二十四話 説得
リーフの達観ぶりにツヅルの顔が歪みました。自己犠牲精神は見ていて心地よいものではないでしょう。ましてやまだ10歳の子供だったら尚更です。
それにリーフは死ぬわけではない、ということがツヅルを何だかやりきれない気持ちにさせていました。
例えば、リーフに課せられた問題がメアのように彼女の死に関係してくるようなものだったら、問答無用でツヅルは助けようと奔走するでしょう。少なくとも彼はリーフのことを友人と思っているのです。
だがしかし、現実はそうではありません。
彼女がフォート子爵家へ嫁げば、むしろこの宿屋でも暮らしよりも裕福な生活を送れるでしょう。
それがツヅルが素直に、助けてやるよと言えない理由でした。
「あ、そういえば」
リーフに贈る予定であるリボンカチューシャのことを彼は思い出しました。送別品に思われるかもしれませんが、ツヅルは今渡せなければずっと渡せないかような気がしたので贈ることにします。
彼は小さな鞄を弄り、贈り物の入った袋ごと彼女に手渡しました。
「これは?」
話が一転したので驚いたのか、リーフは謎の袋の正体を聞きました。
「ほら、リーフだけ貰っていないのもあれだしな」
こう、贈り物を渡すときに妙に恥ずかしくなる現象が起こったツヅルは目を逸らしながら、漠然とした返答をします。
「でも、これ、使える様になる魔法が、戦闘用じゃないですか。わたしが、付けたところで……」
リボンカチューシャを取り出して、一枚のみの取扱説明書を読んだリーフは残念そうに告げましたが、途端、何かに気付いたかのようにハッとツヅルを見つめながら顔を赤くして、
「こ、ここ、これはつまり『僕は君がこのカチューシャを着けているところが見たいからフォート家から助けてやるよ』という言外の意が含まれているのですか……!? それとも、ツシータさんと同じように、いつまでも一緒だみたいな永久の愛を誓うのですか……! はたまた、これを渡す代わりに僕に着いてこい、という愛の逃避行的なニュアンスが込められているのですか! ま、まま、前から思っていましたけどツヅルさん、あなたは変態さんですね! ……全くもう、そこまで言われたら手を借りなければ失礼というものですね、仕方ありません」
「………」
リーフは顔を赤くしたまま、長い紺色の髪を揺らし、大声でツヅルを罵りました。ツヅルは思わず絶句します。
(そういえば、感情起伏があると饒舌になるんだったな)
恐らく、今回はフォート家のことで情緒不安定になっているのでしょう。やはり、10歳の少女に無抵抗で政略結婚――言うほど政略は関係ありませんが――を受け入れろというのは難しいのでしょうか。
彼はリーフの暴走ぶりを見て、悩んでいた自分が馬鹿らしくなりました。
この世界に親も兄弟もいないツヅルはモハナトに縛り付けられてはいません。
何だったらリーフと2人で世界中を逃避行するのも楽しいかもしれないな、という心の余裕がツヅルの胸中にはいつの間にか出来ていました。尤も、それが良いことなのか悪いことなのかは分かりませんが。
「というか、ツシータもリーフのことを聞いたのか?」
先程、リーフの妄想の中に聞こえた一言を取り出して問います。
「ふー……。いえ、ツシータさんは、まだわたしが、嫁ぐことを知りません。夕方ぐらいにツシータさんが、急ぎ足でやって来て、通信指輪という離れていても会話ができるようになるらしい指輪をわたしに手渡しながら、『これで私たち、離れていてもいつまでも一緒よ!』と言ってきたので」
リーフは息を落ち着けると、少し恥ずかしそうに顔を伏せながらそう言いました。
「そうか……」
あいつも変なことをするな、とツヅルは頷きます。
「……そういえば、ツヅル、さん」
数十秒会話のない沈黙が続きます。もうそろそろ中に入ろう、と彼が言おうとするとリーフが話し掛けてきました。
「あの、ですね。宿屋のお手伝いのお給料が入るのは毎月20日、つまり今月は11日後なんです」
「ん? ああ」
急に何を言い出すのか、とツヅルは思いましたが、遮るのも何なので次の言葉を待ちました。
「ツヅルさんとツシータさんに装備品を貰ったからにはお返しをしなければなりませんが、今はそれのためのお金がないんです。だから……」
彼女は言葉を切ります。
「だから、わたしにお返しをさせてください」
「……ああ、もちろん」
自分に何ができるかと感じながらもこうでもしないと物事を頼めない不器用なリーフに微笑み、ツヅルは頷きました。
リーフの頼みを聞いたことにより、自分の重荷を更に増やしたツヅルは重い体を部屋に引きずり込むと分け目も振らず奥にある自分のベッドへと倒れます。まだツシータは帰っていませんでした。
夜8時になっても帰ってこないのは心配ですが、彼にはもう探しに行く体力はもちろん、部屋の中で彼女の帰りを待っている気力もありません。
ツヅルはうつ伏せの状態で固いベッドの感触を味わいながら今日一日あったことを思い出します。
普通のスライム討伐のクエストを受けたつもりが、何故かオールドスライムと戦うことになり、ようやく倒すと、帰り道今度はそれよりも強い魔族と戦う羽目になった。
そして、その魔族を撃退すると今度はメアが苦しみだし、彼女の家にそれを伝えに行ったら、自分達が撃退した魔族がメアの心臓を持っていた魔族を殺したらメアも死ぬことを知りました。
さらに、宿屋に帰ったらリーフがフォート家に嫁ぐ日にちが決まった場面を目の当たりにしてしまいます。
ここまで、思い出してツヅルはため息をつきます。
(さて、どうする)
それを考えている内に段々と、彼の意識は遠ざかっていきました。
朝、ツヅルは9時に起床しました。
昨日の疲れが回復していないようで、体の節々で怒っている筋肉痛によりツヅルは暗く淀んだ気持ちを抱きます。
(おはようなのじゃ!)
