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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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二十話 スライム討伐 6

 「闇濃霧」、中級闇属性魔法の一つで、一定区間内に1メートル先も見させないほどの濃い黒い霧を発生させる魔法です。 

 闇属性は極めて攻撃に特化した属性で、この「闇濃霧」は確かに中級魔法ですが、その攻撃力は他の属性の上級魔法よりも絶大だそうです。

 黒い霧の効果は触れた物を激しく腐敗させるもので、しかも霧なので「魔法壁」などの防衛魔法も効きません。

 ここだけ見れば、弱点のない魔法と思われるかも知れませんが一応この魔法にも弱点は存在します。

 それは霧が風に流されたり、雨に溶けたりすることでした。

 もし、強風の日にこの魔法を使用すると自分たちの方に霧がやってくる可能性が生まれたり、関係のないものにまで被害を出してしまったりする可能性があり、雨の日にはまったく使えないので、風がない雨の降らない晴天、曇天時にしか使えないかなり使用条件が限られた魔法です。

 また、気候の条件を満たしたとしても相手がこの魔法の性質を知っている場合、風属性魔法を使用されて全く通用しなくなります。

 しかし、肝心なのは「闇濃霧」の詳細ではありません。

 闇属性魔法。この世界で最も使用人口の少ない属性で、人間は極一部の特例を除き、下級魔法までしか使えないのです。

 もし中級、上級の闇属性魔法を使用できる人間がいたら、その人間の全員が魔族に服従していることになります。

 これらの事実により、メアが魔族と契約していることを信じざるをえない状況になりました。

 

(……考えても分からんな)


 メアが現在に至った理由をツヅルは一生懸命推測していましたが、それができるほど、ツヅルは頭が良くないし、彼女の過去も知りませんでした。




 この転機の速さは長所か短所か、手の打ちようがないと悟るとツヅルはすぐにその思考をやめてモハナトのアクセサリー屋よりも小振りな装飾品店の商品を吟味します。


(やっぱり、数千レーじゃいいものは買えないな)


 1万レーを越す装飾品に囲まれている彼は、若干絶望して店の中を回りました。

 見かねた店員が、安くて若い人に人気だというペンダントをツヅルにおすすめしましたが、彼は「まだ沢山残っているものを人気と言われたら仕方がないですね」とそれを拒否しました。

 しかし、しばらくリーフへの贈り物探しのため10分ほど店内を彷徨ったあたりで、遂に彼女に似合うのではないかと思われるものを見つけたようです。


『火炎のリボンカチューシャ 装備すると、火属性特異魔法「炎可視(フレイムスナイプ)」が使用できるようになります! 火属性魔法が苦手な彼彼女にも安心!』


 リボンカチューシャとはその名の通りカチューシャにリボンが付いているもので、この火炎のカチューシャは名の通り火炎を再現しようとしたのか、リボンの部分は綺麗な明るい赤、カチューシャの部分は数時間空気に触れた後の血液のように赤黒い色合いでした。

 そのお値段、3300レーです。

 何故新たに一つ魔法が使えるようになるのにこんな安いかというと、使用可能になる「炎可視」が特異魔法という分類に入るからでしょう。

 特異魔法。聞こえはいいですが、その実欠陥魔法と呼ばれているほど欠点が多い魔法の集団で、その欠陥とは、使用者が大幅に限定されていたり、威力が全く無かったり、膨大な魔力を消費した割には大した効果が出なかったり、と様々です。

 因みに、ツヅルの使える「心討ち」もこの一つで、当時、特異魔法についての知識がなかった彼はこれを知って偽物の宝石を掴まされた気分に陥りました。

 しかし、重要なのは「炎可視」よりもこの可愛らしいカチューシャをリーフが付けてくれるかというところにあるでしょう


(まぁ、いざという時は僕が付けるしかないな)


 「スナイプ」という言葉に少しばかり興奮していると、


(やめたほうがいいと妾は思うぞ)


なんてテルランに諭されていました。




 残り200レーとなった所持金を見て恐ろしくなったツヅルは懲りずに村の中を放浪していました。

 別に馬車に帰っても良かったのですが、窮屈な場所は苦手なツヅルはテルランと他愛のない会話をしながら歩くことに決定したのです。

 そうしてしばらく歩いていると、とある人と出会いました。


「あれ、ツヅルくん?」


 パカルタです。串に指した焼いてある何かの肉を食べながら歩いていました。


「どうしたの? こんなところで」

 

