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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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十八話 スライム討伐 4

 戦場は開けていて平らな岩場という戦闘をするには絶好の場所でした。周りは案の定というべきか、盆地だから当然なのですが、林が広がっていました。天候は快晴とまではいかなくとも良好で、視界不良についての心配はなさそうです。

 さて、ツヅルはオールドスライムの攻撃からどのようにして五人組を撤退させるのか。また、どのようにしてミーラの悩みを解決するのでしょうか。

 風属性魔法を操るウィンドスライム、火属性魔法を操るファイアースライムのように属性を持つ一部のスライムを除いて、オールドスライムも含めた一般的なスライムは属性弱点がないことが有名です。

 しかし、弱点がないことすなわち万能という訳ではもちろんなく、弱点がない代わりにどの属性の魔法も有効打になりえるのです。

 ツヅルが習得している攻撃魔法の内、「心討ち」しか下級魔法という枠組みを超えられる魔法がなく――「心討ち」は特異魔法という分類に組分けられるようです――、必然的にこれで戦うしかありません。

 ですが、ただ「心討ち」を乱発しているだけで勝てるほど戦闘は甘くないでしょう。格上の相手と戦うときに戦術を考えない人間はおらず、オールドスライムを相手にするには心もとないこのパーティーをどのように動かすかを、ツヅルは必死に考えていました。

 先程、彼の脳内にとある考えが浮かんできた、と述べましたが、この考えはあくまでミーラの悩みに関することで肝心のオールドスライム戦には何の戦術も持っていませんでした。

 ふと、最後列を歩きながら思考しているツヅルの脳裏に一つの単語が横切ります。

 「接近型魔法術」。先程ミーラが語った怪我をする前のパカルタの戦法です。

 この戦法の歴史を簡潔に語りましょう。

 「接近型魔法術」は最前線の魔術師と呼ばれていたジール・ハイナレスト・ドラウィンス・ルビロンド、つまりメアの祖先が土台を作った魔法を用いた戦法です。

 しかし、ジールは望んでこの戦法で戦っていたわけではありません。

 ジールが生まれたのは神暦8世紀の、現在は猛威を奮っている、しかし当時はまだ新しく出来たばかりの弱小国に過ぎなかったルリガイア王国です。

 15歳の時、魔法にジールは感激したそうで、好戦的な彼はぜひ魔法を使用して戦場で戦いたいということで騎士になりました。

 しかし、魔法はまだ数年前にラビンス統一戦争でベストロジア王国が使用した奇術程度にしか思われておらず、それを兵器として取り入れようとした領主はいませんでした。当時のルリガイア王国の国王もこの大多数の内に含まれています。

 というわけで、魔法部隊を創設を必死に推していたジールも歩兵部隊に配属され、仕方ないので最前列で魔法を使おうとしたのが「接近型魔法術」の始まりでした。

 物理職と同じくらい敵に近づき、時折物理攻撃も織り交ぜながら詠唱速度の速い様々な魔法を駆使して速攻を仕掛ける。近距離なので魔法が外れるなんてことは少なく、瞬間火力はともかく継続火力は他の魔法の戦法に抜きん出ています。

 まぁ、ツヅルがこの戦いで使える魔法といったら「心討ち」と自分の俊敏を高める「俊敏」程度なのでこの戦法自体は役に立ちそうにありませんが、少なくともこれを思い出したことにより彼の頭脳に考えが浮かんできたのは確かでした。




 ツヅルは体に馴染んできた外側が黒色なので太陽光の熱が吸収されて若干暑いユーミルマントと赤と黒の2色しか色のないシンプルなデザインのミサンガを弄りました。


(会って間もない人間に命を懸けるとは思わなかったな)


 自分の思い付いた危険な作戦に後悔の念を抱きながらも、成功すれば良い結果へと導けるはずの作戦を実行しないのはプライドに関わります。

 ツヅルが命の危険に怯えながらも作戦を実行することに決められたのは、ツシータから贈られた紅黒のミサンガの効果により、一回のみ死から免れることができるからでした。


「あ! ここです!」


 景色に段々と緑がなくなってきて、地面は草原の土よりも固い石へと変わってきます。

 どんどんと進んでいくと、パカルタの回復魔法により、そこそこ回復した様子の少年が駆けていきました。

 ツヅルたちも走り出すと、やがて広々とした鈍色が特徴的な平らな岩場に着き、そこには今まで見たものとは格が違うと感じざるをえない巨大なスライムと、若き4人の冒険者、全員が肌が焼け爛れていて服はツヅル達に救援を頼みに来た少年よりもボロボロで中には上半身裸に近い人もいました。