しかし、そんなツヅルの疲労にまるで気付いていないテルランは弾むような明るい声で返事しました。
(ああ……)
さしものツヅルも頭で響く声に顔をしかめましたが、今日10時にパカルタたちとギルドで待ち合わせをしていたことを思い出すとゆっくり起き上がります。
(お主、今日は何か面白いことはあるのか?)
(………)
頭の中に話し相手がいるというのはどんな気持ちなのだろうか、と思ったことのある人は結構いるのではないかと思いますが、ツヅルの場合は決して快いものではありませんでした。
前の彼女の主人はこいつをどう使ったんだ、と光ることと魔力吸収しかできないテルランの声を聞いたツヅルは思います。
さて、彼は着替えると食堂へ赴きました。
朝食を食べながら、妙にそわそわしたリーフといつも通り会話を交わします。
筋肉痛の体では何分掛かるか分からなかったので、9時30分頃には宿屋を出発していました。
新緑の季節になったので街の節々に見えようになった緑で目を保養しながら、すっかりこの街の地理を把握したツヅルは人ができるだけ少ない路地を通りながらギルドへと向かいました。
「あ、ツヅル。おはよう」
やがて10時丁度にツヅルは到着しました。昨日とは違う穏やかな青色のゆったりとした私服を着たギルドの目の前の通りにいるミーラが話し掛けてきます。
もう9時といっても依然として冒険者ギルドには人が多いので、きっとミーラがここで待っていたのは迷わないようにという配慮でしょう。
ツヅルが返事を返すと、彼女は昨日急に倒れたメアのことについて尋ねてきました。
さすがにサラやメアの過去話を赤裸々に語るわけにもいけないので、ツヅルは命に別状はないとだけ伝えます。
すると、ミーラは安心したのか嬉々とした笑みを浮かべて、入って、とツヅルを自分の家に遊びに来た友人を招き入れるかのようにギルドの質の悪そうな鉄で補強してある木の扉を開きました。
中に入ると、ミーラは堂々と一階の中央付近にある受付から更に奥へと進んだところにあるギルド職員専用のフロアへ踏み込みました。
聞く所によると、大きく難易度設定を誤ってしまった件についての謝罪と昨日出現した魔族について聞かせてもらいたい、とギルドの方から言われたそうですが、さすがに白昼堂々と人目もはばからずにそれを語るわけにもいけないので、本来街や国の権力者を持て成すための応対室に呼ばれたそうです。
「この扉」
しばらく歩いていると、ミーラはとある部屋の扉の前で立ち止まります。扉にはプレートが付けてあって、見てみるとそこには「応対室」と書いてありました。
ミーラに促されて、ツヅルは木のドアノブに手を掛けました。
本当に要人をもてなすための部屋らしく、部屋の内装はかなり豪華です。見たことのない紋章の入った赤色の絨毯や謎の人物の肖像画、天井には3つほどの小さなシャンデリアがあり、丸みを帯びた長机をカクトワールという婦人用の椅子に似た椅子数個が囲うようにして置いてあります。
その椅子にパカルタ、セラン、アールナという知っている面々や高そうな金色の鎧を着た男性、魔力がはめ込まれている大きな杖を持った軽装の男性、好好爺のように微笑んでいる恐らく70代以上のであろう白髪の老人、という初対面の人が座っていました。
「今回の件につきましては、本当に申し訳ございません。冒険者ギルドを代表して謝罪いたします」
ツヅルとミーラが部屋に入ると、まずアールナが頭を下げながら普段の悠々とした彼女からは考えられないほど真剣な声で謝罪しました。
魔族はともかく、オールドスライムは急に地面から湧いてきたわけではないのでその謝罪は尤もでしょう。
「えー、それでは負傷者以外全員揃いましたので、まず報奨金を渡します」
しばらく、妙に動きが角ばっているアールナをツヅルは呆れた眼差しで見つめていましたが、次第に初対面の3人の方に目線が向きました。
どこか既視感のある金色の鎧を着た青年と杖を持った青年は、明らかに対魔族戦闘要員だということが容易に想像がつきます。その既視感を探っていくとツヅルはそれの正体に気付きます。
異世界生活初日にアールナから聞いたこの街唯一のA級クラン「湖の剣」のメンバー、金色の鎧の方がリーダーで、杖を持っている方はその後ろを歩いていました。