 戦闘のときの真剣な表情とはまるで違う、無理やり信用させるかのような微笑みでパカルタは問い掛けます。

 それを見て、なるほどこれで魔法の才能もあるんだから妹や弟に好かれるわけだ、とツヅルは納得しました。

 ぬかるんだ土を踏みながら近づいてきたパカルタは串に刺さった焼いた肉に舌を鳴らしながら先程の戦闘について語り始めました。


「オールドスライムの件はよくやってくれたね。セランはMVPはミーラだ、っていってるけど僕は君だと思うよ」

「いや、ミーラがあの時、魔法を放ってくれたから倒せたんですよ。それに……」


 ツヅルは謙遜の後、メアがいなかったら僕は死んでいましたと続けようとしましたが、闇魔法について触れられても困るので咄嗟に口を閉じました。


「まぁ、そうだけどその状況に導いたのはツヅルくんだろう? 僕に戦闘の場で滅多に使われない『属性変化』の魔法の使用を求めたぐらいだし」


 その言葉にツヅルは何も返さずに苦笑します。例え、どんな言葉を返したところで、最初からオールドスライムを倒すつもりだった、というパカルタのツヅル感を覆せそうにありませんし、何より過ぎた謙遜は会話が進まなくなる原因となるからでした。


「それに、魔術師の君がわざわざ敵の中で暴れたのもこのためだね?」


 彼の発言はもう疑問ではなく付加疑問、即ち確認に等しいニュアンスでした。


「ええ、ミーラから聞いたパカルタさんの昔の戦術だったという『接近型魔法術』にインスピレーションを受けて」

「ミーラから? じゃあ、もう僕たちの家族の話も?」

「はい」


 彼は短く返事をしました。


「そうか。ミーラが、ね。……そうか。……少し頼みたことがあるんだ、聞いてくれるか?」


 その返答を聞いて、パカルタはしばらく何かを迷っていましたが、やがて決心したように話し始めました。


「実は僕にベストロジア王国騎士団から声が掛かっているんだ」


 その一言にツヅルは驚きましたが、表情には出さずに先を促します。

 騎士になる方法は二つあり、一つは騎士育成学校に入学しさらに卒業すること。もう一つは騎士から直々に招待されることです。

 パカルタは12歳の頃、つまり冒険者になり始めて2年が経ち、モハナト中で最年少のB級冒険者となった頃、モハナト遠征部隊の元隊長であり、現在「陸軍指揮官」という役職に就いている男から気に入られて、騎士に来ないかと誘われたそうです。

 しかし、パカルタはその数日後にB、A級冒険者に襲われ足に後遺症を負いました。なので、彼は弟たちがいるからという理由とセットにしてこれを辞退しました。

 そして、その元隊長もモハナトから西ベストロジアの大都市クレピスに職場が変わり、ここ3年ほど何の関わりもなく過ごしていました。

 ですが2週間前、王都からある手紙が届いたのです。


「私の直轄の部隊の前線指揮官が一枠開いているからそこにこないか、とね」


 前線指揮官とは小隊ないし中隊配属される下士官(かしかん)のことで、戦争の時はその部隊とともに出撃して、上層部の考えに沿った細かい作戦を立案し、一兵卒に直接指揮を執るのが主な仕事です。

 この人事は特別異例でもないですが、それでも過去に15歳の平民を曲がりなりにも指揮官と付く役職に置くのは伝統ある戦争史の中でもあまり類を見ないでしょう。


「たしかに、冒険者なんか目じゃないほどの給料も出るし、負傷したら手当も貰える。まず、行かないなんていう選択肢はない」


 しかし、パカルタは悩んでいました。まだ12歳と11歳の弟、妹のことでです。当然、仕送りはするにしても、2人だけで暮らしていけるかという不安は残っていました。


「だから、君に頼む。会ったばかりの、しかもミーラよりも年齢が低い子に頼むのも何だけど、時々でいいから君とメアちゃんとでセランとミーラを助けてくれないかな? もし、必要があれば君たちにも金銭を送る」