 その4人は意識が朦朧(もうろう)としているのかツヅルたちが助けに来たことも気づいていないようで、声を掛けても振り返る素振りすら見せませんでした。

 生存本能のみで戦っているのでしょう。


「み、皆! 配置について応戦だ!」


 自分が考えていた予想を遥かに上回る光景を見て驚いたパカルタの上ずった言葉に皆、勢いよく返事をしました。




 ツヅルは真っ先に「俊敏」を詠唱しました。

 色々作戦会議をして、メアの猛烈な反対を押し切って1人戦場を駆け回る役目を得たツヅルの最初の仕事は満身創痍な4人を撤退させる時間を稼ぐことでした。

 そう、彼は囮になろうとしたのです。

 ツヅルは敵を凝視しました。数としては30体は下りません。まぁ、この30体が普通のスライムだったのなら別段恐怖はないでしょう。

 しかし、ここにいる魔物は一般的なスライムに加え、以前戦ったことのあるマジシャンスライムなど特殊な個体の姿も見えました。

 ですが、それらを一斉に相手取るにしても慎重に動けばまだ死ぬ可能性は少ないです。

 オールドスライム、F級冒険者のツヅルには到底太刀打ちできないような本来この依頼で戦うはずの無かったモンスターです。

 現在、その魔物は卓越した速さで4人を自分の体を構成している強力な酸で溶かそうと戦場を動き回っていました。

 さて、状況確認が済んだところで、ツヅルはその冒険者を助けるために「俊敏」補正で軽くなった足でもって駆け出します

 スライムたちはツヅルを発見するとすぐさま魔法やらを放ってきました。

 ツヅルにはツシータほどの体力も反射神経もありません。

 本来は前線ではなく、参謀ポジションに立つべき彼は、一般人から決して卓出しているとは言えない平凡な頭脳を用いて戦闘をすることしか生き残るすべはないのです。

 なので、「俊敏」の力を借りながらツヅルは必死に目の前にいる敵の次の行動を割り出し、後ろから魔法の音が聞こえてくれば避ける準備をしました。

 こうして書いてみると超人のように思いますが、スライムは関節やその他機能がなく、人間ほど複雑な動きはできないので、行動パターンは突進か停止かの2つしかないかのように単調であり、予備動作も長く予測はそこまで苦ではありません。

 そうして前に進んでいき、あっという間にオールドスライムに物理的に最も近い存在となったツヅルは一瞬立ち止まりました。

 誰がどの位置にいるかなどの状況確認のためです。

 メアとミーラは周りのスライムを駆除するために魔法を放とうとしていました。

 セランはツヅルを守るために魔法で援護を開始しようとしています。

 そして、パカルタと回復した男はまず手始めに今までずっと戦ってきた4人を後退させるところから始めていました。


「皆さん助けに来ました! 後ろに下がってください!」


 パカルタは堂々と敵軍中央へと入り込んだツヅルに敵意が向けられている間に話しかけます。


「救援……? ……よ、かった……」


 そのまだまだ10代だろうと思わせる若い男は助けが来たことを知ると、安心したのかパカルタの言葉を聞いた瞬間倒れこみました。

 大体他も同じです。1人戦場のど真ん中にいた男は安心した隙にマジシャンスライムの魔法を受けて気絶。同じように残りはスライムの突進を受けて転倒し、そのまま意識を失いました。

 これはまずいな、とパカルタはその光景を見て思います。

 ツヅルの案はともかく、彼にとってこのオールドスライム戦はあくまで撤退戦でした。

 しかし、肝心の救出されるべき者が地に伏せてしまったのです。この激戦の最中、男四人を戦闘区域から安全地帯へ移動させるのは至難の業で、まず不可能でしょう。

 しかし、戦うという選択肢も実に選びづらいものでした。C級冒険者の5人パーティーが討伐適正レベルだという魔物にF級が過半数を占めるパーティーが挑む。無謀以外の何者でもないからです。

 レベル5のパーティーが中盤のボスに挑むようなもので、さらにそれが生死を掛けた戦いなのです。パカルタの不安ももっともでしょう。

 ひとまずその先に戦っていた青年たちを引きずりながら移動させて一箇所にまとめ、パカルタは再び戦況を見ました。

 ミーラ、メアが雑魚退治、セランはツヅルの援護、ツヅルが敵の中枢に入って他のアタッカーに敵意が向かないように陽動を務めています。


『なら、僕が合図した時にオールドスライムの弱点属性を水属性に変えてください』


 先程のツヅルの言葉です。パカルタにはその意図が汲み取れていませんでした。

 しかし、パカルタはその行動を実行しないという策が自分の脳内に一ミリたりとも浮かんでいないことに気づきます。


(……随分早く僕も人を信用できたんだな)


