二十三話 過去
魔女狩り。どこかで聞いたことある名称ですがこの世界でのそれは似て非なるものです。
今から、7年前です。ルリガイアに属する10個の街で爆発テロが起こりました。
それによって、約2千人が死に、街の一角は今でもなおボロボロになった家が存在しているほどの大損失をルリガイア王国は被ることになりました。
しかし、爆発テロ後の民衆の阿鼻叫喚具合からしてみれば、2千人など少ないものでしょう。
こういう場合は犯人を処刑することによって動揺を鎮めるのですが、当時は民衆どころか国王すら犯人の情報を掴めておらず、彼らは変わりに国の牢獄に捕らえられている犯罪者で代用しました。
犯人が処刑されたからこれで安心だ、と民衆が感じていたその時、二回目が起こります。被害は500人程度でした。
ですが、明日は我が身な民衆が、被害は高々500人ぐらいだから大丈夫なんて反応をできるはずもなく、二度もテロを許した王国とその爆発魔法を放った誰かは激しく非難されました。
その非難を受けても、国王はどうすることもできません。実は二回目のテロが起こった日の明朝に国王リトイ11世は暗殺されていたのです。そこで、国の重鎮は代理の国王として、当時5歳だったリトイ12世を立てました。彼女は歴史上最年少で王になった少女として知られており、今現在もルリガイア王国の国王を務めています。
5歳の王が何かをできるはずもなく、前王の暗殺により動揺している国はまともに動けませんでした。
殺らなければ殺られる、そんな感情を抱いた民衆が出した答えは、「ギ・ラーク」教の教えに従ったという体で魔法が得意な者を人間、妖精族、魔族問わず処刑することでした。
「ギ・ラーク」教とはこの世界で最も信仰されている宗教で、ギ・ラークとは昔、世界を支配していた精霊王と魔王をたった一人で討伐したとされる人物です。
今にもテロを起こすやつがいるかもしれない、と疑心暗鬼に囚われた民衆は騎士団の魔法部隊に所属する騎士や魔術を得意とする冒険者を処刑し、民衆の中でも魔法が得意な人間がいたら問答無用で殺されました。
最初は帝都のみで行われていたそれは次第にテロの起きた他の街にも感染していき、結果、それが開始されてから収まるまでの三ヶ月の間に処刑された魔術師の数は分かっているだけでも1万2千にも登りました。
結現在ルリガイア王国軍が魔術師不足に喘いでいるのはそれが原因なのです。
「私たち2人はそこでメアに会った」
サラとムーロがルリガイア帝都にいた時に丁度魔女狩りは起こりました。
魔術師の処刑の頻度があまりにも激しかったので、彼女らはしばらく身を潜めていました。錯乱している民衆に見つかれば魔族であるサラたちも死刑は免れないからです。
「当時はすごくてな。盗賊団のような犯罪集団でも魔術師を積極的に殺しに行くほど人々が恐れおののいていた」
恐怖は人に伝われば伝わるほど大きくなる、いわば指数関数のように大きくなって行き、ある一人が何か行動を起こせば皆がそれに従うようになっていました。
ツヅルは昔読んだ本に「恐れは愛や尊敬など、他のどの感情よりも人の心を支配できるものである」と書いてあったことを思い出します。
たとえば、身代金や犯罪への抑止力など良くも悪くも、恐怖というのは世界が成り立つために必要なものなのでしょう。
まぁ、それはともかく。とある一つの宿屋で身を潜めている時、サラたちは彼女らと同じように魔女狩りから逃れるように隠れていた魔術師夫妻と仲良くなりました。
その夫妻はどちらも20代と若く、3歳の子供を連れています。
「分かっていると思うが、その3歳の子供がメアだ」
夫妻は宮廷に勤めている魔法技官でした。魔法技官とは数十年前から世界各国で取り入れられている官職という制度の内の一つで、相当優秀な者にしかなれないらしく、名誉貴族と呼ばれるほどに権力を持つことができるそうです。
そんな夫妻が何故こんな宿屋にいるのか。それは家が民衆に襲われたからでした。
彼らが宮廷勤めになれた理由はその卓越した魔法能力があったからです。こんな魔術師狩りが起これば真っ先に狙われるのは当然でした。
「しかし、魔術師夫妻がいるということがその宿屋の宿主の口から漏れてしまった」
サラは朝起きたら、窓の外に武器を持った夫妻の名前を呼んでいる民衆が数十人もいたのを見ました。
共に逃げよう、とサラたちは夫妻に提案しました。