 ミーラが信用した君にしか頼めないんだ、と付け加えてパカルタは頭を下げます。

 ツヅルは話の結末がこの願いに帰着することを予想していたので、大して驚きませんでした。お土産くらいで十分ですよ、と落ち着いた態度で言います。

 この返答を聞いたパカルタは彼の手を取り、軽く涙ぐみながら感謝の言葉を述べました。

 こうして、しばらく話していましたが、そろそろ時間が差し迫っていることに気付いたツヅルたちは馬車へと戻りました。




「馬車が壊れてる?」


 村巡回を楽しみ、行きも乗ってきた狭苦しい馬車にまた乗るのか、と憂鬱な気持ちで町外れの馬繋場に戻ったツヅルたちを待ち受けていたのは馬車が見事に転倒しているという不具合でした。


「どうして?」


 片手で深緑色の髪を軽く掻きながらパカルタは聞きます。


「風かなんかじゃないかなー!」

「……うん。きっとそうだと思うわ」


 そんな怪しさに満ち満ちている返答したのはセランとミーラです。

 セランたちが同意見でまとまるわけがない、と駄目な方に弟や妹のことを知り尽くしているパカルタは判断し、倒れている馬車の横で横たわりながら「あー」と唸っていたメアに詳細を尋ねました。


「その2人がどのパンが最高かという最高に下らない論争から暴れて、メアごと馬車を転倒させたんだ」


 メアの明らかに怒っている平坦な声と言葉によって真実はいとも容易く、(つまび)らかになりました。

 その下らない、滑稽な理由には思わずツヅルも一瞬呆然としました。


「このバカが食パンとジャムが最高、とか突然言い出したのがそもそもの発端だから」

「は? 俺の完璧な理論を、バケット至上主義とかいう馬鹿げた思想で邪魔をしようとしたからだろ!?」


 あえて、良いようにいうとしたら兄妹らしい議論をしていたセランとミーラでした。ですが、そのディベートは一瞬にして終わりを告げます。

パカルタが闇属性魔法を放てそうなドス黒い後光を放っているのが、2人に見えたからでした。


「2人ともちょっと座ろうか?」


 2人を威圧だけで黙らせたパカルタは、微笑みながら呟きました。笑いながら怒る人が一番生理的な怖さを感じるというのは本当のようで、彼らはすっかり怯えていました。

因みに、馬車を転倒させる輩は――当然のことですが――いなかった、五人組クランは先に帰ってしまいました。


「見た目は髪と眼の色が同じくらいしか似ているところはないけど、この3人やっぱり兄妹だな」


 パカルタに怒られ、ずんと落ち込んでいる2人を見てメアが小声で囁きます。

言われてみれば、もう彼ら3人が兄妹だということに何の違和感を持たなくなっていました。


「因みに、ツヅルはどのパンが好きなんだ?」

「そうだな……」


 メアは間延びした時間を埋めるためか、起き上がると、そんな当たり障りのない質問をしました。ツヅルは顎に手を当てて少しばかり考えます。


「ラスクだな」

「……それはそれは」


 何故かメアの反応が芳しくなかったので、ツヅルはパカルタの説教が終わるまでラスクの尊さについて、出会ったときのメアに似た雄弁さを持って語りました。

そんなこんなしていると、説教が終わり、結局馬車はセランとミーラの2人が直すことになりました。まぁ、当然の末路でしょう。もっとも、馬車は倒れているだけなので魔法の力を用いればそう難しいことではなさそうでした。


「うう……。食欲という欲望が私たちをこのような結末に収束させたのね。恐るまじ」

「そこ! ちゃんと動く」


 ミーラの悟りのような呟きが聞こえると、すぐに注意するパカルタの図です。

争いが終わると悟ったようなことを言う者がいるのは、世界問わず同じのようです。




 数十分後、馬車は彼らの手によって蘇り、ツヅルたちはいよいよツラウ村を出発することになりました。

 村長のお礼を受けながら、窮屈な馬車内へと入った三人衆は生きて帰れたことにすっかり気分も高揚していました。

 現在、午後3時。帰りが遅くなるのを心配するような時間ではありません。

 そのただえさえ少ない体力を今日思う存分使ったメアは、セランとミーラが馬車を直している間に太陽光に当てられて眠りについてしまいました。

 まだ春だからいいものの夏だったら暑さで死んでいたな、と馬車に揺られているツヅルは思いながら、ぼんやりとしていて、他の人の話を聞き流していました。オールドスライム戦で最も体力を使ったのは彼でしょう。