 A、B級冒険者の集団に襲われて以来、若干人間不信症に陥っていたパカルタはオールドスライムを睨みつけながら、そう思いました。


「『俊敏』」


 魔法やタックルが飛んでくるこの戦場のど真ん中で重要なことは、「俊敏」を切らさないことと感覚で動かないことだ、とツヅルはこの短い期間で把握しました。 

 時々飛んで来る魔法、わき目も振らず突撃してくるスライム、そして何よりも酸を飛ばしてツヅルがそれを避ける動作を見せたときに、行動予測をして、物凄い速さで突進してくるオールドスライムが悩みの種で、セランの援護により多少マシになったものの依然として苦しい戦いなのは変わりませんでした。

 ところで、ツヅルには戦闘中不思議に思ったことがありました。

 先程一回オールドスライムの酸が着ていた布の服に当たってしまいました。ツヅルは傷が残ることを覚悟していたのですが、なんと先程までオールドスライムと戦っていた五人組のように服が溶けていないのです。

 その後も何回か服に酸が掛かることがありましたが、布の服が溶けるようなことはありませんでした。

 しかし、この不思議に時間を割いている余裕はないツヅルはすぐに思考を戦場に戻して、作戦が開始できるようになる時間までどのように耐えるかということを考えます。

 作戦が開始できるようになる時間、というのはミーラとメアがあらかた通常のスライムを倒して、オールドスライム戦に移れるときでした。

 というのも、現在オールドスライムを相手にしているのはツヅル、セラン、パカルタの3人でツヅルは囮でセランはそれの援護、と実質パカルタしか攻撃に参加できないからです。

 ですが、周りの状況を見るとまだ二十数匹以上の多種多彩なスライムが生き残っているので、この時が来るのは先のようです。

 まだしばらくこの攻撃に耐えないといけないのか、とため息を吐きながら地面に広がる鈍色の岩を踏み込みました。

 

「『一閃』!」


 パカルタが魔法を放つのが見えました。

 聞くところによると、「一閃」は光に擬似的な質量を与える魔法で習得の難易度は中級の聖属性魔法においてトップクラスの難しさを誇っている魔法です。

 しかし習得すれば、並大抵の冒険者には主力魔法という位置に置けるほど強力な戦力になり、B級、C級の聖属性魔術師は戦闘では大抵これを主要武器として使います。

 詠唱時間、発動時間共に他の魔法と比べても短く、「心討ち」などの極一部の例外を除けば基本的に魔法の素早さで勝つことができるそうです。 

 「一閃」は車の中から見るネオンライトのように残光を残しながら進むろ、オールドスライムに命中しました。その巨大な体の一部が体内の酸と共にバラバラに砕け散ります。

 スライムに痛覚という感覚が存在してるのかは定かではありませんが、オールドスライムの動きが数秒止まったのが分かりました。

 その隙にダメージを蓄積させようとツヅルの援護に回っていたセランが「砕岩」を放ち、ギリギリ動き出す前に命中します。

 「一閃」と「砕岩」は総合的に見たら、前者の方が扱いやすく、しかし一撃の攻撃力という観点から見ると「砕岩」が優っているでしょう。

 魔法の才能があると言わしめた聖属性魔法を得意とするパカルタと地属性魔法を得意とするセランの連携攻撃は十分にC級のモンスターであるオールドスライムにも通用するものです。

 また、ツヅルという囮は、短時間で威力の高い魔法を放つことができるパカルタにはあまり効果がないように見えますが、セランには大きく役立っていました。

 相手の攻撃を避けつつ魔法を放つ、というような戦闘に慣れていないセランは詠唱中に魔物の攻撃が来たとしたら、一度詠唱を取りやめて逃げるしかないのです。なので、このスライムの攻撃が来ないこの状況はかなり快適でしょう。

 パカルタとセランはそんなコンボを何順か繰り返し、未だ衰える姿を見せないオールドスライムを攻撃していると、この岩場の隅で戦っているミーラ、メアは周りの雑魚スライムの数を10匹弱に減らしていました。

 「体力はかなり削られたはずなんだけどな」というパカルタの戸惑いの声の通り、オールドスライムは火事場の馬鹿力とでもいうのでしょうか。先程までよりもスピードが速くなっていることにツヅルは気付いていました。