どうやら、魔族討伐隊に選ばれたのは彼らのようです。
では、残りの一人の老人は一体誰なのでしょうか。
(まさか、一般人じゃあるまいし)
ツヅルは幾つかの選択肢に絞って考えます。国の役人、街の権力者、ギルドの重役の三パターンです。
まず国の役人はありえません。何故なら、比較的他種族に寛容なベストロジア王国が一魔族のために動くというのは考えにくいからです。
次に街の権力者というのも考えにくい選択肢です。この街の領主、モハナト公爵はまだ60代だと聞いていますし、70、80代の部下の可能性はあるにはありますが、それを考えるくらいならギルド長である可能性を考えたほうがいいでしょう。
(まぁ、考えるまでもなかったか)
九割方この老人はギルド長だとツヅルは当たりをつけました。
無駄な推理に頭を使ったツヅルは報酬の方に頭を移しました。彼は、現在の着ているユーミルマントを見ます。こういう装備品も確かにロマンがありますが、現実的な思考のツヅルの希望はただ単純に金銭でした。
「通常の依頼達成品の一人2000レーと、依頼難易度詐称の謝罪として、一人10000レーを贈呈させて頂きます」
アールナはそう言いながら、計1万2千レーが入った封筒をツヅルたち4人に手渡しました。
1万2千レー、この世界に来てから彼が今まで持ったことのないほどの大金でした。
具体的に円換算するのは難しいですが、それでも5万円は優に越しているでしょう。
それにしても、討伐クエストと採集クエストなどでは報酬が段違いなのにツヅルは気付きました。
ツシータは採集クエストで一日中、外を歩き回って一日400レー。セランに聞く所によると、E級、F級冒険者1人が1日で倒せるスライムの量は約20体で、その報酬は1,200レーです。
討伐クエストは命を懸けているのだから当然といえば当然ですが、討伐クエストをこなせるだけの武器防具のない少年少女や老人にとっては一日の稼ぎが3倍以上の差があるというのは辛いでしょう。
ツヅルはそんなことを考えていました。
「えー、今回皆に集まってー、じゃなくて招集を掛けさせていただいたのは他でもなく、皆様がモハナトへの帰還途中、邂逅されたという片角、片翼の魔族のことです」
敬語に慣れていないらしいアールナはボロを出しながらの司会を進行します。
「まず、そちらのソファーに座っていらっしゃるお二方は共にA級冒険者です。お名前はそれぞれナラス様、ナービ様です」
金色の鎧の男性と称した、相変わらず「騎士様」と女性冒険者から黄色い声援が飛んできてもおかしくないと思わせる爽やかな外見のナラスは微笑みながらツヅルたちに会釈しました。
杖を持っている男性、ナービという男は茶髪で眼鏡を掛けているので、ナラスに比べると地味さは感じられますが、容姿は決して崩れているわけではないのでそういうのが好きそうな女性からは人気のありそうでした。
ツヅルはナラスとは会話を交わしたことはありませんが、これが3度目の出会いであることを思い出しました。
一回目はギルド内で、二回目はファリースリ取引の時です。
最近の流動感溢れる生活により頭の中から消えかけていましたが、ラミ伯爵の子女であるリトーンとの麻薬の取引現場をうっかり見てしまった時のことをツヅルは思い出しました。
尤も、ツヅルは3度目でもn度目でも出会ったからといってどうすることもできません。ツヅルはファリースリ取引の後ろにいるのはこの街の領主、モハナト公爵だとほぼ確信を得ていました。
「よろしく」
「初めまして」
それについて考えてもどうにもならないことが分かったツヅルは挨拶をしてきたナラスとナービに挨拶を返します。陰謀というものはすっかり、頭の中から消し去ってしまったほうが自分のためになるのです。
どうやら思わぬ所で大物に出くわしたので緊張しているのか、セランとパカルタは新入社員の様に大きく頭を下げました。ミーラはA級冒険者の凄さがあまり分からないのか、軽く返していました。
「そして、この方が……」
一通り挨拶が済んだのを見て、アールナは司会を再開します。彼女がギルド長(仮)の紹介をしようとすると、突然その老人は椅子から立ち上がって、
「ちょっと待て。……この中に儂を誰だか分かる者がおるか?」
とそんなことをツヅルたちに問い掛けました。
(急に何を言い出すんだ?)