 ふと、パカルタを見てみると、彼は神妙な顔付きで自分の兄妹2人を見つめていました。

 視線が合うと、彼は緊張しているのか目線を左右に移動しながらゆっくりと頷きます。

 これの意味するところは、騎士団の話をここで持ち出すということでしょう。


「……ミーラ、セラン。聞いてくれ」


 重々しい声でパカルタは呟きます。その真剣な表情から2人は、重要な話だと感じたのか、それとも先程の説教の続きだと思っているのかどうかは分かりませんが、妙にかしこまりました。

 パカルタは言いにくそうに口ごもっていました。

 弟たちが心配だし、何よりもしばらく会えなくなるのは必至です。

 モハナトから西ベストロジアのクレピスまで片道一ヶ月半以上、この時点で帰省は難しくなりますし、その職業というのが下級司令官、具体的な忙しさは分かりませんが任官してからすぐの内は職務に追われるでしょう。

 単なる一兵卒だったら、戦争が起こっていないときは任務が訓練のみなので休みを取ろうと思えば取れるのでしょうが、常に戦争が起こったときのことを考えていなくてはいけない指揮官という立場に立った者はそうもいきません。

 更にパカルタも騎士団に入ったからには下級司令官よりも更に上の地位を目指したいと思っていました。

 そのため、往復約3ヶ月も帰省に使うというのは中々厳しいものがあるのです。


「僕は騎士団に入ることにした」


 しかし、パカルタはいつまでも悩んでいるような人間ではありません。すぐに決意を固めました。


「え……」


 突然事実を伝えられた2人はその言葉が理解できないかのように硬直してしまいます。


「実は、陸軍大隊指揮官という役職の人から招待を貰っていて、僕はそれを受け取ったんだ」


 ミーラとセランの反応を見て、若干後悔もあったのでしょうが、パカルタはそれを振り払って堂々と言い放ちます。


「……モハナトで働くのか?」


 まず、最初に反応したのはセランです。その言葉は親から離れたくない子供のような雰囲気を纏わせていました。


「いや、クレピスでだ。知っているだろう? 西ベストロジアにあるラートラーンと王都の間くらいにある騎士の街だ」

「どれぐらいのペースで帰ってこれるの?」


 次はミーラです。セランと打って変わってこちらは息子が上京するときの母親のような様相を呈していました。


「きっと、しばらくは帰ってこれないだろうね。5、6年は覚悟したほうがいいかな」

「なっ! 俺とミーラと兄ちゃんでこの街で2つ目のA級クランになるって誓ったじゃないかよ!」


 驚いたセランは必死にパカルタの騎士団行きを避難しましたが、彼の意志が固まっていることを知ると居心地が悪くなったのか馬車から出てしまいました。

 幸い、馬車の速度は人間のついていけるスピードにしてあるので1人取り残されるということはなさそうです。因みにミーラは諦めたのか、死なないかぎり会えるのだからとパカルタを応援する方にいました。

 ツヅルは追って外に出ます。

 パカルタやミーラでは追い掛けにくいだろうし、メアは寝ているということで彼が外に出る以外の選択肢がありませんでした。


「ツヅルか……」


 ツヅルが青々しい草原を見渡すと、セランは馬車の後ろについて歩いているのが分かりました。

 その声はやはり相当暗いものです。一瞬何と声を掛けるか迷いましたが、すぐに、


「どうするつもりだ?」


と討伐依頼のときに作戦を聞くかのような自然な口調で聞きました。

 兄と離れるのは寂しいという気持ちが表に出てきていますが、兄の騎士団入団を祝福する心情もあるのでしょう。ツヅルはそう推測して、叱咤や励ましは不必要だと察したのです。


「俺らは兄ちゃんに感謝しているし、兄ちゃんが決めたことなら従うしかないんだけど」


 意外にもセランは冷静に語り始めました。熱しやすく冷めやすい性格、もしくは人に影響されやすい性格なのでしょうか。


「でも、さすがに5年以上も会えないとなると、な」

「長い間会えなくなることが一番の問題なのか?」

「まぁ、そうだな……」


 ここまで来たら三人衆全員のお悩み相談をしよう、と決意したツヅルはセランの言葉に頷きながら、少し頭脳を働かせてみると思いの外簡単に解決策が思い浮かびました。

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