした。
そう、彼はとある作戦を思い付いたのです。
(だが、まだ不安なところがあるな)
その方法ぶはまだ不明確なところが幾つかありますが、もしそれらの事実がはっきりと確認できたのなら恐らく相当有用な作戦となるでしょう。
「ツヅル!」
ツヅルがそのチョーカーを見ながら考えていると、ネリーがやって来ました。
彼はまだネリーのご機嫌が取れそうな安い装飾品を見つけていません。
焦りながらも彼女の方に振り向くと、彼女の手にあったのはキラキラと輝く宝石が付いているネックレスやペンダントではなく、布でした。
「これ! ツヅルと同じだから!」
ネリーはその布を手に持ちながら広げます。それは、外側は黒色で内側は赤色というツヅルのユーミルマントと同じ色合いのマントでした。
ツヅルは彼女が一緒に持ってきた商品説明の札を見てみると、
『ベストロジアマント 500年以上前から受け継がれてきた技術を利用して作られたマントです。このままでは何の効力もありませんが、魔力に馴染みやすく優れた魔法職人がいれば、すぐさま魔法装飾品に早変わり!』
と書いてありました。価格は2800レーです。
「本当にこれでいいのか?」
流石にこんな安い買い物になるとは思っていなかった彼は彼女の眼を見ながら聞いてしまいました。
「うん! ツヅルと同じのがいいから!」
一体どういう経緯で僕はネリーに好かれたのだろう、とツヅルは考えましたが何も思いつかず、年上に憧れる時期なのだろうと1人で納得しました。
それにしても、このベストロジアマントというのは使い方次第で大化けする可能性があるものでした。
魔法職人がどういう職業なのかは分かりませんが、いってしまえばこのマントは技術的に可能な限りどんな効果だって付属させることができるのです。
これから、ネリーがどういう人生を辿っていくのかということはツヅルにも想像はつきませんが、もし戦闘に参加してくれるのならば、これほど将来性のある装備もありません。
そして、ツヅルはネリーのためにそのマントを購入することを了承して、一緒に買おうと思っていたスペースチョーカーの価格を見ます。
7000レー。
付属している効果が効果なだけに価格はそれなりに高いものでした。
しばらくの間、昨日受け取った資金の約8割を一気に消費してしまうかどうか、とツヅルは悩んでいましたが、できるだけ完璧に事を終えたい彼は背に腹は代えられぬ思いでレジへと向かいました。
「ばさっ!」
ツヅルに買ってもらったマントを購入してすぐに身に付けたネリーは、店を出るとマントを翻して少し格好を付けます。
「我が名はネリー・アーテル。世界を統べるものになる女だ……」
頭の成熟が早い変人は思春期特有の病気になるのも早いようでした。
「やっぱ、格好いい!」
一通り演技が終わったのかマントを褒め称えました。確かに、ちょっと演技癖の入った中学生が装飾品の中で一番好むのはマントでしょう。
彼は微笑ましげにこの光景を見つめていましたが、行かなければならない場所を思い出すと、マントに感激しているネリーの手を引っ張って歩き出しました。
「次はどこに行くんだ?」
「魔法薬の店」
一度、ネリーを宿屋に帰してから「リリィジェラス」に行っても構わないのですが、彼女が異常に1人になることを嫌っていたのをツヅルは思い出し、共に連れて行きました。
酒場通りの路地の端にある、築何百年だと問いたくなるくらいには老朽化具合が悲惨な「リリィジェラス」の前に彼らは立っています。
すぐさま扉を開けないのはツヅルが微妙にサラへの会いづらさを感じているからであり、その理由は昨日の件でした。
しかし、10秒ほど立ち止まった後、後ろにいるネリーが訝しげな眼差しで見つめているのに気付くと、過ぎてしまったことはどうしようもできないと自分で自分を慰め、彼はその木の扉を開けました。
「ツヅルか……」
中に入ると、いつもの様に奥の方で椅子に座っていたサラは言います。
やはり以前来た時のように、魔法薬がごちゃごちゃと並んでいた机や棚はもう既になく、あるのはサラが今座っている椅子とその近くにある机のみでした。
自殺する前の人は掃除をする、といういいますがこれもその一例なのでしょうか。
メアをこれ以上自分達の問題に巻き込まない、という決心からサラはムーロのもとへ向かおうとしていますが、確かに行うことは結局自殺と変わらないものでした。
「その子は?」
「自分はネリー・アーテルだ! とあるお方に買われて今ここに居る!」
「……ツヅル、奴隷に手を出したのか?」
サラは軽蔑した眼で彼を見つめます。
いや違いますよ、とツヅルは呆れ混じりのため息を吐きながら、ネリーに許可を貰い、彼女と出会った経緯を語りました。
ツシータの剣修行から始まり、孤児院で仲良くなった子供であること、8000レーで買われたことを順々に喋ります。
「そうか……。どうにもお前の近くに集まる子供は変な奴が多いな。メアを含めて」
過去話を聞き終わった彼女は談笑でもしているかのように、笑顔でそう言います。ツヅルも苦笑しました。
「それで、……今日は何をしに来たんだ? 説得は通じんぞ」
「メアの見舞いと、聞きたいことがあるんです」
「なんだ?」