「だが、その夫妻は首を横に振って、『私たちの子供を、メアをどうか生かしてやってください』とメアを差し出してきた。……もちろん、私たちが魔族だということを知らずにな」
メアも含めた五人全員が殺されるより私たち二人が殺されたほうがいい、とその夫妻は言いました。
サラとムーロは名のしれた魔術師の傭兵であり、夫妻はルリガイアでもトップクラスの魔法の使い手。この四人でも戦いながら、ルリガイア帝都から国境まで行くのは不可能に近いことを知っていたサラとムーロは結局、これを了承することになりました。
「ということはメアの姓は正しいんですか?」
もうすっかりサラの話を信じこんだツヅルは妙に的の外れた質問をしました。
「ああ、あいつは間違いなく『最前線の魔術師』の子孫だろうな」
ツヅルはメアのその姓を偽名だと思い込んでいました。そんな英雄の子孫が平民であるはずがない、と思い込んでいたからです。
サラは話を続けます。
夫妻を犠牲にして、サラとムーロとメアの三人は狂気に満ちたルリガイア王国を脱出しました。
そして、ルリガイア王国からモハナト公国を通り、数ヶ月後、ベストロジア王国に着いた時には彼女らは既に家族のように親しくなっていたそうです。
それには、ムーロが大きく関係していました。
「あいつは子供好きだったが、子供は産めない体で、メアを自分の子供のように可愛がった。指を怪我しながら服を作ったり、苦手だった料理を克服してメアの口に合う料理を作ったりな」
そうして旅をしながら女3人の家族生活を楽しんでいましたが、ここで問題が起きました。サラとムーロの喧嘩が起こったのです。
なし崩し的にメアをここまで連れてきたはいいもののいずれはウェンス大陸に戻らないといけないサラとムーロは、これからメアをどうするのか、という話し合いを行いました。
ムーロは共に連れて行くと断固主張しました。しかし、サラは、魔族ばかりのウェンス大陸に連れて行くのも可哀想だから誰か子供が恵まれない裕福な家族に引き渡そうと言います。
「だが、ムーロはこれを拒否してメアと共にベストロジア王国にて永住することにしたんだ。その時にはもうムーロのメアへの執着は異常なものになっていた」
これにより、ストロイ連邦に家族を待たせていたサラと王国に永住することを決定したムーロは数十年間を消費した世界一周旅行を達成目前で中断することとなりました。
それから5年が経ちました。サラは連絡もよこさないムーロのことが猛烈に心配になり、ウェンス大陸からラビンス大陸のベストロジア王国に向かいます。
そして、クヌ、モハナトの北方面にある「ベストロジアの穀物庫」と呼ばれている街にムーロとメアが住んでいることを知り、数ヶ月を浪費してその街へと赴きました。
さて、クヌにも着いたしムーロとメアを探そうと街を探索していると、町人がこんな噂をしているのを偶然耳にしました。
『メアとかいう少女の親は魔族だ』
聞く所によると、数年前、寡黙で周りには関わらなかったものの、きちんと少女の愛らしさが存在したメアに惚れていたメアたちの家の隣家の少年が、彼女の家を二階の窓から覗いていた時、偶然ムーロが背中から黒い翼を広げているところを見てしまったらしいのです。
さらに、そのことが街全体に広まったせいでメアとムーロは、いじめに近いような形で人々から無視されていると、知りました。
サラが急いで何とか彼女らの家を見つけ出しました。どうやら、元々住んでいた住宅街引っ越したようで、周りには畑が広がっているだけの町外れの一軒家です。
扉をノックすると、ムーロは旧友であるサラの訪問を喜んでいるようでした。
『最近、メア以外と話していなかったから』
翼や角を隠すには魔力の力が必要です。家の中とは言え、無防備に翼を晒したということはもう彼女の魔力も衰えてきたのでしょう。
サラは、やはり人間の子供でとして暮らさせてあげたほうがいいと提案しました。
もし、他の街に移住したとしても結局翼や角を隠すための魔力の不足という根本的な問題は解決してないのです。
また、この街と同じ状況になってしまう可能性だってあるでしょう。
「だが、ムーロは私の提案をまたも拒否した。『今更、会っていうことがそれなの……? 私は私のやり方でメアを育てるから……!』とな」
もうほっておこう、と聞く耳を持たない彼女に呆れたサラは思い、帰宅していたのですが、道中こんな話を盗み聞いてしまいました。
「魔族を討伐しよう、なんて集団が徒党を組んでいた。勿論、標的はムーロと娘なのだから親と同じ魔族だろうとされたメアだ」