「メア、ミーラ! そろそろこっちに参加してくれないか!」


 このままでは僕の体力が持たない、と思いツヅルは6度目の「俊敏」を詠唱しながら、彼女らに呼び掛けました。

 因みに、相手の攻撃を避けながら魔法の詠唱というセランでもできない技術を何故ツヅルができるのかというと、これはただ単純に使用する魔法の難易度です。

 下級魔法と中級魔法では詠唱の難しさも変わってくるのは察していただけるでしょう。

 「俊敏」とセランの得意とする「砕岩」では天と地ほどの差がありました。


「ああ! 分かった!」

「………」


 戦場の騒音の中でもちゃんと伝わるようにか、メアは大声、ミーラは頷きで返事をしてパカルタたとに合流しました。

 援護のセランと、囮のツヅルを除いた3人での会議の結果、ツヅルに敵を大きく引きつけてから、4人で総攻撃を仕掛けるという作戦に決定しました。

 パカルタの見込みではオールドスライムはもう十分に疲労している状態であり、ここにラッシュを加えてしまえば、もし生き残ったとしても瀕死であろう、という推測らしいです。

 パカルタの大声によって次の作戦が知らされたツヅルとセランは両方返事をして、指示を待ちます。

 因みに、ミーラを救うという件ですが、彼はもうこの作戦を実行するのは不可能だと感じていました。

 それは、もう既にツヅルが体力の殆どを消費してしまっていて、先程から足がおぼつかなくなってきていることが関係していました。

 複数のスライムの行動を同時に読み取るマルチタスクと激しい運動を20分ほど――「俊敏」の助けを借りているとは言え――休みなしにしかも同時に行っていたツヅルの消耗はすさまじく、今ではミーラどころか自分が助かるかどうかも分からなくなってきていました。

 そこから、数十秒が経ちやっと4人がラッシュの準備を終了します。 

 後はツヅルが魔法の当たらない位置に移動するだけで、仕掛けられる状態でした。

 最早、盆地一面をテカテカと照らす陽の光の暖かさすら感じられなくなるほど疲労しているツヅルは戦闘があと少しで終わることに感激すら覚えていました。


「引いてくれ!」


 オールドスライムの酸撒き散らしを避けようと、後ろの高さ1メートル程度の岩に隠れた時、待ち望んだ威勢のいい声のパカルタによって合図が掛かります。

 ツヅルは反撃を喰らわないようにオールドスライムをじっくりと凝視しながら一歩交代しました。

 これが致命的な一歩になりました。

 ツヅルが逃げるために踏み出した方向はまだ8匹のスライムが残っていた方向だったのです。

 彼は瞬時に自分の終わりを悟ります。

 何故、あと少しで殲滅できるはずの雑魚スライム数匹を無視してメアたちをオールドスライム戦に移行させたのか。それは、この8匹のスライムが疲労困憊(こんぱい)状態で、魔法も放てず運動能力も低下の一歩を辿っていたからでした。

 もう無視してもいい重症のスライム。これに構っている暇があったらオールドスライムと戦った方が戦力を活用できる、そんな考えからこの結果を生み出したのです。

 残されたスライムたちは親分的存在のオールドスライムを助けるためなのか、命を懸けて特攻を仕掛けてくる姿がツヅルの視界には写り込みました。

 今まで、十分にやっていたはずなのにここで失敗するとは。

 そのときの彼は1回死に至る可能性のある攻撃を防いでくれる紅黒のミサンガの存在を完璧に忘れ去るほど動揺しました。

 前方、横にはそれぞれ8匹ものスライム。後ろにはオールドスライム。完全に包囲されました。

 距離を見ると、スライムの特攻が当たる前に詠唱できるのは精々一匹倒すのが限界な「心討ち」を一発程度でしょう。

 スライムの突進が当たった所で、すぐ死ぬわけではありません。しかし、突進に当たるということはスライムと体が触れるということです。「心討ち」で何とか1体倒しても、残りの7体が迫ってくるし、そこでモタモタしてれば後方にいるオールドスライムの酸にやられます。

 これまでパーティーメンバーに恵まれたからか大した怪我も負わず、ウルフやゴブリンなどを殲滅してきたツヅルですが、その体は通常の10歳の少年よりも貧弱で、片手剣を両手で持てず、足が少々速い程度しか身体能力の取り柄はないのです。スライムの酸どころかタックルで気絶し、死亡することもありえました。