「メアの心臓って今はムーロのどこに位置しているんですか?」
「……ムーロの体内魔力に溶け込んでいる、と思うが」
「じゃあ、仮に体内魔力がなくなったらどうなるんですか?」
「体内魔力がなくなったらこの前話した『反応物質』により爆発するからそんなことを考えてもどうしようもないが、……そうだな。体内魔力がなくなってから爆発するまでの数秒間はムーロの心臓と同化するだろうな」
「じゃあ」
ツヅルは呼吸で一拍置きます。
「その状態のメアが闇属性魔法を使用することは可能ですか?」
「……ああ、恐らくな」
「そうですか。ありがとうございます」
欲しい情報が全部得られたのでツヅルは内心歓喜しました。
ツヅルはお礼をいってメアの見舞いに行こうとすると、サラが先程の質問をした訳を聞いてきました。
「今の質問が何の役に立つんだ?」
「三日後。ここで話させてくれませんか?」
しかし、ツヅルとしてはもう少し情報を集めたかったし、サラをぬか喜びさせるのも何なので真剣な表情でそう言います。
その言葉を聞いたサラは何も話さずにただ黙って何かを考えていました。
そんな彼女を尻目にツヅルはスッキリとした部屋をネリーと共に進んで、陽の当たる短い廊下へと出ました。この廊下にはメアの部屋とサラの部屋の2つしかありません。普段はどこで食事をしているのだろうと思いながら、ツヅルたちは『メア』と小中学生の頃、教師に怒られるほどの字の汚さだったツヅルですらも驚愕するほどの雑な字で書かれたプレートが掛けてある部屋の扉を開けます。
「おー! この杖と斧が合わさったやつ格好いい!」
メアの部屋は武器や素材がそこら中に散らばっている以外は、机と椅子、ベット、本棚くらいしかない非常にシンプルな内装をしていました。
メアが――少なくとも彼の前では――1度も使ったところを見たことがない重たそうな杖槍がネリーは気に入ったようで眼が星マークに見えるほどにはしゃいでいます。
「それをメアが聞いたら喜んで、この武器の魅力を存分に語ってくれることだろう」
好みは人それぞれ違うものですがやはりどんな好みでも、オタクと呼ばれるほどになると話が長くなるのは良くあることで、ご愛嬌でしょう。
ツヅルはネリーから目を離して、ベットに横たわっているメアの方を見ました。
その寝姿は実に苦しそうで、汗を掻き、時たまに呻き声を上げながら、たまに体を大きく動かしている様子が見られました。
そんなことをしても何にもならない、と分かっているのですが、メアのこの姿を見ているとどうしてもスライム討伐の日にムーロに強力な魔法薬を掛けてしまったことをツヅルは悔やんでしまいます。
実際、彼がその後に後悔する様な行動をとらなかったら、そこにいた全員がラスに殺されていたかもしれません。行動を起こさなければ自分もろとも三人衆が死に、起こせばメアが死の危険に晒される。
ツヅルはメアに汗を頭の横に置いてあった柔らかい布で拭いながら、そんな状況に追い込まれた自分の不甲斐なさを呪っていました。
しばらくそうしていた彼はもうそろそろお暇しようと、相変わらずメアの武器にロマンを感じているネリーを引っぺがし、メアの赤茶色の髪をそっと撫でた後、サラに挨拶をして「リリィジェラス」を発ちました。
もう夕方が近い時間帯で、春特有ののんびりさで悠長に光を放っている太陽はモハナトをオレンジ色に照らしています。
次はどこに行こうか、とツヅルは考えていると、ネリーがぐったりとしていることに気づきました。
帰るか、とツヅルは告げ手を引いて歩き始めます。
両方黒髪黒眼で同じようなマントを付けている2人は街行く人々から、仲の良い兄妹のように見られたことでしょう。
「あ、おかえり、なさい」
しきりに目を擦っているネリーと共に宿屋まで着くと、入り口付近の地面を木の箒で掃いているリーフと出会いました。
明後日には移動をすることになるので心中穏やかではないはずなのに、よく宿屋の手伝いをしているな、と彼は思いましたが、わざわざ心配を助長させることもないので素直に返事を返します。
しかし、ツヅルのそのぎこちない態度で自分がどう思われているのかを察したリーフは、
「また帰ってくるときに、汚れていたら嫌なので」
と彼の心中を更に重くするような釘を刺しました。僕らに全幅の信頼を置いてくれているのだな、とツヅルは微笑します。
少しばかりリーフと話をした後、もう限界で地面に座り込んで寝てしまったネリーを非力ながらも抱きかかえた彼は冷たい廊下を渡っていました。
ツヅルの身長は、ネリーよりはもちろん高くリーフと同等程度でツシータやメアには完全に負けています。
彼がゆっくりとした歩調で歩いていると、
「あら、ツヅル!」
ツシータという名の助け舟が部屋の扉を開けてやってきました。どうやらもう帰っていたようです。
ネリーを持ってくれないか、とツヅルはツシータに頼むと、彼女は頷いて軽々とネリーを抱えました。
体力をつけよう、とその勇ましい彼女の姿と自分の情けない姿を比較したツヅルは密かに心に誓いました。
部屋に入り、体力を消費したのですやすやと安眠しているネリーを優しくベットに寝かせたツシータはツヅルのベットに座って今日の出来事を語り始めました。
「ミーラとセランさんはいい魔術師ね!」