この話を聞いたサラはメアを誘拐して他の街の夫婦にメアを預けよう、と悩みぬいた後、決心しました。
恐らく、討伐隊のことをムーロに伝えたとしても、彼女はその馬鹿な奴らと戦うと決断するでしょう。そんなことをしたら、こんどこそメアはまともに暮らせなくなります。
サラはその日の深夜にメアを誘拐するために彼女らの家へと忍び込もうとしました。ですが、キッチンの窓から静かに忍び込んだ時点で作戦は失敗に終わりました。
索敵結界という魔力で作られた侵入者を探知するための結界が張られていたのです。
ムーロも侵入者には警戒していたのでしょう。すぐに飛び起きて来ました。
『今頃私に会いに来たのはやっぱり、そういう訳ね』
魔族の社会は人間のそれよりも決闘というシステムに染まっていて、女性を取り合って戦闘が起こる、なんてことがよくあります。
魔族の血筋である2人はすぐに戦い始めようとしましたが、メアを傷つけるわけにはいかないという考えは共通であったため、外に移動しました。
サラとムーロの戦闘はムーロの攻撃魔法をサラが防衛魔法や補助魔法で防いでいる、というのが基本形でした。
サラは決定打となるような攻撃魔法を持っていないので、持久戦に持ち込まなければなりませんが、攻撃一筋であるムーロの攻撃は苛烈で彼女はかなり不利な状況に追い込まれています。
ムーロが「俊敏」などを用いてサラに近づいてきます。彼女は「零距離魔法」という戦法をよく使用していたそうです。
「零距離魔法」とは相手が防衛魔法を詠唱できないほどの距離、腕を出せば触れられるほどの距離まで近づいて魔法を放つ戦法です。速攻主義のムーロにとってこの「零距離魔法」は見事にマッチしていました。
激しい攻撃が繰り広げられて周りの畑は消失してただの土になります。
サラは精神魔法という括りの中の、「精神誘導」をこよなく愛していました。
睡眠状態の騎士バーサス素人ならばほとんどの確率で後者が勝てます。戦闘中、相手の精神を操ることができるならばこれだけ簡単な戦闘はない、というのがサラの戦闘に対する考えでした。
しかし、「精神誘導」は残念ながらムーロには効かないも同然です。
何故なら、この魔法は歳を重ねれば重ねるほどに効かなくなってしまうからでした。
どんな知識も取り込める柔軟な若い頭と、長く生きてきたが故に知識が凝り固まってしまった老いた頭、どちらが精神魔法が好む頭かというと、勿論前者です。
サラはムーロとは別れを告げる気持ちで「精神破壊」という精神をおかしい方向に捻じ曲げる魔法を放ちました。
彼女の心がそれを許しませんでしたが、メアのことを考えれば放つ以外の選択がありません。ムーロは確実にサラを殺しに来ているのです。
それに「精神破壊」を受けたからといっても言葉が話せなくなったり、幼児退行するなんてことはありません。ただ、受けてから一ヶ月ほど激しい無気力感や破壊衝動に襲われるだけなのです。「精神破壊」なんて名前は受けた者のほとんどがその苦痛に耐えられず、人格や将来の目標などが変化してしまうことから付けれたものでした。
もし、耐えることができれば何の後遺症なしにムーロは考えを改めてくれるのではないか、とそんな幻想のようなおかしな思考を当時のサラは持っていました。
サラは自分に向かって飛んでくる攻撃が緩んだ隙に「精神破壊」を放ちます。防衛魔法の類をまるで習得していなかった彼女はそれを避けれず、それは命中しました。
負けを悟ったのか、ムーロは途端に身を翻し「浮遊」を使い、一軒家の二階に逃げます。
メアと共に心中するつもりか、と恐怖したもののもう魔法を使う魔力がなかったサラは全速力で2階にある部屋に向かいました。
その部屋はメアの部屋でした。着いた時、せめてこれだけでも持っていきたい、と夜逃げする家族のような苦痛に歪んだ表情で寝ているメアの心臓を抜き取っていたムーロの姿をサラは見ました。
「こうして、私はその夜の内にメアを連れてモハナトに行き、クヌでのムーロと同じことがないように翼と角を切り落として、この店を開いた」
魔族にとって角や翼を取るという行為はメアを溺愛していたムーロすらも思いつかないほどの、魔族という種族そのものを否定することであり、身分を奴隷に落とすことよりも屈辱的なものだそうです。
「まぁ、こんなもんだ。つまり、私たちのいざこざにお前を巻き込んだことになる。すまなかったな」