 生存本能が働いたのか、半自動的に彼は「心討ち」の詠唱に入ります。

 もう、助からないだろうと思いながらですが。




 メアはあまり友人が出来るタイプではありません。言動の奇抜さやシャイな性格などが原因でしょう。

 自慢の杖槍のことを饒舌に語ることはできても、そもそも話しかけることが苦手です。

 10歳にして凛々しさが垣間見えるほど容姿端麗な彼女は、時折同年代の少年少女に話しかけられることがありますが、何とか話ができても「何を話しているのか分からない」なんて理由で避けられてしまいます。

 普通、そこまでされたら友達なんぞいらないと(うそぶ)くのが世の常ですが、彼女は孤独を異様に嫌いました。

 買い物など何か用事がある時以外は、それこそ体力が同年代の人と比べて遥かに劣ってしまうほど全く外出せず、家に引きこもり保護者であるサラと寝付くまで話しているのです。

 自分の世界は「リリィージェラス」の中だけで、自分が殻を割って話せるのはサラだけだ、とメアは思っていたことでしょう。

 しかし、彼女にとって幸か不幸かは定かではありませんが1人の少年がそこに入り込んできました。

 メアが思うのも変ですがなんとも奇妙な少年で、なんと彼女と幾度か話をしても本気で嫌がる反応を見せず、最終的には「僕のパーティーに入らないか?」です。彼女は驚きました。

 サラにモハナトの外に出ては駄目と注意されているのにも関わらず、メアがその誘いに承諾したのも、誘われたのが嬉しすぎて断れなかったからです。あの時は憮然とした態度でしたが、内心歓喜していました。

 そして今日言われた言葉があまりにも衝撃的で、彼女の耳にはその言葉がオールドスライム討伐中も取り付いていました。


『メアに偶然出会ってしまった僕から言わせれば、彼女は僕の友人だ』


 自分が寝ているときの褒め言葉。これはまさしくツヅルが本気で自分のことを好き好んでくれているのだ、とこの10年の人生の内、初の友人に対して、メアは頭を殴られたような抑えようのない感情が走りました。

 この時、彼女寝たふりをしていました。起きようと思った時に運悪くミーラが来て、深刻な話をし始めたので起きるに起きれなかったのです。

 ツヅルが絶体絶命に陥り、それを見た4人は「ツヅルが死んでしまうかも」という不安で計画していたラッシュの攻撃態勢を崩してしまいました。

 セランは驚愕のあまり、後は放つだけだった「砕岩」の詠唱を取りやめ、パカルタも普段の態度からは予想もつかないほど動揺したようで、オールドスライムに放った「一閃」を外してしまいました。

 ミーラは魔法を解かず、しかし硬直したまま目を見開いて立っていました。

 メアは……。


(ツヅルが……、死ぬ?)


 メアはその言葉の意味が理解できなかったようです。

 今まで死とは無縁の場所にいた彼女は数日前にできた友人(・・)のツヅルがこの依頼で死ぬなんてことは微塵も考えておらず、現在スライムに囲まれている彼を見ても、ツヅルなら生き残れるのではないかと幻想にも似た、どこか現実とは違う場所にいるような感覚を感じていました。

 ですが、また一瞬でその感覚は反転し現実を理解します。メアの感情がどんなにそれを信じたくなくとも、彼女の優れた頭脳がそれを認識してしまうのです。

 そして、理解した途端、メアの心の最も深いところから浅いところまでが衝動的な怒りに染まりました。

 

「ツヅルに危害を加える奴は……!」


 ギルドでアールナ、今回の依頼でミーラやセラン、パカルタとメアは友人になれたかもしれません。しかし、それらは全てツヅルがメアを仲間として誘わなかったら決して出会うことのない人々です。

 ツヅルがいなかったらメアは何もできなかった。そんな考えが彼女の心中には存在しました。

 最早、メアは衝動的になっていました。まず、唱えたままの使い慣れていない(・・・・・・・・)火属性魔法である「炎槍」を解除し、本来は禁忌とされているモハナトでも使用できる者の少ない魔法を詠唱します。

 その詠唱は、一瞬、でした。


「――消えてしまえッ!」


 メアの叫びと同時に、ツヅルの目の前は黒い霧に覆われます。

 匂いなどは感じられませんが、彼はその霧の中に入ろうとは思いませんでした。生理的な嫌悪感を感じたのです。

 その炭火で出る黒い煙よりも粘着質にうごめいてる霧が晴れた時、ツヅルに見えたのは8体のスライムの溶けて潰れている死体でした。

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