彼は疑問に思いましたが、それを表情に出さず意図を探ろうと老人のしわくちゃの顔を見つめます。
「誰もおらんのか? ……そうだな、そのマントの坊主はどうだ?」
老人は誰も手を上げようとしないので少し考えた後、解答人としてツヅルを選びました。三人衆はこの老人が誰だか検討も付いていないようです。
こういう場での発言が少し苦手なツヅルは数瞬息を呑んでいましたが、言わないと終わりそうになかったので先程の考えをそっくりそのまま語りました。
それを聞いて、三人衆やアールナは彼の頭脳の高さを知っているので感心するのみでしたが、実質初めて会うにも等しいナラスとナービは10歳にしては頭の良い彼に驚いているようです。
肝心の老人は聞き途中は黙々と頷いているだけでしたが、ツヅルが全ての考察を述べ終わった後、笑顔になりました。
「そう、儂はこのベストロジア冒険者ギルドモハナト支部の長、レダンだ」
喉を鳴らしながら笑ったレダンは自己紹介をします。
「えーと、それでは魔族と対峙した皆様に幾つかの質問をさせていただきます」
無駄に遠回りした気がしますが、とギルド長を睨みつけるながらアールナは呟きます。やっと質疑応答の時間が始まりました。
最初は特に書くべきことでもない簡単なものから問い掛けられました。
魔族とどこで出会ったか、どのように戦ったか、ツヅルは何故魔族を撃退できるほどの魔法薬を持っていたのかなどです。
出会いと戦いはパカルタやミーラがそのまま答えました。
3つめもメアの家が魔法薬の店であることを述べ、魔物撃退用に貰ったものが偶然使えたと伝えました。
「君たちの話によると、闇魔術師が今回、標的にされたらしい。でも、君たち10人の中には闇属性魔法を使用できる人はいない、か」
青空のように爽やかな口調のナラスはそう呟きます。
「メア、とかいう少女の可能性は?」
「ないですね。彼女は僕と討伐クエストに出ている数日間火属性魔法しか使っていませんでした」
ツヅルは何気ない口調で答えます。メアが闇魔術師であるとバレると少しまずいことになることが分かりきっていました。
「隠していた可能性は?」
「そもそも、今回、彼女は必ず誰かと一緒にいたので隠していたのなら闇属性魔法を放つことができません」
「そうか……。では一体だれが……」
「もしかしたら、村の中にいるかもしれません。本当は村の中にいたのに、魔族は普段村の近くに駐留しているのにも関わらず、昨日までその村に闇属性魔法の反応を感知できませんでした。つまり、今まで感知できなかったのに、昨日は感知できたので、魔族は『今日あの村に依頼で来た冒険者が闇魔術師だ』と勘違いして僕たちを襲った可能性があります」
幸いなことにレダンの役職を割り当てて、頭がいいと思われたのがいいように働いたのか、全くツヅルの発言を疑う人はいませんでした。
「なるほど。確かに考えてみれば、それが一番ありうる可能性だね。最年長が15歳のパーティーのメンバーが魔族と契約しているはずがないし」
ツヅルがこの嘘を吐いたのには、いもしないツラウ村の闇魔術師を魔族討伐隊に探させて時間稼ぎをするという理由がありました。
北ミストレア森林は未だに制覇されないほど巨大かつ危険な場所です。
これまでの情報によりムーロが北ミストレア森林にいることは分かっていますが、森林内を探すのを討伐隊は好みません。その森林はあまりにも危険すぎるのです。
なので、きっと討伐隊は闇魔術師にわざと闇属性魔法を使用させてムーロを引き寄せようと考えるでしょう。
もし、サラやメアが闇魔術師だと知れたら、ムーロの討伐、すなわちメアの死が早まってしまいます。
それは望むことではありません。ですから、ツヅルはツラウ村に闇魔術師がいるかもしれないと嘘を吐いたのです。
そして、この会談はツヅルの思い通りに運びました。