語り終わったサラは顔を伏せました。
「これからどうするんですか?」
予想以上に壮絶な過去を持っていたメアに驚きながらも表情には出さないツヅルは聞きます。
「ムーロはメアの心臓を持っているから討伐したらメアが死ぬ。だからといって、闇魔術師を探すためにオールドスライムをツラウ村に放ったムーロを生かしていたら無関係な人々が死ぬ。正直、どうしようもない」
生かしても殺しても解決しないメアの過去にツヅルは思わず辟易としてしました。
「……さぁ、帰れ。もう夜だ」
話疲れたのか、サラはぐったりとうなだれながらツヅルを外まで送ります。
何かメアの過去に終止符を打てる方法はないのか、とツヅルは考えました。サラがどう言おうと彼が思い及ばずメアが抱える問題に触れてしまったのは事実なのです。
しかし、何も思いつきません。このままうかうかしていたらきっと冒険者ギルドの討伐隊がムーロを殺してしまうでしょう。いくら、魔族と言えども数十人の冒険者に囲まれれば形無しです。
たとえ、メアが数千キロ以上ムーロと離れたところでムーロが死んでしまえば彼女も死ぬ。という現状がツヅルの思考を邪魔していました。
(もう、駄目だ。眠い)
今日一日で一ヶ月分の体力を使い果たしたかのような感覚に陥りながらも、白い石で幾何学模様を描いている無駄に凝った作りの大通りの石畳を歩きながらツヅルは歩いていました。
むしろ暗闇よりも星の面積の方が大きいのではないか、と思わせる夜空にはこの星の衛星であろう月ほどの大きさの惑星が2つ浮かんでいます。
この世界にも天文学のような学問はあるのか、とその幻想的な光景を見たツヅルは既にメアに関することを考えたくないかのように無理やり別の思考で頭を埋めていました。
彼の頭脳ではメアの問題は解決できないと無意識に察していて、考えるのを放棄していたのかもしれません。
彼は関節がない人形のような体を引きずって、意識を朦朧とさせながらも宿屋の近くに着きました。
(そういえば、リーフにあげるカチューシャがあったな)
まだ起きていたら今日の内に渡しておこう、と彼は思いながら立ち止まります。宿屋の扉の前の通りで誰かが会話をしていることに気付いたからです。
「リーフ」
「何ですか」
ツヅルにとっては聞き覚えのない男性の声にいつも通りリーフの平坦な声が聞こえます。
街灯の光を頼りにツヅルは今いる曲がり角からこっそりと会話の様子を伺いました。地味なウェイトレス姿のリーフと喫茶店のマスターが着ていそうな白いシャツの上に黒いエプロンの男性の姿が丁度宿屋の扉の前に見えました。
恐らく、リーフの父か従業員だろう、ツヅルは当たりをつけます。
「4日後、フォート様の屋敷でお前の結婚式が行われることになった」
聞いた途端、目眩が起こりました。倒れそうになるのを民家の春の風に冷やされているレンガの壁で支えます。
ツヅルは男の放った言葉を頭の中で咀嚼するようににして理解しました。それがツヅルの精神にかなりのダメージを与えるものだったからです。
理解した後はただひたすらに自分の置かれた状況を鑑みてどう行動すべきかを即座に考えました。
別にメアとリーフの問題はツヅルが解決しなければならないものではありません。魔族に、子爵。どちらも相手取るには強大過ぎる敵ですし、まともに戦えば相当の被害は免れないでしょう。
鬼の心を持っているわけではないツヅルは、どうにかできるのならばどうにかしてやりたいと思っていますが、どうしようもないというのが現状です。
そんなことをしばらく考えていると、木の扉が開閉する音が聞こえました。
2人が宿屋の中に入ったのか、と思いツヅルは曲がり角から出ます。
「ツヅル、さん」
しかし、リーフは彼がいる方向を見ながら扉の前に立っていました。どうやら、すぐ近くの曲がり角にいることがバレていたようです。
「聞いて、しまわれましたか」
「……ああ」
わざわざ隠しても仕方がないので、顔を伏せているリーフの質問に対して彼は肯定します。
「わたし、フォート家に遷るそうです」
リーフは自分に言い聞かせるようにしてゆっくりと告げました。
「自分からこんなことをいうのは何ですが、助けは必要ありません。わたしは受け入れます」
「……リーフはそれでいいのか?」
「……はい」
しばらく迷いながらも彼女は頷きます。誰の目から見ても、葛藤しているのは間違いありません。
しかし、ツヅルたちに迷惑は掛けられないというのが本音なのでしょう。




